第208話:アインファストダンジョン4
1年以上更新できず、申し訳ありませんでした。今も読んでくださる皆様に感謝を。
本日は第207話から3話連投しています。これは2話目です。
難易度が低い階層だというのもあって、探索は順調に進んだ。敵も罠も階層のボスも現時点で脅威と言えるようなものはない。
戦利品は階層相応といったところ。【解体】スキル効果で他のプレイヤーよりも実入りはいい。手間が掛かるとはいえ、丸ごと手に入るというのは大きいのだ。その分、攻略速度は落ちるけど。
途中、待望の住人パーティーとも接触できたので情報交換もした。グランツは主にダンジョン全般のことを、俺はダンジョン内で狩れる獲物について教えてもらった。
ダンジョン内の生物については、外にも存在するやつは差違はないらしい。ホムンクルスタイプについては、肉の味はやはり劣るらしく、買い取り価格も低く設定されたとかで、持ち帰ることは稀だとか。
ホムンクルスタイプが持つ魔石は、質的には魔獣の魔核を加工した物に劣るようだけど、かさばらないし、外で魔獣を狩るより難易度が低いのでありがたいとか。
ついでにダンジョン内での休み方とか、ちょっとした知恵とか愚痴とか。
こういう話を聞いてると、住人は本当にGAO内で『生きている』んだなという思いがより強くなっていく。
ともあれ、色々と有益な情報が得られたところで。
今、この階層のボス部屋の前に立っている。既に準備は万端だ。
「で、ここのボスって何だ?」
「情報から判断するにキマイラみたいな奴ね」
ローゼの問いに、ミュウが答えた。キマイラかー。
「キマイラというのは、どのような存在なのですか?」
「広い意味では合成獣というか、複数の動物を掛け合わせたような魔獣ね。何種類かの動物をパーツでバラして1頭に組み立てた姿を想像してみるといいよ」
ミュウの説明にニクスが微妙な顔をする。まあ、そうなるか。ファンタジーとかに詳しければ、最初に浮かぶ姿は大体同じだけど、知らなきゃどんな動物を思い浮かべるかで姿が変わるし。
「ギリシア神話では、ライオンの頭、山羊の身体、蛇または竜の尻尾であるとされてる。そこに山羊の頭が追加されることもあるな。火を噴くって言われてるからなのか、ドラゴンの頭が追加されたり翼が生えてたりすることもある。ちなみに尻尾が蛇ってのは、鵺みたいなのを想像するといい」
「鵺?」
「あー、蛇の尻尾じゃなくて、蛇が尻から生えてる感じ」
「それは……それぞれの頭が別にものを考えるのでしょうか?」
「どうかね。身体の主導権とかどの頭が持ってるんだろうなぁ」
ニクスの問いに、今更ながら自分でも疑問に思う。やってみなきゃ分からないってのが正直なところ。それぞれがメインでありバックアップでもあるって前提で戦うほうが、安全そうだ。
「グランツ、ここのキマイラのタイプは?」
「ランダムみたいだぞ。頭と胴体が獅子、背中に山羊頭で、尻尾が蛇ってのが多いみたいだけど、他の組み合わせもレアって言えない位には出るとか」
「魔術は?」
「使うぞ。あと、獅子頭が酸を吐いたってのは聞いた」
酸を吐くタイプは覚えがないな。もっとも、キマイラというか合成獣と考えるなら、どんな組み合わせと能力もあり得るか。
「まあ、ボスと言っても、この階層に出る程度の強さしかない、って考えていいんじゃないか?」
「作品によって強さの扱いが違うしな。でもまあ、低階層でも稀にレアクラスが出ることもあるわけで。油断はできないだろ?」
ツヴァンドの鉱山ダンジョンで遭遇した魔銀ゴーレムみたいなのが出てくると厄介だ。でも普段からランダムってことは、そいつがレアかつ強い個体なのかどうかの判断が難しいってことになる。油断はできない。
あと、魔術使いってのがなぁ。振り返ってみれば、対魔術戦ってあんまり経験がない。狩りメインで動いてりゃ仕方ないんだけども。
「じゃ、そろそろ行きますか」
そう言い、グランツが一瞥する。異を唱える者はいない。それを確認し、グランツが大扉を押し開けた。
ボス部屋自体は特筆する点がない。ツヴァンドのダンジョンと何ら変わらないものだ。特殊なボス部屋ってあるんだろうかね? ダンジョン関係の情報はあんまり気にしてないからよく分からん。
全員が部屋に入ると、少しして正面が揺らぐ。部屋の中央にボスが出現した。
体長は4、いや5メートルくらいか。頭と身体が獅子。ただ、後ろ足は蹄が見えるので山羊だろうか。尻尾は蛇……見た目は毒蛇タイプじゃないが、【動物知識】に反応しないのはキマイラだからか?
背中、というか両肩あたりに頭が別に1つずつ。片方は山羊で、
「ブレス確定かなぁ」
もう1つの頭を見たミュウが嫌そうな声をあげた。それは竜の頭だったのだ。
体色はグレーっぽい。ドラゴンのブレスといえば、メジャーなのは炎だが、種類によって吐くものが変わるというのもファンタジーじゃ珍しくない。グレーって何か特殊なブレスあったっけか?
でも、そんなことよりも、だ。
「なぁ、グランツ」
「ん?」
「あれ、肉はそれぞれ別だと思うか?」
別だというなら、肉の味もそれぞれ元の生物準拠の可能性がある。つまり、獅子、山羊、蛇、そして、竜だ。
「「ドラゴン肉……っ!」」
グランツとミュウの声がハモった。言いたいことは分かってくれたらしい。
そう、竜の肉。ファンタジーなら是非とも食してみたい逸品! それが、目の前にっ!
