第201話:雇用1
ログイン192回目。
「はぁ……」
ドラードにある狩猟ギルド直営食堂で、溜息をつく。テーブルの上の料理はすべて平らげてあり、空の皿しかない。追加で何か頼もうか?
「どうしたの? 今日の料理、よくなかった?」
食器を片づけに来たフィーネが聞いてくる。
「いや、いつもどおり、美味かったよ」
狩猟ギルドが入手した新鮮な食材を使った料理を出す店だ。料理への不満なんて、料理人がヘマをしない限りあるわけがない。
「じゃあどうしたのよ。らしくないんじゃない?」
「んー……ちょっと困ったことがあってなぁ」
「フィストが困ることなんて……なに、どっかでまた大物の犯罪者が出たとか魔族が湧いてきたとかそういう?」
「お前は俺を何だと思ってるんだ?」
「魔族の迎撃、悪徳商会の捕り物劇、海賊の討伐。あと、シーサーペントを仕留めたって話もあったね。これ以上の説明がいる?」
ああ、それだけなら、大きな事件にばかり関わってるって聞こえるけどさ。
「それ、俺にとっての困ったことじゃないだろ。むしろほとんどが、不意の遭遇となりゆきだ」
「だったらあれ? この間の娘と喧嘩しちゃったとか」
この間の娘? あぁ、ニクスのことか。ここに連れてきたっけ。
「違う違う。ちょいと人を雇いたいんだけど、集まらなくてな」
「ふーん。一体、どんな人が必要なわけ?」
テーブルの食器を積み重ね、トレイに乗せてから、フィーネが向かいの席に座った。
「おい、仕事中だろ」
「今は珍しく客もいないし。常連さんの悩みを聞くのも仕事のうち、ってね」
頬杖をついて楽しそうにフィーネが笑う。店内を見回してみると、近くのカウンターに座ってる客が1人いるだけだ。この店の繁盛具合を考えると確かに珍しい状態ではある。
「で、何が問題なのよ。おねーさんに聞かせてみなさい」
あちらは聞く気満々だ。お姉さん、って多分俺の方が年上……まあいい、話してみるか。
「屋敷の管理を任せられる人を探してる。あと使用人」
この間買った孤児院跡を改修して使えるようにするにあたり、自分がログアウトしている時に屋敷の管理だとか農作物の世話だとかをする人員が必要になる。
口入れ屋みたいなものはないらしく、使用人の組合なんてものもなかったので、商業ギルド経由で募集をかけた。
多分、エド様を頼れば何とでもなるんだけど、あんまり彼らに頼り切るのもな。その場合、ドラード領主家の息が掛かった人が派遣される可能性が高いし。そうなると俺の動向が報告されたりくらいはするだろう。それが何か問題というわけでもないけど。
ともあれ、せっかくだから全部自力で手配しよう、そう考えて募集をかけたわけだけども、いまだに応募ゼロ。場所が例の村の跡というのがネックのようだ。安全である、って証明できんからなぁ。おのれ暗殺者共、というかバジリスク。
「なに、屋敷って、どこかに家を買ったの?」
「ああ。数十年前に領軍に滅ぼされた暗殺者共が巣くってた村にいい物件があったから買った。そんなわけで留守役が欲しいわけだ」
「あぁ、毒で滅びたとか呪われてるとかいうあそこ?」
「そそ。それでわかるってことは、やっぱりドラードでは有名な話か」
「まあね。悪さする子供に、そこへ捨てるぞって言うと大人しくなるくらいには」
なにそれ、誰でも知ってる話ってことか。それも若い世代含めて。おのれバジリスク!
