表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
190/227

第177話:【破城鎚】

お待たせしました。

 

 腕も治ったので、海エルフスレへ情報投下をしておいた。やり方は森エルフ達の時と変わらない。質問攻勢も相変わらずで、なるべく答えられる範囲で答えておいた。

 変なのが湧いたりもしたが無視を貫いた。後はスレ住人達で何とかしてくれ。相手にする気はない。


 ログイン167回目。

 王都での用事を片付けることにした。王都の騎士であるシュタール・フォルトさんとの面会だ。

 いつぞやの【修行場】で見つけた遺体。その手掛かりの可能性がありそうな人であり、格闘系流派の関係者であるかもしれない人でもある。

 実は今回で訪ねるのは2度目だったりする。現役の騎士ってことは、普段は仕事をしているわけで、最初に訪ねた時には留守だったのだ。

 そのため、休日にあらためて訪ねることにしたのが今日。ちなみにクインは自由行動中。

 ラーサーさんからの紹介状は初訪問の時に渡しておいた。さて、会ってもらえるかどうか、と少々不安に思いながら訪れると、あっさりと通してもらえた。ただし、屋敷の中ではなく、庭へ移動するようにと言われて。

 そちらへ向かうと、何やら音が聞こえてくる。硬い何かがぶつかる音とでも言えばいいのか。

 庭に出ると、木々や花壇などはなく、代わりに2メートルくらいの高さの杭が何本も打ち込まれているのが見えた。太さはまちまちで、中には板金鎧を備え付けた物もある。訓練用だろう。かなり使い込んでいるようだ。

 そして、一抱えくらいの太さの杭の前に1人の男性が立っていた。年齢は50くらいだろうか。身長は180、いや、190近い。白髪混じりの茶色い髪を角刈りにしたマッチョダンディだ。

 その人は拳をその杭に叩きつけていた。さっきから聞こえていた音はこれだ。手には何も着けていないし【魔力撃】も使っていない。時折、蹴りも織り交ぜながら、裸の拳で杭へ打撃を続けている。

 一撃一撃がとても重そうだ。この訓練をこの人は長いこと続けているんだろう。手にできた拳ダコがそれを物語っている。

 しばらく打撃を続けた男性は、一息つくとこちらを見た。姿を消す異星人相手にジャングルで戦ってそうな雰囲気がある。あるいは革ジャンとサングラス、そしてショットガンが似合いそうな。

「待たせたな。シュタール・フォルトだ」

 男性が名乗った。この人がシュタールさんか。会釈をしてこちらも名乗る。

「お初にお目にかかりますシュタール卿。異邦人のフィストと言います。本日は私のために時間を割いていただき、ありがとうございます」

「なに、私もフィスト殿には興味があったのでな」

 礼を言うと、シュタールさんは笑みを浮かべながら言う。

「フィスト殿の名はドラードの騎士から聞いたことがあった。それがラーサー卿の紹介状を持っているという。なかなかに面白い異邦人のようだな」

 ドラードの騎士経由? ということは対魔族の防衛戦のことだろうか。それとも海賊討伐?

 そんなことを考えていると、シュタールさんの視線に気付いた。何だろう、俺の全身を観察しているような?

「あの、何か?」

「ラーサー卿からの紹介状によると、貴殿は徒手空拳の使い手だそうだな? なかなか鍛えていると見える」

 プレイヤーのアバターって、例えば筋トレして筋力が上がっても、外見上の変化って作成時と変わらないはずなんだけど。この人には何が見えてるんだ?

「貴殿の用件は、格闘系の流派についてだそうだな。せっかくだ、貴殿の今を見せてもらえないだろうか」

 言いつつシュタールさんは杭、というか丸太の前から身を動かした。そして、人差し指を丸太をへと向ける。えーと、つまり力を示せとかそういう流れ? 何でそんなに楽しそうなんですかね?

