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第170話:シーサーペント3

お待たせしました。

 

 ひたすらに海面を駆けた。足下や横手から時折襲いかかってくるシーサーペントを何度避けただろう。

 海面に奴が出ると、上空からカーラの魔術攻撃が飛び、俺達も余裕があれば攻撃を仕掛けるが、与えるダメージは大きくなく、シーサーペントに諦める様子は見られない。

 結局、シーサーペントに狙われる条件は読み切ることができず、場当たり的に回避しながら島へと向かっていた。

「もう少しだ! もう少しで着く!」

 俺達を鼓舞するようにトビアスが叫んだ。海エルフの村がある島は、すぐそこと言える位置にある。もっとも、そのまま島に上陸するわけにはいかない。ここから渦潮を抜けて、湾内まで奴を誘導しなければならない。

「クイン、お前は先に上陸して、他の海エルフ達と合流していてくれ」

 隣を駆ける相棒に、そう指示を出した。シーサーペントとクインの相性は悪い。噛みつけず、【暴風の咆哮】も効いているように見えず、爪も鱗を傷つけることしかできていなかった。

 囮としては申し分ない動きができるけど、どうもシーサーペントからの優先度は低いようなのだ。彼女が狙われた回数は、片手で余るほどでしかない。

 一瞬だけ嫌そうな顔をして、それでもクインは速度を上げて島へと走った。シーサーペントが彼女を狙う様子はない。

 それはそれとして、よくここまで辿り着けたものだと思う。俺は奴の攻撃を察知できないままだったし、トビアス達やジョニーだって、いつまでも海流を操作し続けられるわけじゃない。

 それでも力を合わせ、何とか逃げ延びてきた。あと少し、あと少しだ。

「フィスト! 正面!」

 トビアスの警告と同時、シーサーペントが飛び出してきた。ドラゴンを彷彿とさせる頭部が大口を開けて真っ直ぐ突き進んでくる。

 タイミングを合わせて海面を蹴って跳躍。頭部を飛び越えるようにしながら背中に着地し、【強化魔力撃】を併用した【手刀】を突き入れる。掌サイズの鱗を裂き、皮を破りはしたものの、深く突き込むには至らない。潜水する前に背中を蹴って離脱し、島へと向かう。

【強化魔力撃】の威力をもう少し上げればいいんだろうけど、ウエストポーチ内のMPポーションの残りを考えると、大盤振る舞いできないのが現状だ。【水上歩行】をしなくて済むようになれば余裕が出るんだが。

 ともかく今は我慢の時。無理せず焦らず果たすべきことを果たさねば。

 シーサーペントの追撃を躱し続けていると、ようやく渦潮が見えてきた。

「フィスト!」

 寄ってきたジョニーが、立てた親指を自身の後ろへと向ける。サーフボードに乗れ、ということだろうか。

「ジョニーはどうやってあれを越えるつもりだ?」

「道を伸ばす。フィストはあれを跳び越えるのは無理だろ?」

「だな」

 風精の力を借りて行う空中跳躍は、タイミングが意外とシビアだ。連続で行使するほど難しく、たまに風を踏み損ねることもある。ここで渦潮に落ちて洗濯物の気分を味わいたくないので、その危険は避けたい。

 ただ、俺を乗せたら間違いなく、ジョニーの速度が落ちる。それはシーサーペントに捕捉される可能性が上がるということだ。これはトビアス達のボードに乗っても変わらない。

 カーラに運んでもらうのも無理だろう。【浮遊】なしにそれを頼むと、彼女は俺を自前の筋力だけで支えないといけなくなる。それに彼女には、トビアス達が危ない時にシーサーペントを牽制する役目があった。

「ジョニーはそのまま進んでくれ。俺はその後ろを走る」

 彼の作る水の道の持続時間を考えるに、張りつくように追従すれば問題ないだろう。

「いや、フィストとジョニーは上陸して、村長達と合流して指示に従ってくれ」

 しかしトビアスが別案を投げてきた。

「渦の中は水精の活動が激しい。シーサーペントが支障なく動けた場合、警告が間に合わないかもしれない」

 探査に使う水精の制御が困難になって察知が遅れるかも、ということだろうか。

 今だって余裕をもって回避できてるわけじゃない。特に真下からの攻撃は脅威だ。トビアス達の警告が遅れれば、それだけ回避の難易度が上がる。シーサーペントに噛みつかれたら、そこで詰む。仕方ない、か。