「キマイラが肉のドロップするってのは聞いたことないが……」
「でも、私達なら問題ないよね」
2人の言葉に首肯する。他の連中が手に入れられなくても、俺達なら【解体】スキルがある。仕留めさえすれば、そのまま肉もまるごと入手可能だ。
「ローゼ。お前、とどめ禁止な」
「お、おぅ……」
念押しで言うと、気圧されたような表情でローゼが一歩下がった。おいおい、今から相手にビビってどうするんだ。しっかり狩るぞ。
「支援任せた!」
両拳に【魔力撃】を乗せて、キマイラへと駆ける。
「オーライっ! ローゼ、耐火の呪符があれば準備! ミュウ!」
「はいはい、お任せ!」
グランツの指示が背後から聞こえた。直後、グランツとミュウの詠唱が始まる。少し遅れて足音が2人分、俺を追ってくるのが分かった。
キマイラを間合いに捉え、まずは先制の拳を繰り出す。身体の大きい生物は動きが鈍いと思われがちだが、キマイラは真正面からの攻撃を機敏な動作で回避した。
山羊頭から、明らかに鳴き声とは違う音が漏れ始める。魔術の詠唱だ。やっぱり使うよなぁ!
距離をとろうとするキマイラへ追撃する。逃がさんぞ、肉!
割とあっさりと倒せた。見た目から予想される攻撃手段の対策がしっかりできていて、予想外の行動や能力もなかったらこんなものだ。特にレアな敵、ってわけでもなかったんだろう。魔銀ゴーレムみたいな厄介なのに何度も遭遇してたまるか。
まあ、そんなことはどうでもいいんだ。重要なことは別にある。
「じゃ、まずは皮を剥ぐか」
「「おーっ!」」
とにかくキマイラの解体だ。全ては、肉のために!
「で、真面目な話、どこからやる? 結構大型だし、毛皮として、綺麗に剥ぐんだろ?」
「そりゃまあ。ただ、キマイラの毛皮とか、どういう扱いなんだろうなぁ」
素体のメインが獅子だから、獅子の毛皮なのか。それとも、キマイラの毛皮として別物なのか。下手に手を出さず、このまま持ち帰って、狩猟ギルドに解体依頼を出したほうがいいかもしれん。
グランツの問いに疑問を口にしつつも、解体用ナイフのセットを取り出した。普通なら血抜きをして、腹を裂いて内臓を取り出すところだけど……欲望に身を任せ、ドラゴン部分の肉を摘出することを優先する。
「鱗はリザード系より硬いけど、竜のそれ、って言うには軟らかく感じるな」
ドラゴンスケイルって言えば、ファンタジーじゃ頑丈な鎧の素材としてよく登場する。つまり鋼素材よりも強いというイメージだ。でも、目の前にあるこれはそう思えない。
「せいぜい鋼並み、ってところか」
ただ、当然こっちのほうが軽い。スケイルメイルの素材としては悪くないんじゃないだろうか。
鱗を剥いで、皮膚に解体用ナイフを入れる。魔銀製の刃は、思ったより容易く突き立った。適当な大きさで切り出して、肉を観察する。んー……白っぽい肉だ。鳥とかトカゲ系? 味もそっち寄りだったりするんだろうか。それともワイバーン系?
人数分にスライスし、手っ取り早く携帯コンロを出して、フライパンを乗せる。油をちょっと垂らして熱し、いい塩梅になったところで肉を乗せた。
ジュウッといい音がする。肉の焼ける匂いはするけど、そこまで強くない。期待より不安のほうが大きくなっていく。しかし、確かめなくては始まらないのだ。
肉をひっくり返し、十分に火を通す。味付けはひとまずなしでいこう。
自分の肉を箸でつまみ、口に入れ、噛む。うむ、普通に噛み切れる。そこはいい。ただ――
「薄い、ですね……」
困惑するニクスの声に、皆が頷いた。そう、味がほとんどしない。動物型のホムンクルスの肉だったら、薄いと言っても元の動物の味がしてたのに、それがない。まさか、ドラゴン肉の味が元々薄めとか?
倒したキマイラを見る。構成種別は獅子、山羊、竜、蛇。竜の部分は食べてみた。
ナイフを手に、キマイラへ向かう。獅子と山羊の部分から、竜と同じくらいの肉を切り出す。
蛇はすっぱりと斬り落とした。腹を裂いてみると内臓が一応あるものの、動物型ホムンクルスと同様に途中で終わっている。内臓を捨て、皮を剥ぎ、面倒なのでぶつ切りにした。
空になったフライパンに、獅子部の肉を置いて焼く。匂いは竜部と変わらない。
焼けたので、自分のを食べた。味は変わらない。いや、食感は違うけど、味がほとんどしないのは同じだ。獅子の肉なんて食ったことないから違いも分からない。
次に山羊部の肉。こっちはリアルでもGAO内でも経験済だけど、味はほとんどしない。山羊肉の味が薄くなった、という感じでもない。食感は獅子部とは違う。ただ、部位の問題なのか、過去に食べた山羊肉とも微妙に違うような。
最後に蛇部の肉。食感は過去に食べたことがある蛇と同じ。味は以下略。
つまり、食感は様々なのに、味は同じってことだ。
皆も一通り食べて、微妙な顔。
「帰るか」
「だな」
「そうね」
思わず漏れてしまった声に、グランツとミュウが同意する。
「お前ら、本当にそれでいーのか……?」
ローゼの呆れた声と視線。いや、言いたいことは分かる。分かるけど、仕方ないだろっ!?