第193話:廃村2
逃げる気はないと念押しし、ひとまず席についてもらった。【空間収納】から作り置きのハーブティーを出してそれを勧める。ゆっくりとそれを飲んでもらったところで、ようやく彼は落ち着いた。
「見苦しいところをお見せしてしまいまして……」
そして申し訳なさそうに頭を下げてくる店員さんあらため『店長』のオリヴァーさん。うむ、なんだかかなり追い詰められてるっぽい。ひょっとして経営が危ういんだろうか。
「いえ。それより物件の話を。まずは最初に確認しておきたいのですが。あそこで何があったんですか?」
「な、何が、とは?」
オリヴァーさんの目が泳ぐ。やっぱり訳あり物件かあそこ。
「廃村を一通り見て回りました。尋常でない何かが起きたことであそこはああなった。でも、その後が解せないといいますか。なんであそこは、あのままなんです? ああなったのって、最近の話じゃないですよね?」
「……あそこは、呪われた土地ということになっているのですよ」
重々しい溜息の後、オリヴァーさんの口から弱々しい声が漏れた。呪われた?
「それは、度々災禍に見舞われたとか、そういう?」
「いえ、そういうわけではないのです。いや、そう言ってもいいのかもしれませんが……ただ、その、とある事件が原因ではありまして。あの物件の話の前に、まずはそこから」
一体何があったんだろうか。黙って促すと、ポツポツとオリヴァーさんが続きを話し始めた。
「あそこには普通の村がありました。しかしある日を境に、それが変わったといいます。フィスト様が興味をお持ちになったあの屋敷ができてから。あの屋敷は、孤児院でした」
孤児院? 砦じゃなかったのか。外から見た敷地の規模は田舎の小学校くらいに見えたけど、結構な数の孤児が集められてたんじゃないだろうか。
「しかし、実際には暗殺者が巣くっていたのです」
「孤児院に暗殺者が紛れ込んでいたと?」
「いえ、孤児院そのものが暗殺者集団によって作られたものだったと。そしてそれは村全体を支配してしまっていたとか」
つまり……村が暗殺組織に乗っ取られていた? 残っていた建物跡の数で考えると、1世帯4人だと仮定しても、村の人口は100人近くいたはずだ。そこを支配下に? いや、支配ってことなら、村人全員が暗殺者と入れ替わったって訳でもないのか?
「集められた孤児は暗殺者として育てられていたとかで、それが発覚し、領主様が軍を派遣したところ、戦場となった村は滅びてしまったのです」
ああ、あれは焼き討ちじゃなくて戦闘の結果だったのか。そりゃ素直に投降するわけないし、逃がすわけにもいかないから殲滅戦になる。滅びたってことは、普通の村人の生存者もなかったか。
でもそれはそれとして。血なまぐさい出来事があったからって、それだけで放置するとは考えにくい。収穫の期待できる土地ってのは貴重だろうに。
「その後、屋敷は競売にかけられました。いわく付きではありますが、立地はいい。しばらく期間を空けて、ほとぼりが冷めた頃に売りだそうと先代である父は考え、競り落としました」
ふむ。まあ、分からない話じゃない。いわく付きなら元の値段も低いだろうし。人々の記憶から薄れた頃に売り出せば、買い手だってつくかもしれない。
「屋敷のことはともかくとして、村の復興はすぐに始まりました。新たな村民を領主様が募り、参加者はすぐに集まったと聞きます。しかし、その参加者達が全員、命を落としたのです」
全員? そりゃまた大事件じゃないか。
「原因は不明ですが、滅ぼされる前に暗殺者達が毒を撒いていたのではとの噂が立ちました。そこで入植希望者は途絶えてしまい、復興作業そのものが中止となったのです」
あー……土地や水が毒に汚染されているような所には住めない。そう思われてしまったわけだ。そしてそれが事実として定着した。毒が残ってるのか確認するすべがあるなら、誤解は解けてるだろうし。
「村がなくなった理由は理解しました。となると、あの屋敷がそのまま、というのも?」
あそこも汚染されていると思われたなら、買い手なんてつかないだろう。そう思ったんだけど、オリヴァーさんは首を横に振った。
「いえ、あそこが手つかずなのは、父があそこで怪死したからです」
