第182話:応報
チートという言葉の意味を考える。
ゲームでデータを改ざんしたりして仕様にない効果を得たりする、要は不正行為だ。
当然、俺はそんなものに手を出したりしてない。そもそも、そのための知識や技術を持ち合わせていないので不可能だ。
では、もう1つの意味のほうはどうだろうか。ここ最近の特定の界隈では「規格外の能力持ち」を指して使われることもある。
でも、これも当てはまらない。俺の能力が規格外だなんて言ったら、ラーサーさんやシュタールさん達のような達人はどうなってしまうことやら。いや、むしろ彼らこそチートキャラと言える存在だろう。
ともあれ思い当たる節はない。思わず背後を振り返るも、チート野郎とやらに該当する者はそこにはいなかった。
「誰かと勘違いしてないか?」
なので、そう聞いてみる。まあでも、間違ってはないんだろう。少なくともこいつの中では。
「勘違いなもんかよ。お前、フィストだろ?」
そう言って、男が近づいてくる。
「うまいことやったよな、お前。なあ、どうやったんだよ?」
「どうやったって、何が?」
「とぼけるなよ。流派の修得のことだ。どうやったんだよ?」
どうやった、ってもなぁ。
「分からん」
答える義理はないけども、今後も付き纏われるのは面倒なので、正直に答える。
修得はできた。でも、その条件を正確には把握できていない。誰もが俺と同じことをやりさえすれば修得できるのか。前提となるスキルや身体能力値はどれくらいなのか。予想はできてもそれが正しいかは分からないのだ。無条件で広めるつもりはないから検証のしようもないし。
「だからとぼけるなって。現にお前が使えてる以上、方法はあるんだ。それを教えてくれりゃいいのさ。分かるだろ?」
不快な笑みを浮かべたままで続ける男。分かるだろ、と言われても。何が言いたいのかさっぱりだ。
「何度聞かれても、答えは一緒だ。裸の拳で岩を砕けるようになるまで殴り続けてみたらどうだ?」
その時にその他の条件が揃ってれば修得できるだろ。揃ってなかったら、知らん。
「いいのか、そんなこと言ってよ? このまま運営に通報されたら、困るだろ?」
立ち去ろうと背を向けたら、そんな言葉が投げかけられた。立ち止まり、振り返って男を見る。どこか勝ち誇るような表情をしていた。
どこに俺が困る要素があるんだろう? でも男はそれを確信しているようだ。運営に知られると困ることを俺がしている、という認識をこいつは持ってるんだろうけど――
「ああ、それでチートか」
と納得した。こいつ、俺がチートで流派を修得したと思い込んでるわけだ。
馬鹿だなぁ、としか言いようがない。そもそも運営に隠し事なんてできないし、俺がチートでないことは既に運営が証明してるってのに。
でも、俺がどうこう言ってもこいつは納得しないだろう。だったら、絶対に間違いようがない事実を、絶対に正しい人に告げてもらうしかない。
そんなわけでメニューを開き、GMコールを実行した。男が驚いているがどうでもいい。
『GMコールセンター、担当のアイシャと申します。どのような御用でしょうか?』
聞こえたのは覚えのある声。ツヴァンドでのアンデッド戦後にGMコールした時に対応してくれた人のものだ。
「現在、他のプレイヤーから、チート、つまり不正行為を行った疑惑を向けられていまして。対応をお願いしたいのですが」
『チート行為、ですか。具体的にどのようなことをしたという疑いを?』
「それは当人から聞いてもらうのが一番でしょう。間違いがあっても困りますし」
そう答えて、俺は視線を男に向けた。するとウィンドウが開き、見覚えのある女性が姿を見せた。間違いなく、あの時のアイシャさんだ。
『えー、通報者はフィスト様……で、相手はクレヴァー様ですね。ではクレヴァー様。フィスト様がどのようなチート行為に手を染めているのかを説明していただけますか?』
運営に問われて、男――クレヴァーとやらは、戸惑いながらも答えた。
「流派の不正修得だ」
『そう判断した理由は?』
「プレイヤーが修得できない流派を、修得してるからだよ」
『どうしてプレイヤーには修得できないと?』
「NPCがそう言ってたからだ。修得不可能なものを修得してるんだ。チートじゃなくて何なんだよ!」
『……はぁ』
次第に言葉に力がこもってくるクレヴァーと対照的に、アイシャさんの反応は冷めていく。えーと、なんか、ごめんなさい?
