第205話:アインファストダンジョン1
大変お待たせいたしました。辛抱強くお待ちくださいました読者の皆様に感謝いたします。
今回は、3話同時投稿となっています。第203話からお楽しみください。
ログイン198回目。
昨日までドラードだったのに、今はアインファストにいる。理由はグランツに『アインファストのダンジョン、一緒に潜ってみないか?』と誘われたからだ。
バフ料理については、今の俺が関わらなきゃいけない部分はない。あとは彼女が自分でどうにかするだろう。結果を待つだけだ。
屋敷の改築もまだ準備時間が必要だし、人集めも現状では積極的にやれることがない。要するに手が空いてる。断る理由はまったくなかったので、すぐに了解の返事をした。
あいつらがGAOを始めてから約1ヶ月。色々と慣れてきた頃だろうし、会うのが楽しみでもあった。
「よう、フィスト。久しぶり」
「フィスト君、おひさ~」
北門の外で、グランツとミュウが待っていた。2人とも装備の質が上がっている。それに使い込んだ跡も見受けられた。全力でGAOを楽しんでるようで何よりだ。
「最近、どんな感じだ?」
「狩りで稼ぎつつ世界を楽しんでる。楽しいなGAOは」
「ツヴァンドに行って、装備も新調したんだよ」
笑顔で答えるグランツと、手にした槍を見せてくるミュウ。てことは2人の装備は『コスプレ屋』製か。それにしてもミュウ、槍にも手を出したのか。
「魔銀装備の発注は?」
「それはまだ。強力な装備は欲しいけど、それに見合う自分じゃないとね。しばらくは普通の武具で十分」
ミュウが言いたいことは分からなくもない。このゲーム、強力な武具を入手して強くなれと言うよりは、自身の技量に耐えうる武具を入手しろ的な部分があるし。普通の武具すら使いこなせないまま強力な物に頼るのは避けたいってことだろう。
「で、装備新調したし、いいタイミングかなと思ってダンジョン行ってみようって話になってさ。ならフィスト君も誘おうって。フィスト君もこっちのダンジョンは未経験だって言ってたでしょ?」
なるほど、だから「一緒に潜らないか」だったんだ。戦力としての期待がゼロってわけじゃないけど、要は一緒にダンジョンアタックしたかったわけだ。
「そんなわけで、人数集めたわけだ」
「人数、てことは、他にも呼んでるのか?」
「ああ。と、ちょうど来たぞ」
グランツの視線を追うと、そっちに見えたのはニクスとローゼだった。この2人か!
「ローゼとも面識あったのか?」
「ああ、アインファストでニクスと一緒に何度か会ってる」
ローゼはニクスと一緒に活動してるわけだし、直接の面識がなくても、ニクスに声を掛けてりゃ同行してたか。
「よー、フィスト」
「フィストさん、お久しぶりです」
俺がいることには2人とも驚いてない。知ってたってことか。まあ、別にいいんだけど。
「じゃあ、この5人で、ってことか?」
「だな。クインが加わるなら5人と1頭だけど……いないのか?」
相棒の姿を求めてグランツの目が動く。
「あいつは留守番だ。興味ないとさ」
クインには、屋敷の留守番を任せた。彼女にとっては、ダンジョンアタックに参加するより自然の多い場所で縄張りを拡大するほうが気楽だろうし。
アインファストのダンジョンに到着した。
ここは、アインファストの北にある岩山で発見されたダンジョンだ。一番に発見されたダンジョンであり、ゲーム開始地点から近いこともあり、大変に賑わっている。
ただ、ツヴァンドの鉱山ダンジョン周辺よりも煩雑というか、混沌としているというか。しっかりした建物は少なく、天幕のほうが多い。
これは地形のせいなんだろう。狭いスペースに何とか天幕を建ててるって感じだ。ここをツヴァンドみたいにしようと思ったら、岩山を切り崩して平地を確保するか、穴を掘って洞窟住居みたいにする必要がありそうだ。
「難民キャンプ的な雰囲気だな」
「あるいは中東辺りの反政府組織の拠点? 賑やかだけど、トラブルも多そうな感じ」
物珍しそうに、しかし油断なく周囲を観察するグランツとミュウがそう言った。同感だ。活気があると言えば聞こえはいいけど、見るからに怪しげな奴の姿もちらほらと。
「ツヴァンドと、何が違うのでしょうか?」
「あっちは先に鉱山があって、ツヴァンド領主の管理範囲内に発生した。でも、こっちはダンジョンだけが見つかった。その差だと思う」
ニクスの問いに、自分の考えを述べる。
ツヴァンドは鉱山内で発見されたダンジョンだったから、鉱山町を拡張する方向でうまくいったんだろう。
でもこっちは何もない。ダンジョン直近に町を作ろうとしたって簡単にいくものじゃない。直近の村を起点にして開発すればよかったんじゃないかって素人的に思うけど、村にもグリュンバルト家にも都合があるだろうし。
ともかく、あれこれ先走った連中が居座ってしまって収拾がつかなくなって今に至るんじゃなかろうか。
「こいつらが勝手に居座ってんなら、領主がいずれ手入れをするんじゃねーの?」
「だな。俺達が気にしても仕方ない」
ローゼの言葉に頷く。トラブルが起きそうだけど、ダンジョンの運営は領主の仕事だ。
ダンジョンの入口である門は、ツヴァンドのものと同じに見えた。
手前に小屋があり、そこで入場者の受付をしているようだ。武装している連中が列を作っている。プレイヤーだけでなく、住人も混じってるっぽい。
入場料はツヴァンドと同じで1人500ペディア。ひとまずグランツが立て替えて払い、門をくぐった。
