表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
191/227

第178話:帰宅

 

 どうなってるんだGAO内の達人ってやつは。同じ格闘系だったからまだやりやすかったけど――嘘だ、シュタールさんも大概だった。

 特筆すべきはその身体能力だ。見るからに強そうな体格ではあるけど、繰り出される威力は外見以上のものだった。

 これはシュタールさんが修めている【流派】によるものだ。魔力による身体強化がメインというか、それだけの【流派】らしい。要するに、自前でバフを重ねて物理で殴るスタイルで、攻撃系の特殊なアーツは1つもないそうだ。

 ともかく、そんなシュタールさんを相手にすると、こっちの攻撃は当たらない。当たっても文字どおり弾かれる。【手刀】で傷1つつかなかった時は、何の冗談かと思った。

 逆に向こうの攻撃は当たる。速いし痛い。防御なんて無意味で、受ければ軽々と身体ごと吹っ飛んだ。【破城鎚】の二つ名は伊達ではないことを自分の身で知った。

 しかも今回のシュタールさんは【魔力撃】を使わず、何も武具を着けていなかったのにこの結果。武具を着けた上で本気を出されていたら、攻撃を食らった回数だけ死に戻っていただろう。何せ手甲と脚甲は金剛鉱製らしいし。

 それでも、彼が満足するだけの粘りは見せることができたみたいなのでよしとしよう。いつかは1本取りたい、なんてことは考えない。今のままじゃ何もかもが足りないし、それを補うためにはそのためだけに時間を費やさなきゃ無理そうだから。

 俺がGAOをやる目的は、強くなることじゃないのだ。



 さて、手合わせ後に少し休んでから、俺達は次の目的地に向かっている。あの遺骨の身内を訪ねるために。

「ところで。俺が使う技って、どういう流派のものなんですか?」

 今更な問いを、隣を歩くシュタールさんに投げる。今まで使っておきながら、流派そのものの情報は入手できてなかったからなぁ。

「ふむ。貴殿が修得しているあの技は、【テクマディア】という流派の片割れでな。己が肉体による一撃を、武器を使ったかのように変質させる【兵装術】だ」

 名前すら知らないまま使っていた【流派】の名前がついに。【テクマディア兵装術】か。なんとか流交殺法ではなかった。当たり前だけど。

「もう1つは、剣術でしたっけ?」

「【斬徹刃(ざんてつじん)】という。主な武器は剣だが、いかなる刃でも対象を斬り、貫くことを目指した流派だ。斬撃・刺突特化とでも言おうか」

 それだけ聞くと、斧や槍でも使えるものなんだろうか。ゲーム的には防御無視効果付与みたいな何かに思えるけど。刃物で重厚な装甲を容易く斬り裂けるようになれれば、大きなアドバンテージになりそうだ。

 でも、【兵装術】と同じ【流派】ってことは、修得難易度が鬼畜な気もする。修得できるプレイヤーっているんだろうか。【流派】って、他のスキルみたいにSPを消費すればすぐ使えるようになるもんじゃないみたいだし。

「さて、見えてきたぞ」

 この辺は、王城を中心とした貴族街を出て、平民街に入って少し歩いた場所だ。割と金持ちが集まって住んでいるあたりになる。大きな屋敷も多いし、見える壁も立派だ。

 そんな中に、木の壁で囲まれた一角がある。建物も平屋建てっぽい。周囲の建物からは浮いた空間だ。シュタールさんの言葉で視線を前方に戻せば、彼の目はそちらへ向いていた。

「それほど、広い敷地ではなさそうですね」

「修練場としては大きくないな。元々、細々と継承している武術だ。しかも修得が難しく、今は門下生もおらぬ」

「道場で生計を立てているのではないのですか?」

「本業は商会だ。王都ではそこそこ大きな商会でな。ヴォルタース商会といえば、野盗も逃げ出す武装武具商人だ」

 武装武具商人って……何その物騒な集団。しかも一族は流派継承者で、親族が武者修行に出るくらいの武闘派? ちょっと情報量が多くないですか?

「もっとも、さすがに異邦人にはそういう情報は伝わっていなくてな。いや、調べる気すらないと言うべきか。故に、中には痛い目に遭う奴もいるわけだ」

 シュタールさんの歩く速さが落ちた。先に行くようにと背中を押される。あれ、直前の言葉で嫌な予感がするんですけど。異邦人絡みで何かトラブルがあったってこと?