「でも、フィストがそこへ住むってことは、問題ないってことよね?」
「まぁな。でも、それを証明する方法がない」
「ドラード以外の人なら大丈夫じゃない? あ、でもフィストのことだから、事情は正直に話しちゃうか」
仕方ないねぇ、的な視線をフィーネが向けてくる。そりゃ言うだろ。あとで問題になっても困るし。
「そういう噂を気にしない住人がいれば、わざわざよその土地から雇わなくてもいいんだけど」
住み込みになる以上、あんまり遠方で募集をかけても、面接とかが大変だ。
「別にお貴族様のお屋敷で働いてる人達くらいの質を求めてるわけじゃないんでしょ?」
「そりゃ、留守番と畑の世話がメインになるだろうから、高水準の何かが欲しいってわけじゃないさ。最悪、畑仕事と家畜の世話ができる人だけでもいいけど」
屋敷の掃除とかが毎日必要なわけじゃないし。というか、改修でどこまで使えるようにするのかってのもあるけど。俺とクインと使用人しか住まないし。あ、逆にその人達に必要な設備は整えなきゃならんか。
「あの」
どうしたものか、と呟きかけたその時、声が掛けられた。
そちらを見ると、さっきあっちのカウンターに座ってた人が近くに立っている。中性的な顔立ち。目元は凜々しい。髪は癖のある短めの銀色だ。
そして、人とは違う特徴があった。特徴的なものが頭についていた。渦巻き状の、一対の角。獣人だ。
「失礼いたします。使用人を捜しているように聞こえたのですが。その、雇用条件に人種の制限はありますか?」
人種の制限? つまり、人間じゃないと駄目とか、そういう意味で?
「いえ、まったく。仕事ができるかどうか、が第一なので」
「でしたら詳しいお話を聞かせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
それを聞いてフィーネが席を立ったので、そこを獣人さんに勧める。面接ということになるか。
「私はフィストです。まず、お名前をうかがっても?」
「カミーユと申します。イノブラベードの出身です」
座って頭を下げる獣人さんあらためカミーユさん。イノブラベードは確か獣人国家だったか。
「詳しい話を、とのことですが。今のお仕事は?」
「港で日雇い労働を1年ほどしています」
日雇いってことは、すぐにでもこっちに移れそうだ。まあ、こっちの準備が何もできてないけど。
「転職希望、ということでよろしいですか?」
「はい。今の仕事はファルーラに来てからのもので、イノブラベードにいた時は屋敷勤めでしたから」
つまり使用人として働いていた、と。
「前職と同じ働き口を探さなかったのですか?」
「こちらに来た当初は探してみたのですが、折り合いのつくところがなく。職を探しているだけでは食べていけませんから、そのまま日雇いを続けて今に至ります」
ふむ、カミーユさんにしてみれば、日雇い労働で生きてはいけるけど、使用人として働くほうがいい、ってことか。
「耳に入っていたかもしれませんが、屋敷を買いました。そこで働く人達を募集しています。そのうち農業にも手を出すので、そちらに従事する人も」
「農業については素人ですが、屋敷での仕事ならば。フィスト様がどの程度のものをお求めなのかによります」
どの程度? ああ、技量的な意味でか。
「一般家庭レベルのことができるなら、十分です。私は貴族じゃありませんし、あくまで趣味の手伝いをしてくれる人を求めているので」
「それならば十分お役に立てるでしょう。家事はひととおり経験があります」
それは助かる。こちらにとっても都合がいい。
「ただ、それも住人の数次第です。何人くらいが暮らす予定なのでしょうか?」
「屋敷の住人ということなら、私。それからストームウルフが一頭ですね」
「ストーム……ウルフ……?」
カミーユさんの目が見開かれる。そして、何かに気づいたような顔になった。
「あの、フィスト様はひょっとして、あのフィスト様ですか?」
「あの、が何を指すかは知らないですけど、幻獣の相棒がいるフィストなら、私ですね」
おお、と何やら感激している様子。幻獣って、本当に獣人相手の補正が高いなぁ。
