第211話:指名依頼2
大変お待たせいたしました。
本日は第210話から2話連投しています。これは2話目です。
依頼人との話がつき、肉については必要な分だけこちらがもらえることになった。自分用は別に狩ることにしたので、断られても問題なかったけど、依頼分しか狩れなかった場合も肉が確保できることになったのでヨシ。
そうそう、依頼人のデトレフさん。以前、ドラードでのオークション後に話しかけてきた商人さんだった。森絹のことで忠告してくれた人だ。まさかこんな形で縁ができるとは。
ログイン203回目。
森の中で野宿をしながら進むこと2日目の昼。狩り場に到着した。なだらかな斜面にまばらな木、その間に茂みがちらほらとある。
ここは以前、セザールがシルバーボアを狩った場所だ。依頼人から提供されたおおよその生息地とも一致する。
植物の密度は森の浅い部分とそう変わらないのに、緑の匂いが濃い。植生の違いはあっても、ここまで顕著になる要因が見当たらないのが不思議だ。他に変わっていることといえば、樹精の気配も濃いということだろうか。
道中、たまに襲いかかってきた肉食獣は危なげなく返り討ち。いつもと違ったのは、ブラックウルフ等の魔獣の割合が高めだったことか。奥へ行くほど魔獣の遭遇率が高くなるから仕方ない。手に負えない奴は出てきてないけど、深部の魔獣が絶対に出てこないとは言えないので油断は禁物だ。
ここまでは、俺とクイン、グンヒルト、それからセザールでやって来た。
セザールが加わったのは、グンヒルトと同じで自分の分を確保するためだ。グンヒルトともワイバーン狩りで顔合わせ済だし、シルバーボア狩りの経験者がいるなら心強い。
「さて、それではおさらいといこう」
パン、と手を叩いてセザールが言った。
「シルバーボアについてだが、俺が狩ったのは単独行動をしていた成体のオス1頭だ。群れも一度見かけたことがあるが、そっちに成体のオスはいなかった」
現実のイノシシの生態とそう変わらないってことだ。それぞれ一例だけなので、確定じゃないけど。
「大きさは現実で見かけるのよりは大きめのが多い――つまりGAO標準のイノシシ。GAOのイノシシと狩り比べてみての感想だが、上位種と思えばいいだろう。力や毛皮の厚さ、凶暴性はシルバーボアのほうが上だ」
「一つ目熊と比べたら?」
「そりゃ熊だ。単体なら、だが」
グンヒルトの問いに即答し、しかしそう付け加えるセザール。群れとしての戦闘能力は未知数ということか。そういや以前、イノシシ魔獣の群れとは対峙したことあったっけ。
「イノシシ魔獣と比べたらどうだ?」
「魔獣タイプのイノシシ? いや、まだ遭遇したことがないな」
ないのか。ツヴァンドの森でも何度か見かけたから、そう深い場所の魔獣じゃないはずだけど。あれ? この森でも見ないし、あの時がたまたまだったんだろうか。
まあ、シルバーボアと対峙した時は油断せず慎重に、でいいだろう。
「じゃあ、これからどう動くか。前は罠とか張ったわけじゃないんだろ?」
「そうだな。足跡とかを追った。他に追跡手段があればいいんだろうがね。いつだったか、鳥型の使い魔で偵察する住人の狩人に出会ったことがあってな。あれは便利そうだった」
狩猟犬代わりだろうか。ある程度、ひらけた場所じゃなきゃ有効活用が難しそうな気がするけど。しかし使い魔まで作れる魔術師が、わざわざ狩猟やってるのか。面白いなぁ。
狩猟犬といえば、クインに匂いで追跡してもらうというのも手ではあったけど。彼女はここに来て別行動をしてる。シルバーボアの話は聞いてただろうから、ひょっとしたら彼女が一番に仕留めるかもしれない。うむ、負けてはいられんな。
「好戦的ってことなら、逃走は気にしなくていいのね?」
「オスならまず向かってくるだろうな。不利になったら分からんが」
「ならばよし。なるべく綺麗に仕留めたいわね」
セザールの答えに、斧を手にしたグンヒルトがニヤリと笑った。綺麗に?
