第183話:新人6
大変お待たせしました。
流派関連の掲示板にお邪魔して、【テクマディア】への入門についての情報を匿名で投げ込んでおいた。プレイヤー『からの』弟子入りは不可能、という部分だけを『入門希望者が門前払いを食らって知った』ように見せかけて。
後のことは知らない。一応、シュタールさんには、ヴォルタース家関連で騒ぎがあったことは伝えてある。後は国家権力に任せてもいいだろう。まあ、プレイヤーが実力行使に出たところで、ドミニクさんやシュタールさんに叩き潰されるだけだろうけど。
さて、昨晩に来た現実でのメールで、アインファストへ行く用事ができた。それまでにやるべき事は片付けておくとしよう。
まずは王都でお世話になったシュタールさんとヴォルタース家への挨拶。いつ戻れるか分からないので、一応の区切りだ。どちらからも、いつでも訪ねてきてくれとの言葉をいただいた。
それからマサラさんの所へ。カレーの進捗は順調なようだ。ただ、完成にはもう少しかかるようで、納得のいくものができたら連絡をくれるとのことだった。
あと、神殿がカレーのことを気にしているらしい。何度か訪ねてきたそうだ。完成したら食べに行くんだろうかあの人達。
ログイン172回目。
「いらっしゃいませー! あ、フィスト君! 今回もまたやらかしましたねー」
ツヴァンドの『コスプレ屋』に立ち寄ると、いつもの調子でスティッチが出迎えてくれた。
「やらかしたとは人聞きの悪いことを」
「いやー、自分の腕を自分で斬り落とすのは、十分なやらかしじゃないですかねー。あの時はそれが正解だったわけだけど。まあ、元に戻ったようだし何よりですよー。ところで今日はどんな用件で?」
こちらの右腕を見ながらスティッチが聞いてくる。
「ああ、防具の進捗はどうなってるかなと」
一応、魔銀や金剛鉱の加工ができる炉の整備はできたっていう連絡自体はもらってたけど、その後は連絡がなかったので、ツヴァンドに寄ったついでに聞いてみようと思ったわけだ。
「ああ、なるほどー。そういえば以降の進捗は伝えてなかったですねー。預かった魔銀と金剛鉱は、全部インゴットにして、レイアス君と分けましたよー。【魔導研】にある魔銀ゴーレムがもうじき輸送されるので、そこからまたインゴット作成ですねー」
「ああ、そっちも終わったのか。成果は出たのかね?」
「ある程度はー。馬ゴーレムも完成したみたいですし、これからロボット型の製作に着手するみたいですよー」
俺とニクス、【魔導研】で倒した魔銀製のゴーレムは、魔導技術の塊だった。それを少しでもものにできたっていうなら、さぞ面白いモノを作りあげるだろう。
「で、こっちの進捗ですけどー。現在、パーツを作ってる最中ですねー。今のフィスト君が着てる革鎧の寸法ベースで作ってますから、サイズは問題ないはずですー」
「ああ、体格が変わることはないから、それでいい。加工は順調みたいだな」
「そうなんですけどねー。あれ、なかなかの難物ですよー」
と、スティッチが顔を歪める。
「【錬金術】スキルでの形成はとっても魔力を消費しますし、パーツ作りにかなり時間が掛かりますー。普通にハンマーで叩くにも魔力を食いますしー。魔銀だからまだマシですけど、金剛鉱を加工するなんて考えたくないですー」
「それってレイアスのほうがもっと大変ってことだな」
なにせ、あちらには金剛鉱製の武器の製作を依頼してある。俺のナックルダスター4つと、ニクスの剣が合わせて3振り。俺もニクスも魔銀武器優先で頼んであるから、着手はまだ先だろうけど大丈夫かね?