 抗いがたい雰囲気に圧されて、丸太の前に立ち、所々がへこんでいるそれに触れる。軽く叩いてみると硬い音が返ってきた。何だこの木……ハガネガシ……鋼樫? GAO独自の樹木か。名前からして硬そうだ。実際硬いし。

 丸太を相手に技を繰り出してみろ、ってことなんだろうけど。単に【強化魔力撃】を重ねて丸太を砕けって話ではないだろう。もしかして、シュタールさんが納得するものを見せないと、話が進まなくなる可能性も? いや、さすがにそれは……分からんな。俺はシュタールさんの人柄については何も知らないんだから。

 まずは殴ってみるか。右ガントレットは失われているので、代用として右手のみに【魔力撃】を纏わせて、構える。

 そして、目の前の鋼樫を敵に見立てて、拳を突き出した。硬い感触が拳に返ってくる。丸太はびくともしない。かなり頑丈に敷設しているようだ。

 続けて左の拳を放つ。当然、全力だ。それでも、立つ音はシュタールさんのものと比べて小さい。シュタールさんの拳、どれだけの威力なんだろうか。

 更に右肘を、右裏拳を、左膝を、右回し蹴りを。1つ1つを丁寧に、丸太へと叩きつけた。正直、肘と膝はやめておけばよかった。防具もないから痛い痛い。

 背中に目があるわけじゃないので、シュタールさんの反応は分からない。なので続ける。

 しっかし、アインファストの訓練場の的だと、手応えというかダメージを与えているという実感があったのに、この鋼樫はそれがない。傷1つつかない、というわけではないんだけど、効いている感じがしない。

 まさか、そこも見られているとかいうことはないだろうな? やっぱりそれなりの一撃を期待されてるんだろうか?

