第174話:王都の神殿
お待たせしました。
あの後、列に戻されることなく、そのまま町に入るようにと指示された。並んでる人達がクインに意識を向けて、流れが滞るから、らしい。自分達の管轄外へ行ってほしいだけな気もする。人の目は町の中の方が多いわけだし。
並んでる人達には申し訳ないと思いつつ、町の中に入ると、やはりクインのせいか注目を集めた。幻獣だって知らなくても、大型の狼な上に毛がエメラルド色なわけだから、目立って当たり前だ。
恐怖ではなく、驚きと興味が混じったような視線にさらされて、彼女も居心地が悪そうだったので、早足で目的の場所へと向かう。
さて、王都だけあって人は多い。賑やかではあるけど、活気があると感じたドラードとはまた違う雰囲気だ。騒々しい、と言った方が近いかもしれない。場所によってはこれも変わってくるんだろうけど。
ともかく周囲の注目は無視して、最初の目的地に向かうことを優先する。まずは腕を治さねば。
「でかいなぁ」
それが、王都の神殿を見て口から漏れた言葉だ。造り自体はドラードのものと似ている。ただ、明らかに建物の高さも豪華さもドラードより上だ。建物自体が壁に囲まれてもいる。ここにイェーガー大司祭や他の町の聖職者達が集まっているのか。
クインと一緒に門へと歩くと、その両脇に立っていた武装した男達が身構えるのが分かった。メイスに盾。着込んだ僧服の下から音がしたので、チェインメイルも身に着けているようだ。視線は俺ではなく、クインに向いている。
誰何をされる前に立ち止まり、頭を下げた。
「異邦人のフィストと言います。こちらに来ている、ドラードのイェーガー大司祭と面会したいのですが、お取り次ぎをお願いできませんか?」
合わせて【空間収納】から手紙を取り出す。
「ドラードの神殿で書いてもらった、イェーガー大司祭宛の手紙です」
「急を要する事態でない限り、今すぐに、というわけにはまいりません。それでもよろしいですか?」
「私的な要件ですので待ちます。今日のことにならないのであれば日を改めますが」
「そうですね……もう少ししたら休憩の時間となります。それまでお待ちいただけますか?」
「分かりました。それでは神殿内で待たせていただきます」
手紙を神官戦士さんに渡して、隣のクインを見ながら聞く。
「こいつも一緒で構いませんか?」
「……問題を起こさないのであれば」
顔を見合わせた神官戦士さん達はクインの様子を見て、少しの間ぼそぼそと言葉を交わした後で、そう答えた。
頭を下げ、クインを連れて門を通過する。
敷地内では神殿関係者らしい人や神官さん達があちこちで動いている。広い分、やることも多いんだろうか。参拝者の数もドラードより多い。巡礼者と思われる旅装の人もちらほらと。
視線を無視してそのまま進み、神殿内へと足を踏み入れる。雰囲気はドラードの神殿と一緒だ。いや、あちらよりも広くて装飾が増しているか。
他の参拝者の邪魔にならないように、隅にある長椅子に腰掛ける。その陰に隠れるようにクインも伏せた。
神殿内を見てみると、神像の数も、神像が安置されていない台座の数も、ドラードと同じ。ただ、こちらの神像のほうが、ドラードのものよりも大きいようだ。神殿の規模に合わせているんだろうか。
さて、もう少ししたら休憩だと言ってたけど、それまでどうするか。掲示板でも見て暇を潰すかね。
「フィスト殿」
と思っていたら、聞き覚えのある声が俺を呼んだ。顔を上げると、少し離れた所にイェーガー大司祭の姿がある。一緒にいる似たような恰好の男女は他の町の大司祭だろう。側にいる、彼らに比べて簡素な装いの人達は従者の神官か。1人はドラードの神殿で見たことがある。
「ご無沙汰しております。お忙しいところに押しかけてしまって申し訳ありません」
近づいてきた大司祭に、席を立って頭を下げる。予定より早いお出ましのようだ。休憩時間が早まったのかもしれない。
「いえ、頼っていただけるのは嬉しいことです。しかし、前と同じ要件で顔を合わせることになるとは。今度もタコですか?」
「いえ、今回は、自分で切断しました」
正直に答えると、イェーガー大司祭が目を見開いた。
「一体、何故、そんなことを?」
「先日、ドラード沖でシーサーペントと交戦したのですが、とどめを刺した際に、そいつの頭の中から小型のゴーレムのような物が這い出してきまして」
シーサーペントの討伐については、今日、【漁協】からエド様の所に報告するようになっているから、イェーガー大司祭には初耳だろう。
「右腕に組みつかれた時に嫌な予感がしたので、斬り落として離脱したのですが、その後にそれが大爆発を起こしまして。お陰で今回も、繋げるべき腕を失ってしまいました」
「……シーサーペントを仕留めた、というのも驚きですが、そこに自爆するゴーレムまで加わるのですか。フィスト殿の周りは波乱に満ちておりますな」
呆れるような、同情するような視線をイェーガー大司祭が向けてくる。俺だって騒ぎに巻き込まれたいわけじゃない。俺はただ、未知の味を追いかけたいだけなんだ。美味ければなおよし。
「ともかく、治療をしなくては。ここの治療室を使わせてもらうように手配してあります」
「助かります。クインは……ここで待つか?」
問うと、相棒は伏せたままで尻尾を左右に振った。残る、んだろうな。神殿内なら不埒な奴もいないだろうし大丈夫か。
