表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
184/227

第172話:饗宴其の二

お待たせしました。

 

 砂浜は大いに賑わっている。大物を仕留めたということで大宴会の最中だ。

 今回は森エルフ達の時と違い、村自体に被害はない。能力に制限を受けてなくて、役割分担等もしっかりしていたので、負傷者達も少なく、簡単な治療で完全回復していた。

 ついでに言うと、プレイヤーも重傷者は出たけど死に戻りはゼロだ。

 そんなわけで皆は宴会の準備に全力で取り組み、あっという間に場が整った。

 砂浜には氷が敷かれ、その上に今回の獲物であるシーサーペントの頭が引き上げられている。

 その後ろ、胴体部分は、海エルフ達が周囲の海を凍らせて保存していた。これだけの大物は、村の氷室には絶対に入りきらないので、鮮度確保のためにこうなった。数日は溶けることもないだろう。本格的な解体は明日以降だ。

 意識を目の前に戻すと、以前ミズダコを仕留めた時と同じように様々な料理が並んでいる。海の幸の比率が高いのは変わらずだが、今回は揚げ物が増えている気がする。油の量産がうまくいったんだろう。

 それに手製と思しきソースもあって、彼らの揚げ物に懸ける情熱の強さがうかがえた。揚げ物とソースはすっかり海エルフ達に定着したようだ。うむ、何の問題もないな。

 何度目かの乾杯の音頭が聞こえる。【漁協】の連中だ。目的のシーサーペントを仕留めることができてかなりごきげんな様子。酒の消費も順調で、既にできあがってる奴もちらほらと。

 海エルフ達も気分良く飲み、食べていて、次第に肌色率が上がっていた。つまり通常運転ってことだ。

 そんな中でカーラが筋肉達に囲まれている。シーサーペント戦で魔術師としてかなりの貢献をしていたのを皆に称えられていた。大人はもちろんだが、カーラと外見年齢が近い海エルフの子供達は魔術そのものにも関心があるようで、色々と質問している。

 ただ、肌色多めな彼ら彼女らに包囲されているカーラは混乱の極みで。さっき酒を間違って飲んでいたので色々とまずいかもしれない。ちなみにロードスは我関せずで果物や木の実をかじっていた。

 そんな騒ぎの中で、さっきから鬱陶しいメールの着信音をオフにして、俺は手の中にある物を見る。

 海エルフ達が俺の右腕を捜索してくれた時に一緒に見つかった物の1つで、アレの「部品」だ。しかも魔銀製。つまりアレは生物ではなく、無機物だったわけだ。

 回収できた部品については、ニトロから問い合わせのチャットが来たので、【魔導研】に引き渡す約束をしている。これで何が判明するかは分からないが、専門外なので丸投げだ。

 ちなみに右腕は木っ端微塵で、再生に必要なだけの部位は今回も揃わなかった。ガントレットも、修理じゃなく最初から作り直しのレベルで粉々だ。でも、決断を誤っていたら身体が爆散してたわけだから、これだけで済んで良かったと言うべきだろう。

 海賊とシーサーペントが片付いたと思ったら、こんな正体不明が潜んでることが判明するなんて、ドラードの海が平和になるのはいつになるやら。今回の件は【漁協】経由でドラードに報告してもらうつもりでいる。エド様達も、しばらくは忙しくなるんだろうなぁ。

 心の中で若き領主に合掌すると、歓声が聞こえた。

 そちらを見ると、海エルフの女性陣が木皿を持ってやって来たところだった。つまり、今日のメインである、シーサーペントの料理ができたということだ。

「フィスト、できたぞ」

 その中にいたウルスラがこちらへと近づいてくると、俺の右側を陣取っていたクインが立ち上がった。以前のように右側のフォローをしてくれていたクインだが、今回は彼女に責められることはなかった。あれは自分でやったわけだし、そうしないとやばかったのは、あの爆発を見れば明らかだし。呆れた目を向けられはしたけど。

