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第162話:打ち上げ 其之二

 

「んじゃ、お疲れさん」

「お疲れ様でした」

 言葉と同時に差し出したゴブレットが軽くぶつかって音を立てる。

 ここはツヴァンドの狩猟ギルドの一室。『コスプレ屋』での用を済ませた俺達は、そのまま狩猟ギルドへ行き、この部屋を借りた。ダンジョン探索の打ち上げのためだ。

 どうして狩猟ギルドなのかというと、打ち上げ用の飲食物が自前だったからだ。ツヴァンド内で飲食物の持ち込みが自由な食堂、かつ喧噪を避けられる個室がある所を俺は知らないし、宿の一室なんて使えない。かといって屋外で、というのもちょっと。

 そんなわけでギルドの部屋を借りようと考え、久々に会ったギルド職員のマイクさんにお願いしたのだ。手持ちのロックワームの肉が少し減ったが、この件とは何の関係もない。いいね?

 テーブルには色々と出してある。ダンジョンで調理しておいたロックワームの肉も出した。酒は俺の手持ちを一通り。乾杯は森エルフの所で交換したワインにしたが、ニクスの酒の好みまで知らないので、二杯目からは自由に飲んでもらうことにする。

 しかし何よりも。今回のメインは生ハムだ。GAO内でも高級品であるというアイヘルヴァルト豚とやらの生ハム。原木から食べるなんて初めてなので、ネットで食べ方の下調べをした。あとはスライスして食べるだけの状態になっている。付け合わせにしてみようと、市場で果物等も買っておいた。

「じゃ、やるか。そっち、押さえておいてくれ」

 スライス用のナイフや、原木を固定する台が存在するらしいが、そこまで用意してなかったのでナイフは自分が持っている物を使う。狩猟ギルド(ここ)には置いていなかった。まあ、今日で食べ尽くすわけでなし。取り扱っている店がないか今度探してみよう。

 ニクスが原木を持って固定し、俺がナイフで切っていく。皮は硬い。力を入れて切り離すと、脂の層が現れた。適当に刃を立ててみると、結構厚いところまでが脂だ。骨もあるわけだし、意外と肉の部分は少ないのだろうか。

「この脂、料理にも使えるでしょうか?」

「あー、いけるかもな」

 大丈夫だろうと思って大雑把に脂を切り離すと、それを見てニクスが聞いてくる。炒め物とかに使えるかもしれないので、取っておこうか。

 そこからは脂の層を少しずつ切っていく。するとようやく肉の層が見えてきた。宝石のような、というと大袈裟だが、綺麗な赤みがそこにある。

 それでは、とナイフを入れる。しかし薄く切るというのがなかなか難しい。途中で切れて小さくなるし、厚みもバラバラだ。

 途中でニクスと交替したが、彼女も似たようなものだった。やはり慣れないことは難しい。それにナイフも専用の物のほうがよさそうだ。魔銀、余ってるし1つ作ってもらうか。

「とりあえず食べてみようか」

 ある程度切り出したところで、実食することにする。まずは切り損ねた厚いやつを箸で摘まんで顔の前まで持ってくる。切り出した直後だからか、以前これを見た時よりも香りが強い。食欲をそそるいい香りだ。

 口に入れるとなかなか強い塩気を感じる。しかし生ハムの風味も負けていない。噛むと肉の旨味と香りが強くなり、まるで溶けていくように歯ごたえが少なくなっていく。

「生ハムって、こんなに美味しいものなんですね」

 緩んだ表情で溜息を漏らすニクス。さすが高級品といったところ。現実で食べたことがある生ハムとは格が違うと言い切れる味だ。

 続いて、薄く切れたものを食べてみる。今度は塩気より旨みの方が強い。そして気が付くとするっと飲み込んでいた。何だこれ飲み物かよ?

「これは、生ハムだから美味しいのでしょうか」

「元はどんな味なんだろうな、この豚」

 この肉で豚肉を使う料理を作ったらどんな美味さになるだろう。加工前の肉を入手できないだろうか。今度、探してみよう。

「そういや、何を作ってもらうか決めたか?」

 ワインを一口して、ニクスに尋ねる。

 実は今回のダンジョン探索の戦利品分配時に、魔銀ゴーレムについて少しもめた。もめたと言うと語弊がある気もするけど。

 機械的な部分は【魔導研】へ、それ以外を俺達へということになったわけだが、それだと自分達の取り分が多すぎる、と【魔導研】が言うのだ。俺達には魔銀の塊としての価値しかないわけだが、【魔導研】にとっては未知の技術の結晶なわけで。金を積みさえすれば入手できる物ではなく、魔導技術の発展にとって計り知れない価値がある、と。

 しかし今回の目的は資源採掘なわけで。そっちの分け前を増やしてもらっても、俺達にはほとんど意味がない。それを買い取ってもらう形にするにしても、無限に金が湧き出る財布を彼らが持っているわけではないのだ。