通路は幅と高さが3メートルほど。石材でできていて、いかにもダンジョンといった構造だ。ツヴァンドと違うのは、壁に魔術的な照明があることだ。光を放っている石材があって、それが等間隔に並んでいる。
「一応、ダンジョンについての下調べはしてみたんだけどな」
グランツが先を行きながら言った。
「纏まった集団で入ると、それがパーティーとして認識されるんだと。検証によると、2メートル範囲内にいる奴が連鎖的に認識されるって」
その言葉に、周囲を見る。今は先頭にグランツ、その隣にミュウ。そこから1.5メートル後方に俺。その後ろ1メートルくらいにニクスとローゼがいる。連鎖的にってことは、ニクス達の背後2メートル以内に誰か居れば、それもパーティーと認識されるってことか。
「1パーティーの上限は?」
「30人って聞いてる。ここまでくるともうレイドだな。で、同一のフロアに入れる人数も決まってるらしい」
「それって、1階の人数が上限を超えたら、そいつらが出るか先に進むかしない限り、中に入れないってことか?」
「いんや、1階Aに一定数、それを超えれば1階Bって具合に、同じ構造の別ダンジョンに飛ばされるらしいぞ。その制限が300人くらいなんだとさ」
「ツヴァンドのダンジョンとは違うんだな。あそこは一定時間内に入った奴が同じダンジョンに飛ばされる仕組みなんだと」
ひょっとしたらアンデッドダンジョンにも何らかの仕組みがあるのかもしれない。検証しようとする人はいなさそうだけど。
「まあ、大物討伐とかを考えない限り、特に気にすることもないだろ。今回の俺らは初ダンジョン。数階降りて帰る、くらいでいいだろ?」
「無理のない範囲なら、行けるとこまで行けばいいんじゃねーの?」
後ろからローゼの声が届いた。
「まーな。でも、みんな長期戦の準備してるか? 具体的には、ダンジョン内で泊まる準備」
「あるぞ」
「あります」
「ニクスがあるって言うなら大丈夫」
俺、ニクス、ローゼの順に回答する。【空間収納】なんてもんがあるんだから、その辺は何とでもなるさ。野営することだってあるんだから、食料も道具も十分だ。それに俺とニクスはダンジョン泊の経験もあるし。
「オーケー。帰りのことを考慮しつつ、行けるとこまで行くとしようか。要するに、俺とミュウじゃ無理だと思える所までだ」
笑いながらグランツが了承する。こういう時は、一番下の力量に合わせるのが常道ってものだ。
通路の先には大広間があった。さっきグランツが言っていた300人が、余裕をもって収容できるだけの広さがある。広間にはいくつもの通路の入り口が開いていて、探索者達はここから好きに進むようだ。一応ここまでが安全地帯になっているとのこと。
他のパーティーから共闘の誘いがあったけど、全て断った。このダンジョンは初めてなこと、ガッツリ稼ぐ気がないことを告げるとあっさり引いた。女性陣に不躾な視線を向けるのがいくらかいたけど、まあ、ダンジョン内でこれ以上絡んでくることはないだろう。
「で、どう行く?」
「敵排除だけ考えるなら、ニクス先頭で俺とローゼが脇を固めて、グランツとミュウが後方支援でいいと思うんだが」
ミュウの問いかけに、俺の考えを述べる。最後尾にもバックアタックを警戒して近接要員を置いとくのがいいのかもしれないけど、グランツとミュウはどっちも近接いけるから、これが最適解じゃなかろうか。
「まあ、その前に。ちょっと時間をくれないか」
広間の出口を見ながら周囲を探る。【気配察知】に反応はなし。入場上限がきたのか、広間に入ってくるパーティーもない。
「何かあるのか?」
「まあ、ちょっとした実験だな」
グランツに答えて、拳を握る。近くの壁の前に立ち、ノックするように感触を確かめて――
「ふんっ!」
拳を叩きつけた。普通の石なら簡単に砕けるはずなのに、ほんの少し傷ついただけだ。しかもそれが徐々に直っていく。
「何やってんだ?」
「石材が確保できるかどうかの確認」
「え、ダンジョン構造材って持ち帰れるのか?」
問いに答えると、グランツ、ミュウ、ローゼが目を見開いた。ニクスは知ってるので驚きはない。
「鉱山ダンジョンのボス部屋の、鉄扉や石畳は取り外して持ち帰れた。ここでもいけるかと思って試してみたんだが、駄目みたいだな」
「だったら同じボス部屋ならいけるかも?」
ああ、そうか。ミュウの言うとおり、それならいけるかもしれない。あるいは、あれはボス部屋限定のボーナスなのかもしれん。こんな入口で取り放題だと、おいしすぎるし。
「途中の壁も試しながら進んでみるか。壊せれば投げることもできるし」
「投石の現地調達? そっか、その場で調達できるなら、【空間収納】の容量をとらなくて済むね」
「いやー、これが見た目どおりの材質だとしたら、簡単に壊せるのフィストとかローゼみたいな打撃系の奴だろ」
「その場合、壊して投げる前に殴るほうが早い。それに、壁の裏に何か仕込まれてるかもしれんし」
「あー、毒とかスライムとかあるあるだねー」
「うん、ブッ壊す前に俺に調べさせろよ?」
「ああ、無茶な真似はしないよ」
ここみたいな安全地帯ならともかく、壁を壊したらトラップが、なんて展開がないとも限らないし。そのへんは分かってる。
「ん、どした?」
ふと気づくと、ニクスとローゼが感心したような、呆れたような顔でこちらを見ていた。
「いえ、あの……何と言いますか、手慣れている感が……」
「お前ら、ダンジョンアタック初めてだって言ってなかったか?」
その言葉に、俺、グランツ、ミュウが顔を合わせる。
「「「リアルでの経験だけなら豊富だから」」」
そして、揃って同じセリフを口にした。