「ともあれ、作業自体は順調なので、今しばらく時間をいただければー」
「特に急いじゃいないから、のんびりやってくれていいぞ」
「そう言われても、次はニクスさんのプレートメイルですし、フィスト君が魔銀を譲った人達からの注文もそろそろ詰めなきゃですからー」
ああ、そうだった。それもあったっけ。あいつらも急いでるわけじゃないだろうけど、あんまり待たせるのはアレか。
「まあ、無理のない範囲で頼むよ。それじゃあな」
こっちの用事は終わった。次の用事を片付けなければ。
「あれ、そういえばフィスト君、ツヴァンドへは何の用事だったんです? 進捗の確認のためだけに来たわけじゃないですよねー?」
立ち去ろうとすると、背後からスティッチの疑問が投げかけられた。
「ツヴァンドで用があったのは町の外で、町の中に直接の用はなかったよ。本来の目的地はアインファストだし」
ツヴァンド領内で用事があったのはラーサーさんと森エルフ達だ。
ラーサーさんにはシュタールさんの件のお礼をしに。あの紹介状がなかったら、今回ほどスムーズに話は進まなかっただろうし。
森エルフの村には海エルフの村からの手紙を届けに。あと、魚介類のお裾分けだ。
「アインファストに何かあるんですかー?」
「用事はいくつかあるけど、メインは新人教導かな」
「新人? ああ、そういえば第三陣のログイン開始がもうすぐでしたねー。新人講習の手伝いですかー?」
第二陣のログインが始まった頃、有志が初心者を集めて講習をしたことがあった。スティッチが言っているのはそれのことだ。でも、俺のはそれじゃない。
「個人的な用事だよ。リアルの友人がGAOを始めるんで、その世話だ」
世話なんてしなくても自力でどうとでもするだろうけど、頼まれた以上は基本的な部分を叩き込んでやらねば。まあ、あいつらならすぐ順応するだろうけど。
「友人さんですかー。それじゃあ、この店のことを宣伝しておいてくださいねー」
「そのつもりだよ。軌道に乗ったら、色々と注文しに来るんじゃないか?」
あいつらに『コスプレ屋』はきっと合うと思うから。あ、そういやあいつら、どういうスタイルでGAOを遊ぶつもりなんだろう? 会った時に確認すればいいか。
ログイン173回目。
アインファストの中央広場の外れで友人達を待つ。こうしている間にも初心者の恰好をしたプレイヤー達が次々と現れては、キョロキョロと周囲を見たり、移動していく。
ギルドの勧誘なんかもやっていて、かなり賑わっている。第二陣の時もこんな感じだったんだろうかね。あの時は、俺がアインファストに戻ったのはログインラッシュが終わった頃だったからよく知らないけど。
そんな中で、俺の近くを通る新人のいくらかが、こちらに視線を向けて歩き過ぎていくのが分かった。
「クインがいなくても大差ないかぁ」
と思わず呟いてしまう。彼女がいれば目立つだろうし、人混みも予想できたので、一足先に森に行ってもらったのに、あまり意味がなかったかもしれない。
普段、町の中だとマントのフードを被って顔を隠してるけども、今日は友人達に見つけてもらうために外してあるのが原因だ。新人達にも公式動画ですっかり面が割れているということか。仕方ないと言えば仕方ないんだろう。
「さて、まだ時間が掛かるかね?」
メニューを開き、時間を確認する。ログイン予定時間は過ぎてるから、既に行動を開始してるはずだ。
あいつらが合流するのは、自力で一通りの準備をしてからになっている。店を見極めるのも醍醐味だろ、だそうだ。言いたいことは分かるので、好きにさせることにした。いきなり大失敗するような奴らじゃないし。後で俺の行きつけを紹介すればそれで十分だろう。
周囲に視線を走らせても、誰が友人のアバターなのかは分からない。こっちにまっすぐ向かってくる奴らがいれば、それだろうけど。
「ニクス?」
「フィストさん?」
認識したのはほぼ同時。互いの言葉が重なった。GAO内で会うのは鉱山ダンジョン攻略の打ち上げ以来だ。やり取りの最後はシーサーペント戦後のメールだったか。
マントの下に魔鋼製のプレートメイルが見えた。魔銀ゴーレム戦の時の損傷は修復済のようだ。
