第163話:飛竜1
魔銀と金剛鉱を加工できる設備を整えるまでは時間が掛かるので、フレンドリストの中から主要な友人達に予約受付のメールを送っておいた。何を使って何を作りたいかを返信してもらうようにしてある。これで大体の使用量を把握するのだ。
ちなみに売却代金については、レイアスとシザー達に製作依頼をする場合に限って割引することにしている。理由はレイアス達のレベルアップに協力してもらうためだ。今の俺は彼ら以外に主要装備を任せる気がないので、彼らの技量は高くなるほどいい。これにはニクスも了承してくれた。
メールを送った友人達からの返事は、製作をレイアス達に任せることを了承したものがほとんどだ。ただ、既に馴染みの職人がいるだろう【シルバーブレード】と【自由戦士団】のレディン&アオリーンは売却のみということになった。
後はレイアス達の設備が完成してからということで、その連絡を待って取引をすることにしている。それまでは時間が空くわけで。
ログイン152回目。
ツヴァンドの料理屋を巡ったり、街周辺で狩りをしたりして過ごしていたが、今日はクインと一緒にツヴァンド南部の荒野を歩く。目的はチスイサボテンの駆除だ。
獲物が近付くとダッシュしてきて、麻痺毒を持つトゲを刺して動きを封じ、股間から出す大きなトゲを突き刺して血というか水分を吸うというえげつない柱サボテン。ちなみに某RPGの敵キャラに似ているが、トゲを千本飛ばしたりはしない。
昨日、獲物を狩猟ギルドに持ち込んだ時に、マイクさんから声を掛けられた。また人間サイズの個体が確認されたらしい。あいつらが見つかった時は、周囲に他の個体もいることが多いとかで、今回仕留めた奴以外の存在を確認したいということだった。
擬態している時のあいつは普通のサボテンと見分けがつかないが、【植物知識】で見たら正体を見破ることができる。ツヴァンドに拠点を移した当時に依頼を受けた時も、それで識別しながら駆除していったっけ。
幻覚成分が含まれていて食うには不向きなやつだが、薬効成分も含まれているから使い道がないわけではない。トゲは裁縫用の針に利用可能だし、麻痺トゲは狩りに使える。報酬も出るし損はないので引き受けることにしたわけだが。
目撃情報があったのは、飛竜の出没地域に近い街道沿い。遠くには森、その向こうには高く険しい岩山が見える。
街道周辺は岩と土。ほとんど葉がない低木や、柱サボテンがちょっとしたアクセントだ。
「あれは普通のサボテン。あれも違う。あれは――当たりだな」
しばらくハズレを繰り返していると、ようやく本命のチスイサボテンを見つけることができた。人間サイズというか、一回り大きい。周囲を見回し、手頃な石を見つけて拾い上げる。【強化魔力撃】を込め、投げつけると石が命中し、魔力が弾け、太めの身体がへし折れて地面へと落ちた。しばらく様子を見るが、動く様子はない。対処法が確立していると簡単に片が付く。
倒したチスイサボテンを【空間収納】に放り込んでから、別のサボテンを探す。
「道の直近には、いないみたいだな」
通常の視力で確認できる限りでは、チスイサボテンの姿は見えない。念のために【遠視】も使って、できる限りの範囲を確認してみても、どうやら今回はさっきの1体だけのようだ。ひとまずの脅威は排除できたと思っていいだろう。
「それじゃ、普通に狩りに行くか」
クインに声を掛けて、森の方へと足を伸ばすことにする。
「そうだ。クイン、お前、新しい装具が欲しいか?」
隣を歩く相棒に聞くと、首を傾げられた。意味が通じなかっただろうか。
「ほら、お前の首輪と腕輪だよ。魔銀が手に入ったんだから、新調してもいいだろ」
今の腕輪は銀製で、温泉で変色するという欠点がある。首輪のペンダントトップも同様だ。魔銀ならそれもなくなるんじゃないかと勝手に思っている。
それに魔銀なら頑丈だし、後々、強化を付与することもできるかなと。装飾品でステータスアップをするのはゲームでは普通だ。ダンジョンの宝箱でそんな物が出てきたこともあるらしいし、極一部のプレイヤーは武具にバフを施すことを既にやっている。シザー達もその領域にそろそろ踏み込めるんじゃないかと言ってたし、将来を考えて先に装具を作っておいてもいいだろう。
