第194話:廃村3
ログイン185回目。
オリヴァーさんと共に、俺達は例の孤児院跡へとやって来た。
前回と違うのは、廃村を経由せずに孤児院跡に向かったことだ。これはオリヴァーさん達が物件の確認の時に使ってた道で、当時は廃村が毒に汚染されているという認識をされていたので、直接孤児院へ向かう道を切り開いていたとのこと。
廃村の危険性がゼロであると証明できてないので、オリヴァーさんもそっちのほうが安心できるだろうとその道を使った。
切り拓いたと言っても、人が普通に歩ければいいという程度だったという道。廃村への道から分岐したそれは、長らく使われていなかったこともあって、森に埋もれていた。前回、廃村へ行った時にはそれに気づけなかった程に。
オリヴァーさんの先導で、あらためて道をつけて進んでいった。孤児院跡を買うことができたら、こっちの道を整備してやろうと思う。現時点で廃村には用がないし。
「さて、と。そういえば、確認の時って、門の板を毎回外してたんですか?」
板で塞がれた門を前に、オリヴァーさんに問う。行く手を阻むならこれでいいんだろうけど、入る時は外すのが面倒そうだし、元に戻すのも同じく。
「いえ、こちらはこのままですね。いつもは――」
そう言って、オリヴァーさんが城壁を指した。崩れている箇所だ。城壁の構造材が落ちて堀が一部埋まっている。
「あそこから入っていました」
足場は悪いけど、オリヴァーさん達が入れるなら、俺やクインなら余裕だ。
そこから城壁の内側へと入る。
「かなり広いですね」
城壁の規模から想像はできてたけど。過疎が進んで廃校になった小学校が、グラウンドを含めてこのくらいの広さだった気がする。
「ええ。追加で色々と建てることが可能です。しかし相変わらず草がすごいですね……放置している以上、仕方がないのですが」
「あ、これ大半が薬草ですよ」
困ったような顔で敷地を見るオリヴァーさんにそう指摘すると、驚きに目を見開いた。
「あの、本当に? ただの雑草だと思って踏みつけていたのですが」
「はい。これらも査定に反映させてくださいね?」
ここの薬草は付加価値として加算していいものだと思う。稀少なものもちらほら見えるから、それなりにはなるはずだ。
「あー……薬草の価値までは私には分かりかねますね……後でお力添えを願えますか?」
「ええ、もちろん」
オリヴァーさんにはきっちりと、適正価格を提示してもらわねばならない。薬草の鑑定くらい苦でもないのだ。
ほぼ薬草畑と化している敷地から、その先の建物に目を向ける。石造りで2、いや3階建てか。ところどころがコンクリートのようにも見える。
建材としてのコンクリートは普通にGAOに存在してるんだったっけ。ローマ時代にだってあったんだ。別に不思議じゃない。
建物自体は老朽化しているようではない。ぱっと見た限りでは崩れてる部分も……あ、屋根は落ちてる箇所があるか。あと窓周りは損傷が多い気がする。
「以前来た時と外観は変わりませんね。フィスト様が気にしないなら、修繕でも問題なさそうです」
「気にしない、というのは?」
「今更ですが、建物内で戦闘が行われていますので。多くの死者が出た建物、ということですから」
ああ、そういうの、やっぱりこっちでもあるのか。でもなぁ、わざわざ建て直す必要があるかと言われると、俺は気にならない。解体にだって費用はかかるし。ん?
「あっちの建物は何ですか?」
建物に向かって左側。城壁手前に崩れた建物があった。焼け落ちた、というほうが正確かもしれない。
「あそこには木造の建物があったそうですね。掃討戦の際に火を放ったと聞いています」
てことは、基礎部分くらいは残ってるのか。あそこに追加で何か建てたりもできそうだ。あそこでなくても敷地には余裕がある。獲物の解体場とかも作りたいし、修練のスペースを作るのもいい。あーいかん、夢が広がっていく。
「ところで中身は?」
「かなり荒れています。内装は全てやり直す必要がありますね。どのようなものがお好みですか?」
「んー……これ、というこだわりはないんですが」
ひとまず、見て回ろう。どう直すにしても、現状を知らないと。
建物の中は、はっきり言えば酷かった。壁や天井、床に残された傷や黒ずんだ汚れ――多分、血痕。攻撃魔術を行使したらしい痕跡もあった。それだけ抵抗が激しかったんだろう。
でも、それは直せばいい。倒壊の危険性も現時点ではなさそうだとのことだし。うん、やっぱり建て直しまでは必要ない。修繕で十分だ。
「ここを買いたいです」
結構な時間をかけて確認し、一旦建物の外に出たところでオリヴァーさんに告げる。金額は確定してないけど、多分足りる。足りなきゃ稼げばいい。ローンとか組めないかな?
