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第179話:方針

 

 振り下ろした拳が板金鎧とぶつかって派手な音を立てた。人の身体の形に削った杭に着込ませている鎧は鍛錬用の特注なのか、普通の鎧より厚めに思える。そんな鎧が【拳鎚撃】によって陥没した。

 振り抜いた拳を解いて指を揃える。下からすくい上げるように放った【手刀】が鎧に一筋の傷を刻んだ。

 続けて左手の【手刀】を水平に繰り出すと、先につけた傷と交わって十字を描いた。【手刀】の勢いのままに身体を捻って溜めを作り、逆に捻ると同時に【斧刃脚】を放つ。杭が断たれて鎧部分が宙を舞った。

 それへと更に【手刀】で突きかかる。十字傷の中央に指先が刺さり、すぐに手の半ばまでが吸い込まれた。装甲をこじ開けた後で別の硬質な何かを貫いたのを感じた。これ、板金鎧の下は鎖鎧か? 完全武装の重戦士や騎士を想定した標的ってことか。

 ……何で商人がそんな相手を想定した訓練をやるんだよ。武装商人ってのは聞いたけど、この人達は何と戦おうとしてるんだ?

 まあ、標的が重装備な理由はさておき。まずは実力を見たいということで、【テクマディア兵装術】の技を披露することになり、こうして実演してみたわけだけど。こんなもので十分だろうか。

 右手に刺さったままの標的を、腕を強く振ることで抜き捨てる。手のほうは痛みもなく、傷1つついていない。

「見事です」

 振り向いた俺に、ドミニクさんが満足げに頷いて見せた。

「よくもここまで練り上げたもの。いや、本当に驚いた」

「色々と幸運が重なった結果です」

 賞賛してくれるドミニクさんに、正直な気持ちを告げる。

 一度諦めかけた時に経験がリセットされる感覚を得ていなければ、そのまま修得できないまま終わっていただろう。要はゲームのシステムに助けられた形だ。

 それに【修行場】という場所による補正や、プレイヤーとしての優位性もあるだろうし。

 そういうわけだから、ヨハンにミア。尊敬の眼差しなんて向けてくれるな。さっきまでの不機嫌そうな顔はどこへ消えた? そんなに単純でいいのか?

「非礼に非礼で返すこともなく、しかと力量を示した。これで態度を改めぬようなら、私が拳を叩き込んでいます」

「さ、先程は失礼しました!」

「ごめんなさい!」

 表情に出ていたんだろうか。ドミニクさんが孫達を見て言うと、ヨハン達が慌ててこちらに頭を下げた。ドミニクさんが怖いからとりあえず謝った、って感じではない。俺としては、誤解が解けたならそれでいい。

「私は気にしていないので、今回の件はこれで終わりということで。そもそも、最初からシュタール卿が説明してくれていればよかったわけですし?」

「説明しただけで大人しくなるなら最初からそうしている。むしろ実力行使をせずにこの2人がここまで素直になったことのほうが信じられん」

 少しだけ非難の色を乗せて言ってやると、シュタールさんが肩をすくめた。隣でドミニクさんも頷いている。そこまでやんちゃなのかこの子達?

「それだけ流派に誇りを持っている、ということでは? それに、遺族の名を利用した騙りだと思ったのかもしれませんし」

「【テクマディア】を誇っているかというと怪しいところですが」

 溜息をついてドミニクさんがまた孫達を見る。そんなことはないとヨハン達が反発するかと思ったら、

「強くなるための手段かな。修得するのが大変だったから、思い入れはあるけど」

「騙そうとしてるんじゃないかとは思ったけど、ヴィクトール爺さんのこと自体は特に何も」

「会ったことのない人のことを言われてもなーって感じ?」

「爺さん達が旅に出た時って、あたし達は子種ですらないしね」

 あっはっはと2人が笑う。ドミニクさんがまた溜息をついた。立場は明らかにドミニクさんのほうが上のはずなんだけど、色々と苦労しているのかもしれない。あとミア。もう少し言葉は選ぼうか。

「じゃあ、さっきは本当に異邦人への反発心だけで噛みついてきたわけか」

「だって、店に来る奴もここに来る奴も、あたし達が直接会う奴に限って、酷いのしかいなかったから」

 とミアが口をとがらせた。王都に来ているプレイヤーはそれなりにいるはずなのに、そんなのばかりと遭遇って、巡り合わせが悪すぎでは?

