第192話:廃村1
ログイン184回目。
グンヒルトに食材を引き渡して情報交換をした後、俺はクインと一緒に王都へ向かう街道を進んでいた。
かつては使われていたであろう、森の奥へと続く道の跡。王都行きの時に気になったそこを、実際に進んでみようと思ったのだ。
道があった以上、その先には何かがあったはず。ちょっとした探検気分で進んでみよう。人が離れて久しい森、ということなら、森の幸なんかもありそうだし。久々に採取に励んでみるか。
「それにしても、こうしてお前だけと一緒に森に入って何かするのって久しぶりな気がするな」
隣を歩くクインに言うと、軽く頷いた。そうだよな、多分、一緒に森に入って活動したのって、ワイバーンを狩った時が最後だ。
あの後はシーサーペント戦だったし、そのまま王都にしばらく滞在したし。アインファストに戻る途中でラーサーさんやザクリス達の所に寄ったけど、あれは移動メインだったから、何かしらの活動をしたわけじゃない。
うん、何というか、のんびりしてる。いや、最近が派手すぎたんだ。本来の俺は、気ままに狩りや採取をして、美味いものを食っていたいだけの、いちプレイヤーなんだから。
「お、見えてきた」
木や草に浸食されて塞がれた道を確認。あー、考えてみれば、事前調査とかしとけばよかったか。ドラードの住人に聞けば、何があるのかくらいは知ることができた気がする。
「ま、いいか。何があるのか分からないまま進むのもいいもんだ。さっきも言ったけど冒険冒険」
同意を求めるようにクインを見ると、彼女は首を傾げた。ぬぅ、理解されないか。まあ、野生の生き物だもんなぁ。好奇心で危険に飛び込むような真似もしないだろうし、未知への探求とか興味ないか。
さて、どう進んだものか。正直、生えている草やらを刈り取りながらってのは無しだ。体力がいくらあっても足りやしないだろう。だとするなら、切り拓くのは最小限で、草木をかきわけて進むしかない。
進むこと自体は、そう苦にはならないはずだ。【樹精の恩恵】があるわけだから、森歩きには補正が入るだろうし。
突入前に、簡単に恰好をチェックする。どこに引っかけるか分からないのでマントを脱ぎ、腰の剣鉈を確認。ガントレット優先だったので、剣鉈は以前のままだ。これで切り払えない草とかはないだろうから問題ないけど。
肌の露出はなし。不意に毒草に触れて被害を受けることもないだろう。虫も多分大丈夫。虫除けとか準備したいけど、あれ、クインが匂いを嫌がるんだよなぁ。今度、匂いの少ないやつを作ってみようかね。
「よし、行くぞクイン」
ただの茂みにしか見えないそこへと、俺は足を踏み入れた。
道を見失うことはなかった。さすがに道そのものを塞ぐような木が生えたりはしてなかったからだ。いや、道の両端がかなり緑に浸食されていたから、もう少し時間が経っていたら、危なかったかもしれない。
道幅は馬車1台半くらい、だろうか。舗装はなく、わずかにわだちが残っている所もあった。今の状態じゃ馬車なんて走れないだろうけど。
少なくとも、昔は馬車が通ることがあった、ってことだろう。となると、やっぱりこの先にあるのは村、あるいはその跡だろうか。
そんなことを考えながら、途中で生えていた薬草や山菜を採取しつつ歩くこと約30分。
「あー、廃村だな、やっぱり」
目の前の光景を見て、そう呟いた。
崩れ落ち、緑の海からわずかに姿をのぞかせている廃屋の数々。かろうじて朽ちずに残っている木の柵等。人が住んでいた痕跡がそこにはあった。
草木は伸び放題で地面が見えるところのほうが少ない。不自然に倒れた植物もないので、しばらく人が立ち入っていないことも分かる。獣の足跡はあったから、ここはもう完全に人の領域から外れてる。
しかしドラードから歩いて1時間くらいか。領都に近い立地で廃村になるなんて、過去に何があったんだろうかね。
膝上まで伸びた雑草をかき分けながら、村だった場所を歩く。人工物がある所を1つ1つ確認してみると、倒壊しているのはほとんどが経年によるものじゃないことが分かった。
燃え残った木材に焦げた石材。これが1箇所だけなら火災でも起きたのかと思えるけど、今見た限りだと、自然に崩れた感じの建造物のほうが少ない。これは焼き討ちの跡だな。ということは、盗賊の襲撃か何かで滅んだんだろうか。
畑の跡らしき場所も見つけた。そこにあった半ば埋もれた溝を辿りながら歩いてみると、村の外れくらいまで来たところで水が見えた。池、だろうか。かなり大きいから、湖と言ってもいいかもしれない。
水場の規模はともかく、それよりも目を引くものがあった。水場の周囲に生えている木々だ。それらは薄桃色の花を無数に咲かせていた。
「桜、だよなぁ」
日本人には見慣れた、春を代表する花だ。【植物知識】で確認しても桜と出た。ただ、日本でよく見る桜とよく似た姿なのに、こいつはサクランボができる種のようだ。まあ、厳密に日本の桜ってわけじゃないんだから、そういうのもありか。
「そういや、季節が実装されてたっけ」
ここが広く知られたら、花見のスポットになりそうだ。限られた友人には教えてもいいかもしれない。みんなで花見とか楽しそうだ。ただ、やるとしたら次の季節かね。今から声をかけても、集まりは半端になりそうだ。
でもまあ、記念に写真は撮っとこう。パシャリ、と。
さて、さっき村から延びてた溝は水場――湖に繋がっていた。手入れをしなくなったから埋まってしまってるけど、農業用水だったんだろう。
