第204話:バフ料理
今回は第203話から第205話までの3話連続投稿となっています。第203話からお楽しみください。
ログイン197回目。
「で、頼みってのは?」
ジビエ料理店『エルドフリームニル』で、店主のグンヒルトに尋ねる。
彼女からのフレンドチャットが飛んできたのは、ログインして空堀の復旧のための資材を買いに行こうとしていた時だった。何やら頼みたいことがある、ということだったので、買い物後に彼女の店にやって来た。
「だいぶ前だけど、バフ効果のある料理について話したこと、覚えてる?」
もちろん覚えてる。問い合わせたのは俺のほうだし。βテストの頃とは違って、システム評価が高い料理を作っただけじゃバフ効果は得られない、っていう。
「正確には私じゃないんだけど」
頷くと、そう前置きしてグンヒルトが続ける。
「そういう料理を作ろうとしてる知り合いがいてね。料理人兼調薬師なんだけど。それで、料理と調薬両方に詳しい人を知らないかって聞かれて。だったらフィストかな、って」
「それって【調理】スキルと【調薬】スキルを組み合わせて料理を作るってことか?」
「その方向に可能性を見いだしてるみたい。で、何かヒントというか、耳寄りな情報があれば、と思って」
「そうは言ってもな。俺の場合は作るより食べるほうがメインだし、薬のほうも難易度の高いものに挑戦してるわけじゃ――」
ない、と言いかけて、口を止めた。思い出したからだ。
「フィスト? ……何か、答えも知ってそうな反応ね?」
す、とグンヒルトが目を細めた。
「ぶっちゃけると、知ってる。バフ料理の作り方」
正直に答えると、グンヒルトは椅子に背を預けて天井を見上げ、顔に手を当てて溜息をついた。
「……あの子、正式サービスが始まってから頑張ってたのに」
そんなこと言われても困る。他のプレイヤーの動向なんて気にしちゃいないんだ。それに、俺自身が発見した成果でもないし。
「てことは、フィストの能力の高さもそれが理由だったわけ?」
「いや。作り方を持ってるだけで、作ったことはないし、作る気もない」
「それはどうして?」
「事前に説明しといたほうがいいか?」
この流れだと、協力してほしいって話になるだろうし、それなら纏めて説明したほうが面倒がないだろう。
「で、協力への見返りは?」
「そこは当事者と相談ということで。でも、レシピを持っていながら自分で作ってないってことは、何か問題があるんでしょ?」
バフ料理は副作用があるらしいしなぁ。それを解消した上で、というなら話は別だけど、元のままなら俺には不要だ。
「とりあえず、当事者がいないと始まらんのじゃないか?」
「それもそうね。ログインはしてるみたいだから、呼んでみる」
グンヒルト自身も仲介でしかないわけだし。話は主役が来てからだ。
「初めまして情報源の人っ!」
勢いよくドアが開く音と、女性の声。椅子に座ったまま振り向くと、店内に入ってきたのは1人の女性。防具は身に着けておらず、黒ローブととんがり帽子がまるで古典の魔女のようだ。くすんだ灰色の髪を三つ編みにしている。
「ビエリー、ドアは静かに開けてちょうだい。壊したら弁償だからね?」
「うっ、ごめんなさい」
冷たい声のグンヒルトに、身を震わせてビエリーと呼ばれた女性が頭を下げる。以前、魔族がドラードに襲来した時にドアを壊されたもんな。その怒りは投げ斧という形で元凶に叩きつけられたっけ。
「フィスト、こちらがさっき話した依頼人のビエリー。ビエリー、こちらがあなたの知りたい情報を持ってるフィストよ」
グンヒルトの紹介で、お互いに名乗る。ビエリーが席に着いたところで、話を始めた。
「で、バフ付き料理のことを知りたい、ってことでいいんだよな?」
「はいっ! 正式サービス開始後に失われてしまったバフ料理、なんとか復活させたいと考えてまして」
失われた、って。仕様が変更になっただけじゃなかったっけ? 作り方が分からなくなってるって意味では間違いじゃないけど。
「で、何でも作り方まで知ってるとか?」
「ああ。ただ、1つ確認だ。俺は正式サービスから始めたから、βの頃の情報には疎くてな。当時の料理によるバフって、副作用はなかったんだよな?」
「ええ。一定時間のステータス上昇だけです。あぁ、ただ、効果が切れてからしばらくは、再使用しても無効になってましたね」
特定のスキルやアイテムが連続使用できない、ってのは他のゲームでもあるみたいだから、別に珍しい仕様じゃないか。
「俺が知ってるバフ料理は、効果が切れると同時に上昇してた能力値にデバフがかかるようになってる、らしい。俺がバフ料理に手を着けてないのはそういう理由だ」
カミラから聞いた話じゃそういうことのようだから、彼女からもらったレシピもそういうもののはずだ。
「バフとデバフの数値と効果時間は?」
「そのあたりの情報はもらってない」
「ふむ、効果時間次第では短期決戦用ですね」
「完食までの時間を考えると、事前準備でしか食えないだろうしな」
戦闘中に、悠長にメシを食う余裕なんてないだろうから。あー、料理にもよるか?