「あ、でも。フィストさんがいい人だってのは分かった。無茶なこと言わなかったし、俺達を見下しもしないし」

 ヨハン、それは普通の人って言うんだ。そんなことでいい人認定されても困る。お前らチョロすぎだろう。

「それよりも! フィストさんはどうやって【兵装術】を修得したんだ? ヴィクトール爺さんが死ぬ前に師事してたってわけじゃないんだろ?」

「フィスト殿は、ヴィクトール兄さんが残した日記の記述を読んでそれを実践したそうだ」

「え、それだけ……?」

 ドミニクさんが説明すると、ヨハンが胡散臭そうな目を向けてきた。いや、日記の内容だけじゃないぞ。

「ヴィクトールさんが【兵装術】を使った痕跡が残ってたのが大きい。その事実がなけりゃ、さすがに試そうとすら思わなかったさ」

「修得してる俺達だって、実際に父さん達が使うところを見るまで信じられなかったのに。フィストさん、結構アレな人なんだな」

「本当のことを書いてるかも分からないのに、普通それで試そうとする?」

 子供達にも呆れられてしまった。うん、もういいよそれで……

「それで、フィストさんはこれからどうするんだ? ここで【兵装術】を学ぶのか?」

「独学だから、至らないところもあるだろうし、正式に学べればとは思ってる」

 そこは師匠次第ではあるけど、多分、大丈夫だと思う。ドミニクさんを見ると、ゆっくりと頷いた。

「指導と言っても、フィスト殿は既に【兵装術】を修得済みですし。そう長い時間は必要ないでしょう。技を一通り見せるくらいのものかと」

 が、その言葉は想像の外だった。ハードな修行めいたものがあるのかと思ったら、厳しくなさそうな雰囲気だ。見取り稽古的なもので十分ってことか?

「そんなお手軽な話なんですか?」

「シュタールは更なる指導を、と言いましたが、お手軽で済んでしまうだけの蓄積が、フィスト殿には既にあるようです。それに【テクマディア】の場合、結局は本人の意思と心象が重要なので。フィスト殿なら何度か見せれば事足りるでしょう。すぐに模倣できずとも、繰り出すうちにより完成していくはずです」

 そういうものか。正統な継承者がそう言うなら、そうなんだろう。深く考えることはないのかもしれない。

「それでは、よろしくお願いします」

「ああ、そうだフィスト殿」

 ドミニクさんに頭を下げると、シュタールさんが俺を呼んだ。

「何でしょう?」

「修練についてなのだがな。貴殿、私の使う流派に興味はないか?」

「シュタール卿の流派、ですか?」

 確か名前は【ディアハルト操体法】だったか? 家伝の流派というわけではなく、王都の騎士達に修得者がそこそこいるらしいって聞いたけど。

「うむ。ついでと言っては何だが、こちらも修得してみないか?」

 えー、と? 【テクマディア兵装術】に加えて【ディアハルト操体法】も?

「ちょ、ちょっと待ってください。いきなり言われても、そう簡単には……」

「そう身構えることはない。そもそも貴殿、現時点で魔力による身体能力強化法を使えるだろう?」

「ええ、それはまあ……って、ひょっとしてその延長ですか?」

 問うと、うむとシュタールさんが頷く。

「より効率よく魔力を運用し、より高い効果を発揮する。貴殿の闘法であれば有効な手札となろう」

「それはそうでしょうけど」

 身体強化の系統はスキルでも持ってるけど燃費は悪いし、一時的なブーストができるようになるのはありだと思う。それに、防御力は防具任せが基本であるGAOにおいて、単独で肉体の強度を上げられるようになるのはありがたい。

 ただ、一度に2つの流派の修得とか、時間的にどちらも中途半端になったりしないか? いや、【兵装術】のほうはそう時間はかからないって言ってたっけ。だったら大丈夫、なのか?

