第184話:新人7
「すごいなGAO。五感に何の違和感もない」
グランツが周囲を見回して言った。
「だろ? 俺も初めてログインした時、匂いとか風の感触に感動した」
「あと住人の反応な。本当に異世界に転移したって言われても信じられるぜ」
「そういう意識を持って活動してれば、まっとうな相手から不利益をこうむることはないだろうさ。それにしても、2人はその名前が好きだよな」
TRPGをする時に、2人がよく使っていたキャラクターネームだ。まあな、とグランツは笑って隣を見る。
「ミュウなんてほとんど変わらないし」
「自分が認識しやすい名前でいいのよ。そういうグランツだって、フィスト君と一緒でひねりがないネームじゃないの」
ミュウが呆れたように言い返す。おっと俺にまで流れ弾が。
グランツはリアル名の輝からドイツ語変換だし、ミュウはまんま美羽からだ。俺も拳児から一文字とって英語変換だし。まあ名前をもじったり他言語に変換したりするのはありふれた手法だし、いいんだよ。
「まあ、それはいいとして。フィスト君、そちらのかたは?」
ミュウがニクスに目を向けた。ニクスは緊張した様子だ。
「は、初めまして。ニクスといいます」
「初めまして、さっきも名乗ったけど、ミュウよ。こっちがグランツね。それで、ニクスさんはフィスト君のパーティーメンバー? フィスト君はソロだって聞いてたんだけど」
「いいえ、私も今はソロです。フィストさんには、第二陣での初ログインの時に知り合いまして。それからずっと、お世話になっています」
ニクスが深々と頭を下げた。
「今日ニクスと会ったのは偶然だ。手が空いてるってことだったから、ミュウへのアドバイスを依頼した」
「私? ああ、フィスト君で補えない部分を、ってことね。ありがと」
俺に礼を言い、ミュウはニクスに手を差し出した。
「それじゃあ、よろしくお願いしますね、ニクス先輩」
「え、あ、その……」
「あはは、立場が逆転したな、ニクス」
握手を返しながらも戸惑うニクスがおかしくて、つい笑ってしまった。逆転? とグランツが目を向けてくる。
「彼女な、俺達と同窓なんだと。どこかですれ違ってたかもな」
「マジか」
「わあ、すごい偶然!」
2人の視線がニクスに注がれる。ニクスの緊張する雰囲気が増した気がした。
「むむ、すると私は先輩でありながら後輩ということに?」
「ニクス先輩、やきそばパン買ってきましょうか?」
「じ、GAOの中では、そういうのはやめましょう……!」
リアルの先輩に先輩呼びされるのは抵抗があるらしい。必死なニクスにミュウとグランツがケラケラと笑う。
さて、いつまでもここで話してても仕方ない。そろそろ移動するとしようか。
今日のスケジュールを伝え、質問に答えているうちに『レイアス工房』に着いた。店に入ると、店主のレイアスがカウンターの向こうに立っている。
「む、来たか。返信が先だと思っていたが」
「あ、すまん、タイミングを逃した」
内容を確認する前にグランツ達と合流したから、未読のままだったのに今気付いた。
「メールは読めてないけど、用件はガントレットだろ?」
「うむ。ニクスから聞いたようだな。ところでそちらの2人は?」
レイアスがニクスとグランツ達を見た。
「俺のリアフレの、グランツとミュウ。2人とも、こっちはレイアス。この店の主で、俺が懇意にしてる武具職人だ」
互いに挨拶をしている間に店内を見る。目まぐるしく陳列品が変わる『コスプレ屋』と違い、前回来た時と変わった様子はないように思える。いや、魔鋼製の武具の割合が増えてるか? あと、武具じゃない刃物も。いつの間に包丁や裁断ばさみなんて作ったのか。
「フィスト、先に用件を片付けよう」
レイアスに呼ばれたので意識をそちらへと戻す。カウンターの上には一対のガントレットが置かれていた。正確には手甲と前腕鎧だけども。
より西洋甲冑のそれに近い造りになっている。魔銀製のそれは緑色で、肘部分はない。蔓草のような模様が入っていて、左が右より厚めなのは変わっていない。留め具のベルトは飛竜の革だった。
