第198話:調査3
大変お待たせいたしました。
今度はウェナを先頭にして、前方を警戒してもらいながら、俺達は部屋にあったもう1つのドアの先へと進む。
こちらの通路は掘り抜いただけという感じだ。岩ではなく土で、足元も悪い。所々に小さな水溜まりができている。今のところ罠はない。
「方角からすると、例の廃村のほうへ伸びてマース。案外、村にあった建物に続いているのかもデース」
マリアさんの言葉に、孤児院跡と廃村の位置を思い浮かべ、この通路の向きを重ねてみる。なるほど、確かにこのまままっすぐ進むならそんな感じっぽい。村と孤児院の直通路だったってことか。
扉の閂は、この通路側にはなかった。孤児院側で何かあって逃げ出すことを想定するなら、普通は備えつけるだろうに。
それに、あの部屋が見つかった場合を考えるなら、レシピ類を処分していてもおかしくないのにそれもない。レシピが誰かの手に渡ることをよしとするとも思えない。処分なんて火をつけるだけで簡単に終わる。
だから、殲滅戦時に誰かが孤児院側からここを通って逃れている可能性は低いと思われる。
湿っぽい地下道を結構歩き、ようやく通路の終着点と思われる場所に到着した。
目の前には木製の扉。さっきの調薬室にあった物と大差ない。閂を掛けているのが分かる。
違うのはその手前数メートルのあたりに、壁に寄り掛かった死体があることで、それが瘴気を発してるってことだ。
「見ただけで厄ネタだと分かるで御座るな」
「あー、アンデッドだねぇ」
緊張したツキカゲと、気楽なウェナの、真逆の反応が面白い。ウェナはアンデッドとの戦闘経験が豊富だから、脅威度もある程度分かるんだろうか。
「服装は村人風。しかし持っている武器が一双の小剣となれば、カタギではありませぬな」
死体、というか白骨が握っている錆びた剣を見て、マサトシさんが言う。となると、暗殺者の成れの果てか。村での戦闘から逃れた奴がここで力尽きたってところだろうか。
瘴気の源があってのアンデッド化には見えないけど、やっぱり恨みをもって死んでそのまま放置された人間ってのはああなりやすいのかね。
「で、どうするで御座る?」
立ち上がってこちらを向いた白骨死体を見ながら、ツキカゲが忍刀の柄に手を掛ける。
当然倒さなきゃならない。ただ、通路は狭い。正面切って戦えるのは1人だ。だったら俺がやろう。武器を振り回すツキカゲ達よりは戦いやすいだろう。ウェナやスウェインに任せてもいいけど、ダンジョンで散々戦ってるからアンデッドはもうお腹いっぱいだろうし。
あとは、試し斬りというか、試し打ちというか。【魔力変換:聖】を修得してから、それが有効打になる相手とまだ戦ってないからいい機会だ。
拳に【魔力撃】を乗せ、聖属性へと変換して、そのまま前へと進む。
過去に戦ったスケルトン共を思い出す。ただ、あいつらはこいつみたいに瘴気を発してないし、眼窩に紅い光なんてなかった。
怨嗟の声をあげながら、スケルトンが突っ込んでくる。声帯どこだよ、なんて野暮なことが脳裏に浮かんだ。
突き出された小剣を、左のガントレットで受け止める。そう、受け流すではなく、受け止めた。錆びた小剣はそのままへし折れる。出来たてホヤホヤの魔銀製のガントレットを貫けるはずもない。
続いて迫るもう一方の小剣を躱して、
「除霊!」
頭部に拳を振り下ろすと頭蓋骨が砕け、胴体を左右に断った。瘴気が弾けて霧散する。後ろへ軽く跳んで残心。起き上がる様子はない。
「なんという物理」
とツキカゲが呟くのが聞こえた。うむ。今のだとあんまり聖属性で倒したって感じがしない。いっそ輝く指方式を試すべきだったかもしれん。
「あっさりと終わったな。ダンジョンでは中層に入ったあたりから出没するレベルなのだが。聖属性に加え、魔銀武具だったことも有利に働いたか?」
「相手の武器も朽ちてたしね。あれが呪いの武器の類だったら……あーでもフィストなら躱して殴ってイチコロか」
続いてスウェインとウェナの分析が聞こえた。ああ、持ってる武器がまともなら、それなりに強い部類だったってことか。
