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第181話:トラブル

大変お待たせいたしました。


前回までのお話。

王都での用事も済んだので、近くの森で狩りや採取や食事を楽しみました。


 ログイン170回目。

 目の前には木の深皿がある。その中で湯気を立てている料理へと、そっと木の匙を差し込み、すくい上げた。

 ゆっくりと口の中へ入れると、それが溶けた。いや、口内と舌のちょっとした圧力だけで(ほど)けたと言ったほうがいいだろうか。結構な大きさだった肉が、ばらけて口の中に旨みとなって広がっていく。

「うん、美味い」

「でしょ?」

 思わず漏れた呟きに、得意げに答えたのはヨハンだ。その隣でミアも頷いている。

 今、俺がいるのは、ヨハン達に案内された店。そして食べたのは、彼らがお勧めだと言った牛肉の煮込みだ。現代の料理に照らすなら、ビーフシチューだろうか。

 ヨハンとミアは、一緒に出てきたパンを千切って、それを煮込みにつけて食べている。堅いパンをスープや煮込みの汁に浸して食べるのは、GAOのどこの食堂でも見かける光景だ。ここも例外ではないらしい。

 彼らに倣って、パンを適当に千切り、シチューに浸す。このビーフシチューには、薄く切ったチーズが乗せられていた。溶けたそれがシチューと混じり合っていて、それをすくうようにしてパンに絡め、ふやけるのを待たずにそのまま口に入れる。パンの歯ごたえとシチューの甘み、そしてチーズのほのかな塩気。うん、やはり美味い。今回も当たりだ。

 王都ヌルーゼで美味いものを探す際、現地人(ヨハンとミア)の情報はありがたかった。

「それにしても」

 続けてシチューを絡めたパンを食べながら2人を見る。

「あれこれと店を教えてもらってるけど、随分と食べ歩いてるんだな」

 ヴォルタース家という環境の中だと、外に出なくても自宅で美味いものを食べることができそうなものだ。実際に食事を振る舞ってもらったこともあるけど、食材の質も料理人の腕もよかった。有数の商家なだけはある。

 その一方で、ヨハン達が教えてくれる店は高級店ばかりというわけではない。大衆向けの店から屋台までと幅広い。どうやってこれらの店を知ったんだろう。

「美味いって評判を聞けば行ってみるし、小腹が空けば普通に買い食いもするからね」

「ずっと王都に住んでるわけだから、多少は詳しくなるわよ」

 何でもないように2人が答えた。いつの間にやら彼らの皿は空になっている。食べ盛り、育ち盛りの子供だからか。量はそれなりにあったけど、まだ余裕はありそうだ。

「おかわり、いくか?」

「次の店のために空けとく」

「というわけだから、早く食べてね」

 気持ちは次の店に向かっているようだった。でも、もう少し待ってもらわねばならない。急ぐ理由がないのなら、食事はゆっくり味わうべきだろう。

 彼らの視線を無視して、マイペースで食事を続けることにした。

 

 

 『用事』が片付いてからは、王都のあちこち見て回っていた。食べ歩きだけ、というわけじゃなく、主要な施設の位置を確認したり名所を訪ねたりしている。

 案内人はヨハンとミア。頼んだところ、快諾してくれた。報酬はその日の飲食代を俺が持つこと。別にいいのにと言ってくれはしたけど、ヴォルタース家には【兵装術】のことで世話になってるし、貴重な時間をもらうんだから、それくらいはしないと。

 そんなわけで、ここ最近はヨハン達と王都観光をしていたわけだ。自分にとって重要なのは狩猟ギルドと調薬ギルド、それから図書館くらい。そこを案内してもらった後は、全て2人に任せている。まあ、最初に連れて行ってくれたのが闘技場だったのは、2人らしいというべきか。

