第210話:指名依頼1
大変お待たせいたしました。
本日は第210話から2話連投しています。これは1話目です。
ログイン201回目。
転移門でドラードへ跳び、さっそく狩猟ギルドへ足を運ぶ。
ギルドのロビーにある掲示板を見てみると、いつもどおりに依頼票が貼ってある。その一角に、指名依頼のスペースがあった。
指名依頼。冒険者ギルドが存在する創作物ではよくある制度だけども。いや、GAOでの指名依頼はどんな制度なんだか。
探してみると、1つの依頼票が目に入る。ああ、これがそうか。
今までに貼ってあった依頼というのは、受注者の条件を定めていないものと、いくらか条件が設けられているものばかりだった。条件ってのは、獲物の状態を指すことが多く、つまりそれなりの技量を持った人じゃなきゃこなせない、難易度の高い依頼だ。
そんな中で、特定個人を指定しているものは初めて見た。しかもそれが俺宛だなんて。依頼者とやらは、俺なら達成できるという認識でこの依頼を出したんだろう。
依頼票によると、狙う獲物はシルバーボアとある。狩ったことはないけど、その存在は知っている。確か、セーゴさんが好きだって言ってた肉がシルバーボアだったはず。ロースの香草焼きが旨い、って。俺自身も、心の『いつか食うリスト』に載せた覚えがあるぞ。
いい機会ではあるが……さて、詳しい条件は、と。
「まる1頭の買取。なるべく傷なしでの納品。特に頭部に一切の損傷がないこと、か」
どうやら依頼主はシルバーボアの毛皮をご所望のようだ。頭部をってことは、剥製にでもしたいのかもしれない。
報酬は狩れたら10万ペディア。それとは別に獲物の買取額が加算される。額は状態により変わる、と。ひとまずは狩れれば報酬が出るのか。
条件については難易度が高めだけど無理ではない。やりようはある。
ただ、10万はともかく、追加報酬がなぁ。これ、条件変えてもらえないものかね。
その依頼票を剥がして、受付に持っていく。まずは話を聞いてみよう。
「すみません。指名依頼についてお聞きしたいのですが」
「はい、何でしょうか?」
「受注については任意ですよね?」
ギルドからの命令同然の強制力がある設定も界隈では見受けられるけど、GAOのギルドはそういう感じの組織じゃないから、拒否はできると思う。
「ええ。狩人の都合もありますし、報酬が納得のいくものとは限りませんから」
ですよね。発注者と受注者、双方に益がなければ契約は成立しないわけだから。
「フィストさん、でよろしいですか? その条件でその報酬でしたら、かなりの好条件ですが」
依頼票を見て職員さんがそんなことを言う。ええ、シルバーボアの納品ってことなら破格だと思います。ただ、そうじゃないんですよ。
「獲物は買い取るというのが、ちょっと」
「といいますと?」
「肉は欲しいんです」
そう。せっかく旨いと噂の獲物を狩るのに、それが俺の口に入らないならやる気が起きるわけがない。頭や毛皮はどうでもいいのだ。肉。とにかく肉だ。
「シルバーボアの肉自体は、珍しくはあっても市場に出回りますよ?」
「自分で狩った獲物を食べるのがいいんじゃないですか」
「ああ、セザールさんと同じなんですね……」
答えると、そんな反応を職員さんが返してくる。まあ、同類なので。
「それでしたら、依頼人に条件の変更を伝えてみましょうか?」
「そうですね。それが可能なら」
依頼人のほうで肉も必要なのかもしれないからなぁ。少しでも肉がもらえるならいいけど。ダメ元ダメ元。
ところで依頼人のデトレフ・ブローベルって、どこかで聞いた覚えがあるような?
