第188話:復帰
お待たせしました。
ログイン175回目。
闘技場の入口で、ニクスとローゼを待つ。ローゼの復帰に合わせて慣らしに付き合うことで話がついたからだ。
魔銀製の解体用ナイフが完成するまではアインファストに滞在するつもりなので、こちらとしても否はない。急ぎの用事もないし。
グランツとミュウは、もう俺の手を離れている。まずは自分達で考えて動く、というのが彼らの方針だ。何かあったら遠慮なく頼れ、とは言ってある。手に負えないことがあれば連絡してくるだろう。まあ、それ以前に無茶はしないだろうけど。
さて、そろそろ約束の時間だけども……お、来たな。
「よー、フィスト! 久しぶりだな!」
以前会った時と同じ、マント姿のローゼが、こちらに気付いて手を振った。その横を歩いているニクスが、こちらへ軽く頭を下げる。
「よう、ローゼ。復帰おめでとう。大変だったな」
目の前に来たローゼに、まずは挨拶だ。まったくだ、とローゼが大きく息を吐く。
「まさか事故に巻き込まれちまうなんてよ。それでもGAOにログインできてれば退屈しなくて済んだんだけどさ」
「ま、それも昨日までの話だ。今日からまた、存分に楽しめばいいさ」
「だな。ところでよ」
手を回し、俺と肩を組むようにしながらニクスから距離を取りつつ、ローゼが声を潜める。
「ニクスのこと、聞いたんだろ?」
「漠然としすぎてる問いだけど、俺と彼女の関わりについてってことなら聞いた」
「そっか。オレが言うのも変な話かもしれねぇけどさ、ありがとな」
そういやローゼと水城はリアフレだったっけ。まあ、友人の恩人、って認識なら別に変な話でもない。あれこれと相談する仲みたいだし。
「で、だ。フィスト、お前さ、ユッカのことどう思ってる?」
「……ゆっか?」
「あぁっと……いや、お前、ニクスの本名知ってるだろ?」
そりゃまあ……ああ、水城雪華だからユッカか。いや、それはどうでもいい。お前、何を考えてる? そういやニクスとの二人旅の時も、煽りメール送ってきやがったよな? あ、思い出したら腹立ってきた。
「ローゼ?」
「いや、何でもねぇよ! さー行こうぜ!」
戸惑い気味のニクスの声が背後から聞こえた。俺から素早く離れたローゼが、足早に闘技場内へ向かう。それを歩いて追いながら、並んだニクスに尋ねた。
「グランツにはちゃんと言えたのか?」
昨日のログインで、ニクスはグランツにあの時の礼を言いに行った。本当はリアルで直接言いたかったみたいだけど、簡単に会えないから仕方ない。
「はい。お2人にはきちんとお礼を言えました。ミュウさん、グランツさんには教えていなかったので、とても驚いていましたけど」
そうなのか? てっきりミュウ経由で聞いているものとばかり。
「何で教えてなかったんだろうな?」
「先輩にまだ言っていなかったから、ですね」
それが理由になるのか? 何故に?
「ええと、ミュウさん的には、あの時のことは先輩が起点だから、まずは先輩にだろう、と言っていましたから」
首を傾げていると、そうニクスが補足した。なるほど? その言い方だと、事前にミュウから色々と聞いていたようだ。
まあ、あの件はこれでひと区切りとして。それよりも気になることがある。
「会社のほうはどうだった?」
昨日、2人でいるところを今川さん(仮)に目撃された件を問うと、
「あれから大変でした……」
疲れた声でニクスが答えた。そっかー。俺のほうは昨日は何もなかったし、今日は出張で直行直帰したから、誰とも会ってないからなぁ。ご愁傷様……いや、明日は我が身か。
少し気が重くなってきた。あとでニクスとすり合わせをしとこう。矛盾が出たら追及が強まりそうだ。
闘技場に入るのは開催される予定だった闘技祭以来だろうか。結局あの時は魔族の侵攻があって、ここで戦うことはなかった。
見世物の闘技を主に行う場所ではあるけど、毎日というわけではない。休みの日は闘技場所属の戦士が訓練をしていたりする。それ以外にも実戦的な訓練を行う場所として有料で開放されていた。
戦闘スペースは地面に打たれた四隅の杭にロープを張って区切られていた。足下は石畳ではなくむき出しの土だ。精霊魔法使いに考慮した造りなのかね。いや、石畳だと、損傷のたびに修繕費用がかさむからかもしれない。
「じゃ、さっそくやろうぜ」
空いているスペースの1つの前でローゼが好戦的な笑みを浮かべて振り向いた。
「前と同じでありありルールな」
「HP全損決着の降参なし、か? 飛ばしすぎだろ」
久々のGAOなんだから、少しずつ勘を取り戻す感じでいいんじゃないか? きれいなのが一撃入ったら決着、とかさ。相手を仕留めること前提のPvPはどうかと思うぞ。
「なーに、イメトレは十分にやってきたぜ。それに、GAOの身体がなまる、ってのはないわけだし」
確かにローゼの言うとおりだった。GAO内の肉体は、一度鍛えた部分が自然に衰えることはない。そこはゲームらしい部分だ。つまり、リハビリなんて必要はなかった?
