第206話:アインファストダンジョン2
「それじゃ、行きますかね」
斥候を先頭にして通路を進むことに。敵が現れたら俺とグランツが位置を変えて迎え撃つ、ということになった。
「で、このダンジョンってトラップあるのか?」
「やっぱり下に行くほど濃くなってるみたいだな」
俺の問いに、軽い足取りで前方を行くグランツが答えた。
「最初は、1階には罠がないなんて言われてたけど、引っかかった奴がいたらしい。報告例はすごく少ないけど、ゼロじゃない」
それは普通にあるより厄介だと思う。まず引っかかることがないくらいの頻度の罠を、それでも探さなきゃいけないってのは、発見に至らなかった時の徒労感も半端ないのではなかろうか。いや、ないに越したことはないんだけど。
「まあ、そこまで神経質になることも現時点ではなさげだけどな」
「というと?」
「スキルが低くても見つけられるのが1つ。それから――」
T字路を左に曲がったところでグランツが立ち止まった。その先、10メートルほどで道がなくなっている。行き止まりだ。
「お、ちょうどいいところに。あそこにトラップがある」
グランツが道の奥を指した。当然、何も見えない。指は床を向いているので、感圧式の罠なんだろう。
「深読みした奴を狙い撃ちにするタイプだな。隠し扉とかあるんじゃないかと進んだら引っかかる」
あー、行き止まりだと思えば踏み込まずに別の道を行くか。メタなことを言えば、こんな序盤に隠し部屋があるわけないと判断する奴もいるだろうし。
「とまあ、進行ルートが確立してる場合、最短で進めば引っ掛かることがないのがもう1つの理由だな」
言いつつグランツが【空間収納】から取り出した物がある。それは長い木の棒だった。
「約10フィート棒~」
どこかの猫型ロボットのような抑揚で、グランツがそれを掲げた。
「買ってたのか、それ」
「いや、森で調達した」
よく見ると、手頃な木を伐って、それを削ったようだ。だから、約10フィートなのか。
「ミュウが槍買ったから、それでもいいかもしれんけど」
「私の槍は10フィートじゃないんだけど?」
ミュウが槍を庇うように遠ざける。そう言いつつも、いざという時には躊躇いなく使うんだろうけど。
「ダンジョンの探索に、棒が必要なのですか?」
「いや、必須ってわけじゃない。スキルなんてものがあるからな。あれば便利ってくらいなもんだけど」
ニクスの問いにそう言って、約10フィート棒を持ったグランツが前に出る。そして、棒の端を持ち、逆側で石畳を叩くと、その上から石材が落ちてきた。グランツが叩いた場所を踏んでいれば、頭に直撃する位置だ。
「こんな感じで、安全圏から罠を発動させたりするのに使える。罠があるかどうか分からなくても、これで床を叩きながら進めば、ある程度の安全が確保できるわけだ」
グランツの説明に、なるほど、とニクスが感心している。でもこれ、過信はできんのよなぁ。
「感圧式だと、一定以上の重さじゃないと発動しないのとかあるよねきっと」
とミュウが言う。棒で叩いても発動しなかったのに、踏んだら発動した、とかはあり得る。
「あるだろうな。あと、発動させるとアウトの場合もあるし」
今のみたいに上から何か降ってくるタイプや、横や足下から何か出てくるタイプならともかく、通路を塞いでガスや水が流れ込んできたり、爆発したりとかのタイプだと、やり過ごすのが正解となる。
「スキルに頼らない安全確認法ってのは、無駄にはならないと思うけど、ケースバイケースだ。そうなると結局、一番いいのは罠系スキルを修得しておくことになるんだが。スキルが万能じゃないとしてもな」
罠がない階層だけを攻めるなら不要だけども、GAOのダンジョンを攻略していくつもりなら、1人はスキル持ちが必要だろう。GAOで漢解除は無謀すぎる。
