表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
202/227

第189話:ツキカゲ一家

 

 ログイン176回目。

 今日からまた相棒との行動だ。ニクスはローゼと一緒。今日も闘技場でPvPだと言っていた。闘技場の常連達とがっつり戦うことになるだろう。

 ローゼはともかく、意外とニクスは対人戦への忌避感がなかった。初めてのローゼとのPvPの時も、しでかしたことへの動揺がなかったし。【解体】スキルを修得しているのに、だ。

 動物の解体でスプラッタに慣れている、というのもあるとは思う。ただそれは別として、剣を振るうことに躊躇がなかった気がする。修行時に【シルバーブレード】の連中ともPvPをしていたというのは後で聞いたけど……予想が正しければ――

「フィスト殿ー」

 行く先、というか目的地の前に、ツキカゲがいて手を振っていた。その足下ではヤミカゲが座って尻尾を振っている。

「ツキカゲ、今日はありがとう」

「なーに、フィスト殿の試みは我らにも利があるで御座るから。頭領も快く許してくれたで御座るよ」

 近づいて挨拶すると、そう言ってツキカゲが門をくぐったので、それに続く。

 今日、俺がギルド【伊賀忍軍】に足を運んだのは、そろそろ呪いの武具の処理をやっておこうと思ったからだ。そのために、忍者屋敷の調薬設備を貸してもらった。

 その見返りに、今回やることの情報を提供する。ツヴァンドの防衛戦で、【伊賀忍軍】は死霊騎士を一騎倒していて、瘴気付きの呪いの脚甲をゲットしていたからだ。元々、【伊賀忍軍】とは薬等の関係で情報交換をしてるので、何の問題もない。

「ところで、この辺も随分と変わったな」

 アインファストの城壁の外、という立地は今も変わらないけど、忍者屋敷の周辺には、以前よりも建物が増えていた。町が広がりつつある。いつの日かここも、城壁の内側になるんだろう。

「そうで御座るな。賑やかになってきたで御座る。そのせいもあって、以前ほど無茶はできなくなったで御座るよ。実験とか」

「あー、近所迷惑になるような音とか臭いとか、出せなくなったか。そういうのは現実と変わらんよなぁ」

「いずれは、ここは単なる町での拠点にして、隠れ里のようなものを作れれば、と話しているところで御座る。第三陣も合流し、人数も更に増えたで御座るから」

 忍の隠れ里。何ともロマン溢れる話だ。

「確かドラードにも拠点を作ってただろ?」

「ドラードは港町で御座るからなぁ。ブルインゼル島で硫黄を安定して調達する面でも、拠点は必要ということで、真っ先に作ったで御座るな」

 すれ違う【伊賀忍軍】の人達に会釈しながら、調薬室へと到着。相変わらずの和風空間だけど、それでこそ、だと思う。

「さて、それじゃ、さっそく始めようか」

 今回、処置を施すのは、瘴気汚染されている呪いの剣と甲冑だ。以前、ザクリス達の所で撃破した死霊騎士の戦利品というかそのものというか。

 先だって実験をしていたスウェインから、効果ありという連絡はもらっていたので、本格的にやってしまおうというわけだ。

 まずは下ごしらえ。以前、ラーサーさんのところでやったように、瘴気毒の除去剤を作る。

「確か、魔獣肉の毒抜き用で御座ったな?」

「ああ。狩りで手に入れた魔獣肉も、これで普通に食えるようになる」

 今回使用する毒消草は、既に聖属性の魔力で染めてある。こちらの方が効果が高かったそうなので、使わない理由はない。

「ぬ、聖属性の毒消草、で御座るか? このような物、どこで?」

「自作した。効果が増すってだけで、普通の毒消草でも問題はない。欲しければ注文を受け付けるぞ」

 気づいたらしいツキカゲが聞いてきたので、売り込んでおくことにする。多分、これを作れるのって【魔力変換:聖】を修得してる人だけだろうし。つまり、今なら俺とルーク、スウェインだけのはずだ。

「ふむ。何に使えるか分からぬで御座るからな。必要になった時にはよろしくお願いするで御座る」

 手裏剣や火薬の入手先として【伊賀忍軍】との繋がりは大切だ。これからも変わらぬ付き合いをしていきたい。

 薬草を処理し、作業を進める。今回は剣と甲冑を漬け込む。特に甲冑一式を漬け込むには量が必要だ。

「作業も素材も単純で御座るな」

「スキルがなくても問題ないぞ」

 素材を磨り潰し、自前のと忍者屋敷の調薬鍋を使って除去剤を作っていく。後はしばらく煮詰めれば完成だ。

「それで、どのくらいで瘴気を消せるので御座る?」

「瘴気の濃さにもよるけど、スウェインの実験だと聖属性の付与のほうで1週間くらいだったらしい。GAO内時間でだから、ログアウトしてる間も【空間収納】内で時間を進めれば、リアル換算で2~3日ってところか」