「ふっ!」

 分からないので、やってみることにした。右手に【手刀】を起動し、袈裟切りにすると、軌跡に沿って丸太に傷が刻まれる。僅かにシュタールさんの気配が揺らいだ気がした。

 続けて返す右手を真横に薙ぎ、左手にも【手刀】を起動して突く。横一文字の傷と、刺突の傷が追加された。

 今度は右手に【拳鎚撃】を乗せて、拳を握って振り下ろす。普通に殴っていた時とは違い、僅かではあるがはっきり目に見える形で丸太に痕跡が残った。

 少し下がって最後に右脚で【斧刃脚】を放つ。【手刀】以上の深さの傷が丸太に刻まれたところで攻撃をやめて振り向き、シュタールさんを見た。

 シュタールさんは丸太に近づくと、刻まれた痕跡を確認するように見て、

「フィスト殿。貴殿、いかにしてこの技を身につけた?」

 少ししてから真剣な眼差しを俺に向けて問うた。

「と言いますと?」

「この技を貴殿に伝えた師がいるだろう。まさか独自に編み出したわけではあるまい?」

「その前にお聞きしたいのですが。この技の使い手に心当たりが?」

 どうも俺の技について何か知っている様子を見せるシュタールさん。これは当たりかもしれない。そう思いながら聞き返すと、シュタールさんが頷いた。

「貴殿と同じ技を使う者を知っている。いや、いた、と言うべきか。昔に旅に出たきりで、連絡もなければ、戻ってきてもいない」

「その人が、私と同じ技を使っていた、と」

 ならばと俺は【空間収納】から例の日記を取り出してシュタールさんに渡した。

「私が身につけた技は、この日記に記されていたものです。そしてこの日記は、とある場所で見つけた遺体のそばの荷物に」

 シュタールさんが日記をパラパラとめくっていく。何度か手を止め、まためくる。それを何度か繰り返した後で、最後のほうを再度読み返すと、シュタールさんは日記を閉じた。

「恐らく、だが。この日記は、私が知っている者が書いたと思われる」

 腕を組み、目を閉じた顔をシュタールさんが空へと向けた。日記の中にあったシュタールの名は、やはりこのシュタールさんだったか。

「どういったご関係だったか、聞いても?」

「共に無手の技を研鑽する友であった。同門というわけではないがな」

 日記には、シュタールさんの実力を意識している記述があった。それは恐らく、シュタールさんも同じだったんだろう。互いの力を認め、高め合う関係だったってことか。

 ゆっくりと息を吐いたシュタールさんの視線がこちらへ向く。

「遺体のそばに、ということだったが。どのような状態だったのか、聞いても?」

「掘り進める穴の先で、前のめりに倒れていました。彼は最期の瞬間まで諦めず、生きるために前へと進み続けたのだと思います」

「なるほど。あいつらしい。しかし、遺品だけでも片方が帰ってきたのは幸いだ」

 シュタールさんの顔に寂しげな笑みが浮かんだ。

「片方?」

「ああ、旅立ったのは兄弟2人でな。兄のほうも戻っていないのだ」

 そうなのか。この言い方だと、連絡とかもないんだろう。多分、どこかで亡くなったか。

「末の弟は王都に住んでいる。こちらは健在でな。今も流派を守っている」

「ということは、所在もわかりますよね」

「ああ。そこでだ、フィスト殿。この日記、私に譲ってもらえないだろうか?」

 遺族に返してあげたいんだろう。もちろん、断る理由はない。

「ええ。荷物一式、このままシュタール卿にお渡しします。あと遺骨も」

「……なに!?」

 目を見開いたシュタールさんの顔がすぐ目の前にあった。両肩にガッシリとした両手が置かれている。ちょっ! いつの間に間合いを詰めたっ!?

「遺体も回収してあるのか!?」

「に、荷物の近くにあった、成人男性のものと思われる骨なら、回収してます。本人のものかどうかは、私には判断ができませんが!」

 近い近い! 鼻息が荒い! ちょっと離れてくれませんかっ! 怖いっ! あと肩が痛いっ!

 状況的には間違いないだろうけど、確たる証拠はないんだ! 確かめる方法なんて俺は持ち合わせてない!

「……頭蓋骨を見せてもらえるか?」

「わ、分かりました」

 逃げるように間合いをとって、【空間収納】から骨を納めた木箱を取り出す。そして蓋を開けて、頭蓋骨だけを手に取ると、シュタールさんに見せた。

「うむ、ヴィクトールのもので間違いなかろう」

 そして、確信したようにシュタールさんが頷く。え、本当に分かったの? しかも間違いないって? 本当に、この人には何が見えてるんだ?

「フィスト殿、一旦、これは返そう」

 シュタールさんが日記を差し出してくる。

「後で、私と一緒に来てくれ。貴殿の手から、遺族にこれを渡してやってほしい」

「それは、構いませんが。遺族を捜すのは王都に来た目的の1つでもありますし、流派のことでも興味がありましたので」

 日記を受け取りながら、ふと疑問に思う。今から、じゃなく、後で、なのか?

「さて、それでは話を戻そうか」

 言いながら、シュタールさんが離れていく。5メートルくらいの距離をとるとこちらを向き、拳を突き出して見せた。

「格闘系流派についての方針は決まったようなものだが、それを確認する意味で手合わせしてもらおう」

「はい?」

「それに、貴殿はヴィクトールの技を受け継いだ。独学とはいえ、弟子と言ってもいいだろう。動かぬ杭ではなく、敵を前にした時の、貴殿の技を見たい」

「いや、しかし、それは……」

 色々とまずいのでは、と思いかけて、それが杞憂だと気付いた。なにせ、俺はさっきのシュタールさんの動きを捉えられなかった。この人は強いのだ。多分、俺よりも。

 それを分かった上で見せてみろと、シュタールさんは言っているに違いない。

「分かりました。胸をお借りします」

「遠慮は無用。全力で来るがいい」

 日記と遺骨を片付けて、拳を構える。先手を取られたらまずいと思い、こちらから攻めることにした。




 ……ちくしょう! 強いことは予想できてたけど! この人ラーサーさんの同類レベルじゃねーかっ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