別にいいですけど、的に彼女の頭が曖昧に動いた。尻尾がほんの僅かだけ揺れる。
さて、装飾品の類はスティッチの領分だが、クインからも聞き取りをしたりするんだろうか。あれこれ見せて、好きな傾向とかを探ったりしそうな気もする。
装飾品自体に興味はないが、強化ができるなら俺もいくつか作ってもらってもいいかもしれない。指輪は手甲と衝突するから無理なので、首飾り系が妥当だろうか。
「どうした?」
不意にクインが足を止めた。彼女の視線の先には大きな柱サボテンがある。確認してみるとチスイサボテンだった。こんな所にもいたか。見つけたのは幸運だった。
かなり距離があるので、仕留めるためにそちらへ行こうとしたが、クインはその場を動かない。彼女はサボテンをじっと見つめたままだ。
何か気になることがあるのかと俺もサボテンを注視する。そこで気付いた。サボテンより更に遠くに何かいる。それは次第に大きくなっていった。
「ワイバーンかあれ?」
飛竜とも亜竜とも言われる、前腕の代わりに皮膜の翼を持つ大きなトカゲ。ファンタジーでは定番とも言えるそれ。確かにこの辺りはワイバーンの領域の外れだ。出現してもおかしくはないか。
ワイバーンはこちらへと向かっているようだが、次第に高度を落とし始めた。何か獲物でも見つけたのかと思えば、それは地表ぎりぎりを飛びながら、さっきのチスイサボテンに食らいつき、再び高度を上げた。
まさか肉食だと思っていたワイバーンがサボテンを食うとは。たまには草も食べたい気分だったんだろうか。しかし大丈夫なのかあいつ。チスイサボテンは幻覚作用があるはずだ。それともワイバーンには効かないとか?
それより気になるのは、ワイバーンがまた高度を下げ始めたことだ。進路は……こっち?
「クイン、あいつ俺達に気付いてると思うか?」
問うと、クインが鼻息を漏らす。仕方ない、と溜息をついたように思えた。
しかしどうする。ワイバーンは空を飛ぶ。俺は飛べない。そもそもドラゴンに近い存在だ。戦って勝てる相手だろうか? そりゃ肉とか肉とか皮とか骨とか肉とかに興味はあるが、勝てない戦いは、相応の理由がない限りしない主義だぞ。
「クイン、お前、あいつに勝てるか?」
クインは緊張した顔を崩さない。厳しい、ってことなんだろう。実際、ワイバーンの討伐報告はほとんどないようだし。近接メインの俺とクインじゃ相性は悪い。
「よし、逃げるぞ!」
両足に【魔力撃】を込め、【ダッシュ】も併用して地を蹴った。向かうのは先に見える森だ。木々の下に潜り込めば、あいつも向かっては来られまい。
全力で走る。ワイバーンはやはり俺達を狙っていたのか、進路をこちらに向けた。ちくしょう向こうの方が速い!
それでもできる限り森に近づく。チラリと背後を振り返れば、ワイバーンが口を大きく広げながら迫ってくるところだった。ずらりと並んだ鋭い牙が怖い。
「ぬおぉぉっ!」
真横に跳んでワイバーンの進路から逃れた。さすがに反応できなかったのか、さっきまでいた場所をワイバーンが通り過ぎる。同時、強い風が身体を叩いていった。
「今の内に!」
ワイバーンを追うように森へと走ると、しばらく先で旋回して再度正面から襲ってきた。頭から突っ込んでくるのだからカウンターで【破城鎚】をぶち込もうかと思ったが、無謀だと考え直す。イノシシの突進ですら、真正面からぶつかればこちらが弾かれるのだ。ワイバーンの突進と真っ向勝負なんて、トラックと正面衝突するのと変わらない。質量的に負けるのはこっちだ。
斜め前に跳び込むようにしてワイバーンの牙を回避する。転がりながら立ち上がり、即座に走る。森まではあと少し。これならあと2回やり過ごせば森に届くはずだ。
二度目の背後からの突進を避け、追従する。これで正面からの攻撃をやり過ごせば――
「んなっ!?」
ワイバーンの動きが変わった。旋回してこちらに突っ込むコースではあったが、途中で急制動。大きく翼を羽ばたかせたのだ。クインの【暴風の咆哮】のような突風が襲いかかってくる。土煙を避けるために腕で目をかばい、【壁歩き】を使うことで足を固定し、飛ばされそうになるのを防いだ。