 今のままで構わないと言う俺達と、それでは気が済まないと言う【魔導研】。互いの主張がぶつかり合った結果、ニトロから提案があった。

 魔導技術関連での協力。つまり、魔具の注文を受け付けるというもの。何か作って欲しい魔具があれば優先的に製作・提供する、と言うのだ。

「ドライヤーを再現してもらおうかと思っています」

 答えてニクスが自分の髪に指を絡ませた。彼女の髪は長いから、洗った時に乾かすのは大変そうではある。あれば便利に違いない。

「濡れた服とかを急いで乾かしたい時にも使えそうです。それに、野営で火をおこす時とか」

「ああ、薪じゃなくて炭を使う時は便利そうだな。強さの調節ができれば」

「はい、何段階か使い分けられるようにお願いするつもりです」

 いいな、俺も同じ物を頼んでみようか。注文数に制限は設けられていないし。

「フィストさんは、あの時に何か頼んでいたみたいですけど」

 メロンを切りながらニクスが聞いてくる。生ハムと言えばこれだろう、と市場で買っておいた物だ。瑞々しく、切っているだけで甘い香りが漂ってくる。【植物知識】を使って一番甘いのを選んだだけのことはある。

「ああ、ちょっとした装備をな」

 あの時、ふと思いついた物がある。とある漫画の主人公が終盤近くまで着ていた特殊な服だ。似たような物を作れないだろうか、と持ちかけておいた。

「どのような物なのですか?」

「元ネタ的には、常人の数十倍の力を発揮できるシロモノでな。高熱に耐え、銃弾を弾き、電撃も効かない」

「服、ですよね?」

「外見イメージで近いのは、上下に分かれたレザースーツかな。バイク乗りが着てるような」

 ようやくイメージが追いついたのか、なるほど、と呟くニクス。

「その上から鎧を着ることができそうですね。防御効果も高いようですし、力が上がるなら与えるダメージも大きくなりますし。ただ通気性はどうなのでしょう?」

「どうだったかな。興味あるか?」

「はい。出来次第では、鎧下とチェインメイルを置き換えることができそうなので」

 そう答える今のニクスの格好は、綿の入った厚手の鎧下だ。ダンジョンに潜っていた時は、この上にチェインメイル、更に胴鎧と重ねていた。今はまだいいが、季節が実装されて夏になれば、この格好で屋外を歩いたら暑くて倒れるんじゃなかろうか。

 その装備のことは置いといても、季節対策は今から考えておかないといけないことだと思う。寒暖差がどうなるのか、現時点じゃ分からないのだ。夏が日本みたいに蒸し暑くなるんだったら厳しい。

「どうぞ」

 切り終えたメロンをニクスが差し出してくる。一口大に切ってくれているので食べやすそうだ。生ハムの切れ端を乗せて、さて、お味のほうは、と。

「んー……」

 何だろう。生ハムとメロンが正面衝突して爆発四散したようなこの微妙さは。初めて食べたが、これは美味い、と思えるものじゃない。少なくとも俺は。

「何か失敗しているのでしょうか?」

 ニクスも微妙な顔で首を傾げている。生ハムメロンが現実に存在し、その食べ方が広まっている以上、味の保証はあるはずなのに。となると、何かが間違っているのだろう。それが何かは分からないが。

「今回は、そのままでいくか。組み合わせて食べるのは、今度調べてからにしよう」

 他にも食べ方を調べて、合わせる物を買ってきてはいるが、これも微妙だったらと思うと今試す気にはなれない。失敗したら勿体ない。

 飲み物で口の中をリセットしてから、1つ生ハムを摘まんで口に運ぶ。うん、やはりそのままで十分美味い。もう今日はこれでいい。これがいい。

「さっきの服の話ですけど。今のGAO内の技術でどうにかなるのでしょうか?」

「不可能じゃないと思うぞ。それに完全再現品が欲しいわけじゃないしな」

 原作と同じ不思議素材がGAO内にあるとは思っていない。似たような効果を再現することに意味があるのだから、素材は代用品で構わないし、魔術等のGAO内技術に頼ればいいわけで。

 俺の装備として、というのもあるが、【魔導研】の連中の装備としても有用じゃないかと思ったのも頼んだ理由だ。原作どおりの性能は出せないにしても、肉体的には貧弱な彼らの作業用としても使えるし、彼らだけで狩りや採掘に行く時にも役に立つ。

 更に、あれに使われている技術は、ゴーレムにも転用できそうだし。再現の過程で色々と試行錯誤があれば、その先の開発に役立つ物も見つかるかもしれない。決して【魔導研】の損にはならないだろう。