湖岸に着き、湖を眺めると、流入する川は見当たらないけど流出する川はあるようだ。水はここから湧き出してるっぽい。さっき魚が跳ねるのも見えた。釣りとかもできそうだ。
「あとは……あれが何か、だけど」
今いる位置の向こう岸の桜の奥に、石垣のようなものが見えた。明らかな人工物だ。結構規模が大きそうな。当然、何であるのか確かめておかねば。
湖岸を歩きながらそちらへ向かうと、そこにあったのは少々予想外のものだった。
「……これ、砦か?」
高さは3メートル程だけど、城壁と言っても差し支えない造りの壁が伸びている。一部が崩れていたり蔦に覆われていたりしていて、長いこと放置されていることがうかがえた。
壁の手前にも溝がある。落ち葉で結構埋もれてるけど、堀だろうか。
なんだかよく分からなくなってきたぞ。砦があって、その至近の村が、恐らく焼き討ちで滅んでる。どういう状況なんだか。
壁に沿って周囲を回る。壁の向こうには背の高い建物も見える。大きく崩壊した感じはない。念のために【気配察知】で周囲を探りながら歩くも、おかしな気配は引っ掛からない。
やがて、正門らしい場所へと着いた。堀を跨ぐ橋に見えたのは壊れて手前に倒れている門扉だ。門には木の板を打ちつけてあって中に入れないようにされている。もっとも、壁の崩れた部分から中には容易に入れそうだけど。
そして木の板の壁には看板が打ちつけてあった。問い合わせ先が書かれている。
「……これ、不動産なのか」
かなり古い看板だし、ちゃんと管理されてるのかも怪しいけど、他人の所有物ってことなら勝手に踏み入るのはまずい。
中の様子は気になるので、打ちつけられた板の隙間から覗くだけに留めることにする。
見える限りでは、建物に軍事色はない気がする。大きめの屋敷、というほうが近い。その割には城壁と堀が浮いてるけど。
敷地内は結構広い。緑に覆われてるのは周囲と変わらず――いや、あれ傷癒草だ。毒消草もある。というか、あそこに生えてるの、全部薬草だ。ここは薬草類の研究所だったのか? それが放棄されて野生化したんだろうか。
あの薬草を根こそぎいただくだけで結構な実入りになりそうだなんて考えてしまった。待てよ、もしここを購入できたとしたら、あの薬草も全部俺の物?
そのまま薬草類を育てて自給するか。それとも薬草を全部採取したあとで、普通に野菜とか育てる? 城壁は大げさだけど、直せば畑を荒らす動物とかは近寄れないだろうし。ここ、かなりの好物件?
「なあ、クイン。俺、ここに根を下ろしたくなってきた」
ここの中、やっぱり見ておきたい。正式な手順を踏もう。ここの管理者を訪ねようと決めた。
できればここに居を構えたい。この砦もどきが無理だったとしても、廃村の家屋があった場所に新たに家を建てるとか。GAOを始めた頃の目的が、ここで達成できそうな予感があった。
「じゃあ、あとは周囲の確認だな」
他に何があるのか把握しておこう。マイナス要素がなければいいけど。
領都及び海に近い、人が居住可能であることを保証された立地。
綺麗な水をたたえた湖。淡水魚付き。
サクランボを収穫できる桜がたくさん生えている。
獲物や薬草、山菜、果物等の幸が豊富な森。
切り拓かなくても再利用できそうな畑跡。
廃村周辺を探索した結果はプラスばかりだった。控えめに言って最高だ。これ以上の理想的な、自給自足に向いた居住環境ってある?
しかしその一方で、ここが放置されている理由が気になる。人がいればすぐにでも村としてやり直せると思うのだ。なのにそれがされず、しかも長時間放置されているようで。
その理由次第では、ここは使えないかもしれない。できればそんなことにはならないでほしいと思いつつ、一旦俺達はドラードへと戻った。
適当な店で腹ごしらえをして、あの物件の管理者のところへ向かう。何人かの住人に聞いてみれば、場所はすぐに判明した。
ただ、聞いた時に微妙な顔をされたのが気になるけど。何か問題がある業者なんだろうか。
訪ねてみた場所にあったのは、少々古めかしい――いや、かなりボロい多層住宅。1階部分にホフマン不動産という看板が出ている。
「ごめんください」
建て付けの悪くなったドアを開けて、店内に入る。
奥のカウンターには1人の男性がいた。30歳くらいだろうか。薄茶の髪をした、痩せ気味の男性だ。いや、不健康そうな? 頬も少しこけてるし亡者みたいだ。
「いらっしゃいませ……」
力のない声が返ってきた。この人、色々な意味で大丈夫だろうか?
「どういったご用件でしょう? 生憎ですが、現在、お貸しできる物件はないのですが」
「実は購入を考えている物件があるのですが、こちらの管理だと聞きまして」
「うちの? はて……販売物件も今はないのですが」
戸惑う店の人。あれ、店を間違えたか?
「ホフマン不動産、ですよね? 他に同名の店がありますか?」
「いえ、ホフマンの名を持つ不動産屋はうちだけですが……一体、どこの物件を?」
「ええと、領都を少し北に行った森の中にある廃村の――」
思わず口を閉じてしまった。店員さんが目を見開いたからだ。まるで獲物を見つけた亡者のような圧が感じられた。
「あ、あそこに興味がおありなんですかっ!?」
店員さんがカウンターを出てこちらに勢いよく近づいてくる。さながらホラー映画の一場面だ。怖い、怖いって!
「えーと、まずは落ち着きましょう。でないと話もできません」
「あ、ああ、これは失礼を……」
肩を押さえて食い止めると、血走った目があちこちへと動く。こりゃ本題に入れる状態じゃないな。本当に、まずは落ち着こうか。