「それとも、勝つ自信がないんですかねぇ?」
それでもあちらはやる気満々で、こちらを挑発してきたりする。HAHAHA、寝言は寝てから言ってもらおうか。
「血気盛んなのは結構だけどな。そもそもお前、俺に一度も勝ったことないだろ。あんまり調子に乗ってると、身体の一部をもぎ取るぞ」
「はんっ、やれるもんならやってみなっ!」
よし、言質は取った。じゃない、やれば腕1本くらいならもぎ取れるだろうけど、倒すだけなら【手刀】で首を裂くか身体を抉るほうが早い。
それにニクスの目もあるので残虐ファイトは――いや、【解体】を持ってる時点で避けようがないか? いやいや、やっぱりやりようというものがあるだろう。
「まあ、お前がそれでいいなら、いいけどさ」
ロープを跳び越えて場内に入り、メニューを開いてPvPの準備をする。ローゼのご希望どおりの設定でだ。
PvP開始のカウントダウンが始まった。ローゼがマントを脱ぎ捨てる。装備は以前と変化はない。
口元を観察するも動きはない。呪符魔術を使う気はないようだ。まずは肉弾戦のみのつもりか。だったらそれに付き合おう。
構えてカウントが終わるのを待つと、終了したと同時にローゼが突っ込んできた。
こちらの顔面めがけて突き出された右拳を、左手で右に受け流して一歩前へ。続けて空いた脇腹めがけて、突き上げるように右【手刀】を繰り出す。ローゼの身体に侵入した右腕は肋骨を下からくぐり抜け、途中の内臓をかき分けながら心臓辺りまで到達した。
え、と呟いたローゼの声が聞こえると、その身体が光となって砕けて消える。指先に残った感触と熱の不快感が何とも言えない。
PvPが終了し、フィールドが消えると、元のローゼが呆然と立っていた。
「……負け?」
「すまん、つい」
肉弾戦だってのに、つい【兵装術】を使ってしまった。取り決めをしてたわけじゃないけど、何となく謝ってしまう。
「あ、謝んなよ! 何でもありだっつったろ!? も、もう一回だ!」
ぷるぷると震えていたローゼは、我に返って大声で叫ぶ。そしてPvPの申請をしてきた。
ずーん、と重たい空気を纏って、ローゼが体操座りで俯いている。あれから何度か拳を交えた結果だ。全部俺の勝ちだった。
イメトレをしてたと言うだけあって、ローゼは以前にやり合った時と変わらない動きだった。呪符によるバフを加えても。つまり、強さに変化はないってことだ。
「まだやるかい?」
問うと、俯いたままで頭を横に振るローゼ。かなりショックのようだった。でも、ある意味当然の結果だろう。変わってないローゼと、あれから更に強くなっている俺。全力でぶつかり合えばどうなるか。
「えっと……ローゼ、大丈夫でしょうか?」
心配そうに、それでも直接声を掛けづらいのか、ニクスが俺に小声で聞いてくる。うん、駄目なんじゃないかな。
「ここまで差が開いてるとは思わなかったんだろうな」
要らんことを言った意趣返し的な意識も、あったのは最初だけで、何とも申し訳ない気持ちに変わっていた。ここまで落ち込むとは。
「そうだな、次はニクスが相手してやればいいんじゃないか?」
「わ、私がですか?」
「ああ。ニクスはGAOを始めて約3ヶ月。ローゼも第一陣とはいえ、プレイ時間はニクスと大差ないはずだ。積み重ねてきたものは大体同じだろ」
あー、でも、ニクスはラーサーさんの弟子やってたしなぁ。ひょっとして現時点でローゼより強くなっているのでは? そうなればいいなと弟子入りさせた俺が言うのも何だけど、ニクスとローゼを戦わせていいものだろうか?
