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第165話:飛竜3

 

 こちらの意図に気付いたのか、ワイバーンが大きく羽ばたいた。踏み潰した鹿も放棄して、そのまま飛び上がろうとする。しかし数メートルほど浮いたところで、脚に絡みついた蔦がそれを阻んだ。蔦がピンと張られ、縛り付けてあった木が揺れる。

 蔦と木から軋む音が聞こえるも、千切れたり折れたりする様子は今のところはない。

 ワイバーンの脚に飛びつく。飛ぶ向きが変わったため、その分高度が上がった。尻尾は思ったほど暴れない。丸太がいい仕事をしてくれている。そのまま鎖がずれてすっぽ抜けてしまうこともない。何せワイバーンの尻尾の先は、返しの付いた鏃のようになっている。鎖が尻尾を一周以上している上に、その部分に引っ掛かっているので、この状態でほどくのは無理だろう。

【空間収納】から丸太を取り出す。尻尾に巻き付けたのと同じボーラもどきだ。発動位置が自分から一定の場所を保つので、振り回されても収納口が追従してくれるのがありがたい。ただ、ストレージアイテムと違って中の物を即座に出せないのが難点だ。水の中を歩く時のような抵抗感が、取り出す物に掛かる。

 脚にしがみつきながら、出している丸太に付いた鎖を巻き付けようとすると、高度が急に下がった。羽ばたくのを中止したワイバーンが地上へと落ちるって待てこいつこのまま俺を身体で押し潰す気かっ!?

 脚から身体を離して跳び退くと、着地したワイバーンがズシンと重い音を立てた。こちらは少し離れた場所に着地する。【空間収納】からはみ出していた丸太が跳ねて俺に向かって来たのを直蹴りで受け止めた。ふぅ、危ない。

 残りを出し切ってから片方の丸太を右肩に担ぐ。何とか脚に絡ませたかったが無理は禁物だ。仕方ないので標的を変えよう。

 クインが正面から【暴風の咆哮】を放って飛竜の注意を引いてくれている間に、地面に落ちた丸太を蹴飛ばす。丸太はそのまま地面を滑り、ワイバーンの尻尾の下をくぐった。鎖の長さの限界が来て止まったところで、丸太を担いだまま尻尾へと向かう。重りで動きが鈍くなっている尻尾を跳び越えつつ、担いだ丸太を地面の鎖が交差するように投げた。尻尾の動きを警戒しながら、蹴飛ばした方の丸太を拾い上げ、尻尾を飛び越えるように投げる。これで2つめの重りを括ることに成功だ。

 ワイバーンが再度羽ばたき、身体を浮かせた。丸太4本分の荷重が尻尾に集中しているため、先程よりも動きが重い。それでも飛べているのだからたいしたものだ。

 拘束の蔦は今度の飛翔にも耐えている。いや、そろそろまずいか。

 跳躍して尻尾から垂れた鎖に掴まる。急落下が来るかと警戒したが大丈夫そうだったので、そのまま鎖経由で尻尾をよじ登り、背中へと向かった。

 尻尾が使えない今、完全にワイバーンの背中は死角だ。つまり、反撃の心配なく一方的に攻撃できるということでもある。ワイバーンが右に左に揺れ動いて暴れるが、【壁歩き】のスキルは生物相手にも有効のようで、手足がしっかり表面に貼り付き、振り落とされずに済んでいる。これ、相手を掴んだり捕まえたりする時にも使えるスキルじゃないだろうか。

 ともあれ背中に到達した。なかなか広く、ワンボックスカーの天井部くらいの広さはあるだろうか。今の俺をどうにかしようと思ったら、背中から落ちて地面にプレスする以外にはないだろう。そんなことされそうになったら離脱するけども。

 腰の剣鉈を抜いて逆手に持ち、背中へと振り下ろす。魔鋼製の刃がワイバーンに突き刺さった――りはしなかった。いや、先端がちょっぴり刺さったか。当然ダメージはないだろう。背中ならあるいはと思ったが、やっぱりただ刃物を突き立てても駄目か。

 続けて少し脇に寄り、別の箇所に剣鉈を振るった。それは翼。正確には皮膜部分だ。しかしこちらも斬れないし刺さらない。弾力がある上に動いているので、力を逃がされているんだろうか。

 しかしこの結果は予想がついていた。今までの対プレイヤー戦でも、翼はよく狙われてはいたのだが、【魔力撃】や【強化魔力撃】を込めた矢や投槍でも皮膜を貫けたのは片手で足りるほどだった。しかもそれだけじゃ撃墜に至らなかったし。

 次はどうする。皮膜に油でも撒いて火をつけてみるか?