「ニクス達がダンジョン攻略するなら、そのへんも考えとくといいぞ」
グランツの説明が終わると、ニクスとローゼが顔を見合わせた。
「んー……どうするニクス?」
「私はダンジョンそのものにこだわりはないから。今はフィストさん達がいるから問題ないけど、普段どおり2人でってことなら、どちらかがスキルを修得するのがいいと思う」
「そーだな。その場合、修得はオレか。こういうのって、身軽なほうがよさそうだし?」
罠を見つけるだけならどっちでもいいだろうけど、咄嗟の回避を考えるならローゼの言うとおりだ。解除までするなら手先の動きを妨げない装備が望ましい。そういう意味でなら、ニクスもローゼも手の装備が同じなので、大差はない。でも器用さは、ニクスのほうが上な気がする。ローゼは、ほら、まあ……
別の道を進む。ツヴァンドのダンジョンと違い、今のところは光を放っている石材があって、それが等間隔に並んでいる。ただ、門からの通路と広場にあったものよりも光量が少ないし、配置の間隔も広くなってるような。
それに、当たり前のようにある光が急に消えるトラップとかあったら混乱しそうだ。
俺がそう考えるってことは、グランツとミュウも同じなわけで。2人の魔術でいくつかの光源を確保済み。それ以外にも俺とローゼが松明を使用している。
「突き当たり、左側から接近数6」
先頭のグランツが立ち止まり、手で制してきた。
自分でも【気配察知】で探ると、確かに6つの反応がある。そして、それはプレイヤーのものじゃない。ただ、それが何であるのかまでは分からなかった。
その場で全員が立ち止まり、身構える。俺とローゼが松明を前方に投げ、グランツは俺の後ろへと下がった。何がやってくるのかと警戒し、
「えー……?」
それが姿を見せた時、そんな声が思わず口から漏れてしまった。
それは人型だった。サイズも人間大。目はある。口も鼻も耳もある。ただ、全身が真っ白だ。体毛1本すら見えない。
「……無表情の白い犯○さん?」
「それな」
ミュウの呟きにローゼが同意した。うん、そう言うしかない存在がそこにいる。そしてそれらは手に武器を持っていた。
「うわ、実際に目にすると不気味だなぁ」
のんきにそう言ったのはグランツ。どうやらこいつらの存在を知ってたようだ。
「まあ、ちゃっちゃと片付けようか」
ちょっとだけやる気を削がれたけど、敵には違いない。動かなきゃ殺られるだけだ。
「ニクス、ローゼ、やれるか?」
「はいっ」
「任せとけ!」
問うと、2人が前に出た。通路の幅を考えるに、3人横並びはきついので、何かあったらすぐに出られるように待機することにする。
後ろからはグランツとミュウの詠唱が聞こえた。
「おらぁっ!」
最初に接敵したローゼが、拳を『敵』に見舞う。突き上げられた拳が顎を打つと、魔力が弾けて『敵』がのけぞり、その身体が浮いて、光とともに砕けて消えた。
その隣で、『敵』が振り下ろした斧を盾で受け流し、ニクスが手にした剣を突き出す。剣先が『敵』の喉を貫くと、そこから白い液体が溢れ出た。力を失った『敵』を剣を抜きながら蹴飛ばして、ニクスが体勢を整える。
背後の詠唱が止まり、頭上を2つの光弾が飛び越えていった。最後尾の『敵』へとそれぞれが向かい、その顔面に突き刺さって弾ける。1体がそこで倒れた。
そうしている間にニクスとローゼは次の相手を難なく倒し、更に魔術で仕留め切れていなかった最後の1体にとどめを刺し、あっけなく戦闘は終了した。
あー、俺、何もすることがなかった。次は働こう。
「歯ごたえがねぇなぁ」
ローゼは欲求不満気味だ。まあ、最上階層だし、いきなり強敵は出てこないだろうよ。
「それにしても、オレ以外、全員【解体】持ってんのな」
ローゼが倒した『敵』は消えたけど、ニクス達が倒した『敵』は、死体がそのまま残っていた。
