第199話:飛竜狩り
ログイン190回目。
咆哮が響き渡る。重いものを叩きつける音と同時に地が揺れ、身体を打つ強風が背後の木々を騒がせた。
ここは俺が以前使った飛竜の狩り場。先日の約束のとおり、ルーク達を連れてここへやって来た。
最初に手順を説明し、俺とクインでまず1頭狩った。前回と違い、飛び立たせることなく仕留めることに成功した。
そして、今度はルーク達の番、というわけだ。
目の前で暴れるワイバーンには、丸太を括られたロープがいくつか巻きついている。俺が教えたとおりにウェナが実践した結果だ。
「いいぞ! そのまま重ねて!」
ルークの指示が飛んだ。スウェイン、ミリアムが各々の分野での詠唱を始める。それが終わると魔力でできた鎖がワイバーンに絡みつき、隆起した土が丸太を飲み込んで尻尾を押さえ込んだ。
その隙にシリアが詠唱しながら背後から近づいて、ワイバーンに呪符を何枚か貼りつける。拘束から逃れようと暴れていたワイバーンの動きが明らかに鈍った。詠唱は聴き取れなかったが、状態異常かデバフ系の呪符だろう。
ジェリドとルークが真正面からワイバーンへと駆けていく。ジェリドはいつも持ってる大盾を捨て、戦鎚を両手で下段に構えていた。
すくい上げるような軌道でメイスがワイバーンの下顎を打ち上げる。のけぞるようにして長い首が晒された。
その横を、1つの影が通過していくと、飛竜の背中に着地した。同時に断末魔が響き渡り、頭が地に伏す。首から流れ出る血が周囲を赤に染めていく。
背に乗ったままのルークは追撃できる体勢で様子を見ていたが、剣を一振りして血糊を払うと鞘に納めた。
戦闘開始からほとんど時間が経っていない。腕利きが数を揃えれば、こうもあっさりと狩れるのかワイバーン。
「お見事」
賞賛の拍手を送ると、ワイバーンから飛び降りたルークが照れくさそうに笑った。
「あれだけフォローがあればね」
「それでもほぼ一撃だろ」
「シリアの呪符で僕へのバフと、あいつへの防御のデバフも掛かってるから」
ルークの視線がシリアに向いた。得意げにシリアが胸を張ってみせる。
もちろん、彼女だけの手柄じゃない。先制の丸太がなければスウェイン達の拘束も間に合わなかっただろうし、ジェリドの一撃だってルークの攻撃がやりやすいように作用していた。パーティーの連携が巧く噛み合った成果だ。
「シリア、誘眠系の呪符ってあるか? あればワイバーンにそれを頼みたい」
「あるよ。ちょっと待ってて」
虫の息のワイバーンに、シリアが呪符を施す。よし、これで絶命するまで大人しくなるぞ。
ワイバーンに近づいて、土精に頼んで首を持ち上げ、流れ出る血を樽で受け止める。
「ワイバーンの血など、どうするのだ?」
拘束魔術を解いたスウェインが興味深げに聞いてきた。
「色々だな。使えるか試す意味合いもあるけど」
主にカミラに引き渡すわけだけど、他の利用法もある。調薬の素材でもあるし。他にも利用法はあるかもしれない。現時点で流すとすれば【料理研】と『レイアス工房』、『コスプレ屋』だろうか。
「ワイバーンの肉と血でヴルストを作ってみるのはどうだ?」
そう言ったのは、今回の狩りに同行したセザールだ。ワイバーン素材だけを使ったブラッドソーセージ? いいね!
「あ、作ったらこっちに流してもらえないかしら?」
同行者その2のグンヒルトが手を挙げる。俺も、と手を挙げておいた。
「フィストは自分で作れるだろ?」
「セザールの方がスキル高いだろ。だったら、俺が作るより美味い物になるはずだ」
「フィスト。生産系スキルは、俺とお前じゃ大差ないはずだぞ。俺とお前は同じなんだから」
呆れたようなセザールの声。ああ、そうだった。俺もセザールも、最優先は『食べる』ことだ。自分で料理したり加工したりは二の次だった。
「ところでフィスト。そのまま血を回収するのはいいけど、死んだら消えちゃうんじゃない?」
「いや、大丈夫だ。【解体】スキルは修得済だから」
グンヒルトの問いに、そう答える。ルークと言うか【シルバーブレード】のメンバーは、現時点では全員が【解体】を修得している。だからこのワイバーンが死んでも、死体はまるっと残る。
「……それ、周囲には漏らさない方がいいわよ」
「だろうな」
グンヒルトの危惧は分かる。【解体】スキルを持ってることで、大物のとどめ刺しの依頼が来るのだ。俺やグンヒルト、セザールといった、【解体】持ちで戦闘能力が高いプレイヤーには特に。
もし【シルバーブレード】ほどの実力者がスキル持ちだと知られたら、どうなるかなんて目に見えてる。図々しい奴はどこにでもいるのだ。
だからこそ、ルーク達はそれを公言しないし、俺もそんなことをするつもりはない。現場を目撃されたらバレるけどさ。
「それで、解体はここでするので御座るか?」
最後の同行者のツキカゲが問う。【伊賀忍軍】からは、今回はツキカゲだけだ。
「いや、今の俺じゃ単独での解体は無理。狩猟ギルドに持ち込んで頼む方が確実だ。手伝いはさせてくれるから、いい経験はできるぞ」
だから、血抜きが終わったら一旦片付けて、次の獲物を狙おう。
本日の3戦目は、グンヒルト、セザール、ツキカゲの3人。ルーク達に手伝ってもらえば楽だったけど、今回限りの戦力を当てにしすぎるのも、ということで3人での挑戦となった。
結果は辛勝。俺はサポートに徹したので、ほぼ3人で倒したことには違いない。
仕留めはしたものの、ワイバーンの状態は、ルーク達が倒したものよりも悪い。素材のことを考えて綺麗に狩るなんて余裕はなかったのだ。もっとも、グンヒルトとセザールは肉が無事なら文句はないんだろうけど。
足りないものは分かっただろうから、次は準備万端整えてやれば、うまくやれるだろう。今回のネックはワイバーンの拘束だった。ワイバーン狩りは、いかに無力化して攻撃を叩き込むかが肝だと思う。
ああ、実は、仕留めるだけなら楽であろう方法が1つある。必要なものは飛行能力と、ある程度の高空で飛行中の飛竜の飛行能力を奪うことだ。機会があったら試してもらおうと思ってカーラには教えておいた。サカ□ス神拳? はて?