「肉目当てじゃなかったのか?」
「優先順位は肉だけど。毛皮も欲しいかなって」
新装備に添えるのかね? まあ、ヴァイキング装備と毛皮は相性がいい気はする。ただ、これから夏に向かうタイミングでそれか。寒期を見越して、だろうか。
「その点、フィストはいいわよね。普通に戦っても毛皮を傷めないし」
「【魔力撃】使うとどうなるか分からんし、【強化魔力撃】なんて使ったら確実に傷むだろうから、結構な縛りプレイじゃね?」
普段なら頭に一撃入れて脳破壊を狙うんだけども。依頼人の意向で頭蓋骨もなるべく傷つけないでほしいってことだった。そうなると、直接の打撃だけで仕留めるのは厳しい。
現実のイノシシですら、車にひかれた程度の衝撃じゃその場で死なんって言うしなぁ。
「まあ、それならそれで狩り方はある。そろそろ痕跡探しといこう」
さあ、狩りの開始だ。
痕跡自体はすぐ見つかった。足跡や、掘り返された地面、糞。以前のこの辺りで普通のイノシシは見かけていないというセザールの発言から、これらがシルバーボアのものである可能性は高いようだ。
「イノシシ魔獣なんてのがいるなら、そいつらの可能性もあるが……ちなみに味は?」
「イノシシより固めの肉質で、癖が強かった。毒抜きの手間を考えたら、肉として狙って狩りたい獲物じゃないな」
個人的には普通のイノシシのほうが好きだ。とはいえ、ジビエなんて個体差があるのが当然で、安定した旨さは家畜の豚が断然上だけども。
「皮の強度はイノシシ以上だから、防具素材としてはそれなりだ。そういやセザールの装備は?」
残念そうな顔をしているセザールに訊く。彼もまた、希少金属の顧客だ。今の装備は前と変わっていない。
「発注済だ。戦闘用の魔銀製包丁は完成したとの連絡を受けている。調理用の包丁と解体道具、防具はしばらく先だな」
「いた」
短く、そして弾んだグンヒルトの声。そちらを向くと、彼女の視線の先にそれはいた。いた、というかこちらへと近づいてきていた。あちらはまだこちらに気づいてないようだ。
銀色の毛皮を持つ大型のイノシシ。シルバーボアだということが【動物知識】でも確認できた。
「群れだ。いきなり当たりを引いたか?」
嬉しそうにセザールが腰に提げた包丁を一振りだけ抜く。
200kgは超えてそうなのが1頭、それよりは小さいが100kg以上と思われる個体が3頭。それより小さな、うり坊ではないのが5頭。リアルのイノシシと同じなら、三代の群れで全てメスってところだろうか。
「俺が以前狩ったのは、あそこの一番でかいのと次にでかいのの中間くらいだ」
「一番小さいのでも、普通のイノシシと比べたら大きめね。あれも狩る? 逃がして大きくなってからのほうがお得に思うけど」
「また狩りに来た時に遭遇できる保証はないからな。ただ、肉の違いは確かめたいところだ」
グンヒルトと話していたセザールが、どうする、とこちらを見る。
「大中小と区別するとして、小型以外は全部狩ろう。小型は味見用で最低1頭確保できればヨシ。こんなところでどうだ?」
俺の提案に2人が頷いた。
「一番でかいのはフィストが仕留めてくれ」
「今回の依頼はフィストが受けたもので、私達はおまけ。小物は任せておいて」
「あー、じゃあ、中型を1頭ずつ頼む。大中4頭同時は厳しい」
俺は【空間収納】から樽を2つ取り出して蓋を開ける。中身は海水だ。それから《翠精樹の蔦衣》を操作し、肘から伸ばした蔦を準備しておく。
「来たぞ!」
こちらに気づいたのか、シルバーボア達がこちらへ駆けてくる。結構な速さが出てるなありゃ。大きいほうがより能力が高いのか、一番後方にいたはずの大型が、入れ替わって先頭になっていた。
さて、2人はどうやって狩るつもりなんだろうかと見てみると、セザールは片手にボーラを持っていた。なるほど、あれで動きを止めるか。グンヒルトは斧をしまって剣と盾、ってことは正面からぶつかるつもりか? 大丈夫?