「ローゼも修得すればいいんじゃね?」
「んー……グロは多分大丈夫だけどさ。いちいち獲物の処置しなきゃいけねぇのが面倒でなぁ」
「まあ、毛皮の処理とかミスってボロボロにしそうではある」
「んだとぅっ!?」
実際、丁寧にやろうとすれば時間もかかるんだ。面倒だ、と言ってる時点で、修得してもあまりいい未来は見えない。
「ダンジョンだと、消えてくれる方が戦いやすいのかな。死体が邪魔にならないし」
「逆に、死体が有利に働く場合もあり得るから、どっちだからいい、ってもんでもなさげだぞ」
そんな声が後ろから聞こえる。大量の敵が押し寄せるような場合は、倒した敵がバリケード代わりになることもあるだろうからなぁ。その前に、そういう事態に陥るのが嫌だけど。
「ニクス、どうした?」
しゃがんで『敵』を調べてるニクスに声をかける。
「いえ。これ、という言い方が適切なのかは分かりませんが……これは人間、なのでしょうか?」
「まっとうな人間じゃないのは確かだな」
隣に立って、死体を観察する。外見上、性別を決定づけられる特徴はないけど、骨格は男性のもの、かな。しゃがんで身体に触れてみると、体温はあるけど低めだった。
「眼球は……白目とか黒目とか分からんな」
まぶたを開いてみても、そこには白い球体があるだけだ。これ、ちゃんと人間の目みたいに機能するものなんだろうか?
「そう見えるだけで、感覚器は人間と違う、と?」
「んー、どうだろな。強烈な光や音、刺激臭で、怯むことがあるのかは、検証しなきゃ分からんだろ」
死体をうつ伏せにして尻を広げてみる。出口はなかった。
「何か食って生きてるわけじゃなさそうだな。グランツ、こいつの情報ってどれくらい表に出てる?」
「アインファストダンジョンのただのザコ敵ってくらいだ。生態的なものは見かけなかった。まあ、そんな外見だから○沢さんだの人形兵だの言われてる」
人形兵……ああ、ハ○レンに出てきたあの一つ目人間的なやつね。確かに人工的に作られた感じはある。
「どうする、バラすのか?」
「んー……さすがに人型はなぁ」
仕留めるのは気にしないけど、解剖はなぁ。内臓的なものがどうなってるか、確認してみたくはあるけど、抵抗感が半端ない。持ち帰っても、素材になるか怪しいし。
「てことは、食うのもなしか」
「……人型を食うのは遠慮したい」
頭部が人間じゃなかったらまだ違ったのかもしれないけど、さすがにこれは無理。
「食ったら旨いかもしれんぞ?」
「おーいミュウ、グランツがこいつ食い――」
「さあ、戦利品だけ回収して先に進もう!」
笑いながら言うグランツを無視してミュウに声をかけると、被せるように声をあげて離れていった。察したミュウがニヤニヤしながら追撃をかけたのを見送って、『敵』――あー、もう人形兵でいいか、そいつが持ってた武器を拾い上げる。町の武器屋なら普通に売ってそうな剣だ。
ん? そういえば。
「ローゼ、さっきお前が倒した奴、何か落としてるか?」
「魔石だけだったぞ。ちっこいけど」
問うと、摘まみ上げた魔石をローゼが見せてくれた。持ってた武器は消えたらしい。ふむ、オートドロップでそれが得られるってことは、解体しても得られるってことだよな?
「……結局、バラさなきゃいかんのかぁ」
得られる成果を無視するわけにもいかんよな。
覚悟を決めて、【空間収納】から解体用ナイフ一式を取り出す。最初の1体目、どうか分かりやすい場所から見つかりますように。
結局、人形兵については、心臓に魔石が埋まっていた。そのついでに内臓も確認してみたけど、多分人間と同じだと思う。ただ、機能しているかは分からない。形だけのような気もする。だとするなら、ここまで再現する意味があるんだろうか? それともやはり何かの意味が?
でもまあこれも、GAOだから、で片づく話なんだろう。多分。