クインを残し、イェーガー大司祭の案内で治療室へと向かう。
「ありがとうございました」
イェーガー大司祭に礼を言う。前回より欠損部分が多かったので余計に時間は掛かったけども、無事、元通りに生えてきた。
「今回は拘束なしで耐えてしまいましたな」
「前回の経験がありましたので」
欠損再生の苦痛は体験済みで、問題ないと判断したので、今回は椅子に座ったままで再生してもらった。拘束されるのはやっぱり抵抗があるのだ。
「そういえば、前回も全く暴れることがありませんでしたな」
「まあ、異邦人は総じて痛みへの耐性がありますので」
自分が特別なわけではないということをアピールしておく。主に、欠損再生の見学に来ていた神官さん達へ向けて。多分、今までに欠損再生の場面を見たことがあるんだろう。俺があまりにも平然としているものだから、反応が、ちょっと、ね……
「それでは、お世話になりました」
「フィスト殿はドラードにすぐ戻られるので?」
席を立って礼を言うと、イェーガー大司祭が聞いてくる。
「いえ、用事があるのでしばらくの間、滞在します」
「そうですか。フィスト殿に神々のご加護がありますように」
「ありがとうございます」
再度礼を言い、治療室を出ようとしたところで、ドアが開いて神官さんが駆け込んできた。
「失礼します。異邦人のフィスト殿に、お願いしたいことがあるのですが。少しでいいのでお時間をいただけないでしょうか?」
「ええ、構いませんが」
慌てた様子の神官さんにそう答えると、安心したように息を吐き、イェーガー大司祭へと向き直る。
「イェーガー大司祭もお越しください」
「何があったのです?」
「邪神の信奉者と思しき者についての情報が」
室内に緊張が走るのが分かった。ファンタジーの定番とはいえ、やっぱりいるのか邪神。
「どうしてそこにフィスト殿の同席の必要が?」
「説明は道すがら」
どうやら急いでいるらしい。でも、本当に何で俺に話が? 邪神との関わりなんて一切ないはずなんだけど。心当たりがあるとすればベルクフェルトの唯一神くらいか。あれは、神殿関係者から見れば邪神扱いされても不思議じゃないし。
ともあれ、神官さんの先導で移動を開始する。
「本日、神殿に、信徒の1人がやって来まして。邪神の信奉者と思われる者と接触したと」
「どうして、邪神の信奉者だと?」
普通、ああいう連中は隠れて活動するものだろう。神々への信仰が現実よりも厚いであろうGAO内なら尚更だ。接触するにしても相応のリスクがあるだろうし。
「神像の製作を依頼されたとのことなのですが、それが明らかに異形の神であったと」
「なるほど。ですが、どうしてそこで私に?」
「それが……その依頼者というのが、異邦人なのです」
ん? 異邦人が邪神像の製作依頼?
「あー、つまり……その邪神が何であるのかを知りたい、ということでしょうか?」
「はい。既知の神ではなく、どのような神かも分からず、どう対処したものかと」
うーむ。多分、そう深刻な話じゃないと思うけど、GAO内の神殿関係者には看過できない問題なんだろうな。
「分かりました。お役に立てるかどうかは分かりませんが」
「よろしくお願いいたします」
程なくして、一室へと案内される。部屋に入ると、先程イェーガー大司祭と一緒にいた大司祭らしき人達がいた。そして、彼らよりも位の高そうな格好の老人の姿もある。あとは普通の格好をした30過ぎくらいに見える男性が緊張した顔で椅子に座っていた。
「よく来てくださった、異邦人フィスト殿。司教を務めているアンドレアス・シュトラウスだ」
「異邦人のフィストと申します。シュトラウス司教」
「早速で悪いのだが、話を聞いてもらえるだろか?」
「はい。異邦人が邪神像の製作依頼をしてきた、と聞いていますが、それで間違いないでしょうか?」
確認の意味で問うと、シュトラウス司教が重々しく頷く。
「現時点では、異邦人が崇める神であろう、ということしか分からぬ。別世界の神々の情報に触れる機会などないものでな。そこに偶然、異邦人であるあなたが神殿を訪ねていた。これも神々のお導きだろう」
単なる偶然だろうけどね。いいタイミングだったことは否定しないけど。俺がいなけりゃ、適当なプレイヤーを捕まえて尋ねていただろう。
「私の知る神であればいいのですが」
司教達はそれを邪神だと断じているようだ。つまり、それだけ異質な神なのだろう。見た目だけでそう判断できる神、となると何だろうか。
「そもそも、それが神であるというのは間違いないのですか?」
「は、はい……それは私が、直接確かめました」
答えたのは、1人だけいた普通の格好の人。この人が神像の依頼を受けた人か。
「これは何の像だと聞いたところ、神様の像だ、と」
「なるほど」
「こ、これが、依頼を受けた像の内容です」
恐る恐る、手にしていた紙を差し出してくる男性。それを受け取り、内容を確認する。
そこには神像の絵があり、細かい注釈が入っていた。
まず、それは女神のようだった。
腕が4本あった。
額に第三の目があった。
肌の色は青色だった。
首に、生首のネックレスを提げていた。
腰には腕がたくさんぶら下がっていた。
「あぁ……これじゃ、邪神と思われても仕方ないか」
カーリーだろこれ、インド神話の。