第195話:調査準備
あのマッチョなマンドレイクは、瘴気によって歪められ、魔獣になってしまったもの、だそうな。植物が瘴気で枯れてしまうだけでなく、魔獣化する例もあるわけだ。
ヤツの【悲鳴】は生物に死をもたらすもので、そうして仕留めた獲物を養分にするんだとか。ただ、【悲鳴】を使った直後はまともに動けなくなるらしい。
そうなるとやはりオリヴァーさんのお父上の死因はあのマンドレイクだったんだろう。当時、多分今より小さかった頃のアレがオリヴァーさんのお父上に【悲鳴】を浴びせて殺害。しかし力尽きて、栄養にする前にお仲間がお父上を見つけてそのまま撤収、といったところだろうか。
さて、この魔獣マンドレイク。錬金薬や錬金毒の素材になるようで、件の暗殺集団が栽培の実験でもしていたものが放置されたまま成功してしまったのでは、というのがカミラの推察だ。
瘴気溜まりでもあれば、その周囲に植えて育てられるんだろうか? マンドレイクが瘴気に特別強いわけじゃないみたいだから、自然発生するのも偶然なんだろうけど。
どうやって魔獣化させたのかは分からないし、知りたいとも思わなかったので、カミラには聞かなかった。多分、彼女は知ってるんだろうけど。
どのタイミングで魔獣化したのかは分からない。ただ、状況的には暗殺組織の置き土産には違いなく、それで犠牲が出てるわけだから、ある意味では呪いと言えなくもない。
ここまで大きく育ったものは珍しいと、カミラが丸ごと引き取ってくれた。ついでに孤児院跡の毒草の類も引き取ってくれることになった。薬草はともかく、毒草は不要なのでありがたい。
ログイン187回目。
孤児院跡は正式に俺の物になった。GAOを始めてから約半年。ついに土地と家を手に入れた! 規模は当初の予定を大きく外れてるけど気にしない。
手続きの一切はオリヴァーさんがやってくれた。契約書にサインをした後で泣いて感謝されたけど、俺は俺が欲しい物を買っただけだ。それにオリヴァーさんにはまだ働いてもらわなくては。今度は建物の修繕があるのだし。
オリヴァーさんには魔獣マンドレイクのことを伝えておいた。不幸ではあったけど、お父上の死因が毒や呪いが原因だったのではない、ということははっきりさせておかねば。風評被害を解消できないと、オリヴァーさんの未来は暗いままだ。
それはさておき。
手に入れた孤児院跡について、ちょっと考えたことがあり、とある場所を訪れる。
港に近い、とある商店。入口の前には紺色の暖簾が掛けられている。プレイヤーから見れば何ともミスマッチな光景だ。暖簾には日本語で『伊賀屋』と書かれていた。こちらの言語の看板は掲げられていない。
気を取り直して暖簾をくぐる。
中はさすがに日本の商家ではなく、こちら風。扱ってるのは雑貨のようだ。ただ、着物が掛けられていたり、紐細工があったりと、何だか伊賀のアンテナショップ的な扱いに見えてきた。そのうち伊賀の焼き物とか売り出すんだろうか。
いらっしゃいませ、と着物姿の女性が応対してくれた。あ、この人アインファストの屋敷で見た顔だ。こっちの担当になったんだろうか。
「何をお求めでしょうか?」
「ツキカゲ殿と約束が」
事前に連絡は入れておいた。今日は【伊賀忍軍】に頼みたいことがあって来たのだ。
そのまま奥へと案内され、応接室に通される。ここも現地風で、テーブルが1に椅子が4。
座って待っていると、すぐにツキカゲがやって来た。手には盆を持っている。
「ようこそフィスト殿」
「表の暖簾。お前ら、本気で忍ぶ気ないだろ」
「住人には分からぬで御座るから」
自己主張の強い暖簾について指摘すると、ツキカゲが笑う。まあ、そりゃそうなんだろうけど。
「プレイヤーにはバレてもいいのか? 特に甲賀の連中は、一応、仮想敵なんだろ?」
「奴らは奴らで『甲賀屋』という拠点を持っているで御座るし、表立って争うわけではないで御座るからなぁ」
テーブルに湯飲みと小皿が置かれる。緑茶と……これ、饅頭か?