「フィスト、独りでもアンデッドダンジョン、いいとこまで行けるんじゃない?」
「旨味がないから行かんよ」
潜れるからって潜りたいかと問われるとノーだ。ただ、戦利品の呪い武具は、処理さえ上手くできれば一儲けの可能性があるんだけどな。呪いさえ何とかできれば高性能な武具も多い。
でも、それは俺が望むことじゃない。
「フィスト殿も聖属性の【魔力変換】を……【シルバーブレード】からの情報で御座るか?」
「いや、逆。俺から情報を流した」
そういや【魔力変換:聖】の情報って周囲に話してなかったっけ? 情報源のラーサーさんが【剣聖】だったから、最初はルークだけのつもりで教えたんだったか。
「修得したいなら紹介するけど?」
「ふむ……まあ、忍に聖属性って、柄じゃないで御座るしなぁ。そもそも【伊賀忍軍】に【魔力変換】持ちはおらぬで御座るし」
「闇属性があれば、挑戦したかったデースねぇ」
乗り気じゃないツキカゲに、残念そうに言うマリアさん。まあ、忍者だし、光より闇ですよね。
まあ、そんな話はさておいて。道が拓けたので前に進もう。
「さて、それじゃ出てみるか。ここまできて罠もないだろ」
閂を外し、扉を引く。隙間から光が差し込んできた。外かと思ったけど違う。石造りの部屋だった。朽ちた棚があり、壊れた梯子や木の板があり、天井には四角い穴。そこから光が入ってきている。あ、ここ、見覚えがある。
マサトシさんが跳んで穴の縁を掴み、そのままよじ登って消える。少しして顔を出すと縄梯子をおろしてくれた。
それを使って上に登る。外には見覚えのある物がいくつもあった。
「ここが、例の廃村ですかな?」
「ええ、間違いないです」
マサトシさんの問いに頷く。暗殺者達のせいで一度滅ぼされ、復興中にバジリスクの毒で再度滅ぼされた廃村。今いるのは、村長宅だったと思われる、この廃村で一番大きな建物の跡だ。
「フィスト。この通路、どうするのだ?」
「埋めるの勿体ない、と思ってる」
隠し通路とか隠し部屋とかロマンだし。使うか使わないかは問題じゃない。それがあることに意味があるのだ。
「しかし、フィスト殿の所有地はあの孤児院跡だけなのでしょう? このまま勝手に使うわけにもいきますまい」
そうなんですよねぇ、とマサトシさんに答える。
村そのものの所有権は領主、つまりエド様にある。んー……入植されていない廃村だし、この家だけ買わせてもらったりできないものか。あと畑跡も。ちょっと交渉してみよう。別件の用事もあったし。
「じゃあ、ひとまず孤児院跡の探索はこれで終了ってことだね。いやー、色々と楽しかったー」
笑顔でウェナが背伸びをした。ツキカゲ達も、実入りがなかった割りに満足げだ。探索という行為そのもので満足したようだった。
さて、それじゃ孤児院跡に戻ってルーク達と合流するか。それから薬草類を収穫するのを手伝ってもらおう。
ログイン189回目。
前回のログアウト前にアポをとっておいた領主の館へと足を運ぶ。
「頻繁に訪ねてきてくれるのは嬉しいことだ。これはもう私に仕えてくれてもいいのでは?」
「謹んでお断りさせていただきます」
応接室でにこやかに出迎えてくれたドラード領主様に、いつものように返しておいた。あちらも、俺が本気でそれに乗るとは思ってないだろうし。
「それで、今日の用向きは?」
「実は、元暗殺者達が根城にしていた孤児院跡を購入しまして」
口に運ぼうとしていたカップを止めて、エド様がこちらを見る。
「ああ、ご心配なく。廃村の方にも立ち入りましたが、毒の影響はありませんので」
「それは、あの辺りが安全になった、ということか?」
「元がどういうものだったかは噂で聞きましたが、私の身には何も」
バジリスクの件は伝えられない。誰から聞いたのかという話になるし、カミラのことは言えないのだ。
「ついでに、先日私と同行した異邦人達も異常なしです」
「効果がなかったのではなく、何もなかったのだな?」