「今のフィスト殿なら、シュタールの【操体法】についても、そう時間はかからないはずです」

 どうやらドミニクさんも、俺が両方を学ぶことに賛成らしい。修行で長期間拘束されるなら考えるところだけど、その心配もなさそうだ。

 せっかくの強くなれる機会なんだし、最大限に活用するとしようか。

「それでは、シュタール卿もよろしくお願いします」

 頭を下げると、うむとシュタールさんが頷いた。

「じゃあさ! 俺と手合わせもしてくれよ!」

 するとヨハンがそんなことを言い出した。手合わせ?

「当然、【兵装術】込みで!」

 ぐいぐいとヨハンが押してくる。あ、そうか。一緒に学ぶ同門の士がいないんだ。ヨハンとミアじゃ【兵装術】と【斬徹刃】で修めている技が違うみたいだし。

 しかし、どうなんだろう。俺のほうが弱いのであればともかく、実力が拮抗している場合は、【兵装術】込みの手合わせってのは危険じゃないだろうか。俺は死んでも問題ないけど、ヨハンはそうはいかない。

「どう思います?」

「フィスト殿の胸を借りるのも、良い経験になるかと思います」

 判断をドミニクさんに仰ぐと、そのような返事。現時点では俺のほうが格上ってことか。それなら大丈夫、かな。

「分かった、頻繁には無理だけど、やろうか」

「よっしゃ! よろしくお願いします!」

 了承すると、ヨハンはぐっと拳を握り、頭を下げてきた。何というか、少し前の態度が信じられない。いや、こっちが本来なんだろうけど。

「いいなぁヨハン。フィストさん、あたしも【斬徹刃】込みで手合わせしてくれない? 何かの拍子にあたしの攻撃が通じても、異邦人って手足を切り落としても生えてくるし、死んでも生き返るんでしょ?」

 ミアもそんなことを言ってきた。ん、ちょっと待て。

「生き返るはともかく、何だ、生えてくるって?」

「この間、ここで抜いた馬鹿の腕を剣ごと叩き斬ったんだけど、その場で砕けて消えて、数日してまた来た時には元通りだったもの」

 それって『自決』して死に戻ったんじゃなかろうか。だから欠損は元に戻ったわけだ。

 しかし剣を抜いたのかそのプレイヤー。住人に、プレイヤーに対する好感度が設定されていることが分かってだいぶ経つのに、いまだにそういう連中がいるのか。ゲームだからと軽く見ているのか。それとも現実でも平気で暴力に訴える輩なのか。

「死んだら身体の欠損も元に戻るってだけだ。生やすだけなら、神殿で再生してもらわないと無理だな」

「異邦人ってその場で自由に死ねて、生き返れるのか? 実質、不死身ってことだよな? だったら命懸けの鍛錬もやり放題だな」

「生き返れるからって自分から死ぬような無茶を軽々しくするつもりはないぞ。命は大事にしないとな」

 プレイヤー的思考なら、状況によって死を選択肢に入れるのは間違いじゃないんだろう。ただ、自分はそれをできる限りしたくはない。異邦人フィストは最期まで死に抗う生き方をするのだ。

「それに、大丈夫だからって軽々しく死んでると、いざって時の判断を誤りかねない」

 心のどこかで、死んでもいいやと安易に考えるようになってしまいそうだ。ここぞという時のあと一歩が踏み出せなくなりそうな気がする。

「それもそうか。何をやるにも真剣味が薄れるかもなぁ」

 羨ましそうだったのは一瞬で、ヨハンはプレイヤーの不死性への興味を失ったようだった。

「ところで、その異邦人、何度も来てるのか?」

「何度も来る奴は何人かいるよ。さっきの馬鹿は、戻ってきた時に斬り捨ててからはそれっきり……さっさと諦めてくれればいいけど」

 ミアが嫌そうな顔で嘆息した。この子、プレイヤーに勝ってるわけだよな。腕はそこそこなんだろう。そう心配することはなさそうだ。ただ、他にもプレイヤーがいるようだから、そこだけは注意か。

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