「あの……本当に、よろしいのですか?」
「ええ。毒もなさそうですから」
毒のほうはカミラからの情報でネタは割れてる。土地が汚染されてるということはない。
ただ、呪いは正直なところ分からない。オリヴァーさんのお父上の死因がはっきりしないからだ。外傷はなかったらしいし。でもそれだと、悲鳴をあげたのはなぜか。何かを見て驚いたのか。それとも何かに何かをされたのか。ちょっと考察の材料が足りない。
それでも、ここで事件があったのは前回だけ。それより前にも物件の確認に来ていて、その時は何もなかったわけだから、やはり呪いは無関係だと思える。
「あ、ありがとうございますっ!」
勢いよく、オリヴァーさんが頭を下げた。ぽたり、と地面に落ちたものがあったけど、見なかったことにした。
「さて、それじゃ薬草のほうを見ましょうか。オリヴァーさんは休んでいてください」
彼を残して歩を進めながら、【植物知識】で片っ端からチェックしていく。
やっぱり畑だったんだろう。手入れがされてなかったせいか、一部は混じってるものの、ほぼ種類ごとに固まっているようだ。
ただ、前回は気づかなかったけど、毒草の比率がかなり高い。ここが何だったのかを考えれば当然か。お、マンドレイクなんかもある。伝承みたいに悲鳴をあげたりはしないタイプの――
「反応しない?」
マンドレイクの区画の中に、一際大きい株がぽつんと生えている。姿は他のと変わらない。でも、【植物知識】で無反応だった。知識系スキルがまったく反応しない理由は、自分が知る限り1つしかない。つまりあれは、植物に分類される存在ではないということだ。
では一体何なのか。見た目は間違いなく植物だ。サイズ以外はマンドレイクにしか見えない。実は動物――ではなかった。ああ見えて幻獣――でもない。まさかの魔獣――【魔獣知識】のスキルは修得してないので分からない。そろそろ修得しとこうかなぁ。
「オリヴァーさん。あの辺りにある、一番大きいやつ。以前来た時に見た覚えがありますか?」
人工物、つまりは置物のようなものかもと思い、オリヴァーさんに確認してみる。
「いや、どうでしょう……さっきも言いましたが、雑草だと思っていたので、生えているものに注意は払っていませんでした」
申し訳なさそうなオリヴァーさんの声が聞こえる。考えてみたら前回は来てなかったんだっけ。でも逆に言えば、オリヴァーさんが来た時には目立ってたものじゃないってことか。だったら作り物の線は消える?
「オリヴァーさん。念のため、建物の中に入っていてもらえますか?」
ひょっとしたら荒事になるかもしれない。万が一に備えて避難させておくことにする。
戸惑いながらもオリヴァーさんはこちらの言葉に従ってくれた。建物に入ったことを確認し、クインに目配せをすると、彼女は入り口前に移動する。
さて、あれが作り物ならただの笑い話だ。でも違う前提で、慎重にいこう。
投擲用の石を【空間収納】から取り出し、射程まで近づく。要はチスイサボテンの処理と同じだ。
「第、一球っ!」
そう声に出し、石をそのまま投げつける。石は真っ直ぐに飛び、マンドレイク(仮)の葉を散らした。
直後、葉が不自然に揺れた。そして葉が、いや、葉から下が地中から出てきた。
それは人の顔だった。いや、正確には人の顔のようなもの、か。濃い紫と黒が混じり合ったような色をしたそれは、濃い顔立ちで、嗤っているように見えた。
次に出てきたのは腕のようなもの。根と根が絡み合ったそれは鍛え上げた筋肉のように見えた。
そのまま残りが地中から出てきて、全身が明らかになる。無数の根を編み上げて作り上げたボディビルダー、とでも言えばいいのか。さっきまでは確認できなかった瘴気が漏れ出している。
「運営ーっ!」
それを見て、思わず叫んでしまった。ああ、こいつは、まさしくファンタジーにおけるマンドレイクなんだろう。瘴気を纏ってるから、GAOでの分類的には魔獣扱いだろうか。
でもな、これはないだろう? 例えばハ○ポタに出てきたマンドレイクは、アレはアレで不気味だったけど、まだ植物の範疇だった。でもこいつは人間大で、見た目が黒々しい全裸のマッチョ的なアレだ。しかも下半身は二股じゃなくて三股。チスイサボテンといい、運営は植物系モンスターをイロモノにしなきゃ気が済まないのか?
