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第171話:シーサーペント4

 

 海エルフ達の一斉射撃は確実にシーサーペントを傷つけはしたが、効果は微妙だ。槍はともかく、矢の効果が薄い。獲物の身体が大きすぎて、鱗を抜いてもダメージ自体が小さい。

 結果、弓手は逃走防止組や海面凍結組のフォローに回り、残りが直接攻撃することとなった。

 攻撃と言っても、シーサーペントを浜へと追いやるための牽制が主だ。確実に仕留めるため、下準備を念入りに重ねていく。

 シーサーペントは何度も入江から出ようとするが、その度に海エルフ達の津波で押し戻され、あるいはカーラの雷撃を鼻先に食らい、またはクインの【暴風の咆哮】で追い返される。

 そうしている間に氷の領域は増えていき、シーサーペントが渦潮まで戻るには、氷の上を這いずって越えなければならない程には広がっていた。さすがエルフ、精霊の扱いに長けている。

 もっとも、彼らであっても負担は大きく、俺が預けたMPポーションを飲みながらの作業だ。シーサーペントを逃がさないための大切な役割なので、全部飲みきってもいいから頑張ってもらいたい。

『30秒後に船が入江に入る!』

 風精が運んだ声が耳に届く。ようやく【漁協】のおでましだ。しっかしあの渦潮を船で越えるのか? 多分、海エルフ達が海流操作でフォローするんだろうけど、あのサイズの船だと入江に入ってすぐに座礁するんじゃ?

 そんなことを考えながらシーサーペントを殴っているうちに、【漁協】の帆船が2隻、入江に入ってきた。

 外海から入江に入るには2つのルートがあるが、それぞれから1隻ずつの進入だ。それらは進入してくると大きく舵を切って、横っ腹を見せるようにして浅瀬に乗り上げ、停まった。あれ、海に戻れるんだろうか?

 砲門は既に開いていて、よく見るとバリスタが奥に見えた。そしてそこから一斉に矢や弾が放たれる。砲門からだけではなく、甲板からも射撃が行われたようで色々と飛んできた。

「離れろーっ!」

 トビアスの号令で、俺達はシーサーペントから離れた。数秒後、船からの射撃がシーサーペントに届くが、命中率は悪く、ほとんどは海に落ちて終わる。しかし命中した矢は深々と突き刺さり、シーサーペントに悲鳴をあげさせた。

「トビアス! このままシーサーペントを氷でこの場に固定できないか!?」

「無理だな! 動きを封じる程の厚さにするまでに、シーサーペントが砕いてしまうだろう!」

 完全に動けなくしてしまえば、船からの射撃で仕留められると思ったのに。そこまで都合よくはいかないか。もっと広い範囲から包囲を狭めていく必要がありそうだ。

「なーに、ここまでやったんだ。俺達で直接仕留めればいいさ!」

 言いつつジョニーがサーフボードに乗って突っ込んでいく。

 船のほうを見てみれば、【漁協】の連中が甲板から飛び降りているのが見えた。【水上歩行】で海面に着水する奴もいれば、海に飛び込んでから氷床に這い上がる奴もいる。氷の上では危なげなく走ってこっちに近づいて――あ、誰か滑って転んだ。

「待たせたな海エルフの衆っ!」

 先頭を走るビントロが、大声で叫んだ。その手には……魚、だと?

「ふはははは! 俺のビンチョウを食らえっ!」

 尻尾の付け根部分を握り、ビントロが魚――マグロめいた何かをシーサーペントに叩きつけた。重く鈍い音が響き、シーサーペントが絶叫と共に身をよじる。あれ、マグロの形をした鉄塊かよ!

 続けて【漁協】の面々が、駆けつけざまに攻撃を繰り出していく。サンマ型の小剣が鱗を削り、マンボウソードが叩きつけられ、トライデントが鱗を貫き、カジキマグロの頭の形をした突撃槍が螺旋を描いて身を抉り取る。あー……遊び心満載だな【漁協】。しかもそれで効いてるのが何とも。