……村だけじゃなくて、あそこ自体にも何かあるのか。いや、暗殺組織終焉の地って意味じゃ、あそここそ最後の砦、激戦地だったんだろうけど。
「物件の状態を確認しに何人かと父が出かけた時のことです。今までにも何度か確認に行っており、それまでは特に何があったわけではありませんでした。私が同行したこともありますが、その時も何も。何故、あの時だけ……」
深く溜息をつき、頭を振るオリヴァーさん。
「最後の確認時に何があったのかは分かりません。ただ、同行した人達の話によると、手分けして状態の確認をしていた時に悲鳴があがり、そちらに行くと外で父が倒れていたとのことでした。それが、殺された暗殺者達の呪いだということになるまでに時間は掛かりませんでした」
「……お父上に何か持病があったとか?」
「いえ。亡くなる数日前に転んで頭を打っていたので、思い当たる原因はそれしかありませんが、噂が立ってしまえば関係ありません。呪われた土地という醜聞のせいで、物件としての価値は落ちたまま。ついでに我が家が呪われているという目で見られるようになってしまって。賃貸の客も減っていき、管理物件の維持も難しくなり、少しずつ処分しながら今に至るわけです……」
語り終え、オリヴァーさんが弱々しい笑みを見せた。この店、衰退の一途を辿っているようだ。
GAO世界だと呪いは実在するからなぁ。暗殺者達が呪いを扱えたのかは置いておく。あり得る、というのが問題なわけだから。いくら呪いがないと主張しても、それを信じるかは別問題だし。
あの物件が今まで放置されていた理由については納得がいった。ただ、今のあの廃村に毒の汚染は多分ない。
あの周辺で採取した薬草や山菜に毒はなかった。放置された畑で生き残って世代を繋いでいたらしい農作物が、野生動物に食われている痕跡もあった。毒が自然に浄化されたのか、最初から無かったのかは分からないけど。
呪いについても、動き回った範囲で妙な気配は感じなかったし、瘴気が生まれていたわけでもない。
「正直に話してくださって、ありがとうございます」
オリヴァーさんに礼を言っておく。厄介払いをしたいなら、適当なことをいって売り逃げてしまってもよかったのに。困窮してやばい状況なら尚更だ。
こういう誠実な人を見殺しにしたくはない。幸い、利害は一致していて、どちらにとってもいい話になることは間違いないんだから。
「で、あの屋敷なんですが。おいくらですか?」
「……あ、あの。さっきまでの話を聞いてましたか?」
「ええ。ただ、聞いた限りでは問題なさそうなので。だったら自分で確かめてみますよ」
土壌調査とかは無理なので、実際に過ごして確かめるしかないけど、当時の人達が全滅したってことは、本当に土地に根ざした異常があるなら数日も滞在すれば何かしらの反応があるはずだ。
それにもし毒や呪いがあるのなら、オリヴァーさんのお父さんだけが被害を受けた理由が分からない。同行していた人達も毒や呪いを受けていなければおかしいだろう。
「フィスト様は、呪いも毒も存在しない、とお考えなのですか?」
「現時点ではそう考えています。ですので、あの物件への立ち入り許可をいただけますか?」
少し考えていたオリヴァーさんは頷いた。
「分かりました。あと、その時は私も同行させてください」
そして、予想外なことを口にした。
「物件の現状が私には分かりません。ですので、今の状態を知る必要があります。その上で、価格を出させていただきます」
最後の物件確認の時に、満足な作業ができなかったってことかな? それともそれ以降の変化を気にしているのか。危険がある可能性も捨て切れないけど、正確な査定をしてもらえるならありがたい。
「でしたら準備が必要ですね。道は草木に埋もれてますから、相応の恰好が必要ですよ。護衛は私がやりますので、戦力は手配する必要はありません」
俺とクインがいれば、普通の動物なら何とでもなる。魔獣でも、一つ目熊以上のクラスが群れて襲ってこない限りは大丈夫のはずだ。
日程を調整し、ひとまずオリヴァーさんと別れた。ここから追加の情報収集と準備だ。
そんなわけでやって来たのが『宝石の花』だった。
「随分と久しぶりだな、フィスト」
案内された部屋の主が、テーブルの向こうで拗ねたような顔をしていた。いや、そんなこと言われても……ん、最後に会ったのいつだ?