「まあ、それは置いといて。あとは雇用数がそのまま暮らす人数になります……カミーユさん?」
「はっ……し、失礼しました」
声を掛けると、固まっていたカミーユさんが動き出す。
「現時点での雇用予定数は?」
「3人もいればいいかな、と考えていますが、何分、人を雇うのは初めてで。実際に何人必要なのかというのをはかりかねているところでして」
留守番と管理だけなら、それこそ1人でもいいんじゃないかと思う。ただ、それだと1人がずっと屋敷に缶詰になるので、交替要員は必要だろう。ちゃんと休日もとってもらわないといけないし。ブラックな職場にする気はないのだ。
あとは農業にどれだけ力を入れるかによるだろう。そっちに注力するなら、さすがに3人は厳しいかも。自分が食えればいい程度に考えてたけど、従業員の食事を考えると、ある程度はそちらをまかなえるくらいの収穫が欲しいと今は思ってる。
「そうですね……それでは、一度、その屋敷を見せていただけないでしょうか? フィスト様がやりたいことに、どれだけのものが必要なのかを、現地を見れば助言できるかと」
そんなことも判断できるのか。彼に見てもらえば必要な人数も設備も見積もれる。そうすれば後で慌てることもない。もうこのまま採用決定でいい気がしてきた。
もちろん、あちらが頷いてくれればだけど。雇用条件など、まだ何も提示してないし。
「そうですね、話が纏まれば、最初に確認をお願いしましょうか。次の質問ですが、借金があったり、誰かに追われていたり、何かしらの厄介事があったりしますか?」
「借金はありません。厄介事についても、この国でなら恐らく大丈夫です。身寄りもありませんし、少なくとも法に触れるようなことは母国でもこちらでもしていないと誓えます」
厄介事についてだけ、カミーユさんは何か考えてる様子だった。恐らく、というのは、何か引っかかることがあるんだろうか。
余程の厄介事でなければ、気にするつもりはないけども。少なくとも、彼に非があることでの厄介事というわけでもなさそうだ。母国でのことなら、少なくとも1年は何もないままってことだし。
よし、質問はこれくらいでいいか。
「それでは、雇用の条件ですが……今、商業ギルドで貼り出してもらっているものがこちらです」
【空間収納】から、紙を取りだしてテーブルに置く。募集要項の写しだ。
業務内容と給金、あとは福利厚生的なものを記してある。拝見します、とカミーユさんがそれを手に取り、読み進める。
その表情が、動いた。
「あの……これは、本当に?」
顔を上げ、疑わしげにこちらを見るカミーユさん。あぁ、商業ギルドの事務員さんと同じような目を。
「何か、気になる点でも?」
「住み込み、食事付きでこの給金は、多いのでは?」
「そうですか? あくまで基本給で、そこには書いていませんが、別途手当を加えるつもりなのですが」
そう言うと、カミーユさんが何ともいえない顔をした。これ以上があるのか、と呆れた感じだ。他にも服の支給とかも考えてるんだけど。
いや、だって、ねぇ。こっちの基準と比べると確かに優遇してるけど、曰く付きの場所であるし、これくらいしないといけないかな、と思ったんだもの。
しかしそれでも募集に応じる声がないのが現状というね……どれだけ根深いんだよ噂。おのれ以下略。
「まあ、この町の人にはかなり不吉な場所ですしね。安全だと断言はできるのですが、それを証明できないので」
「ああ、先程の。確かに話だけならそうなのでしょうけど、フィスト様がそうと断言できるのならば、その点においての危険はないのでしょう? 高給な理由がそれだけならば、迷う要素がありませんが、他の理由はないのですよね?」
「ええ、それだけですね」
答えると、カミーユさんが紙を返してきた。
「それでは、是非とも私を雇っていただきたい」
「よろしくお願いします。ただ、買い取ったばかりで生活環境は整っていません。本格的に移ってもらうのは、改築を開始するあたりで、ということになります。目処がついたら連絡する、ということでよろしいですか?」
その前に、現地の確認をお願いしなきゃいけないな。こちらの住人が生活するために必要なものは揃えなきゃ。
ともあれ、第一従業員ゲットだぜ。