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第166話:飛竜4

 

 さて、ワイバーンだが目立った外傷はない。全身を強く打って死亡、といったところだろうか。

 それにしても、改めて見ると大きい。頭から尻尾の先までで、10メートルは優に超えているように見える。

 ひとまず尻尾の重りから片付けるとしよう。丸太付の鎖を解いて【空間収納】に放り込む。

 尻尾の先は割と鋭い。試しに剣鉈で叩いてみると、金属とまではいかないが硬い音が返ってきた。これがワイバーンのパワーと合わさると魔鋼の板すら抉るわけか。これ、そのまま槍の穂先とかにできるんじゃないかね。

 身体の表面はワニみたいで、トカゲっぽい鱗は見えない。いや、脚がそんな感じか。ドラゴンやワイバーンっていうと、ファンタジーじゃ鱗がスケイル・アーマーの素材になったりするけど、脚の鱗は小さすぎて向かないな。

 翼の皮膜は頑丈で、落ちても破れてはいない。これで船の帆とか作ったら立派な物になるんじゃなかろうか。いや、これならボディスーツ系の素材に使えるかもしれない。押したり引っ張ったりすると弾力があってゴムみたいだ。

 頭の方へ移動し、大きな口を持ち上げて開いてみると、鋭い牙が並んでいた。牙を武器に、とか考えたけど、こいつのサイズじゃそのままだと大したものは作れそうにない。あ、そういえばライガさんが彫刻の素材にしたいって言ってたっけ。何本かキープしておこうか。

 まあ、素材については置いとくとして。問題は肉だ。まずは血抜きをしなきゃなんだが、どう手をつけたものか。そもそもそのために傷をつけなきゃならんのに、急所や大きな血管の位置がさっぱりだ。

「狩猟ギルドに運び込んで解体してもらうか。さすがに俺だけじゃ無理だし」

 2度目があるかは分からないが、本職の手順を学べば独りでもできるようになるかもしれないし。

「でも、肉はやっぱり食べておきたいよな?」

 解体してから、と言いたいが、味見はしておきたい。クインに問うと、頷かれてしまったのでやらねばならぬ。

 さて、ちょうどいい部位は、と。やっぱり尻尾かね。でも毒付きの先っぽがあるか。そもそもこいつの毒、尻尾の先そのものが毒を帯びているのか、それとも毒腺とかあるのか。後者だったら、下手をすると惨事になる可能性もあるか。

「おーい!」

 考えていると声が聞こえた。振り向くと、さっき上空から見かけたプレイヤーの一団だった。

 クインが彼らに向き直り、警戒の姿勢を取る。

「クイン、あいつらが妙な動きを見せたら任せる」

 相棒にワイバーンを預け、俺は彼らの方へと歩いて行く。少し離れた所で止まり、彼らを待ち受けた。

「何か用か?」

 固めの声でこちらから話しかけると、彼らが立ち止まった。

「あー……そう、警戒しないでくれないか?」

「用件次第だな」

 先頭の戦士風の男の言葉に、態度を変えずに答える。俺を除けば3例しか確認されていないワイバーン撃破。しかもまるまる獲物が残っている状態だ。彼らが軽率な行動に出る可能性は低いと思うが、念のためだ。