「ちはーっす。旨くない肉の納品でーす」
狩猟ギルドを出て『エルドフリームニル』を訪ねた。
「なにその嫌がらせ?」
「話のタネに、ってだけだな。ダンジョン産の人工生命体っぽいやつの肉」
呆れるグンヒルトに、笑いながら布で包んだホムンクルスの肉を【空間収納】から取り出した。ガッツリと食ってほしいわけじゃないので、少量だ。
近くのテーブルに置いて、そのまま椅子に腰掛ける。
「そっちがイノシシのホムンクルス、これがトカゲのホムンクルスな。味は総じてオリジナルより薄い」
「んー……まあ、一度は食べてみるけど。人が好んで食べたい肉じゃなさそうね。肉食動物の餌とか、そっちなら需要があるかも?」
向かいの椅子に座り、布を広げて肉をつつきながら、首を傾げるグンヒルト。使役獣用の餌とか、狩猟罠用とかならいけるか。
ちなみにホムンクルス肉へのクインの反応は微妙だった。これがクインの好みの問題なのか、肉食獣としての反応なのかは分からないけど、彼女が好まないなら俺にも不要だ。
「最近はどうしてたの?」
「親友にアインファストのダンジョンに誘われてな。そっちに潜ってた」
「それでこのお肉ってわけか。ダンジョンはどうだった?」
「美食的には現時点でおいしい場所じゃないな。同じダンジョンならツヴァンドの鉱山ダンジョンでロックワームを狩るほうがマシだ」
「ああ、あのコンビーフ味の? 食材しかドロップしないダンジョンとかあればいいのにねぇ」
「あー、そんなのあったら料理人プレイヤーが喜びそうだ」
その場合、戦闘力の向上が必須になるけど、グンヒルトには朝飯前だろう。多分、料理人プレイヤーで一番戦闘力が高いのは彼女だ。ホント、そういうダンジョンが見つからないもんかね。
「ドロップ品だと一定の品質は確保できそうだけど、野菜とかだと農民プレイヤーの栽培したもののほうが高品質になりそう」
「いるのか、農民」
「ほら、ドラードの近くに大きな麦畑があるでしょ。あそこ、プレイヤーの開拓地だし」
マジか。俺だって家庭菜園的なのはやってみたいと思ってるし、それをGAO内で大規模にやろうって人がいてもおかしくないか? でもあれは結構な大規模農場だったぞ。
「界隈じゃ【開拓王】なんて呼ばれてるけどね。質のいい野菜を卸してもらってるの」
勝手に土地開発してエド様が黙ってるわけないし、多分、許可とかはとってるんだろう。それにあれ程なら人手も必要だろうから村扱いになってるのでは? 税も課されてそうだ。そのへんの話を聞かせてもらいに行ってもいいかもしれない。
あ、そういえば。
「ところでグンヒルト。冷凍冷蔵庫とか欲しいか?」
「欲しい」
問いに彼女は即答した。
「食材の保存だけなら【空間収納】で事足りるけど、肉の熟成とかにも使えるし。飲み物を冷やしたりとか、冷凍庫もあるなら氷を作れるし便利ね。くれるの?」
「俺のはワンオフだからやれんけど、それを作った連中に、製品版の製造販売をすすめてみた。前向きだったから、そのうち出るんじゃないか?」
「そういうのを作りそうなのって【魔導研】よね? もし作るなら売ってほしいってメール投げとく」
思ったとおり、需要はありそうだ。ついでに【料理研】にもこっちからメールしとこう。きっと食いつく。
「それで、フィストはこれからどうするわけ? 家を買ったのは聞いたけど、まだ住んではいないんでしょ?」
「そっちは改装の準備中だな」
現在、ラファエルさんが設計中だ。そろそろ第一案ができる頃だろうか。そこから見直し等を経て、満足のいくものができたらようやく動き始めることになる。
「だから、しばらくはいつもどおりかな。指名依頼の件もあるし」
「指名依頼? 何か特殊な案件が?」
「ああ、住人からシルバーボアの納品を依頼されてな」
「ほほぉ」
グンヒルトの目が細められた。
「美味しいよね、シルバーボア。それを狩るって?」
「条件を見る限り、肉より毛皮目当てっぽいけどな。ただ、丸ごと買い取るって話だったから、肉をもらえないか交渉中」
「ふーん。ねぇ、フィスト。それ、私も同行していい?」
「同行、って。さっきも言ったが、肉がもらえるかは分からんぞ?」
「え? 依頼は依頼でいいとして、よ。もしかして、1頭だけしか狩らないつもりだったの?」
不思議そうなグンヒルトの言葉を頭の中で繰り返す。あぁ、納品用とは別に狩ればいいってことか。