念を押すようにエド様が尋ねてくるので頷く。自分の身に何かが起きれば、俺達異邦人は効果の有無を問わずそれをログで確認できるから、そこは確実だ。
ようやくエド様はカップを一口してそれをテーブルに置いた。
「そうか……いずれは確認せねばと思っていたが、いざ人を出すとなるとなかなか踏み出せなくてな」
エド様が踏ん切れなかったのも仕方ないことだ。彼らの認識では、あの村は毒に汚染された土地で。下手に人をやると死んでしまうかもしれなかったのだから。
「まあ、それはそれとして。孤児院跡は友人達に頼んで調査してもらったのですが……隠し通路を発見してしまいまして」
「ほう?」
片眉を上げたエド様が、テーブル上のベルを取って鳴らした。やって来た執事さんに指示を出し、またカップを持ち上げる。
「それで、どうしてフィスト殿はあの場所を?」
「見つけたのは偶然です。木々に飲み込まれかけていた道をたまたま見つけて、先に何があるのか確かめたところ、あの廃村と孤児院跡を見つけました。連絡先が分かったので、正式に不動産屋を訪ねて、中を確認して、購入を決めました」
そこまで話してカップを口にする。中身は紅茶だ。砂糖は入れていないのにほのかに甘い。これ、結構お高いお茶じゃなかったっけ。
「そして、念のために孤児院跡を調べたところ、村まで続く隠し通路を見つけた次第でして」
そこまで言うと、エド様は渋い顔をした。この反応は、アレを知らなかったか。領軍が見つけられなかった隠し通路があり、それが村まで続いていたとなると、残党が逃げ延びているのではと考えても不思議じゃない。
なので、孤児院から脱出した可能性は低いことを説明した。状況的にエド様も納得したんだろう。安堵の表情を浮かべる。
それと時を同じくして、執事さんが図面を持って戻ってきた。ああ、そうか。領軍が調査したなら、図面が残っててもおかしくないわけだ。
図面を見ながら答え合わせをする。現地での探索のチェック用に描かれた物なのか、精度はオリヴァーさんからもらった図面よりかなり低いけど、部屋の位置や数等は合っている。
俺達が見つけられなかった仕掛けはないようで、こちらだけが見つけていた箇所を指摘していく。そして、通路の位置とその状況も。
「ふむ……私は実際に足を運んだことはないが、そのようなものを見落としているとは」
「私も気付けませんでしたし。同行した友人達が気付かなければそのままだったでしょう」
あれは本職でもなければ、屋内だけをマッピングしてたら気付けないと思う。最初に外周を測量した上で、屋内を正確に測量していれば分かっただろうけど。
「まあ、何事もなかったのならそれでいいか。で、その報告のためにここへ?」
「いえ、ここからが本題なのですが。隠し通路が繋がっている、村の廃屋を購入させていただくことは可能ですか? それから、畑跡も」
通路を埋めるのは勿体ない。しかしあのまま放置もしておけない。だったら出入口ごと押さえてしまおう、と考えたわけだ。どうだろうか?
エド様は口元を押さえながら少し考えていたが、
「今まで放置していた場所だ。今の段階であそこに入りたい領民達がいるかも分からない。ならばフィスト殿が望むなら、有効活用してもらって構わない。ただ、畑跡については売却ではなく貸出だ。それから、収穫に応じた税は納めてもらう」
思ったより簡単に許可が出た。納税の義務があるのは意外だったけどGAOだしな!
「まあ、税と言ってもだ。フィスト殿が独りで作る程度のものなら、徴収しても微々たる物だろうがね」
「本格的に農業をする気はありませんからね。自給自足を超える収量は必要ありませんし」
孤児院跡の庭は、野菜や薬草、果樹を植えるつもりでいる。なので、畑跡は麦でもやってみようかと思っている。自分独りが食うに困らないだけのものが作れれば十分だ。
「なるほど。ところでフィスト殿」
何やら楽しげにエド様が問うてきた。
「異邦人の生活周期的に、こちらにいない時の住居や畑の管理はどのように考えているのかな?」
………………あっ。