「フィスト、行くぞ!」

 シーサーペントが海エルフの1人を狙ったタイミングでジョニーが進路を変えた。その後ろを走る。よし、この距離なら、シーサーペントが全力で向かって来ても追いつくことはない。

 島を囲む海流を、ジョニーが作った水の道を走って越え、無事に上陸を果たした。

「よし、行こう。湾の入口、岬で皆が待ってるはずだ」

「おうっと痛たた! ちょい待ってくれフィスト! 足が! 足の裏が痛いっ!」

 ジョニーがぴょこぴょこ跳ねながら悲鳴をあげる。砂浜やならされた地面と違って小石や小枝があちこち落ちてるからな。裸足のままじゃきつかろう。

「早く靴を履けよ」

 先に行く、と言い置いて、俺は走る。

 それにしても、やっぱり安定した足元はいい。揺れない地面って素晴らしい!

 

 岬には槍や弓を持った海エルフ達が集結していた。普段と違い、革製の防具を身に着けている。サーフボードを持っているエルフも多い。

 村総出で今回のシーサーペントに当たるようで、子供達も含まれている。クインもここにいた。

「来たかフィスト。今回の助力に感謝する」

 イヴァールさんが俺を出迎えてくれた。

「いえ、こちらとしても、シーサーペントの問題はどうにかしたかったので」

「それにしても巨大な個体だった。あそこまでの大物は見たことがない。その分、見返りも大きそうだな」

 この位置からはトビアス達の姿は見えないのだが、事前に確認に行ったのだろう。冗談交じりに言うと、周囲の猛者達も笑った。うん、頼もしい限りだ。

 不意に、風が俺達の間を通り抜けていった。間もなく渦潮に突入する、という声を伴って。トビアスからの、風精を使った伝言のようだ。

 皆が手にした武器を確認する中で、俺は【空間収納】からMPポーションを詰めた箱を取り出す。そこから必要な本数を取り出してMPの回復とウエストポーチへの補充をしていると、ウルスラがこちらへとやって来た。

 その表情は暗い。状態はトビアスから聞いてたとおりのようだ。俺の傍まで来たものの、視線は泳ぎ、何か言いたげにしつつも、その口から声は出ない。

 軽く息をつき、ウルスラの視線が逸れたタイミングで右手を挙げる。そして彼女の頭に軽くチョップを振り下ろした。

 思ったよりも重く鈍い音がして、ウルスラの背が低くなった。彼女は頭を押さえたままうずくまり、呻き声をあげる。考えてみればガントレットを装備したままだった。その重量の分、威力が増していたようだ。