「そんなわけで、そっちが望んでる物とは微妙に違うわけだ」
「そうでもないです。そこから副作用なしにまで昇華すればいいわけですから。教えていただけませんか?」
両手を合わせて頭を下げるビエリー。決意は固そうだ。
レシピを渡すことに抵抗はない。元はもらい物だし。好きなことに情熱を注ぐ人は応援したくなるものだ。その手段を持ってるなら尚更に。
「まあ、構わんよ。俺が持ってるレシピを提供しよう。見返りは……副作用なしのバフ料理が完成したら、そのレシピで」
研究結果をまるまる寄こせと言ってるに等しいけど、現時点でも『確実にバフがかかる完成品』ではあるのだ。偶然入手したこれで、それ以上の成果を求めるのは強欲だろうか? 実際に使うかどうかは分からんけど……多分、積極的には作らんだろうなぁ。
「分かりました、それで問題なしです!」
ビエリーのほうに躊躇いはなかった。
そんなわけで、こちらが提供したレシピ集を、ビエリーは片っ端から写真に収めた。
そして。
「やっぱり【錬金術】絡みかーっ!」
と、テーブルに突っ伏す魔女。うん、まあ。料理が、食べた人に速効で何らかの効果を及ぼすなら、そういうタネは必須だろう。食材そのものが特殊でない限りは。
「ちなみに【錬金術】は?」
「修得済みです。でも、そうかぁ、食材の下ごしらえや調理時にスキル必要なのかぁ……難易度高いっ!」
突っ伏したままでビエリーが嘆く。俺はまだ【錬金術】には手が届かないけど、そんなに面倒なのか。
「でもっ!」
がばり、と顔を上げ、不敵な笑みを浮かべるビエリー。さっきまで情けない声を出していたのが嘘のようだ。
「工夫はともかく、ただ作るだけなら現状でも何とかなりますとも! グンヒルト、厨房借りていいっ!?」
「どうぞ。ただ、見学しても?」
「そりゃもう! 何なら手伝ってもらいたいくらい!」
「あー、私、【錬金術】スキルは持ってないから無理よ」
ビエリーの要請に、グンヒルトは肩をすくめることで答える。
「えーと、フィストさんは?」
「【錬金術】はないが、【魔力制御】で代用できることなら手伝えるぞ」
「是非!」
答えると、がっし、と手を握られ、上下に振られた。なかなかのテンションだなぁ。
「ではさっそく!」
席を立ち、ビエリーが厨房へと消えた。その場に残ったグンヒルトと顔を見合わせる。
「いいの?」
「まあ、いいんじゃないか?」
行き詰まっていたものが進展したんだ。その勢いのまま突っ走りたくなるんだろうさ。
幸いというか、すぐに作れる物があったようなので、ビエリーは作業を開始する。
グンヒルトは見学。俺は手伝えることがあればそのつど手を貸すことになった。まあ、食材への魔力浸透くらいしかできないんだけど。
「要するにですね、まずは食材です」
鍋をかき混ぜながらビエリーが言う。鍋と言っても、物語に出てくる魔女の釜のような形状で、それだけ見ていると格好もあいまって調理中とは思えない。まさに魔女の調薬って感じだ。
「基本的にどの食材も、魔力を含有させることが前提でした。単に込められていればいいってわけじゃなくて、食材の性質とかも関わってくるみたいです。そのあたりは今後の課題として、今はレシピどおりに作ります」
自分で魔力浸透を使って食材に手を加えながらビエリーが作業を続ける。
「結局、錬金薬の料理版って感じか」