 そんなことを考えている間に、敷地の門をくぐってしまった。

 敷地内にはシュタールさんの屋敷の庭と同じような杭が立っている。鎧や盾、金属板で補強されたそれらが奥の壁際に並んでいた。

 そして、その前に1組の男女がいる。いや、少年と少女と言うべきか。少年のほうは茶色の短髪で、無手。少女のほうは茶色の長髪で剣を手にしている。

 彼らは同時に振り向いて俺を見た。気配に気付いて振り向いたのか? どっちも中学生くらいだろうか。このくらいの年齢の住人にしては反応がいい。

「何の用だ異邦人」

「何度来ても、お前らに教える技は何1つない!」

 少年が、少女が、嫌悪も露わに言葉を投げつけてきた。一体何をやらかしたんだ他のプレイヤーは……少女の発言から察するに、流派の修得絡みだろうけど。

「こちらにいるドミニクさんという人に用事があって会いに来た。ご在宅か?」

 ここに来るまでに遺族の名前は聞いてあったので、それを出してみる。しかし少年の表情は変わらない。

「爺さんに? その用事ってのは?」

 ぬう、手強い……背後のシュタールさんを見ると、敷地からは死角になる場所で立ち止まっていて、何故か楽しげだ。こうなるのを分かってましたね? どうしろと?

「ドミニクさんに取り次いでもらえないか? ヴィクトールさんと思われる人を連れ帰ったと伝えてくれ」

「ヴィクトールって、爺さんの兄さんのことか? 連れ帰った、って……あんた、独りじゃないか」

「【空間収納】の中で眠っている」

 そこまで言うと、少年達の表情が歪んだ。【空間収納】スキルや、収納空間付アイテムには、生きているものを入れることはできないからだ。

「……あんた、【テクマディア】の技を手に入れたくて来た異邦人じゃないの?」

「詳しいところを知りたいとは思ってるけど、【兵装術】自体はもう使える」

「「はぁっ!?」」

 警戒を解かない少女の問いに答えると、2人が素っ頓狂な声をあげた。

「な、なんで異邦人が【テクマディア】を!?」

「今の使い手は、うちの家族だけのはずなのに! あんた、適当なこと言ってんじゃないよ!?」

 あれ、ここは同門のよしみで警戒が解ける場面では? いや、使い手が家族だけって認識だと、俺の発言自体が胡散臭いものになるのか。誰に師事したのかって話になるし。

 空気が更に悪くなった。少年達の感情も嫌悪から怒りへと変化している。少年が拳を、少女が剣を構えた。異邦人が【テクマディア兵装術】を修得してるのがそんなに信じられないんだろうか。

 あるいは、行方不明の親族の名を出して取り入ろうとしている、と思われたのかもしれない。ヴィクトールさん自身は旅の中で弟子候補を捜していたようだったけど、この子らはそこまで知らないだろうし。

 背後のシュタールさんに動きはない。一戦交えろってことだろう。それも、分かりやすく。まあ、論より証拠とは言うけれど。こうなりそうなら、最初に教えておいてほしかった。

「何を騒いでいる?」

 仕方ないと諦め、こちらも構えをとろうとしたところで、知らない声が届いた。そちらを見ると、建物から出てきた男性が1人。年齢はシュタールさんと同じくらいだろうか。茶色の髪は少年達と一緒だ。白いものが多く混じっているけど。

「シュタール。お前も何をやっている?」

 男性は俺の後ろにいるシュタールさんに呆れを含んだ目を向けた。シュタールさんと知り合いか。ということは、この人がそうなのか。

「なに、どうなるのか見物していただけだ。久しぶりだなドミニク」

「いつぶりだろうな。ヨハン、ミア、下がりなさい」

 ドミニクと呼ばれた男性が、少年達を制する。

「でも爺さん! こいつが――」

「下がりなさい、そう言ったのだ」

 表情を変えず、ドミニクさんが少年――ヨハンの言葉を遮ると、顔を引きつらせてヨハンは大人しくなった。一緒にミアも。2人にとっては怖い祖父なんだろうか。

「孫達が失礼した」

「いえ、こちらこそ。どうやら他の異邦人がご迷惑をかけているようで」

 頭を下げるドミニクさんに、こちらも頭を下げた。するとドミニクさんが笑う。

「なに、集団と個人は分けて考えねばな。この子らにはそのあたりが割り切れぬらしい」

 ヨハン達は不満げな顔だ。まあ、最初の印象を引きずるのは仕方ないだろう。悪い印象が続いたなら尚更だ。

「で、シュタール。今日は何の用だ?」

「ああ、彼をここに案内したのだ。フィスト殿、こいつがドミニク・ヴォルタース。ヴィクトールの弟だ」

「初めまして。異邦人のフィストと言います」

「フィスト……?」

 名乗るとドミニクさんの表情が動いた。あれ、ひょっとして今までのあれこれとか、こっちに流れてきてる?