「用ってほどのものもないんだが……いきなりワイバーンが墜ちてきたら何事かと思うのが普通だろ? しかも、一緒にプレイヤーが降ってきたとなれば尚更だ」

「それもそうか。単に、こいつを仕留めたってだけだ」

「仕留めたって、お前だけでか?」

「まさか。相棒と一緒だよ」

 一瞬だけ背後に視線を向ける。そこには警戒態勢を解いていないクインがいた。

「あの狼は確か……あんた、あのフィストか?」

 クインを見たらしい弓使いと思しき男が、それならと納得した様子を見せる。

「でも、一体どうやって? あいつら、滅茶苦茶強いだろ?」

 まるで戦ったことがあるかのように言う、最初の戦士風。ん……あ、こいつらいつだったかワイバーンに全滅させられた奴か。何となく見覚えがある気がする。

「そりゃ、馬鹿正直にぶつかって勝てるような奴じゃないんだから、頭を使ったさ」

「いや、頭を使うって言っても……毒とか?」

 槍を持った女が首を傾げながら言う。馬鹿な、肉が食えなくなるような真似をするわけがないだろう。

「ワイバーンで一番厄介なのは、飛び回ることだろ。だったら、それができないようにすれば何とでもなる」

 まあ、完全にはうまくいかなかったから空に連れて行かれたわけだが。

「飛べないように、って言っても、翼を壊すのも難しいんだぞ?」

「翼が使えても飛び立てないようにすればいいだろ」

 何だか面倒になってきた。

「まずは情報を集めろ。ワイバーンがどういう行動をするのか。どう生活しているのか。そしてそれを踏まえて戦う前に準備をしろ。GAOの自由度をフルに使え。それだけで道は開ける」

【ラグナロク】の連中みたいに真正面から叩き潰せる戦力でないのなら、他で補うしかないのだ。1から10まで教えても俺の不利益にはならないが、自分で考えることは大切だ。

「これからあいつをバラす。血や臓物に抵抗があるなら、早く離れるんだな」

 それだけ言って踵を返す。あ、そうだ。

「素材が欲しいなら【解体】スキルを修得したらお得だぞ」

 振り返ってそう言うと、微妙な顔をされた。何故だ。


 クインの元に戻り、ワイバーンをあちこち観察する。あまり時間を掛けてはいられないが、どこから攻略したものか。

 ちなみにさっきのプレイヤー達は、そのまま去って行った。今後どうする気かは分からないが、狩りがうまくいくことを祈ろう。自分で狩って食うのは醍醐味ではあるが、ワイバーンを狩れる奴が増えて、その肉が市場に流れて買い物できるようになるなら、それはそれでいいわけで。

「やっぱり尻尾を試すか」

 剣鉈を抜き、胴に近い部分へ全力で突き下ろす。背中よりは皮が薄そうという予想が当たり、無事に突き立ちはしたが、それでも防御力で深くは刺さらない。

 そこから更に刃を押し込むも、なかなか切れないので、剣鉈を抜いてから【手刀】に【強化魔力撃】を込めて振り下ろす。剣鉈よりは良く切れた。

「素手でワイバーンの解体とか……ファンタジーでもそうないよなぁ」

 しかし有効なのは事実。時間を無駄にしないために、何度も【手刀】を繰り出し、ようやく試食用の肉を切り出せるだけの皮を剥いた。

 厚い皮の下には脂はほとんどなく、現れたのは赤身肉。皮さえ剥けば肉そのものは普通のナイフでも切れた。視た限りでは毒に汚染されてはいないようだ。

 念のために表面に近い部分の肉を手の平サイズに切り出し、一口大にスライスした分を残して相棒に放り投げる。クインはそれを口でキャッチして、躊躇うことなくたいらげた。尻尾が左右に揺れている。

 GAO内では生肉を口にすることに抵抗はない。自分用の肉をそのまま口に運んだ。

「固いな」

 ナイフで切れたといっても、噛んでみるとなかなかの歯ごたえ。結構薄めに切ったのに。

 肉の味は……まあ、肉だな。現時点でワイバーン特有の味というのはない感じだ。

【空間収納】から取り出した携帯コンロに火を点け、フライパンを乗せて加熱する。生が駄目なら火を通してみよう。

 別の肉をさっきと同じくらい切り出して焼く。立ちのぼる匂いは食欲をそそる。だがしかし、これで安心してはいけない。焼いたら激マズになったフォレストランナーの例もあるのだ。

 焼けた肉を少しだけ切り離し、大きいほうをまたクインに投げて、残ったのを自分で食べる。うむ、固い。味は……焼いたら鳥に近くなったか? タンの食感の鶏肉、といったところだろうか。不味くはないが、特段に美味いわけでもないというか、普通?