 そんな風に考えた時だった。何かが弾けるような音と共に、風が身体を叩いた。拘束から逃れたワイバーンが咆哮を上げながら上昇していく。頑張ってくれていた蔦がついに切れたのだ。

「こんのっ!」

 【強化魔力撃】を起動して、背中に拳を叩き込む。貫通効果を乗せた一撃だったが、皮膚を僅かに破っただけで終わった。ワイバーンでこれだと、ドラゴンとか俺の攻撃が通るんだろうか?

 とにかくもう一撃、と拳を振り上げようとしたら天地が逆さまになった。背面飛行!? こいつ本当にワイバーンか!? 飛竜型の戦闘機だったりしないか!?

 攻撃を中断し、【壁歩き】を発動させたまま背中にしがみつく。今の高さから落ちたら即死――

「あ」

 視界に広がる光景に、思わず間抜けな声を出してしまう。青い空と茶色の大地。そして一部の緑。高空からの眺めは、命の危険を忘れてしまうほどの絶景だ。カーラが空を飛ぶのが好きと言っていたのを思い出した。こういう光景を見たいからなのかもしれない。

「……ってそれどころじゃなかったーっ!」

 再び天地が逆転したところで現状を思い出した。下がっていた高度が止まりかけたが、地上に引っ張られるようにワイバーンが揺れる。体勢を立て直したせいで再び尻尾に丸太のウェイトがのしかかったのだ。振り返って確認してみると、鎖は健在。丸太が折れたりする様子もない。まだまだ飛行の妨害の役割を果たしてくれるだろう。

 ただ、このままでは進展がない。疲れるまで粘るわけにはいかないし、このまま奴らの巣まで連行されたら袋叩きにされてしまうだろう。

 だからこいつは墜とさなくてはならない。再び背中を進み、首を登り、頭部へと辿り着く。そこで《翠精樹の蔦衣》を伸ばし、まずは顎を縛り付けた。続けて目の周囲にも蔦を纏わせる。そして更にそこから枝葉を生やさせた。普段、森に潜伏する時に使う形態だが、今回は視界を塞ぐために使わせてもらう。

「そしてぇっ!」

【強化魔力撃】を込めた拳を頭頂部へ叩き込んだ。足場が不安定なせいで拳の威力は落ちていても、それなりのダメージを与えることができたようで、首が左右に激しく揺れる。脳震盪でも起きればよかったがそこまで都合良くはいかなかった。

 振り落とされる可能性を少しでも減らすため、頭から降りて動きの少ない背中に戻る。今の一撃でワイバーンの方向感覚は狂っただろう。ひとまず巣へのお持ち帰りはこれで回避できるはず。目が見えない状態で飛び回るのは、ワイバーンにとってどれ程の恐怖になるだろうか。

 さてここからどうするか。ウェイトを更に重ねて地上まで軟着陸させるのは難しそうだ。この状態でうまく鎖を絡ませることができそうにない。尻尾もこれ以上重りを乗せたら千切れたりするかもしれないし。それで軽くなって飛行速度がこれ以上になったらまともに動ける気がしない。

「だったら、もう墜とすしかないよな」

 拳を握り、【強化魔力撃】を起動。重ね掛けをしながら狙う点を定める。それはワイバーンの右肩。その付け根から伸びている翼だ。俺の斬撃や刺突で皮膜を破れないなら、残る攻撃手段は打撃しかない。翼の骨が折れれば羽ばたけない。折れなくても、翼を動かせないくらいの痛打を与えれば、後は墜落するしかないだろ。