「して、依頼の件。我らの技術を活かしたもの、とまでは聞いたで御座るが、具体的には?」
「実は家を買ったんだ」
「それはまた……いや、今のフィスト殿の財力なら容易いことで御座るな。それで?」
「買ったのが、かつて暗殺組織が隠れ蓑にしてた孤児院の跡でな。建物はほぼそのまま残ってる」
そこまで言うと、少し考えてツキカゲが頷く。
「なるほど。つまり、建物の調査で御座るな?」
そう。あの孤児院跡に、怪しい箇所がないかを調べてもらいたいのだ。
一応、領軍が一通り調べてはいると思う。それでも見落としがあるかもしれない。隠し部屋とかそういうのを探すことに長けているわけでもないだろうし。
「ふむ、面白そうで御座るな。訓練にもなりそうで御座るし、何人か出すで御座る。もちろん、拙者も同行するで御座るよ」
「助かる。技術的な隠蔽についてはツキカゲ達に任せるから頼む」
「技術的な? 他にも何かあるので御座るか?」
「魔術的な何かは俺じゃ分からんからな。そっちはスウェインに依頼する予定だ」
「そういえばフィスト殿は【銀剣】と付き合いがあったで御座るな」
聞いたところでは、ルーク達はアインファストのダンジョンも攻略完了して、今度は王都付近のダンジョンに潜る予定だと聞いてるから、今ならまだ頼めるだろう。
スウェインが無理なら【魔導研】かな。魔術師のフレは他にはカーラがいるけど、彼女はその手のことは苦手だろうし。
そういやルーク達との付き合いも長いっけ。ルークと知り合ったのもGAOを始めて間もない頃だし。色々と世話になってるなぁ。
出された一口大の饅頭を菓子楊枝に刺し、口に入れる。うん、饅頭だ。ちゃんと甘い餡の入った饅頭だ。
「小豆、じゃないな……」
「似た味の豆があったので、試作を重ねたもので御座るよ。そのうち伊賀銘菓も再現して販売してみようと思っているで御座る」
「お前ら、本気でここを伊賀のアンテナショップみたいにする気か?」
「隠れ蓑としての経営で御座るが、安定した資金源ができるのはありがたいで御座るなぁ」
そう言って笑い、ツキカゲが茶をすすった。
打ち合わせをし、その後は軽く情報交換をして席を立つ。ツキカゲも何かと忙しいらしい。一応、ドラードの拠点の副責任者的な立場になったんだとか。
「それじゃ、当日は頼む」
「了解で御座る」
そんな中で直接手を貸してくれるのはありがたい。何かあればこちらもできる限り手を貸さねば。
「きゃっ」
そんなことを考えながらドアを開け、廊下に出たところで、人とぶつかりそうになった。踏みとどまり、衝突を回避する。
そこにいたのは着物姿の少女。銀の長髪に瞳は紅と碧。虹彩異色? 創作物ではよくあるけど、お目に掛かったのは初めてだ。住人のようだけど。
その少女は、俺を見て緊張したようだった。面識はないはずだけど、何だ? いや、この反応はどこかで――
「リディア殿、大丈夫で御座るよ。以前、話したことがあるフィスト殿で御座る」
ツキカゲの言葉で、リディアと呼ばれた少女の緊張が解けた。
「あなたが、フィスト様ですか?」
「あ、ああ。君とは、初対面だよな?」
はい、とリディアが頷く。
「ツキカゲ様からうかがっております。私が救われるきっかけになったお方だと」
救う? 一体何の話だ?