『結論から申し上げれば、フィスト様にチート行為を行った形跡はありません』
時間にして1分もかからなかっただろう。何やら作業をしていたアイシャさんが出した回答に、さっきまでドヤ顔だったクレヴァーが凍りついた。
『流派については修得条件を全て満たした上での修得です。プレイログとアバターデータとの乖離も確認できません』
「はぁ!? じゃあNPCが嘘をついたってのか!?」
『住人は何も嘘などついていませんが』
「あいつらはプレイヤーには無理だって言ったんだぞ!? なのに何でフィストが修得できてるんだよ!? 矛盾してるじゃねーか!」
クレヴァーの問いには答えず、アイシャさんがこちらを見た。
『フィスト様ならお分かりになるでしょう? プレイヤーである限り無理、という言葉の意味が』
そりゃまあ、分かるけどさ。まあいいか。
「住人が言う『プレイヤー』って言葉はな、GAOプレイヤー全体を指すものじゃないんだよ。特定のプレイヤーを指す侮蔑の言葉だ」
「ぶ、ぶべ……つ……?」
クレヴァーが言葉を詰まらせた。あぁ、アイシャさんの目がかわいそうなモノを見るものに……気持ちは分かるけど。まあいい、説明を続けるとしよう。
「まず前提としてな。住人達はGAOプレイヤーを異邦人とか外の人とか、まあ、そういう呼び方をするのがデフォだ。その中で、一部のGAOプレイヤーだけが、プレイヤーと呼ばれる。それがどういう連中かというとだな」
俺はクレヴァーを指差した。
「お前みたいな奴だ。ゴロツキ、チンピラ、クレーマー、エトセトラ。まあ言い方は何でもいいけど、要は相手の都合を考えず、我を押し通すだけの迷惑な異邦人を、彼らはプレイヤーって呼ぶようになってるんだよ」
高性能なAIが搭載されていて、人間と何ら変わらない言動をするのがGAOの住人だ。そんな彼らが『人として扱われない』ことをどう思うかなんて、考えるまでもない。そこまででなくても無礼な言動を向けられたり、迷惑を掛けられたりすれば、対応が悪くなるのは当然だ。
「そんな連中に教えることは何もない。あの子らはそう言ったんだ。そしてついさっきだけどな、あの子らというか、ヴォルタース家の方針として、GAOプレイヤーの流派修得希望者は全て断ることが決まったぞ」
正確には、彼らがこれはと見込んだプレイヤーがいれば、自分達から声を掛けるということらしい。
あと、俺からの紹介は受け付けてくれるそうな。何なら直接指導してくれてもいい、ということで【師範代】としても認められてしまっている。
うん、つまり、今後プレイヤーが【テクマディア】を修得する可能性はほぼゼロになったわけだ。ヴォルタース家の本業は商人だから、積極的に弟子を取ることはないだろうし。俺も誰かに直接指導をする気は今のところないし。
『というわけで。フィスト様がチートを行使した事実はありません。第一、本当にプレイヤーに修得できない流派であるなら、既にBANしてますよ。ましてや動画で使用するなんてあり得ません』
ドラードの防衛戦から、俺がテクマディアの技を使ってるシーンなんて何度も使われてるんだ。運営がチートの結果をプレイヤーの目に触れさせるわけがないって分からないものかね?
ともあれ容疑は完全に晴れた。クレヴァーは何やら百面相をしながらブツブツ言ってるが、どうでもいい。あ、そうだ。
「運営さん。いくつか質問があるんですけど」
『はい、何でしょう?』
「こいつ、俺が不正をしているという前提で、その方法を聞き出そうとしたわけですが。分かれば利用する気満々だったと思うんですけど、それ自体に罰則とかないんですか?」
『実行していない以上は無理ですね。いっそ適当に悪事でも働いてくれれば、排除の大義名分が立つのですが』
残念そうにアイシャさんがクレヴァーを見る。まあ、未遂だし、それだけでってのは無理があるのか。
「それでは次です。今回、別のプレイヤーが、掲示板での嘘に騙されて住人に決闘をふっかけようとした事案があるんですけど。この場合の嘘を書き込んだプレイヤーはどうなります?」
『その嘘が原因で何らかの違法行為による実害をこうむる人が出た場合は、その時点で書き込みをした人も処罰対象になりますね、ファルーラ王国内の法律だと』
「何らかの実害というと、例えば?」
『今回の場合は……店に押しかけて問答することで商売の邪魔をした場合、であるとか、あるいは決闘を成立させないまま、戦闘になったり、とかでしょうか』
時々、画面の端をチラチラと見ながらアイシャさんが答える。カンペでも出てるんだろうか。
ともあれ、何かしらの犯罪要件を満たさないと駄目らしい。
その書き込みをした奴、他には掲示板で何かやらかしてないだろうかと尋ねようとしたところで、クレヴァーがその場から駆け出した。あれ、ひょっとして後ろ暗いことが他にあるのか?
『あの、フィスト様』
「はい?」
『掲示板の精査の結果、現時刻をもってクレヴァー様が犯罪者認定されました。同時に賞金首として手配されます』
ウィンドウの中で、アイシャさんの指が動いた。クレヴァーが消えた四つ角を指しているんだろう。意味するところは明白だ。あいつ、やっぱり何かやってたのか。
「いいんですか、それ?」
『管理AIの判断ですので。GAO内の法律に違反していても、規約違反ではないので、運営が直接潰すわけにもいきませんし』
にっこりと微笑むアイシャさん。
でもまあ、あいつは仕留めておいたほうがいいと思う。何をやったかは分からないけど、犯罪者認定されたことは事実だ。それに流派絡みで妙な執着を見せてるし、ヨハン達に迷惑が掛かるかもしれない。
幸い、まだ【気配察知】の範囲内だ。追いかけるのは難しくない。
「生け捕り推奨ですか?」
『面倒のないほうで大丈夫ですよ』
俺の問いに、アイシャさんは握りこぶしを作り、親指を立て、それを逆さまにした。運営は犯罪者プレイヤーに厳しいね。
ログアウトし、VRギアを脱いで身体をベッドから起こす。
あの後、クレヴァーを追いかけてその場で討伐した。犯罪者としての等級がどのくらいだったのかは確認してないけど、あいつは最低でも1ヶ月はログインできなくなる。その後、復帰するか辞めるかは本人次第だ。後者のほうが後腐れがなくていいんだが。
「今日はもう休むか」
シャワーを浴びて寝るとしよう。大きく背伸びをして、ベッドから降りる。すると、
『メールが1件、届きました』
とメッセージが響いた。誰だろうかとメールソフトを起動させる。
差出人とタイトルを確認する。ああ、そういえばもうそんな時期なのか。
今、メールが届いたってことは、まだ起きてるな。今の内に話を詰めておこうか。
シャワーは後回しだ。SNSを立ち上げ、俺はメールの差出人へと連絡をとった。
クレヴァー君はフィストによる背後からの強襲で、何が起こったのかも分からないまますぷらったされ、お勤め期間に突入しましたとさ。