「これはまた、随分と派手になったな」
「今までの活動で十分に目立っているのだ。装備が変わったからとそれが変わるわけでもあるまい」
まあ、注目度についてはもう諦めてるからなぁ。装備の色自体は生産職のスキルで自由に変えられるものなわけだし、素材を見破られなければ問題ないか。
「サイズは長袖の服と《翠精樹の蔦衣》を着けることを前提としている。併用しない場合は革手袋等を別に準備しておくといいだろう」
「《蔦衣》で調節は可能だろうから、そっちはなくても大丈夫だと思う」
手に取ったヴァンブレイスを右腕に装着し、更にガントレットも着ける。金属部分が増えていても、重さは前とそう変わらない。それでいて強度も増してるんだから、さすが魔銀製といったところか。
続けて左腕にも装備。手首の可動範囲を確認するも、特に動きを阻害することはない。
その場で、見えない敵を殴るかのように何度か拳を振るう。今までどおりの使い方でよさそうだ。いつもレイアスはいい仕事をしてくれる。
「へぇ、これが魔銀かぁ。ミスリル相当の金属だったよな? 重量は鉄の3分の1か?」
「いや、約半分だな。在庫はあるから、今なら必要量を確保しておけるぞ」
「そりゃありがたい。買えるようになるまで時間はかかるかもだけどな。結構な値段なんだろ?」
「欲しい物やデザインを詰める余裕があると思えばいいんじゃない?」
興味深げにガントレットに視線を落とすグランツとミュウ。ああ、そういえば。
「お前ら、GAOでは何をやるつもりなんだ?」
それを確認するのを忘れてた。何となくの傾向は分かるけど、GAOでもそうするかは別の話だし。
「俺は魔術系暗殺者的な?」
「私は空飛ぶ騎士を目指すつもり」
言いつつ2人がマントの前を開けた。グランツは革の胴鎧に革手袋。武器は腰に提げた小剣。ミュウは革の胴鎧に金属製のガントレットだ。武器は腰に提げた片手剣。2人とも服は初期のままだ。
ふむ、グランツはともかく、ミュウは意外な選択だった。
「グランツ。暗殺って、あくまで戦闘スタイルの話だよな?」
「当然だろ。実際に暗殺者プレイをやるってわけじゃねぇよ。正確には、そういう技能を併せ持ったトレジャーハンターを目指す感じだ。ダンジョン以外に遺跡とかもあるんだろ?」
「お前、そういうの好きだもんなぁ」
てことはこいつ、いずれはあちこちに暗器を仕込むだろう。以前手に入れてシザーに渡した、仕込み刃付きの手甲、グランツに売ってもらうのもいいかもしれない。いや、グランツならそれを元に独自の物を作ってもらうだろうか。
「で、騎士ってことは、ミュウは珍しく物理で殴るのメインか。普段は魔法職が多いのに」
「魔法メインで、って考えてはいたんだけどね。公式動画で魔法少女がいたからさ、これもありかなって思ったの。GAOだと魔法職の武具の制限とかゆるいみたいだし、空中で白兵戦とか燃えるシチュじゃない?」
あー、空飛ぶ騎士ってベ○カ系か。ただ、あのギミックを積んだ主力武器はどうするつもりだ? 【魔導研】あたりを紹介してやったら何とかなるだろうか。
あと、空戦希望ってことならカーラを紹介してやってもいいかもしれない。あっちが承諾すれば、だけど。
確認が終わったタイミングで、レイアスが続ける。
「それから、魔銀製の解体用ナイフセットはあと数日あればできる。とどめ刺し用の金剛鉱製の杭は完成しているが、先に渡しておくか?」
最近、ワイバーンやらシーサーペントやら、大物と遭遇する機会が増えたし、あれば有用だろうと思ったので、杭も追加で発注しておいた。ただ、急ぐものじゃないので、レイアスの問いに、ナイフと一緒で大丈夫だと答えておく。
「金剛鉱って?」
「多分、アダマンタイト相当の魔法金属」
「ミスリルもそうだけど、そういうのをただの道具にも使うの? 贅沢ねぇ」
「ギルドの大型解体用の道具が魔銀製だったりするから、別におかしい話じゃないぞ? ああ、そうだ。解体用のナイフはもう買ってるのか?」
「ナイフは買ってるけど、専用の物のほうがいいの?」