「アインファストに何か用か?」
こちらへ近付いてきたニクスに訊ねる。はい、と彼女は頷いた。
「ローゼの出迎えです」
「お、ついに退院したのか。今日、復帰か?」
ニクスの友人でGAOに彼女を誘った張本人。ニクスの初ログイン直前に、事故に遭って入院していた。結構長い入院期間だったけど、やっとか。
「いえ、退院自体は少し前です。今は家族旅行中で、ログインできるようになるのはもう少し先ですね」
「家族旅行?」
「ええ。退院したら皆で行く、って決められていたようで。病院からそのまま出発だったとか。心配かけたから仕方ない、って言っていました。旅先の写真を送ってきたりするので、それなりに楽しんではいるようです」
なるほど、そういうことか。家にも帰らずそのまま直行ってのはどうなんだとも思うけど、それでも支障がないくらいには元気ってことだろう。
「ところで、フィストさんはどうしてアインファストに?」
「ああ、友人がGAOを始めるんで、その案内をしに」
「フィストさんのご友人……」
と、何やら考え込むニクス。何か引っ掛かることでもあるのかね? あ、そうだ。
「ニクス、ローゼの出迎えがもう少し先ってことは、急ぎの用事が今あるわけでもないんだろ? だったら俺に付き合ってもらえないか? 友人2人のうち、1人が女性でな」
以前、アオリーンがニクスにしてくれたように、女性視点のアドバイスとか、あったら頼みたい。
「なるほど。はい、私でよければ喜んで」
急な提案だったのに、ニクスは快諾してくれた。
「ところで、そのご友人達はいつ頃?」
「装備一式、揃えてから合流ってことにしてるから、もう少しかかるかもしれない」
「お店の案内はしないのですね」
「あいつらなら必要だと思う物は全部揃えるだろうしな。予算の範囲内で」
そういや、第三陣の初期の所持金、2万ペディアだそうだ。俺の時の倍。最初からかなり充実した買い物ができそうだ。
「では、今日はどのような順序で案内を?」
「最初にレイアスの店を案内して、ついでにガントレットの進捗を確認。それからティオクリ鶏の屋台に寄って、森で狩りと【解体】の指導。晩は【料理研】というか『闇鍋』で打ち上げってところだ」
「あ、ガントレットは完成していますよ」
予定を挙げると、予想外の言葉がニクスの口から出た。
「見たのか?」
「いいえ。でも、私の剣が完成していましたから。順番的に、フィストさんのガントレットのほうが先に完成しているはずです」
ニクスがマントの前を開けて、腰に提げている剣を見せてくる。以前とは違う意匠の剣がそこにあった。鍔や鞘にも装飾が入っている。以前みたいな量産品っぽい造りではない。
うん、いいんじゃないだろうか。これで鎧が魔銀製になったら、さぞ立派な女騎士スタイルになるだろう。
「へぇ、もう受け取ってたのか」
「ついさっき、寄ってきました。フィストさんにもそろそろ連絡が来るんじゃないでしょうか」
彼女の言葉の直後、脳内に着信音が響いた。なんてタイミングだ。思わず笑ってしまう。
「どうかしましたか?」
「メールが来た。多分、レイアスだな」
メニューを開いて確認すると、やはりメールはレイアスだった。内容は、と――
「フィスト!」
メールを開こうとすると呼びかける声が聞こえた。頭を上げると、こちらに真っ直ぐ歩いてくる2人組が見えた。どちらも防水加工された茶色のフード付きマントを着ている。
この2人で間違いないだろう。でも、確認だけはしておこう。
「何年ぶりだ?」
「リアルで会ったのは8700時間くらい前だな」
目の前に辿り着いた2人に問うと、片方が男の声でそう答えた。事前に決めていた、待ち合わせ時の符丁だ。
2人がフードを脱ぐ。男1人に女1人。男のほうは、濃い茶髪に黒の目。女のほうは、鮮やかな青い長髪を後ろで束ねている。目は黒。
「久しぶり。こっちじゃグランツってことでよろしく」
「こっちではミュウよ。お久しぶり、フィスト君」
「ようこそ、異世界アミティリシアへ」
名乗った2人に両手を掲げて見せると、2人の手がそれを打った。