 しかしシーサーペントもしぶとい。あの巨体が左右にのたうつだけで脅威だ。現に何人かの【漁協】メンバーが吹き飛ばされ、氷の上を滑っていった。

 そんな状況でも【漁協】の連中は臆さずに攻撃を加える。泳ぐと言うよりは跳ねるようにシーサーペントが暴れ、また何人かのプレイヤーが吹き飛ばされた。

 そしてシーサーペントが暴れることによって氷床が砕かれ、凶器となって向かってくる。

 破片を食らって負傷した海エルフが、無事な者に回収されていく。割れた氷に飲まれたプレイヤーがそのまま海に落ちた。動きを封じるための枷がこちらに牙を剥くとは誤算だった。顔へと飛んできた氷塊を拳で叩き落としながら、思わず舌打ちしてしまう。

 それでも、海エルフ達はそれすら利用して見せた。向かってくる氷を風や波で受け止め、そのままシーサーペントにぶつけ返すという荒技だ。その大半は効果があるようには見えなかったが、それなりの大きさの氷塊はダメージになっているようだ。

 そして、反撃の間も氷の領域が広がっていく。海エルフ達の大半が、攻撃を俺達に任せて、入江を凍らせることに専念し始めていた。ここまで凍れば、シーサーペントは逃げられまい。

 海エルフ達の攻撃の邪魔にならないように注意しながら、タイミングを見極めつつ俺も拳を振るう。攻撃の頻度が落ちるのは仕方がない。当たれば簡単に吹き飛ぶし、潰される。そんな相手なのだ。

「弱ってきたぞ! 畳み掛けろっ!」

「誰か! 目ぇ狙え、目!」

「無理だ! あんだけ暴れてちゃ当たらねぇよ!」

「ああっ! 俺のカジキランスがっ!?」

 カジキの頭の形をした槍が、シーサーペントの背中に刺さったままになっているのが見えた。戦闘中なのに何だか気が抜ける光景だなおい。

「組合長! ビンナガでカジキを打ち込んでくださいよ!」

「馬鹿言うなっ! 背中に登れるわけねぇだろっ!?」

 結構深く刺さっているので、あれを更に押し込むことができれば大きなダメージが期待できる。が、暴れのたうつシーサーペントの背中に登るのは無理だし、得物を使って槍を打ち込むのは更に難易度が高い。シーサーペントが動かないなら、俺で何とかなりそうなんだが。

「それじゃあ私がっ!」

 迂闊に動けずにいた【漁協】の連中へと、空から声が降ってきた。

 見上げるとそこにいたのはカーラだ。シーサーペントへと向けられた杖の先に魔力の光が宿り、詠唱に伴って放電を始める。

 そして呪文が完成すると、稲妻が轟き、カジキへと直撃した。瞬間、絶叫と言ってもいい程の鳴き声が響き渡る。放たれた雷撃が、槍を介して鱗の奥へと深く撃ち込まれたようだ。やっぱり海の大物を仕留めるには電気が有効なのか。マグロ漁とかでも使うらしいし。

「チャンスっ!」

 ジョニーが水の道を展開した。動きが鈍ったシーサーペントの頭上まで道を延ばし、そこをサーフボードで疾走する。

 そしてボードから飛び降りた。手にはカラストンビの銛がある。

「これで仕留めてやらあぁぁぁっ!」

 落下の勢いを乗せ、【強化魔力撃】まで込めた一撃が、シーサーペントの頭部に突き刺さる。

 仕留めた、そう思った。この場にいた誰もが、今のがとどめになったと思っただろう。それ程の一撃に見えた。銛を突き立てたジョニーだってそうだろう。確かな手応えは感じていたはずだ。

 なのに、シーサーペントは健在。頭を大きく持ち上げた。何でだ!? 今の一撃なら銛が脳まで届いてるだろ!?

 シーサーペントが首を大きく左右に振る。その動きはジョニーを振り落とすかのようで、耐えきれなかったジョニーが銛から手を離し、空へと投げ出された。その下は氷床。体勢が悪い! あのままだと頭から落ちる!

「ジョニーさんっ!」

 そこへ魔法少女が飛び込んで、ジョニーの落下を阻んだ。

「た、助かったっ! サンキュー!」

「ごめんなさいなるべく早く降りてくださいっ! 重い~っ!」

「ぬおお怖い怖い! もっとゆっくり飛んでくれっ!」

 足を掴まれ逆さになったままジョニーが悲鳴をあげているが、無事なら何より。

 それよりもシーサーペントだ。動きは確実に鈍った。それどころか反応も鈍い。皆の攻撃を受けても反応が薄くなっている。よく分からないが、今が好機だろう。

 シーサーペントに向かって走る。滑りやすい氷の上も、【壁歩き】を使えば普段と変わらない踏み込みができた。割れて不安定になっている氷床も抜け、まだ凍っていない海を走り、跳躍。シーサーペントの身体に着地し、【壁歩き】を使ったままでその背中を駆けて頭の上へと向かう。