「なっ、何をするっ!?」

 顔だけ上げて、ウルスラが抗議の声を放った。よほど痛かったのか、目尻に涙を浮かべている。

「今ので清算は終わりな」

 気に病んでるならケジメをつけさせてやればいい。右腕の件はこれでちゃらだ。

「い、いや、しかし……」

 なのにウルスラは納得がいかないようだった。

「なんだ、これ以上を求めるのか? わがままな奴だな」

「わっ、わがままとかそういう問題ではない! 片腕の代償を、こんなことで済ませるなんて!」

「同等の代償だと、お前の腕をもがなきゃいけなくなるだろ」

 そんな気分の悪くなることできるかっ。それに周囲の視線が生温かい。いつまでも晒し者にされてはたまらん。

「異邦人にとって、身体の欠損ってのはお前らが思うほど重大なことじゃないんだ。事実、腕はもう治ってるわけだから不自由もない」

 右拳を突き出し、手指を動かして支障がないことを示してやる。これで治療にいくらかかったとか言ったらまた大変なことになるので黙っておく。

「俺がいいって言ってるんだからいいんだよ。それともお前、償いを押し売りして俺を困らせたいわけか?」

「ちっ、違うっ!」

「だったらいいだろ。どうしても納得いかない、って言うなら」

 慌てるウルスラの頭に右手を乗せた。そのまま左右に数度揺らし、

「シーサーペント討伐が終わったら、俺のためだけに1品、何か作ってくれ」

 俺の望みを言葉にした。

「ただし、今まで村で食わせてもらった物を除く。助言は構わないが、作業は全部ウルスラだけで作ること。あー……独りだけじゃ難しいかな?」

「私が料理できることは知っているだろう!? それくらいできるっ!」

「じゃあ決まり。そういうことで。今度こそ、この話はこれで終わりな」

 俺の腕を振り払ったウルスラに、強めの口調で念を押す。今はシーサーペント討伐の最中だ。そろそろそっちに集中してもらわないとな。

 そしてこっちも準備を済ませねば。ポーションの補充はまだ途中だ。それに海エルフ達にも配らないと。

「フィスト……おま……速過ぎ……」

 準備が終わろうかというところで、息を切らせてジョニーが合流してくる。おいおい、随分とお疲れだな。

「何で、あんな、森の中……っ、すいすい走っ、れるんだよおまっ?」

「鍛練の賜物だな」

 スタミナポーションとMPポーションを投げ渡す。早く回復しないと、もう獲物が来るぞ?

「来たぞっ!」

 誰かの声が響いた。渦潮をどう越えたのか、トビアス達がサーフボードに乗って湾に進入してきたのが見える。シーサーペントの姿は見えないが、まだ海中か?

『シーサーペントは渦潮に揉まれている!』

 トビアスの声が風と共に届いた。ああ、あの渦潮を越えられなかったのか。このまま果ててくれればいいのに。そう都合良くはいかないだろうが、少しでも体力を削ることができれば御の字だ。

 シーサーペントが出てくるのを待つ。時折、鳴き声が聞こえてきた。あの大物でも、そのまま渦潮を越えるのは難儀なようだ。

 しかしそれでもさすがと言うべきか。ついにシーサーペントは渦潮を脱出してきた。海面から飛び上がるように出現したそれは、いつか映像で見たクジラの大ジャンプがしょぼく見えるくらい壮観だ。

 その身体でアーチを描き、派手に飛沫を上げて海中へ。そのままトビアス達に襲いかかるかと思われたが、その勢いが弱まった。

 トビアス達は既に浅瀬まで進んでいる。シーサーペントの巨体だと腹を砂に擦る位置だ。やっぱりあいつ、浅い所は苦手なのか。

 でも、お前はこれからそこに行かざるを得ないんだよっ!

 その場から俺は海へと走る。サーフボードを持った海エルフ達も続いた。

「放てーっ!」

 イヴァールさんの号令が響く。刹那、頭上を無数の風が駆け抜けていった。それは無数の矢と槍。風を纏って速度と威力を増した数の暴力は、海上に晒されていたシーサーペントの身体に次々と突き刺さった。あれだけの数が1つも外れないとか、風精の助力があるって言っても、海エルフの技量も半端ない。

 矢と槍の雨を受けて、シーサーペントが身をよじる。頭を渦潮のほうへと向けるが、その鼻先にカーラが雷撃魔術を叩き込んで進行を妨げる。

「いくぞっ!」

 サーフボードに乗った海エルフ達が10人程で湾の入口に陣取り、水精へと訴えた。彼らの前の海水が盛り上がり、津波と言える程の大きさとなってシーサーペントを襲い、湾の奥へと押し流す。

 海中を自在に動き回るなら、動き回れない場所に追い込めばいい。あとは再び深い所に戻れないように閉じ込めてしまえば包囲網は完成だ。

「カーラ、今だっ!」

「はいっ!」

 続けてカーラが魔術を唱える。彼女の杖の前に氷の槍が生じ、放たれた。ただし、その狙いはシーサーペントではない。その後ろの海に向けてだ。

 着水した氷槍は、そのまま波間に浮かぶ。これでいい。これは攻撃じゃなく、下準備なのだから。

 真打ちは先程津波を放った海エルフ達だ。彼らは今度は氷精へと訴える。すると、氷槍を基点として海水が凍り始めた。

 これは以前に海賊の拠点襲撃時の動画で見たことの応用だ。あの時は魔術師が氷結系魔術を港に放ち、それを呼び水として精霊使いが氷精の力で海水を凍らせ、船で逃げられないようにした。

 この氷は逃走を阻む壁であり、動きを阻む拘束であり、俺達の足場にもなる。今も海エルフ達が厚く広く氷の範囲を広げていく。

 飛び越えられないように、津波で押し返す要員も確保済み。もうじき【漁協】の応援も駆けつける。

 さあて、シーサーペント。そろそろ俺達のメシになってもらおうか!

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― 新着の感想 ―
[一言] > 俺のためだけに1品、何か作ってくれ 「俺の飯を作ってくれ」ってフィクションだとプロポーズの定番て印象だけど、海エルフだともっと強い意味かあるって設定だと、この後面白い事になったのに。今か…
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