 一朝一夕でどうにかなる物でもないので、気楽にやってくれ、と言っておいた。

「フィストさんは、ゴーレム馬はどう運用するのですか?」

 最初に切り出した生ハムがなくなったところで、ニクスが聞いてきた。

【魔導研】からの提案その2のことだ。それはゴーレム馬の追加譲渡。最初の取り決めでは一騎だったのが、もう一騎もらえることになった。ニクスに渡すつもりだったのが、俺にも回ってくることになる。メンテと修理が永年無料というのも変わらない。

「移動用に使うことはないだろうから、もらえてもしばらくは【空間収納】の中で、いずれは農耕用、ってところだな」

 そういうわけで、俺のはパワー重視にしてもらえるように頼んである。俺が欲しいのは駿馬ではなく輓馬なのだ。

 よし、追加の生ハムを切ろう、と俺が手を伸ばすのとほぼ同時にニクスの手が動いた。俺が先にナイフを取り上げてしまうと、即座に原木を固定してくれた。

「ああ、でもよかったのか?」

 慣れたのか、生ハムが少し柔らかくなったからか、薄く大きく切ることができている。作業を続けながらニクスに聞く。

「何がですか?」

「【魔導研】への協力のことと、魔銀と金剛鉱の扱いのことだ」

 結局、色々と【魔導研】に便宜を図ってもらったわけだが、今度は俺達の方がもらいすぎだろう、と思ってしまったわけだ。互いの価値観が違うから仕方ないんだろうけども。

 ともかくそういうわけで、また1回、俺が探索に付き合うという約束をしたところ、そこにニクスも乗ってきたのだ。

「今回の件は、フィストさんと私で受けたもので、得た報酬との釣り合いを取るための労働力提供なのですから、私が参加するのも当然では?」

「んー、まあ、そうなのかもしれんけど。この先、ニクスがローゼと合流した時はどうする? 別行動か?」

「その時は、ローゼにも参加してもらいましょう。恐らくまた鉱山ダンジョンの探索になるでしょうし、フィストさんと同じ格闘系のローゼなら、戦力になると思いますから。ゴーレムとも戦ってみたいって言いそうですし」

 そう言われればそうかもしれない。ただ、あいつは【解体】スキルを取ってないからな。

「あいつにも【解体】修得させるか」

「嫌がらなければ、それもいいと思います。それに、フィストさんと私が同時に参加する必要もないでしょうし」

 ああ、そうか。今回が2人だったからって、次も2人である必要はないな。個別に参加したら、助力は2回ってことになる。今回の探索を振り返ってみると、最後の魔銀ゴーレムを除けば、俺とニクスのどちらかがいれば十分対処は可能だったし、大物狙いじゃないならそっちの方がいいかもしれない。

「あと、魔銀と金剛鉱についてですが」

 ある程度切り出せたのでナイフを置いた。切った生ハムをニクスが箸を器用に使って、食べやすいように並べていく。

「私とローゼの装備を一式揃えても、かなり余ります。私のフレンドで話を持ちかけられる相手はフィストさんと被ってますから。ですから、フィストさんのほうで買い手を探していただけると助かります」

 要は分け前の魔銀と金剛鉱の余剰分の処理を、俺に任されたのだ。レイアスとシザー達には残り全部を買い取るだけの予算がないそうで、後は誰に売るかという話になる。ただ、誰でもいいというわけじゃない。以前レイアス達も言ってたが、他の鍛冶プレイヤー達に俺達がまとまった魔銀や金剛鉱を持っていると知られたら、絶対にトラブルになるからだ。

 だから、直接の知り合いにだけ声掛けをして、必要な分だけを売る、という形にすることにした。後でメールで打診するつもりだ。

「フレンド被ってるって……そんなに少ないのか?」

「フィストさんとの縁で知り合った人達ばかりですから」

 それは……俺が言うのも何だが、もう少し広く交流を持つべきじゃないだろうか。

「え、ええと、住人の知り合いは、フィストさんの知らない人達もいますよ?」

 表情に出てしまったのか、目を泳がせながら言い訳めいたことをニクスが口にした。つまりプレイヤーとは積極的に関わっていないってことか。初ログイン時のアレのことを思えば、分からなくもないけども。

 誤魔化すように、どうぞ、と生ハムをニクスが差し出してきたので、そのまま1つを摘まむ。

 お、やはりさっきまでのより柔らかい。口内に広がる旨味が何とも言えない。

「そのまま食べるのでも十分だけど、やっぱり料理とかにもしてみたくなるな」

「今度、レシピを探しておきましょうか?」

「だな。よさげなのがあったら教えてくれ。一緒に作ってみよう」



 今回の最大の戦果を分け合いながらの打ち上げは、思ったよりも長く続いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 某グルメ漫画の知識ですが、生ハムは通常のメロンと合わせても美味しくないらしいですね。 真桑瓜など、甘味の少ない品種を使うのが一般的らしいです。 この扱われ方だと、作者さんは既に知っていそうな…
[一言] >この件とは何の関係もない。いいね? 「アッハイ」
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