そこにワイバーンが襲いかかってくる。猛禽に似た鋭い爪を持つ脚がこちらへと降ってきた。掴まれたら最後だろうし、あの質量に踏み潰されたら即死だろう。
「んなろっ!」
腰のストレージポーチからこぶし大の石を取り出し、【強化魔力撃】を込めて投げつける。この距離であの巨体だ。外しようがない。事実、石はワイバーンの身体に命中した。しかし怯ませることすらできずに終わった。
「硬すぎかよっ!?」
ワイバーンの脚を、また前に跳び込むことで回避し、背後へと抜ける。そのまま前へ走ろうとしたところで、右脇腹に痛みが走った。そのすぐ側を、長いものが通り過ぎていく。小さな鱗に覆われた尻尾だ。その先端は黒曜石のようで、まるで槍の穂先や鏃のようにも見えた。
直撃でないのは助かった。でも問題は、尻尾の一撃がこちらの硬革鎧を貫いたことだ。それも、仕込んでいた魔鋼の板もろとも。つまりあの尻尾の先は魔鋼以上の硬さを持つということだ。ワイバーンの筋力を考えると、まともに受けたら防ぎようがない。
戦っていられるかという気持ちが強くなっていく。とにかくこのまま森まで行かなくては。大丈夫、この速度で走れば逃げ切れる!
そう思った途端、視界が歪んだ。気分が悪くなってくる。傷の痛みも増した。自然と足が遅くなる。何だこれ……脇腹を抉られたと言っても出血はそれ程でもない。失血による異常が出るには早すぎる。
「毒かっ!?」
ファンタジーの出典によって火を噴いたり毒を吐いたりと様々なワイバーンだが、尾に毒を持つというものもある。鉱山ダンジョンへの道中で出没することがあると聞いた時に【動物知識】で確認したら、尾に毒があると表示されていたから、不調の原因は多分これだろう。
鈍った脚を、それでも前へと動かす。一か八か戦うという選択はなしだ。万全でも勝てるか怪しいのに、こんな状態で勝てるわけがない。
「ガウッ!」
森まで数十メートルというところでクインの声が聞こえた。ワイバーンが俺を飛び越すようにして着地し、行く手を塞ぐ。背はこちらに向けたままだ。
振り返る前に横を抜けてやろうと気力を振り絞って前へと進む。広がったままの翼の下をくぐり抜け、更に前へ――
「ごっ!?」
背中へ衝撃が走ったと同時に、地面が遠くなった。何が起きたかを確かめる前に緑が視界いっぱいに広がり、そのまま森の木々に突っ込む。いくつもの枝をへし折り、大きな木の幹に衝突して地面に落ちて、ようやく止まった。
身体中に痛みが走っている。毒の効果も残ったままだ。とにかく解毒をしなくては。
「念のために買っておいてよかったよ……」
転がったまま、【空間収納】から飛竜毒の解毒ポーションを取り出して一息に飲み干す。今回はダンジョン探索前に準備した物があったからよかったものの、不意の遭遇でこうなったらやばかった。もしもの時のために、状態異常回復のポーションは死蔵してもいいから一通り買っておこう。金はあるわけだし。
続けて傷の治療のためにヒーリングポーションも飲んだ。完全回復には程遠いが、歩けるくらいには回復した。
ワイバーンの追撃はない。これであいつが火を噴く種だったら森ごと焼かれていただろうけど、ひとまずは逃げ延びたということでいいだろう。
駆け寄ってきたクインが心配そうに俺を見る。大丈夫だと頭をひと撫でしてやって、身を起こした。
「それにしても……厄介な奴だった」
今日の出来事を思い返す。飛ぶ速さ、頑丈さ、膂力、尻尾の毒。それらが合わさった脅威は相当なものだ。討伐例が少ないのも頷ける。まともに戦えば独りでどうにかなるものではないだろう。
でも、だ。やられっぱなしは嫌だと思う。何よりファンタジー生物だ。現実には存在しない生物だ。
「あいつ、どんな味がするんだろうな……」
狩りたいという欲が湧き上がる。まともに戦えば勝てない? なら、まともに戦わなければいい。いきなりの遭遇戦だったからこんなことになったが、準備をすれば不可能ではないはずだ。
「待ってろワイバーン。絶対に食ってやる」
その場に身体を倒し、木々を見上げながら、どうやってあいつを倒してやろうかと考える事にした。