「尻尾だからなのか、それともワイバーンの肉がそういうものなのか。調理しても変わらないのか、熟成や下ごしらえとかしたら美味くなるのか」

 クインは特に不満があるようには見えない。生でも焼いても彼女の口には合うようだ。

「これ以上は本職に任せるかなぁ」

 そのまま適当に消費する気にはならない。肉は大量だといっても無駄にしたいわけではないのだ。

 解体は狩猟ギルドに任せて、得た肉は【料理研】とグンヒルトに投げてみよう。成果が出るまでは保管しておけばいい。

「ツヴァンドに戻るぞ、クイン」

 さて、まずはワイバーンを収納しなきゃな。




 ツヴァンドの狩猟ギルド。

 他の街に比べると、やはりプレイヤーの数は少ない。俺としては待たずに利用できるのでありがたいけど。

「おやフィストさん。お久しぶりです」

 買い取り窓口に顔を出すと、顔なじみがいた。ゲテモノ食いのギルド職員、マイクさんだ。

「どうも。今日は持ち込んだ獲物の解体をお願いしたいんです。買い取りについてはこちらの需要を満たした残り、という感じで」

「珍しいですね。肉や素材ではなく獲物を持ち込む異邦人のほうが珍しいんですけど。ウルフを大量に仕留めたとかそういうのですか? いえ、それなら買い取りを保留にする理由がないですね」

 獲物が多くて解体が面倒な時に丸投げすることはあったので、今回もその類かと思ったようだったが、マイクさんはその考えを自身で否定した。

「何か特殊な獲物ですか?」

「ええ。実は、ワイバーンを狩りまして」

 小声で獲物の正体を教える。

「なるほど、ワイバーンを」

 すると、笑顔のままマイクさんが固まった。徐々に笑みが崩れて真顔になり、ずいっと顔を近づけてくる。

「フィストさんが狩った、ということは、まるまるということですよね?」

「そのとおりでございます」

 首肯するとマイクさんが回れ右して叫んだ。

「大作業場を空けてください! 作業員の増員手配! それから特殊解体道具の準備を! 大物です! 大至急!」

 ギルドの奥が騒がしくなる。周囲にいたプレイヤーや住人も何事かとこちらへ注目し始めた。まあ、既にワイバーンを狩ったことは一部プレイヤーには知られているわけだし、別にいいか。

「フィストさんはこちらへ」

 マイクさんに促され、視線を背に受けながらクインを連れてギルド内に入る。建物内を抜けて作業場に出ると、慌ただしく職員さん達が駆け回っていた。

「フィストさん、この広さで足りますか?」

「ええ、大丈夫です」

 アインファストでロックリザードを解体した作業場と同じくらいだろうか。ワイバーンを出しても作業をする余裕は十分にある。

 少しして準備が完了したので、皆が見つめてくる中で【空間収納】からワイバーンを取り出した。頭、首、胴と翼、脚、尻尾。ゆっくりと全容を明らかにしていく今回の戦果。それを見て職員さん達のどよめきが大きくなっていく。

 尻尾の先まで出し切って、俺は大きく息を吐いた。いつも使っている容量じゃ収納できなかったので、最大MPを消費して拡張した上で持ち込んだのだ。結構厳しかったが、MPが足りてよかったよ。修行場でヴァルモレの神水を飲んでなかったら足りずに持ち帰れなかった。

「これはまた状態がいいですね」

「両目は無事だな」

「皮膜も損傷なし。素晴らしい!」

「皮もほぼ無傷、尻尾の先も欠けていないな」

 職員さん達が嬉しそうに状態を報告し合っている。どうやら満足のいく状態であるようだ。

「さて、これから忙しくなりますね。フィストさんはこれからどうします?」

「見学させてください。いや、ワイバーンの解体には興味があるので手伝わせてもらえませんか?」

 この機会を逃すわけにはいかない。学べるだけ学んで、次に活かさねば。

「分かりました。フィストさんにも手伝ってもらいます。買い取りの相談は解体が終わってからということで」

 ギラリとマイクさんの眼鏡が光った。手には大きな刃物を、って刃の部分が魔銀製かあれ? 特殊解体道具って言ってたから、やっぱりワイバーンほどの獲物には、普通の道具じゃ駄目なんだろう。

 大型用の魔銀製解体道具、追加でレイアスに発注しようかなぁ。

 それからワイバーンの美味い食べ方もあとで聞かねば。


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