 魔獣肉の毒除去だと、属性なしでもっと時間がかかっている。こっちも聖属性を付与したら早く抜けるだろうか? ついでに試してみるのもいいか。一つ目熊の未処理肉があるし。

「あ、そういやツキカゲ。魔銀の注文はもう決めたか?」

「忍刀を一振り、苦無を一振り、額当て、鎖帷子、手甲、脚甲を一揃えで御座るな。あと、金剛鉱の苦無を一振り。レイアス殿とシザー殿には伝達済で御座る」

「他の忍具は?」

「いざという時に使い捨てすることを考えると、そこまでの贅沢はできぬで御座るよ」

 現状の武具をバージョンアップさせるだけだな。苦無は予備武器と作業用だろう。手裏剣なんて消耗品だし、魔銀で作って景気よく投げるわけにもいかないか。



 雑談しつつ待つことしばし。除去剤が完成した。熱が残っているけど、今回の対象は食材ではなく武具だ。冷ます必要はないだろう。

 建物内で瘴気を放つ武具を出すのはよろしくなさそうなので、除去剤を持って一旦庭へ出る。庭にはクインがいて、俺に気付いて頭を上げた。その周辺にはヤミカゲや他の犬達が寝そべっている。あれ、全部が忍犬候補か。結構な数だなぁ。

 呪具を納めた木箱と樽を【空間収納】から取り出す。ここに来る前に、土塊から移しておいた。

 梱包材代わりにしていた土は別に保管してある。途中から時間凍結を解除していたので呪具の瘴気に汚染されていたからだ。除去剤が土壌改良とかに使えるかもしれないので、これも浄化できるか試す予定にしている。

 まずは少なくて済むほうから、ということで木箱を開けた。中にあるのは一振りの剣。

「こうして見ると、なかなかえぐい魔剣で御座るな……瘴気が半端ないで御座る。これで何度も斬られて、よく無事で御座ったな?」

「エルフ達の援護やその後の治療がなかったらやばかったろうな」

 柄杓を使って、箱に除去剤を流し込む。焼けた石や燃える薪に水を掛けた時のような音がした。ちゃんと瘴気と反応しているようだ。

 続けて除去剤をかけて、剣を完全に除去剤に沈める。蓋をして、ロープで縛って開かないようにし、時間凍結はさせずに【空間収納】へ。これでよし。

 続けて樽の甲冑一式へ。バラして収納できたので、思ったよりコンパクトだ。これには鍋から直接除去剤を流し込んだ。

「よし、こんな感じだな」

「なるほど。かたじけないフィスト殿。これでようやくあの時のブツを処理できそうで御座る。ついては、やはり聖属性の毒消草をいくらか――」

「ツキカゲー!」

 樽を片付けているとツキカゲを呼ぶ女性の声がした。そちらを見ると一組の男女が。外見年齢は20代半ばくらい。男性のほうは黒髪黒目で正統派の忍装束。女性のほうは金髪碧眼で、衣装のモチーフはあれ、某水戸の御老公のくノ一?

「父上、母上」

 ツキカゲが応じる。え、この2人がツキカゲの両親? そういや第三陣で参入するって話だったか。無事に合流できたようだ。

「ツキカゲ、そちらの御仁は確か……」

 男性が俺を見て、少し遅れて女性の目もこちらに向いた。

「初めまして、フィストと言います」

「おお、やはり! お初にお目に掛かる。それがし、マサトシと申す。息子が大変世話になっているようで。お礼申し上げる」

 がっし、とマサトシさんが俺の手を取った。そして、

「ドーモ、ハジメマシテ、フィスト=サン。マリアデス」

 両手を合わせ、こちらにお辞儀をするマリアさん。はて、母親のほうは元々ニンジャ好きだったのが正統派の忍者にハマったんじゃなかったっけ? 何故こんな融合事故みたいなことに……

「ドーモ、マリア=サン。フィストです」

 せっかくなので、合わせることにした。両手を合わせ、お辞儀を返すと、

「ンー♪ ナイスなリアクションデース!」

 それがよかったのか、抱きついてきて背中をバシバシ叩かれた。テンション高っ! それに何だそのエセ外国人みたいなしゃべり方は!? いや、アメリカ人だったか。

「すまないフィスト殿。家内は、普通の発音で日本語を喋れるのだが」

「キャラ付けデース!」

 マサトシさんの言葉を継ぎ、俺から離れて胸を張るマリアさん。いや、盛りすぎじゃないですかね?