 ちなみにクインは別行動中。やはり王都で過ごすのは居心地が悪いようで、外で自由に動いている。

 ともあれ、そんな調子で今日もいくつかの場所を訪れ、合間に飲み食いをして、最後に屋台の1つを訪ねて今日は締めにしようと移動していたところで、それが立ち塞がった。

「お前に決闘を申し込む!」

 外見年齢は20代半ば。薄茶の短髪をした男だ。プレイヤーか。見る限りでは武器を身に着けてはいないけど、防具は革鎧に金属製の手甲と脚甲。

 男の視線と右手の人差し指はヨハンへと向けられている。

「誰だよあんた? 決闘なんて受ける理由がないぞ」

 GAO内の法律で認められている制度とはいえ、決闘とは穏やかではない。しかもそれがプレイヤーと住人とで行われるなら尚更だ。

 流派絡みでトラブルがあった相手かと思ったけど、ヨハンは覚えがないようだった。ミアを見るとこちらも首を横に振る。まったくの初対面のようだ。

 ヨハンが歩を進め、男の横を通り過ぎる。そこに男が手を伸ばしたが、それは空を切った。

「2人とも、行こう」

「おい待てよ!」

 振り返りもせず、ヨハンは先へと進む。追うように男が動き、ヨハンの背後からまたも手を伸ばした。

 しかしそれを読んでいたのか。ヨハンは男の軌道から一歩横に身を移して避ける。そのまま軽くこちらへ跳び、男との間合いをとった。カウンターで一撃を入れることもできただろうに、相手をする気はないらしい。

「いい加減にしろ」

 だというのに諦めが悪いのか、なおも男はヨハンに絡もうとする。仕方がないのでヨハンの前に立つと、男がこちらを睨みつけてきた。

「何だよ? 関係ない奴は引っ込んでろ」

「この子らの関係者だよ。お前こそ、この子らとは何の関係もない赤の他人だろうが。その言葉、そっくり返すぞ」

「関係ならあるさ。いや、これからそれを作ろうってんだ。邪魔すんなよ」

 関係を作る? 決闘をして? 河原で殴り合うとか、そういう類の話か?

「馬鹿なことを……」

 思わず溜息が漏れた。

「その気のない相手に決闘をふっかけようって時点で、関係を作るもへったくれもあるか。決闘にもルールはあるんだぞ」

 そもそも決闘は双方合意の上で行うものだ。GAO内における決闘も同様で、きっちりと明文化されている。

 それに立会人がいない。プレイヤー間で行われるPvPはその限りじゃないけど、プレイヤーと住人(NPC)で決闘をするなら当然必要だ。

「今のお前は子供相手に無理矢理決闘を迫ってる不審者だ。仮にこのまま戦闘になっても決闘として成立しないぞ? 襲いかかってきた暴漢を迎え撃ったってだけだ」

 というか、これって官憲案件では? さっさと衛兵さんを呼んだほうが早いか。ヨハンも面倒くさそうにしてるし。

 都合よく近くにいないものかと周囲を見回すも、野次馬が集まり始めただけで衛兵さんの姿はない。

「何で邪魔するんだよ!?」

「この子に決闘を受ける意思がないからだ。そもそも、何のための決闘だ?」

「流派の入門だよ!」

 男の発言に、ヨハン達を見る。しかし彼らは困惑するだけだ。思い当たる事はないらしい。

「入門と決闘に何の関係があるってんだ?」

「入門条件が、門下生を倒すことなんだよ」

 再度、ヨハン達を見る。2人ともが首を横に振った。俺も【テクマディア】の入門条件がそんなことになってるっていうのは初耳だ。

「それ、どこ情報だ?」

「掲示板だよ。格闘流派スレにあがってた」

 いくら何でも迂闊すぎるだろう。いや、そういう流派が存在すること自体は否定しない。ひょっとしたらあるかもしれないし。でも、情報源が掲示板だけ?

「どうしてそれを無条件で信じた? 何の証拠もありゃしないだろうに」

「それで修得したって奴がいるんだよ。フィストって奴だ。動画で魔族の首を斬り飛ばしてるのをお前も見たことくらいあるだろ?」

「……はい?」

 俺!? いやいや、どういうことだよ? 誰かが俺を騙って書き込んだってことか? あるいは同名の別人?