いや、技術はあれど、戦闘経験、しかも対人戦ということならまだローゼに分があるか。ラーサーさんとの修行でも、多分対人戦はそこまでやってないはずだ。
遅かれ早かれ、ローゼと一緒に行動してればニクスは彼女と対戦することになるだろうし。
「ローゼ、次はニクスとやってみろ」
ゆっくりとローゼが覇気の無い顔を上げる。あまり乗り気じゃなさそうだ。
「なかなかやるぞ。俺の見立てだと、今のお前と同じくらいじゃないかと思うんだが」
「そこまでに?」
疑わしげなローゼに、力強く頷いてみせる。
「いい師匠についたからな。お前が復帰した時に足手纏いにならないようにって頑張ってたんだぞ」
「あの、フィストさん……」
恥ずかしそうにニクスが口を挟んできたが、気にせずローゼの返事を待つ。
「……分かった」
パンと両頬を叩いて、ローゼが立ち上がった。
「互角だって言うなら、縛りはなしだ。ユッ……ニクス、さっきまでのフィストと同じ条件でやろう」
「全てを出し切れ」
不安げにこちらを見たニクスに、それだけを言った。実際、どっちが有利かは戦ってみないと分からんし。思い切りやり合ってみればいい。
頷き、ニクスがローゼから距離を取る。俺はロープの外に出て見学だ。
申請はローゼがやった。向かい合ったローゼが構える。ニクスも剣を抜き、構えた。盾は使わないようだ。
カウントダウンが終了し、2人は同時に前に出た。ニクスの攻勢にローゼが一瞬驚いていたが、すぐに獰猛な笑みを浮かべた。
2人の間合いが一気に縮まる。手にした剣をニクスが振り上げた。そのまま上段から振り下ろす構えだ。ローゼがそれをガントレットで受け流そうと左腕を上げる。
「ふっ!」
ニクスの剣が速度を増して軌道を微妙に変え、ローゼのガントレットに対して垂直に打ち込まれた。受け流す間もなく刃がガントレットを割り、左腕を断ち、革鎧すら斬り裂いて、左肩から胸の半ばまで深々と到達した。
砕けて消えるローゼの身体。え、と驚くニクス。同じく俺の口からも、え、と声が漏れた。いや、今の何?
結構いい戦いになるんじゃないかと思ったのに、瞬殺は予想外だ。ローゼに油断があった? いや、そんな風には見えなかった。その上で、ニクスがローゼの上を行ったんだ。
さっきの、俺だったらどうしてた? やっぱり同じように受け流して反撃を狙ってたはずだ。だったら俺もローゼと同じ運命を? いや、さすがに魔銀製のガントレットを裂かれるはずも……ってニクスの剣も魔銀製だった。勝因はそれか。
ただ、装備を抜きにしても、ニクスの動きは良かった。これ、思ったより成長してるんじゃなかろうか。今、レベルどのくらいなんだ?
解除されたフィールドで、ローゼが立ったまま震えていた。
「すっごく強いじゃねーかよっ!? ずーるーいーっ! くやしーっ!」
ローゼは頭を抱えてその場にしゃがみ、そしてゴロゴロと地面を転がり始める。駄々っ子かっ!?
「あ、あの、ローゼっ?」
「しばらく放っておこうな」
今、いくら言葉をかけても無駄だろうし。
ローゼが落ち着いたところで、あらためてPvPを繰り返した。危ない場面は何度かあったけど、俺はローゼに負けることはなかった。彼女は随分と悔しそうだった。
ニクスとローゼの戦績は、ローゼの勝ち越しで落ち着いた。相手の出方や技量が分かれば対処のしようもあるわけで、このあたりは経験の差が出たんだろう。
俺とニクスでも何度かやって、こちらも俺の全勝。ローゼとやる時より、動きが固かった気がする。それでも楽に勝てる相手じゃなかった。剣聖の弟子は伊達じゃない。
終わった頃には、ローゼはすっかり元気を取り戻していた。どうもニクスがここまで頑張っていたのが嬉しかったらしく、もっと強くなるぞと決意を新たにしていた。
それよりもその後で、俺達のPvPを見ていた闘技場の常連であるプレイヤー達(大半はローゼの顔見知り)が寄ってきたのが大変だった。挑戦者の多いこと多いこと。
ほぼ1日、戦いどおしだった。疲れたけど実りある1日だったので、よしとしておこう。