「向かって右端の中型をもらうぞ」
「じゃあ、私は左の」
ボーラを回しながらセザールが標的を決めると、グンヒルトも狙う個体を決めて剣と盾を構えた。てことは俺は残りの大中、と。お互い少し距離を取って、シルバーボアを待ち受ける。
群れの一斉突撃は結構な迫力で、さながら銀の津波だ。普通なら逃げ場がない。横に避けたからってしばらく直進したりせずに、すぐ向きを変えて襲ってくるし、1頭を避けても後続が襲ってくる。
まずやるべきは、この突進を止めることだ。
『転べっ!』
精霊語で、叫ぶ。シルバーボアが踏み出す先の地面が隆起し、その足を引っかけた。中型は躓いて転倒し、後続の小型を何頭か巻き込む。大型はバランスを崩しただけ。それでも速度は落ちた。
続けて水精に訴えて、樽の中から海水を出し、1つを突進してくる大型シルバーボアの進路上に配置。もう1つを転倒した中型へと放った。
大型は、設置した海水を直前で躱すように進路を微妙に変えた。猪突猛進なんて言葉から、真っ直ぐ突き進むだけに思ってしまうが、意外と小回りが利くのだこいつらは。じゃなきゃ木々の生えた山の中を駆け回ったりできんし。
「でも、甘い!」
通り抜けようとした瞬間、海水が動き、大型の顔を包み込んだ。よし成功! 水による溺死狙いが、今回の狩りで獲物を綺麗に仕留めるための策だ。
混乱したのか勢いが弱まり、その場で頭を振り始める大型。無駄無駄、そんなんじゃ振りほどけんよ。事前に他のイノシシ等で実証済だ。
中型のほうもうまい具合に動きを止めている。息がどれくらい続くか分からんので、大型ともども土精の力で脚を拘束することにする。これで逃走も困難だ。
セザールの中型はボーラで動きを封じられていた。後続の小型を警戒している。ひとまずは動ける奴を優先するようだ。
グンヒルトはっておいおい、盾で突進を受け流したと思ったら、そのまま中型がつんのめった? よく見ると左前脚が無く、右前脚も深々と斬られている。擦れ違い様に前脚切断を狙ったのか! よくあんな無茶ができるなぁ。
この状態でもシルバーボア達の戦意は衰えず――いや、中型の転倒に巻き込まれた小型は怯んでるか。健在の小型2頭だけが俺とグンヒルトにそれぞれ突っ込んできた。
できるだけ引きつけ、ギリギリで横に動いて回避する。当然小型は急制動をかけ、再びこちらに狙いを定めようとする。だが、一度勢いが落ちた上に、牙も短いメスだ。ほぼ止まっている状態なんて脅威ではない。
すくい上げるように【強化魔力撃】を込めた蹴りを顎に放つ。魔力が炸裂し、蹴り上げられのけぞった小型が無防備な首を晒す。そこに【手刀】を一閃して喉を裂き、逃走防止のために蔦を操作して四肢を縛り上げた。
さて、次は残った小型を、と意識を向けると、さすがに勝てないと思ったか、背を向けて逃げ出していた。まあ、全滅させる気はないからいいか。大きく育ったらまた会おうなー。
さて、終わってみれば、あっさりと片づいたものだ。数がもっと多かったらまずかったかもしれないが、事前に準備や狩りの想定をしていたので無事に狩れた。
俺が捕らえた大型と中型は、倒れてピクピクしてる。まだ死んでない。とどめは傷がつくから、完全に動かなくなるまで待とう。小型も、このまま放置しとけば失血死しそうだ。
「お疲れ。俺が一番楽をさせてもらったな」
中型にとどめを刺したセザールが、立ち上がってこちらを見た。