さて、ひととおり獲物は狩れたということで、いい勉強になっただろう。これにて飛竜狩り体験ツアーはおしまいだ。
というわけで、食事の時間だ。今回はグンヒルトに任せている。調理環境は俺とセザールで整えた。
「はい、おまちどおさま」
ミリアムがその場で土を操作して作ったテーブルに、グンヒルトが料理の皿を置いた。
載っているのはキツネ色に揚げられたように見える肉だ。それにマッシュポテトとくし切りのレモンが添えられている。
「ワイバーン肉のシュニッツェル風よ」
シュニ……確かドイツ方面のカツレツだったっけ?
「これ、さっき狩ったワイバーン?」
「いえ、以前フィストが狩ったワイバーン肉」
ウェナの問いにグンヒルトが答える。狩ったばかりのワイバーン肉は、たいして美味しくない。しっかり熟成させてこそ、だ。なので食材はこちらから提供した。
「そういえば、ワイバーン食べたことないな」
「今まで利用した店には置いてなかったしね」
シュニッツェルを見ながらルークとジェリドが漏らす。まあ、狩れる人がいなきゃ、流通しないし。高級肉だから普通の店での取り扱いはないだろう。
「それにしても、屋外で揚げ物、というのはなかなか珍しいのでは?」
そんな疑問を口にしたのはミリアムだった。
「現実だと、キャンプでも揚げ物は珍しくないぞ。GAOだと滅多に見ないけど」
そう答えながら、自分は天ぷらやフライを外で作ってるなぁと思い出す。
「どうしてですか?」
「荷物の問題と油の処理かね」
GAOの住人達は、旅の荷物は最低限のことが多い。揚げ物を食べるためだけに油や道具を持ち歩くということはしないのだ。
それと油。GAO内の物価だと、現実よりは割高だから、その都度捨てるのは勿体ない。使った油を持ち運ぶために別の容器に移すのも面倒なのだ。
それを解決する手段が、【空間収納】付きのバッグ等なわけだけど、これがお高い。少なくとも、揚げ物を作るためだけに購入する住人は稀だろう。
そう考えると、あまりかさばらなくて使う油も少なくて済むコンパクトフライヤーみたいな物があれば、便利なのかもしれない。
「あー、油をたくさん使うから、旅の途中じゃ食べられないってシリアも言ってたね」
うんうん、とウェナが頷いている。え、と隣でシリアが首を傾げていた。いや、そのシリアはエルフの――いや、言うまい。この場で分かるのは俺とウェナ、スウェインだけだし。
「まあ、私達だと、そのあたりの難易度も下がるから。油を熱いままで保管できるから、最初から熱さなくてもいいし。まあ、これは揚げるというより揚げ焼きだけど。だからシュニッツェル風」
あらためて『風』を強調するグンヒルト。オリジナルとは色々と違うってことか。詳しくないから分からないけど、美味ければよし!
皆で揃っていただきますを唱え、シュニッツェルにナイフを入れ、口に運ぶ。
『闇鍋』で食べた時も思ったけど、熟成されたワイバーン肉はかなり柔らかくなっていて旨みも強い。フライ系なのにソース要らずだ。うん、美味いぞ。
「ほぉ、これは……肉の旨みだけでいけるな。これが熟成されたワイバーン肉か」
確かめるように咀嚼するセザールが、満足げに呟いた。
「あれ、セザール、初ワイバーン肉か?」
「熟成させたのをきちんとした料理で食べたのは初めてだな」
「『闇鍋』で食えなかったのか?」
「タイミングが悪くてな。訪ねた時には店で出せるのは品切れだった」
残念そうな表情は一瞬で、セザールは次の一口を噛みしめる。ああ、それは間が悪いというか。
一方で、こちらもワイバーン肉初体験のルーク達。一口目で驚きの声をあげ、二口目以降は無言で食べている。どうやら気に入ったらしい。
「まあ、これで自分達で調達できるだろ。素材目当てでないなら乱暴な手段も使えるし」
「それだと、料理人プレイヤーでレイドを組む必要があるだろうな。ツキカゲは食材より素材だろうから、次も一緒にとはいかないだろう?」
「そうで御座るなぁ。拙者達は肉より装備の充実が目当てで御座るから。それ故に、肉が台無しになる戦い方でも構わんで御座るし」
セザールの言葉にツキカゲが呟く。【伊賀忍軍】としては防具用の皮素材が最優先だろうから、肉で得られる利益を切って、毒を盛るという手段も使えるわけだ。効果のある毒を見つけるところから始めなきゃならんだろうけど。
「ん?」
メールの着信音が脳裏に響いた。誰からだと思いつつ、メニューを立ち上げて確認する。
差出人はマサラさんだった。件名は「カレーの試食会のご案内」とある。
ついに完成したのか、カレーが。少なくとも、マサラさんが納得のいくものが。
屋敷の人手のことはまだ時間がかかるし、今回の狩りが終わったら王都へ向かおうか。