 シーサーペントに反応はない。気にはなるが今は行動する時だ。背を蹴って跳び、【強化魔力撃】を重ね掛けして右足を振り上げる。それを踵落としで頭に刺さった銛の柄尻へとぶち込んだ。

 銛は更に深くシーサーペントの頭に打ち込まれた。硬い感触はない。やっぱりジョニーの一撃で、頭蓋骨自体は貫いていたっぽい。それでも動くとか、どれだけの生命力なんだこいつ?

「うおっ!?」

 鈍っていたシーサーペントが、急に元気を取り戻した。刺さっている銛を掴んで踏ん張る。ここまで深く刺さった銛はそう簡単に抜けないだろうし、【壁歩き】も使って身体を固定している。簡単に投げ出されるものじゃない。

 そして、そろそろ大人しくなってもらおう。ヒントは既に得ている。お前、こいつがよく効くんだろう?

「脳の奥までっ! 痺れろおぉぉっ!」

 握った銛に流し込むように【魔力制御】で魔力を放出。そして、それを【魔力変換】で雷撃へと変換した。

 びくん、と大きく足元が震えた。さっきまでの暴れぶりが嘘のように大人しくなり、頭が下がっていく。

 派手な音と飛沫を立てて頭が海に落ちても、シーサーペントは動かなかった。

 迂闊に呟くとフラグを立てそうなので、そのままで様子を見る。シーサーペントは動かない。

 海エルフや【漁協】の連中も、武器を構えたままで警戒を崩さない。5秒、10秒と時間が過ぎる。足元の巨体は動かないままだ。

「ん?」

 仕留めきったか、と思った時だった。手にした銛に妙な振動が生じた。足元からは何も感じない。何だと視線を銛に向けてみれば、銛の刺さった部分を広げて這い出してくるものに気づいた。

 正体を確認する間もなく、それが跳び掛かってくる。咄嗟に右腕でガードすると、がっちりと組み付かれた。

 そいつは、エビやカニを彷彿とさせる殻と複数の足を持っていた。尻尾も生えている。古いSFで似たような物を見たことある。いきなり顔に貼り付いてくる宇宙生物のアレだ。

 ともかくそんな不気味な物が、俺の右腕にしがみついていた。【魔力撃】を込めた左拳を叩きつけても効果がない。こいつ、どんだけ固いんだ? 待て、この硬さは以前どこかで?

 それを思い出す前に、別の疑問が生じる。こいつ、何でこれ以上の動きを見せない? 俺へ攻撃を仕掛けてきたのはいいとして、腕にしがみついて離れないだけってのはどういうことだ? ご丁寧に尻尾まで絡みつけておいて。

 何でそこから先のアクションがない? 腕を囓るなり毒針を打ち込むなり、ここから顔まで這い上がってくるなり、何かしらの行動をとらないのか?

 それともこの状態こそが、こいつの望んだ結果? じゃあそれは何のためだ? しがみつき、引き剥がされないことでこいつは何を得る? これで終わりじゃないだろう? だったら次の行動は――!?

 冷たいものが身体を駆け抜けた。こいつの目的に思い当たったのだ。しがみつくのはあくまで目的を達成するための手段。引き剥がされないことで、それは最大の効果を得る。

 まさか、と思う。しかし、とも思う。杞憂であってくれればいい。でも、違ったら?

 迷っている時間はあるか? もし、予想したとおりの結末が待っているなら、まずいことになる。

 躊躇する。さすがにきついというか、ここまでやる意味はあるだろうか、と。いや、最悪を想定するならば、ここは動かねば。

 意を決し、左手の指を揃える。【手刀】を起動し、【強化魔力撃】を重ね、振り上げた左手を振り下ろす。

 俺の右腕――肘の上のあたりに。

 一撃で断ち斬られた右腕が宙を舞った。でもこれで終わりじゃない。痛みをこらえて右足に【強化魔力撃】を起動し、その右腕を思いきり蹴り飛ばす。

 打ち上げられた右腕は放物線を描いて飛んでいく。そして勢いを失い、落下し始めたところで。

 大爆発を起こした。


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[一言] しがみついて自爆とかトリックスターですね。
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