『風の乙女よ! 舞い踊り、あらゆる音を遠ざけよ!』
咄嗟に風精に呼びかけて精霊魔法を行使する。作品にもよるけど、ファンタジーのマンドレイクで最悪なのは、相手を死に至らしめる【悲鳴】だ。もしもこいつに、自発的にそれを行使する能力があるならまずい!
周囲から一切の音が消えた。マンドレイク(仮)が叫んだような挙動を見せたけど、こちらの耳には何も届かない。身体にも異状は出てない。
ならばとマンドレイク(仮)に向かって駆ける。数歩で音が戻ってきた。再度の【悲鳴】が放たれる前に決める!
両足に【魔力撃】を込めて踏み出す力を増幅し、一気に加速する。マンドレイク(仮)に反応はない。いや、動作が緩慢になったような? 瘴気もさっきより薄まった気がする。
考えている間にも距離は縮まった。跳躍し、【斧刃脚】を発動。狙いはマンドレイク(仮)の首だ。
蹴りの一振りで、マンドレイク(仮)の首が飛んだ。予想したような硬い感触はない。根野菜を包丁で切る程度のものだ。
着地して【沈黙】の精霊魔法を再度使う。今度はマンドレイク(仮)の首に対して。
身体のほうはまだ立っている。ただし、酔っ払いのように身体がフラフラと揺れていた。そして、少しするとそのまま倒れてしまう。漏れ出る瘴気も消えていく。警戒を解くことなく様子を見るも、ピクリとも動かなくなった。
「仕留めた、か」
構えを解いて、息を吐く。作品によっては精霊魔法を使ったりするから苦戦するかと思ったけど、あっさり片付いてよかった。
念のために他の個体がいないか周囲を確認する。不自然な地面も、大型の個体も、他にはなさそうだ。【植物知識】に反応しない植物も、ない。
「あの、フィスト様……今のはいったい……?」
建物のほうからオリヴァーさんとクインがやって来た。あ、そういや【悲鳴】の影響はどこまで及んでたんだ?
「オリヴァーさん、ご無事ですか? クインも」
「え、ええ、私は大丈夫です……いえ、少し気分は悪いですが……」
確かにオリヴァーさんの顔色は悪い。俺は直接聞いてないから分からないけど、マンドレイク(仮)の【悲鳴】の何らかの効果を受けたのか? クインはいつもどおりで平気そうだけど。
「あの……これは、何なのです?」
マンドレイク(仮)を不気味そうに見るオリヴァーさん。
「私にもよく分かりません。ただ……」
ひょっとしたら、オリヴァーさんの父親の死因は、こいつの可能性がある。もし当時、こいつがここにいたなら。そして、同行者が聞いた悲鳴というのが、オリヴァーさんの父親のものではなく、実はこいつのものだったのだとしたら、一応の辻褄は合う。
こいつの【悲鳴】にそこまでの効果が本当にあれば、だけど。ちょっと調べてみようかね。【魔獣知識】のスキルを修得するか? でも、あと1ポイントで【魔力変換:冷】が修得できるしなぁ……後でカミラに聞いてみるか。ここの薬草類を売り込むついでに。
「フィスト様?」
「ああ、いえ、何でもありません。ひとまず一服しましょう」
マンドレイク(仮)を【空間収納】に放り込んで、建物へと向かう。さすがに毒草の中でのティータイムは勘弁だ。