「それは、フィストって奴が、名乗った上でそう書き込んだわけか?」

「掲示板は基本的に名無しだろ? でも、あの技はそうやって修得した、って書き込みはあった。修得したければ、門下生、つまり他の修得者を倒すことだ、ってな。本人以外にそんな書き方しないだろ」

「いや、だから。どうしてその書き込みを信じられたんだよ?」

 いかん、エゴサなんて今じゃ滅多にやらないから、流派の件で俺の名前が出てるなんて知らなかった。

 それにしてもその書き込み自体は悪意があるな。それをそのまま信じられるなら、俺が書き込んだように見えなくもない。頭が痛くなってきた。

「まず、その書き込みは、フィストがしたものじゃない」

 フードを取って顔を見せる。動画を見てるなら、これで俺が誰だか分かるだろう。

「俺は、そのスレに書き込んだことはないからな」

「え、あ、ほ、本人……!?」

 男が目を見開いて俺を見る。とにかくここで全ての誤解を解いておかなくては。

「次に、流派の入門条件だがな。門下生を倒したって入門なんてできないぞ」

「な、なんで?」

「そもそもこの子らの家は道場を営んでるわけじゃない。今は家族だけで継承している流派だ。常識で考えて、家族をボコボコにするような奴に、自分達の技を惜しみなく教えてやろうとか思うわけないだろ」

 ちょっと考えれば分かるだろうに。掲示板の情報を無条件に信じるなんてどうかしてる。こいつ、実年齢は外見年齢ほどじゃなさそうだ。

 普通のゲームなら嘘か本当かさっさと検証して、嘘だったならそれで終わりだ。でもGAOでそれをやったら取り返しのつかないことになりかねない。特に住人が絡むなら。

「とにかくお前は騙された。この子と決闘したって、恨みを買うだけだ」

 まあ、実際に戦って負けるのがどっちかって聞かれたら、このプレイヤーのほうだと思うけど。

 ともあれ話は終わりだ。これ以上こいつの相手をする必要もないだろう。目当ての屋台に向かおうとヨハン達を促すと、

「じゃあ、どうすりゃ入門条件をクリアできるんだよ!?」

 キレ気味に男が叫んだ。クリア、ねぇ……どう、って言われてもなぁ。

「どうなんだ、そのへん?」

 つい、ヨハン達に聞いてしまう。自分の場合は修得済みだったし、条件があるのかどうかも知らない。一定の技量を有していないといけないとかあるんだろうか?

 2人は顔を見合わせた。そして、男を見て、口を揃えて言った。

「「プレイヤーである限り、無理」」




 2人を家に送り届けてから、適当にふらつく。

 手には最後の屋台で買った串焼きがあった。山ネズミの肉を香草に漬け込んだものだ。気に入ったので、その場で食べる分以外にも買い込んだ。

 聞いた限りではヌートリアっぽい外見のネズミらしい。肉の味はなかなか濃い。匂いも本来はかなりのクセがあるらしいけど、香草でそれを打ち消してるとか。現状、そのクセを感じることはない。

 機会があれば狩ってそのまま食べてみよう。なに、まずかったとしても、火を通したフォレストランナーほどじゃないだろう。

「さて、どうしたもんか」

 串の肉をまた一口して、脇の通りに入った。【気配察知】を発動させると、一定の距離を保った反応が1つ。まだついてくるか。

 ヨハン達がプレイヤー達と揉めていそうなことを聞いてたので、一緒に行動する時は周囲に気を配っていた。すると俺達を尾行してる存在がいたわけだ。

 いつもならヨハン達と別れた時点でいなくなってたのに、今日は違うようだ。いや、今回の目当ては俺ってことだろうか。尾行者が全て同一人物なのかまでは分からんのだけど。

 通りから路地に入る。前にもこんなことあったなぁと思い出しつつ、次の角を曲がって少し進んで回れ右。

 軽い足音が近づいてきて、曲がり角から人影が出てきた。

「こんばんは」

 俺が待ち構えていたのを見て人影は驚いたようだった。【暗視】込みで姿を見ると、さっきの迷惑プレイヤーと似た格好の男だ。

「ここのところ、ずっと俺達を尾行してたのはお前か? 何の用だ?」

 尾行の理由を尋ねると、男は不快感しか沸かない笑みを浮かべ、言った。

「よう、チート野郎」

 ……チート?

 

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― 新着の感想 ―
[一言] このプレイヤー 絶対にワザ◯プとか 信じちゃうタイプの人だ(確信)
[一言] シーサーペントの時といい、ワイバーンの時といい 身勝手な奴は減らないですね。 まあこいつも自信満々に出てきたけど、 もはや自滅あるのみ。
[一言] 自分より強い=チート扱い 自分より弱い=クズ、カス扱い これも昔からのネトゲやソシャゲにおけるテンプレではありますなぁ
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