「私は私で狩るから、フィストも何頭か狩って、一番状態がいいのを納品すればいいんじゃない?」
「そんなに数がいるかね?」
なんとなくレアな存在ってイメージだったんだけども。だから多分、複数狩るってのを選択肢から外してたんだと思う。普通のイノシシみたいにポコポコ湧いて出てくるならそれもアリだけど、どうなんだそのへん。
「んー、生態がイノシシと一緒なら、群れてたりするんじゃないの?」
「現実のと同じならな。ただ、構成は母親と子供だったはずだ。子が成体ならともかく、うり坊レベルのは依頼品としても自分用としても適さないなぁ」
うり坊自体を食ったことないから、それはそれでアリかもしれんけど……大きく育ってからのほうが食いでがあるよね。でも一度は試しておこうか。量より質タイプの肉かもしれないし。まあ、狩れたらの話だ。
「自分でも狩りたいってのはいいんだけどな。ただ、今回は泊まりがけになるぞ」
俺に指名依頼が出てることを連絡してくれたのは、ギルドでそれを見かけたセザールで、シルバーボアの狩り場の情報についても彼に教えてもらった。日帰りで行ける場所じゃなかったので、そうなってしまう。
「なら、それなりの準備をしないとね。道中の食事は任せて――なに?」
「いや、お前も気にしないんだな、と」
そりゃ、システム面で安全が保証されてるんだけどさぁ。いや、だからこそ、なんだろうけど。
「あー、泊まりがけってこと? まぁ、フィストだしねぇ」
「なんだそりゃ」
「変なコトしないでしょ? 別に、シてもいいけど」
頬杖をついて、ふふーん、と流し目を送ってくる。うわ、似合わねぇ。いや、美人さんではあるから威力はあるよ? でも、グンヒルトだってことでフィルターが掛かる。
表情に出たのか、クスクスとグンヒルトが笑う。
「まあ、ニクスにはちゃんと断りを入れときなさいよ」
「どうしてそこでニクスが――いやいい、何も言うな」
片手を前に突き出して続きの言葉を阻止し、別件で気になることへと話題を変える。
「装備関係、どうなってる?」
「発注済。武器は魔銀製のヴァイキングアクスを二振り、金剛鉱製のを一振り。剣と小剣を魔銀製で一振りずつ。新規で魔銀の槍を1本。防具一式は魔銀製で兜とチェインメイル、ブレストプレート。手袋とブーツはワイバーン革で、魔銀を仕込んでもらう予定。武具以外は、魔銀と金剛鉱で包丁と解体用刃物を一式ってとこ」
聞いてる限り、今までのスタイルは崩さずってところか。槍は、投擲用か獲物のとどめ刺し用だろうか。
「盾は?」
「ラウンドシールドの金属部を金剛鉱で。あと、完全魔銀製のも1つ」
木製の盾って、相手の刃物を食い止めて動きを阻害するタイプだったっけ。そういう意味じゃ全部魔銀にするのは別用途か。
「それ、今のみたいに縁に斧の刃を着脱可能に?」
「今回のには無しで。鈍器扱いでいくつもり」
持ち手部分や縁を金剛鉱にするなら、いい鈍器になるだろう。あの重量と強度でグンヒルトのシールドバッシュとか、絶対食らいたくない。
「まあ、そっちはいいの。でもね、それ以外をどうにかしたいのよね」
悩ましげにグンヒルトが溜息をついた。どうした?
「ほら、夏になるとさ、防御重視の服装だと不具合が出るでしょ? 鎧下とか着てたら、絶対に熱中症になるわよ、GAOだし」
「あー、こっちの夏が日本の夏と同質だと地獄だな」
綿を仕込んだ厚手の服だと、さぞ暑かろう。かといって、素肌で金属鎧を着るなんて、夏場だと自殺行為だろうし。
「だからって簡単に半袖にしたりすると、森で虫とかがねぇ」
「肌を出したら、獲物のノミとかダニもいるしな。金属鎧組は大変だ」
俺、革鎧でよかった。正確には革張りの金属鎧だけど。ジェリドとか、何か対策してるのかね。あとニクスも。それを言うならGAO内の人達の、金属鎧の夏場対策ってどんな感じなんだ?
「装備関係も大変だけど、食材もだろ。季節物は旬が過ぎるし、日保ちの時間とか」
「そうなのよ。一応、旬の物は【空間収納】に在庫を抱えてるけど、今後の計画的な仕入れとかも考えないと」
四季の実装で、現実みたいに季節関係なく野菜が入手できなくなるから、料理人プレイヤーには制約だもんな。
でも、四季で見られる景色が変わるのは、今から楽しみではある。来年は是非、あの桜で花見をしよう。