【壁歩き】で背中に立ち、限界まで【強化魔力撃】を重ねた拳を振りかぶる。そして全力で叩きつけた。口を塞いでいるために叫ぶこともできないワイバーンが暴れる。右翼は健在。まだ足りないか。

「二発目ぇっ!」

 同じ場所に同威力の拳を振り下ろす。更にワイバーンが揺れた。若干、右翼の動きが鈍った気がする。あと一撃でいけそうだ。

【壁歩き】の常時起動と【強化魔力撃】の重ね掛けで消費した魔力を、ウエストポーチから出したMPポーションで回復。あと一押し。

「なあ、ワイバーン」

 少しずつ高度を落とすワイバーンに、告げる。

「お前、どこに落ちたい?」

 三撃目が炸裂。ついに翼が目に見えて歪んだ。それは飛竜からひと文字が消えた瞬間だ。つまり、こいつは墜ちる。そして、俺も墜ちる。

 片翼になってもワイバーンは必死に羽ばたこうとするが、速度は変わらない。尻尾を真下に引っ張られるような体勢で地上へと一直線だ。

「さーて、後は俺がどうなるか、だが」

 この高度から落ちたらワイバーンは死ぬだろう。俺より頑丈なワイバーンが死ぬなら、俺が生きていられるはずがない。

 しかし、俺が落ち着いていられるのは、こんなこともあろうかと準備していた物があるからだ。

【空間収納】から取り出したそれは、四角に組んだ木枠に三角形の帆布を4枚貼り合わせた物。中世の芸術家が設計したというパラシュートを再現してみた物だ。現実でも再現したこれで降下に成功したという話があったので、ならGAOでも大丈夫だろうと住人の職人さんに作ってもらった。

【壁歩き】を解除してワイバーンから飛び降りると、パラシュートはしっかりと機能した。一応、ツヴァンドの建物で降下実験は済ませている。さすがにぶっつけ本番で使う勇気はなかった。

 ワイバーンが地面へと遠ざかっていく。これであとはゆっくり地上に降りて、獲物の生死を確認するだけだ。

 いや待て。考えてみたら、無防備に近いこの状態はまずいのでは? もし他の飛竜がいたら詰む。

 急いで【気配察知】を発動。反応はなし。【遠視】を使って周囲の索敵。危険生物の存在は認められず。今は安全だ。ホッと息を吐く。

 でもこれ、いつもそうとは限らないわけで。やっぱりベストは飛ばさないまま仕留めることだな。あと、今回のパターンになっても、ワイバーンの身体をクッションに――はさすがに無理か。

 もう少し地表に近い所で使えば襲われる危険も減るか。それに、そのほうがパラシュートの保ちもよさそうだ。今も木枠がミシミシ音を立てていて心臓に悪い。今回飛び降りたのは、実験の時の高さよりはるか上だったし。これ、地上まで保つんだろうか。

 ワイバーンが地上に激突したのが見えた。土煙が舞う中に身体が見えるが、動きだす様子はない。死んでいるかはよく分からない。

 森から追いかけてきたのか、クインの姿が近くに見えた。警戒してるようには見えないので、行動不能にはなっているようだ。

 そして、十数人の人影が遠くにいるのも見えた。立ち止まってるようだけどあれはプレイヤーか。そりゃ、空からワイバーンが降ってきたら驚くよな。あと俺にも気付いてるようで、こちらを指差したりしている。

 もどかしい時間が過ぎ、地上へ到着。方向修正とかできなかったのでワイバーンの墜落地点からは少し離れてしまった。パラシュートを片付けて、獲物の方へと急ぐ。さっきのプレイヤー達もまだ距離はあるし、クインが見張りをしてくれてるので揉め事になるとは思わないけど念のため。

「クイン、見張りご苦労さん」

 声をかけると尻尾を振ってクインが応じる。今回、クインが手伝ってくれて助かった。単独だと拘束する前に逃げられてたかもしれないもんな。

 で、ワイバーンはピクリとも動かない。やっぱり即死か。これで生きてたら困るし怖い。

 これでようやく、仕留めた実感が湧いてきた。

「ワイバーン、獲ったっ!」

 思わずガッツポーズをしてしまう。苦労して獲物を狩った時の達成感は最高だな!

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