「リディア殿、何かの途中だったのでは御座らぬか?」
「あ……そうでした。ありがとうございます。それではフィスト様、失礼いたします」
頭を下げて、リディアが立ち去る。それを見送り、目線でツキカゲに問うた。
「あの娘は、海賊共に囚われていた少女で御座るよ」
低い声で、ツキカゲが答えた。ああ、なるほど。それで、救われるきっかけ、か。遭遇した海賊船の船長というか幹部だけは殺すなって指示したのは俺だった。生かしておいたからアジトの情報を得られたんだし。
それに彼女の最初の反応も、ツキカゲの言葉で納得がいった。あれは怖がってた。俺を、じゃなくて、多分、男を、だ。でも、ツキカゲに対してはそんな様子がなかった。
「ひょっとして、お前が直接助けたのか?」
「アジト強襲の際、ある部屋に踏み込んだ時に。脚の腱を切られていた彼女は、その部屋にいたプレイヤーに組み敷かれていたで御座る。危ういところで御座った」
胸くそが悪いやり口だけど、逃げだせないようにするための常套手段ではある。でも今は普通に歩いてたから、治療してもらったんだろう。
ん、ドラードに着いた時にマリアさんが言ってたのは彼女のことか?
「で、何で【伊賀忍軍】に?」
「彼女、記憶を失っていて、名前以外が分からないので御座る。それならうちで預かろうとうちの女衆が提案し、今に至る、というわけで御座るよ。元々、住人の手伝いを雇う計画もあったで御座るし」
「ほうほう、なるほど? それで女性の好みが変わったと」
「そっ、そそそういうのでは御座らんよっ!?」
からかい気味に聞いてやると、慌てて手を振るツキカゲ。いやぁ、その反応で十分ですよ、ええ。
「スウェイン、今いいか?」
『伊賀屋』を出て人気の無い路地に入り、ログインを確認できたのでフレンドチャットを繋ぐ。
『ああ、大丈夫だ。面倒事か?』
「面倒事というか、仕事の依頼だな。魔術師の力を借りたい」
『ふむ……時間が掛かるものだろうか?』
少し無言が続き、問いが返ってきた。
「予定では移動も含めて1日で終わる。厄介なものが見つかれば延びる可能性はあるけど。そっちはもうダンジョンに挑むのか?」
『いや、予定は空いているから大丈夫だ。しかし、どういった用件だ?』
「実は家を買ったんだが、それがなかなか厄いヤツでな。魔術的な仕掛けが存在するか調べてもらいたいんだ」
『そういえば土地畑付き一戸建てを買いたいと言っていたな。夢が叶ったわけだ。おめでとう』
「ありがとう。で、その物件が暗殺者の拠点だったんだよ。危険は極力取り除いておきたいんだ」
『なるほど。それではウェナも必要か?』
「いや……ああ、そうだな。構造的なものは【伊賀忍軍】に依頼済なんだけど、ウェナにも見てもらえるなら確実性が上がるな」
斥候・盗賊としての活躍がメインのウェナだ。ツキカゲ達とは別視点での発見もあるかもしれない。
『なるほど……うむ、こちらは問題ない。【シルバーブレード】全員で向かわせてもらおう』
よし。協力者ゲット――って、全員?
「他の連中は何でまた?」
『フィストが買った家を見たい、とのことだ。それに、事故物件にも興味があるようでな』
ああ、そういうことか。
「リフォーム後には招待しようと思ってたけど、今はただの廃屋だぞ?」
『それはそれで廃墟見学的な楽しみができるので問題ない。報酬はいつもどおりで』
俺もルーク達も、金銭面では特に困ってない。そんなわけで俺達の間でのちょっとした頼み事は、互いの持つ情報を交換して相殺することが多い。まあ、それが正確な対価なのかは疑問だけど、少なくとも俺達の間ではそうなってる。
「分かった。あと、食事の一切は俺が出す」
『それは楽しみが増えたな。期待している』
これでこちらの準備は整った。あとは現地に行くだけだ。
……何も見つからなければいいんだけど。