 クインと入れ替わるようにウルスラが俺の右側に腰掛け、木の大皿を置く。

「さあ、遠慮なく食べてくれ。お前がとどめを刺した獲物なのだからな」

「ああ、いただくよ」

 いくつかの料理が並んでいるが、全て一口サイズに切ってある。片腕でも食べられるようにしてくれたんだろう。

「ちなみに、どれがおすすめだ?」

「どれもだ。シーサーペントは美味いぞ」

 自信ありげにウルスラが答えた。迷っても仕方ない。まずはシンプルな塩焼きからいってみるか。

 シーサーペントの肉は白身だが、以前カミラの所で食べた川ウツボとは違う。あれはウナギめいた感じで、こっちは白身魚を焼いたものに近いだろうか。もっと肉肉しくなると思っていたから意外だった。

 一切れをフォークで目の前まで持ち上げた。普通の白身魚を焼いた数倍くらい濃い香りが漂っている。

「んおっ」

 それを口に入れて噛むと、しっかりした歯ごたえが返ってきた。そして濃厚な、焼き魚の味。焼いた鯛をこれでもかと凝縮したらこんな味になるだろうか。それでいて食感は厚めの焼肉のそれ。

 味と食感の組み合わせに違和感があるけど、現実で食べられない味だな。すなわち、俺がGAOに求めているものだ。

「うん、美味い」

 思わず呟くと、どっと周囲が沸いて動き始めた。俺が食べるまで手を着けずに待っていたらしい。まったく律儀なことだ。

「早々に料理を振る舞ってくれてありがとな」

 続けて塩焼きを食べながら礼を言う。シーサーペントとの本戦前に約束したことを、さっそくウルスラは実行してくれたのだ。

「まさか、これが詫びの料理だと思ってはいないだろうな?」

 しかしウルスラは眉をひそめてそう言った。

「これは皆で作った物だ。フィストと約束した、私だけで作ったお前のためだけの品、ではない」

「……もう、これでいいんだけどな」

「何を言う。今日のところは皆で作る宴会用の料理だ。お前への詫びの一品は、次の機会だな」

 期待しているがいい、とウルスラが笑う。ちっ、誤魔化されないか。何か、料理の貸しがどんどん増えていく。エルカ達からの礼の料理の消化もまだ1つも片付いてないってのに。

 まあ、そのうちでいいか、そのうちで。未来の俺に丸投げだ。

 それより料理だ。次はカルパッチョをいってみるか。

 シーサーペントの生肉に、ソースが掛かっている。ソースはオリーブオイルにレモン、それに刻んだ香草がいくつか。これだけ見たら鯛やフグの魚系のカルパッチョに見えるな。

 どれどれ、と。

「……とびきりの鯛だな」

 焼いたやつ同様、鯛の味を濃くした感じだ。なるほど、シーサーペントは鯛の進化先だった?

 歯ごたえは鯛よりもフグよりも強い。甘みはこの間食べたフグのほうが上だけど、旨みはこっちが上だな。それに負けないようにか、ソースの味も濃いめにされている。いいじゃないか。焼いたやつのほうがインパクトは強かったけど、これも美味いな。

「うん、やはり美味い」

 ウルスラがシーサーペントを口に運び、顔を綻ばせている。クインも尻尾を振りつつシーサーペントを食べていた。相棒はやはり、食感が肉っぽいのがお好みのようだ。

「よぉ、フィスト。ちょっといいか?」

 次々と料理を片付けているとビントロがやって来た。酒が入っているのか顔が赤みがかっているが、表情は真剣だ。

「どうした?」

「実は、シーサーペント戦の動画が公式でアップされててな」

「あー、それでか」

 料理の向こう側に座る彼の言葉で思い当たるものがあった。さっきからひっきりなしに届くメールの原因はそれか。

 いくつか読んでみたが、その全てが海エルフ関連の問い合わせだった。しかも異常なことに、メールの送り主の数とメールの総数がかけ離れている。同じ奴が何度もメールしてきてるわけだ。