「9ヶ月前だ」
顔に出ていたのか、カミラが刺すように言葉を放った。あれ、それってあの日以来ってことに? いや、まあ、用がなかったし。血の納入に来た時はカミラが留守だったし。
「まあ、あちこちで暴れ回っていたようだし、私にそれを咎める資格もないのだが……来てくれたのは嬉しいです」
テーブルに肘をつき、組んだ手に顎を乗せて、口調を変えたカミラが微笑む。
「で、今日はどのような用向きで?」
「1つは血の納入だな。ワイバーンとシーサーペントのものもある」
「シーサーペントのことは聞いていましたが、ワイバーンもですか。たいしたものですね」
「シーサーペントは海エルフの衆や友人達と総掛かりだったけどな。まあ、それはいい。本題は毒についてだ」
「毒? また何か厄介事が?」
「いや、多分問題ないとは思うんだが。広範囲の対象をまとめて殺してしまう、残留型の毒に心当たりがあるか?」
姿勢を正して不安げに聞いてくるカミラに質問する。さっきオリヴァーさんから聞いた話で、該当するような毒が実在するのかという確認だ。
「汚染された土地で食材探しでもするのですか?」
「いや、今度行く場所がちょっとな。実際に足を踏み入れても支障はなかったから、危険は無いと思うんだけど、そういうのがあるのかを知っておきたくて」
「ふむ……む?」
考え込んでいたカミラが、眉をひそめた。
「フィスト。それはどこのことですか?」
「ん、領都から北に進んだ森にある廃村」
答えると、何かに納得したような、微妙な表情をカミラが作った。
「心当たりが?」
「再建時に村人達が全滅したというあれでしょう? 結論から言えば、あれはバジリスクの仕業です」
バジリスク。俺の認識だと8本足のトカゲ型の魔獣だ。毒を吐き、石化の魔眼まで使うことがある。
魔法学校を舞台にした外国の作品だと大きな蛇として登場してたっけ。
「それが何で土地の毒だなんて誤認されてるんだ? それに、何でお前がバジリスクのせいだって知ってる?」
「仕留めたのが私だからですよ」
カミラの回答は予想外のものだった。
「あの時、私は薬草の採取のために森に入っていまして。そこで偶然遭遇したのです」
「村で遭遇したわけじゃないのか?」
「仕留めた後で、来た方角に例の村があることに気づきまして。確認に向かったら、村人達は全滅した後でしたので、通報だけはしておきました。バジリスクがいたことは話していません」
理由は分かる。バジリスクがいたという事実だけで、捜索や討伐に無意味な動員をしなきゃならなくなる。それを避けたんだろう。自分が仕留めたなんて言ってしまうと、当時のカミラがどんな猫を被ってたかは知らないけど、下手すると身バレに繋がりかねないし。
「村人の死因で存在が浮かんだりしなかったのか?」
「バジリスクの毒は外見に異状が出ないのです。それに、本来はあの辺りに出る魔獣ではないので。村にバジリスクの痕跡が残っていなかった以上、土地の情報と絡み合って『正体不明の毒』のせいになったのでしょう」
いずれにせよ、土地の毒による全滅じゃないわけだ。まあ、そうだろうさ。入植前には事後処理で領軍が少しの間は滞在してただろうし、本当に土地の毒なら、彼らが被害を受けてたはずだ。
「ところで。エルカ達の招待には、いつ応じるつもりなのです?」
口元を緩めながらカミラが聞いてくる。あー、1日専属券のことな。
「無理を言うつもりはありませんが、気にしている娘もいますから」
「ちょっと、思いついたことがあってな。目処がついたら、その時に頼むつもりだ」
「そうですか。それではそのように、伝えておきますね。きっと喜ぶでしょう」
そこまで気にしてる娘もいるのか? 彼女らとの直接のやり取りって、エルカ以外はほとんどないはずなんだけどなぁ……
まあ、それはいずれだ。情報収集に戻ろうか。