「使いやすさってものがあるからな。それに、使い回しするより衛生的な気がするってのもある」
「衛生面? 何の関係が?」
「汗をかけば体臭も出るし、動物にはノミとかダニとかいるし。食中毒のバッドステータスもあるぞ」
「あー、そういう要素もあるのかぁ」
ミュウの顔が嫌そうに歪む。それがGAOだ、受け入れよ。
準備を終えてアインファストを出る。
グランツ達の準備はほぼ完璧だった。追加で購入したのは、レイアスの所で解体用ナイフのセット。別の店で着替えを数着。それから保存食をいくらか。
着替えは、どうせこの後の狩りで汚れるだろうし、町に戻ったら風呂に行くことになるので勧めておいた。
保存食は、時間内に売ってる店を見つけられなかったそうで、俺が教えた店で買った。まあ、雰囲気作り用というやつで、それメインで空腹を満たしていくというわけじゃない。できあいを【空間収納】に入れて保存しておくこともできるわけだし。
ちなみに2人とも、課金して【空間収納】を修得済みだ。
平原で狩りにいそしむ第三陣らしき新人達を横目に、俺達は森へと直行する。第二陣の頃と比べて少ないように思えるのは、やはりダンジョンが見つかってるからだろうか。
「お前ら、ダンジョンには手を出すのか?」
「そりゃな。罠関係の経験を積むなら、行かないわけにはいかんだろ」
「フィスト君は、ダンジョンどこまで降りたの?」
「ツヴァンドの鉱山ダンジョンに、助っ人で10階層まで降りただけだな」
答えると、グランツとミュウが意外そうな顔をした。
「ダンジョンって、第二陣の頃に見つかってるんだろ? 随分とのんびりしてねぇか?」
「俺のプレイスタイル的に、あんまり興味がないんだ。ダンジョン限定の食材とかあるなら考えるけど」
「ああ、そういえばそんなプレイしてるんだっけね」
「色々と珍しい食べ物があるのか?」
「今日の打ち上げでワイバーンの肉を出してもらう予定だから、楽しみにしとけ。あとは自分で試してみるといいぞ」
モーラに問い合わせて、出せることは確認してある。俺としても、熟成させたワイバーン肉は今回初めて食べることになるから楽しみだ。
「ファンタジー食材って、他にどんなものがあるの?」
「んー……ワニよりでかいトカゲとか、人間よりでかいカニとか、10メートルオーバーの人食いタコとか、二足で駆ける大型の鳥とか。蜂の蛹とか」
興味深げにミュウが聞いてきたので、例を挙げる。現実にいないもの、と限定すれば他にもあるけど、インパクト重視だ。
「せっかくだし、ミュウも色々狩って料理してみたらどうだ? 毒味はグランツがしてくれるだろ」
「それは私が毒料理を作るって意味かな、んん?」
ミュウの料理の腕は疑ってない。現実であれだけできるんだから、こっちでも余裕だろう。ただ、使う材料によってはどんな味になるか分からないのがGAOだ。
「素材によっては何が起こるか分からんよ」
「それ以前に、危険を確認してない食材で作ったメシを食わせようとすんなよ」
グランツが呆れた表情と声を向けてきた。
「いや、毒もなく、見た目も問題ないのに、調理した途端に激マズになる肉とかあるから油断できない」
フォレストランナーとかな!
「マジかよ。知識系スキルでそのへん分からんの?」
「判定ロール失敗したら無意味だな」
「おのれダイス神!」
大げさにグランツが頭を抱えた。そんな彼を見てミュウが笑う。
「大丈夫よグランツ。味見はちゃんとするから、酷い目に遭うとしても私だけだし」
「フィストじゃねぇんだから、安全が確認できたものだけ使えばいいんじゃね?」
「まあ、料理については安心してくれていいってことで。あ、ニクスは料理するの? 何かいいレシピがあったら教えてもらえない?」
「はい、こちらの調理器具でも作りやすいものがあるので、それでよければ」
ニクスとミュウはかなり打ち解けたようだ。さっそく料理について話を始める。
「あ、フィスト君も料理やるんでしょ? そっちも教えてよね」
「おう、任せろ」
そんな感じでしばらく歩いていくと、森がだいぶ近づいてきた。そろそろクインを呼ぶ準備をしようか。