「そうですね、錬金薬! 錬金術で作る料理ですから、間違ってないかもです」
錬金薬の製作には、素材の魔力加工が必要だった。あれと同じ、と。ただ、薬と違い、料理には欠かせない要素がある。つまり、味だ。薬なら苦かろうが甘かろうがどうでもいいけど、料理だというなら最低限の味というものは保証されなくてはならないだろう。
「それって、最初から魔力が含まれてる食材を使えば楽になるの?」
「いや、そう簡単にはいかないと思うぞ」
グンヒルトの問いに答えたのは俺だ。
「錬金薬を作る際も、込める魔力ってのは重要だった。込めすぎたら使えなかったしな。食材に元から含まれる魔力が、バフ料理に適した量だってならそのままでいいんだろうけど、そう都合よくはいかんだろ」
食材の魔力がどれも一定だとは限らんし。調整はかなり面倒だと思う。
「なんか、労力と効果が見合えばいいわね」
「だなぁ。話を聞くだけで、俺の中ではバフ料理の優先度が下がっていく」
実際に副作用のないレシピが完成したとして、それを自分で作るというのが面倒極まりない。これが味も最高だってなら、挑む価値はあるだろうけど。
それに、今の俺には【ディアハルト操体法】があるから、料理でバフしなきゃ駄目ってわけでもないしなぁ。
「まあ、それを必要とする人はいるかも――」
目に入ったものを見て、口が止まった。ビエリーの鍋から立ちのぼるものがある。それは湯気ではなく、ただの煙でもない。料理をしていて紫色の煙なんて出るはずがないのだ。
「あ、やば――」
というビエリーの声が聞こえた瞬間に、俺は身を低くしてグンヒルトの腹に腕を回し、抱えるようにして厨房の外へと飛び込んだ。
ボンという音がして、ビエリーの悲鳴が重なる。衝撃はなかったが、あっという間に周囲が紫色の煙に包まれて視界が塞がれてしまった。
「ちょっ、何これっ!?」
「吸うな! 何がどうなったのか分からん!」
身体の下のグンヒルトに警告して、息を止めて厨房へと注意を向ける。材料に毒になるような物は含まれてない。見た目はともかくとして、多分無害だとは思うが……
厨房からはビエリーの咳き込みが聞こえてくる。うん、彼女が「静かにならない」ところをみると、少なくとも即効性の毒とかじゃないっぽい。
「おい、ビエリー。死にそうか?」
「生きてますよっ! ステータス異常も今のとこなしです!」
問いかけると冷静な返答があった。煙も次第に薄れていく。起き上がって慎重に厨房へ入ると、鍋から紫色の泡状物質がでろんと漏れ出していた。噴き出た時の勢いが強かったのか、天井にもへばりついている。
あれだ、どっかの動画で見た、炭酸にメン○ス投入した時に出たアレにそっくりだ。何でこんなもんが出てくる? 材料に変なものは入ってなかっただろうに。
「どうしてこうなった?」
紫の泡にまみれたビエリーに問う。
「んー……考えられるのは魔力かなぁ。随分シビアな調整が必要なのかも」
いきなりうまくいくとは限らないってことか。それより失敗が危険なものじゃなくてよかった。これが爆発だったり有害物質が発生したりしてたら大惨事だ。
「でもまあ、それはともかく。ビエリー」
「はい?」
「まずはグンヒルトに謝って、片付けな」
右手の親指を立て、気配を頼りに背後へ向けると、そちらを見たビエリーが蒼い顔で何度も頷いた。