「ひょっとして、お前らもか?」

「ああ、海エルフの衆の居場所を教えろってのばかりだ。俺だけじゃなくて、所属してるのを知られてる組合員に片っ端だな。あとカーラの嬢ちゃんも巻き込まれてる」

 森エルフの時も似たようなことがあったけど、ここまでじゃなかったぞ? それだけ情報が欲しいってことなのかもしれんが、やりすぎだろう。

「元々、居場所については口外しないでくれって言われてるわけだし、教えるわけにもいかないだろ」

「おう。だから無視してるよ。着信音はオフにしたが、止まる様子がないのがな」

 顔をしかめつつ、ビントロが手にした酒入れを差し出してきたので、ゴブレットに注いでもらう。

「まあ、それはイヴァールさんと話を詰めて、俺が対処する。ビントロ達はメールを片っ端からブロック……いや」

 ゴブレットからは覚えがある香りがした。以前ここで飲んだ剣葉樹の酒だ。ちびりと一舐めして、話を続ける。

「あとで集計するからそのままにしといてくれ。亜人総合スレに迷惑行為として総件数をアップするから」

 一部の跳ねっ返りがいるといっても、あそこの住人は基本的に、亜人とコミュニケーションを取りたい連中の集まりだ。つまり、亜人に嫌われるようなことは避けるはず。

 こっちには森エルフの時に情報提供をした実績もある。俺の名を出して海エルフ達の総意だということで忠告しておけば、それなりに自浄作用も働くだろう。駄目だったら運営に通報してもいいし。

「分かった、悪いが任せる。ああ、それから。取り分の件だが、本当にあれでいいのか?」

「ああ、構わんよ」

 ビントロの持ってきた酒入れを受け取り、彼のゴブレットに注いでやりながら頷く。

 仕留めたシーサーペントをどう分配するかの件だ。全体的な割り振りは、俺達プレイヤーと海エルフ達で4対6となっている。これは討伐に参加した海エルフ達の方が多く、長く戦っていたからだ。3対7でもいいくらいだったのに、一撃の威力等、貢献の度合いを海エルフ達が加味したことでそうなった。

 で、俺達はそこから等分でいいだろうということになったんだが。ジョニーを含む【漁協】側としては、牙とか鱗とかの素材で装備の充実を図りたい。俺はシーサーペントを食いたい。カーラは特にこだわりがない、と希望がバラバラだった。

 そんなわけで、今回は欲しい物が偏った上に、シーサーペントがかなり大きかったから、牙も鱗も単価が高く見込まれて、結果として取り分に金銭的価値で結構な開きができたわけだ。

 ビントロはそれを申し訳ないと思ってるようだが、俺も海中用の装備を充実させるつもりはないし、シザー達への土産分だけ確保できれば牙や鱗、皮は必要がない。結局は欲しい物を欲しいだけもらえてるんだからそれでいい、ということになったわけだ。

 ちなみにカーラは、取り分の牙を【漁協】に売り、肉の一部を俺が今までに入手していた果物なんかと交換した。鱗と皮は、今後使うこともあるかもしれないと取っておくことにしたようだ。

 結局俺は、牙と鱗、皮を少し、それから肉の色々な部位を得ることになった。文句なんてあるわけがない。

「その代わり、海の珍しい獲物が手に入ったら、食いたいから売ってくれ」

「分かった、それに大物狙いの時は呼んでやるよ」

 ゴブレットの中身を一気に飲み干し、しっかりした足取りでビントロが立ち上がった時だった。

 宴会場の一角が盛り上がる。何だと視線を向けると、【漁協】の連中と海エルフの青年達が、ポージングを披露していた。えーと、何だっけあれ、サイドチェストだっけ?

 まさか【漁協】の中にビルダーが生息していようとは。イイ笑顔を浮かべ、次々とポーズを変えていくのを見て、海エルフ達が陽気に笑っている。多分意味は分かってないんだろうけど。まさか、これまで海エルフ達に取り入れられたりしないだろうな?

「タイショー! タイショーもやりましょうよー!」

「よーし任せろー!」

 【漁協】の呼び掛けに、ノリノリで服を脱ぎながらビントロが戻っていく。

「フィストは行かないのか?」

「あれに混じるのはちょっと」

 何かを期待するようなウルスラの問いを、すっぱりと斬り捨てる。今は片腕だしなぁ。いや、両腕あってもやらんけど。

 人数の増えたビルダー達から視線を外し、シーサーペントの塩焼きを摘まみ上げて口へと放り込む。

 酒が美味くてメシが美味くて皆が笑顔で。うむ、平和で大変結構。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