「まあ、メインは俺だし。大物を譲ってもらって感謝」
自分の獲物を観察する。見る限りでは状態はいい。このまま大型を納品すれば依頼達成だ。土の拘束はもういいか。解除して、蔦の拘束に変えておこう。
「そっちはまだかかりそう?」
歩いてきたグンヒルトが、大型を見ながら言う。彼女が仕留めた獲物の姿はない。【空間収納】に片付けたんだろう。
「イノシシで試した時は5分ちょいかかったかな。心停止したら収納できるから、それまで待ちだ。それにしてもグンヒルト、結構無茶な狩り方してたな」
「まあ、あれくらいならね。ファルーラバイソンのチャージに比べればマシよ」
……ファルーラバイソン相手にもあの狩り方かよ。そりゃあれに比べりゃマシだろうけどさぁ。真っ向から受け止めてるわけじゃないにしても、あの質量のあの速度を捌ききるんだもんなぁ。
ちなみに俺も、過去には真っ向からイノシシ系の突進へカウンターを入れてたことがあるけど、ある日、仕留めはしたけどそのまま吹っ飛ばされたことがあって以来、しなくなった。命は大事に!
「では、フィストの獲物を収納できたらこの場を離れよう。安全な所で血とモツを抜く。フィストのは、そのままにしておくのだったか?」
「ああ。処理はデトレフさんに任せる。俺の仕事は、狩って持ち込むだけだ」
「だったら、私達の獲物もドラードに戻ってから処理しようか? うちの作業場を使ってくれたらいいし」
普段の狩りなら解体は現地でやる。モツの処理等も、穴を掘って埋めるだけで済むからだ。でも、グンヒルトの所を使えるなら、そっちのほうが安全だし衛生的だ。今日の獲物をこれから解体するとなると、帰るのも遅くなるし。
お言葉に甘えよう、そう答えようとしたところで、音が聞こえた。重い足音が近づいてくる。そちらを見て、思わず目を疑った。
いたのは1頭のシルバーボア。しかしその大きさが半端じゃない。超大型、とでもいいのか。とにかくデカい。体長はここからじゃ分からないが、背中の高さは2メートルを超えている。どれだけ生きたらあの大きさになるのか。
「リアル乙事主……?」
「いや、乙事主の推定体高は3メートルくらいはあるように見えたから、それよりは小さいぞ」
緊張したグンヒルトとセザールの声が聞こえる。そだね。でも、あの大きさでも十分脅威だ。
「俺達を餌とでも思ってそうな目だな、あれ」
「餌って……草食じゃないの?」
「元々イノシシは草食寄りの雑食で、昆虫やミミズ、蛇とか食うぞ。あの大きさなら人も食いかねん」
セザールの言うとおりだ。それにイノシシ、鹿の死体とか食うし。某漫画じゃ、猟犬を返り討ちにして食った、とかもあったっけ。
正直逃げたい。でも逃げられない。共食いするかは知らんけど、獲物を残していくわけにはいかんし、そもそもセザールとグンヒルトの足じゃ逃げ切れないだろう。
戦闘は避けられない、か。それに、あれを綺麗に倒す余裕もない。全力を出さないとこっちが殺られそうだ。
シルバーボアがこちらへ突進してきた。足音というか地響きが迫ってくる。中型トラックが突っ込んでくるようなもんだ。カウンター? 無理っ!
「来るぞ! 散開!」
言い聞かせるように叫び、震える脚に拳を打ちつけて活を入れる。
だが、その行為は無駄に終わった。
超大型シルバーボアが、首から血を噴き出しながら、倒れたからだ。