「ドラードでテレマン商会や海賊を潰した、あの?」

「あー、そのフィストです、多分」

 そっちか。そういえばヴォルタース家って商人だったっけ。ひょっとしたら海賊関連で何かしらの被害を受けたことがあるのかもしれない。でも1つだけ訂正するなら、テレマン商会を潰したのは俺じゃなくてドラードです。俺は制圧に手を貸しただけなので。

「で、そのフィスト殿が、当家にいかなる用件で?」

「ヴィクトールさんのものと思われる遺骨と遺品を引き渡しに来ました」

「……とりあえず、中へ」

 無言になったドミニクさんが、少し経ってそう言うと右手を建物の入口へ向けた。



 応接間に通され、遺骨等を回収することになった経緯を説明した。

 ドミニクさんは話を聞き終えると、俺が返した遺品のストレージバッグの中身を確認し、今は日記に目を通している。

 俺はシュタールさんと一緒に、出された茶を飲んでいる。香りと渋みが強めだけど美味しい。お茶請けに出されたクッキーの甘みと合う。

 応接間には、美術品の代わりに武具が多く飾られていた。装飾過多な物はなく、実用性重視に見えるものが多い。武具の良し悪しは分からないけど、恐らく上等な品ばかりだと思われる。

 静かな室内に、ページをめくる音と紅茶とクッキーを口にする音だけが響く。

 やがてパタンと本を閉じる音がした。膝に乗せた日記に視線を落としているドミニクさんが、顔を上げる。

「フィスト殿。遺骨を確認させてもらえるか?」

「あ、はい」

 カップを脇に移し、【空間収納】から木箱を取り出してテーブルに置いた。蓋を外し、中を見せると、ドミニクさんは頭蓋骨を持ち上げて、納得したように頷く。

「兄のものに、間違いなさそうだ」

 ……シュタールさんもそうだったけど、頭蓋骨を見ただけで判別がつくものなんだろうか? そんな疑問が表情に出てしまったのか、ドミニクさんは俺に頭蓋骨を見せた。

「ここに、傷があるのが分かるかな?」

「ええと……ああ、ありますね」

 ドミニクさんの指が示した箇所には、確かに傷があった。右側面に4本の傷が刻まれている。そういえば、頭蓋骨は見つけた時には下になってたっけ。回収した時もまじまじと見たわけじゃないし、そこまでは確認していなかった。

「これは王都に魔族が襲来した時の戦闘で兄が受けた傷でな」

「なるほど。それでシュタール卿もこの頭蓋骨がヴィクトールさんのものだと判断したわけですか」

「さすがに私もシュタールも、骨だけ見て誰のものかなどと判断できぬよ」

 そりゃそうか。てっきり俺には見えない何かが見えているのかと。いや、傷は見えてたわけだけど。

「ともかく、兄は帰ってきた。何も戻ってこないと既に諦めていたからな。フィスト殿、礼を言う」

「いえ、日記がなければ、どうしようもなかったので」

 森エルフの時もそうだったけど、手掛かりが皆無だと捜しようがなかったわけで。ヴィクトールさんが日記を書いていなければ、その場に埋葬して終わっていただろう。

「ともかく礼をさせてもらいたい。もし必要な武具があれば、提供させていただこう」

「ああ、そのことなのだがな、ドミニク」

 俺が返事をする前にシュタールさんが口を開いた。

「フィスト殿に【兵装術】の指導をしてやってくれないか」

「【兵装術】の……確かフィスト殿は無手で戦うのだったか。しかし……」

「なに、お前に頼みたいのは更なる指導だ。既にフィスト殿は【兵装術】を使える」

 ドミニクさんが浮かべた困ったような表情は、シュタールさんが続けた言葉で驚愕に変わった。

「ま、まさか、日記の記述から?」

「ええと、まあ、はい、そうですね」

 あれ、何だろう、この、珍獣を見るような目は? いや、事実、そうなのか。あの記述だけで、どうして修得できると思ったんだろうなあの時の俺は。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
[一言] 現実で言えば流派の指南書だけでその流派の技を身に付けてるみたいなもんですからねぇ。指導員も居ないしそもそも指南書が正しいかどうかもわからないのにその内容を信じ修練し習得するんだからそりゃある…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