「トコロデ、フィスト=サン」

 マリアさんが再度接近してくる。

「ス○イヤーの恰好をする気はないデスか?」

「はい?」

「動画の活躍を見てると、ピッタリだと思うデスネ。カラテで敵をバッタバッタと薙ぎ倒す様はまさにニンジャ!」

 イヤー! と気合いの声と共に貫手のポーズを取るマリアさん。あー、【手刀】とか、合いそうっちゃ合いそうだけど、俺はニン○ャソウルに憑依されているわけじゃないし、そこまであの作品にはまってるわけでもない。何より、コスプレをする気はない。

「それとも、やはり正統派がいいデスか? それはそれで大歓迎、デス!」

 あれ、これって【伊賀忍軍】への勧誘? いや、だから加入する気はないって前にはっきり言ってますんで!

 助けを求めて視線を動かすと、マサトシさんには視線を逸らされた。おのれ!?

「それより、母上。何か用があったのでは御座らぬか?」

 助けの手を差し出してくれたのはツキカゲだ。Oh、と声を上げてマリアさんが離れる。

「忘れるとこでしたネ。食事ができたので呼びに来たデース。フィスト=サンも、一緒にいかがデースか?」

「ありがとうございます」

 せっかくのお誘いだ。忍者屋敷の食事、堪能させてもらおう。



 畳が敷かれた部屋に案内され、座布団に座る。少しするとマリアさんが膳を持ってきた。こんな物まで作ってるのか。

 膳の上には空のお椀が1つ。焼いた川魚の皿が1つ、根菜の煮物が入った鉢が1つ、漬物の小皿が1つ。そして、味噌汁の入ったお椀が1つ。

「ああ、やっぱり味噌は購入してるのか」

 日本系ギルドであれこれこだわってる【伊賀忍軍】が、味噌を入手していないはずがない。煮物を見るに、醤油も持っていそうだ。

「【料理研究会】が売り出している物を購入しているようです。いずれは自前で作ってみたい、と考える者もおりますな」

 マサトシさんが俺の呟きを拾って言った。確か種麹の販売もしているはずなので、やってやれないことはないはずだ。

 味噌と醤油の普及は【料理研】の目的の1つだ。そしてそれは、販売を独占するという意味ではなく、広く皆に楽しんでもらうためのもの。なので、製法や素材を広めることに躊躇はない。

「ドーゾ」

 全員の膳が揃ったところで、空いていたお椀にマリアさんがよそってくれたものは麦雑炊だった。いや、おじやが近いか? 大麦ベースに粟とか入ってる。粟もGAO内にあったとは。

「白米がまだ見つかってないのが残念ね。麦飯でもいいけど、匂いが気になる人も多いからっと……ドーゾドゾー」

 まともだった口調を途中で変えて、マリアさんが勧めてきた。まだキャラが固まっていないようだ。

 手を合わせていただきますを唱え、お椀を持ち上げる。匙もあったけど箸を選択し、口に運んだ。麦の匂いは気にならないレベルだ。

「あー、ホッとする味ですね」

 ほぐれた干し魚が混じっている。これでダシをとったんだろうか。いい味が出ている。煮物も醤油の味が染みているし、味噌汁も美味い。焼き魚も塩加減がちょうどいい。

 おじやをおかわりし、しっかりと堪能した。西洋風ファンタジー世界で和食を食べられるのは贅沢だなと思う。たまにでいいから、ここで食事させてもらえないだろうか。

 

「ところでフィスト殿。今後はどう動くで御座るか?」

 食後のお茶をいただきつつ、雑談に興じる。以前は紅茶だったのが、緑茶に変わっていた。紅茶があるんだから緑茶もあるよな。後で入手先を教えてもらおう。

「解体ナイフがそろそろ完成するから、それを受け取ったらツヴァンド経由でドラードに戻るかな」

「ツヴァンド経由ということは、陸路で御座るか?」

「ああ。急ぐ理由もないし」

「ならば、我らと同行するというのはいかがか?」

 ツキカゲの提案。我ら?

「ツキカゲは、第三陣の新人達をツヴァンドとドラードに案内する任を仰せつかっておりましてな。よろしければ一緒にどうかと」

 マサトシさんの補足に納得する。多分、転移門の登録のためだろう。あれは行ったことのある町にしか移動できないし。いざという時に遠方へ瞬時に移動できるメリットは大きい。

「そちらが問題ないのなら、参加させてください」

 大勢だと危険も減る。夜の見張りとかも楽ができるし。【伊賀忍軍】が一緒なら安心感が違う。断る理由はなかった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
[良い点] 確かにバトルスタイルがニンスレ似合いますね!
[一言] ○○○「はっ、硫黄や硝石を聖属性で染めてもらえれば、『聖なる手榴弾』を作れるのでは……」 ×××「ソレ 忍者と違う」 属性に染めることの制限が分かりませんが、いろいろと出来ることは増えそう…
[一言] なんか、マリア=サンはコスプレ屋のスティッチとは混ぜるな危険な印象受けたwww 絶対なんちゃってニンジャコスで話題が盛り上がるだろwww 遺骨と呪い武具と溜まってた案件が順調に消化されて…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