第160話:ツヴァンド鉱山ダンジョン5
「全然、効いてなさそうなんだが」
「いや、若干だが、動きが鈍ったようだ」
合流し、愚痴をこぼすとニトロがそう言ってくれたが、見る限りじゃそのようには感じない。本当に微々たる変化なんだろう。
「そういや、以前は金剛鉱のゴーレムが出たことがあるんだったな。その時は、どうやって倒したんだ?」
「倒せていない」
何か参考になることがないだろうかと尋ねてみれば、ニトロが首を横に振る。
「金剛鉱ゴーレムを確認した連中は、ここで全滅した。あの防御力に手も足も出なかったと聞く。打撃系武器の使い手をもっと集めていれば、と悔やんでいた。アーツに無機物特攻のものがあるからな」
そんなアーツがあるのか。打撃系武器というとジェリドが思い浮かぶ。彼がこの場にいれば魔銀ゴーレムでも粉砕してくれたんだろうか。
「フィスト殿にはそういう切り札はないのか? 超振動で対象を破砕する打撃技とか」
「俺は某傭兵でもなければ魔法少女世界のサイボーグ魔導師でもないぞ。そっちこそ固有振動数を解析して対象を粉砕するリリカル風味な魔術とかないのか?」
「ない。あったとしても、元ネタ的に接近できないから無意味だ」
世の中、そこまで都合よくできているわけがなかった。そんなわけで、手持ちの技で何とかしなきゃならない。
「簡易ゴーレムをまた出せるか? もう一度、さっきの技をぶち込む。今度は、背中じゃなく膝狙いでだ」
装甲をへこませることはできたのだ。あの威力なら、膝関節を歪めることも可能だろう。というか、最初からやっとけばよかった。
「大丈夫だ。今、準備する」
足止め用の簡易ゴーレムが作られる中、ポーションを飲んで脚の【筋肉痛】を治しておく。こうならないように【強化魔力撃】を重ねる数を減らすか? いや、今ので何とかって感じだから、増やすことはあっても減らすのは無しだ。
「フィストさん、さっきのできました」
「お、サンキュー」
男性所員から鉛のインゴットを3つ受け取る。よし、これならいいだろ。
肘部分から《翠精樹の蔦衣》の蔦を伸ばし、インゴットの1つにくくりつけてから、腕に巻き付けておく。残り2つのインゴットは予備だ。腰の収納空間付ポーチに入れておいた。
これをどう使うかというと、今度盾が射出されたら、ワイヤーに巻き付けてやるのだ。飛んだ腕が元に戻った時の音はかなり大きく響いていた。相応の衝撃が生じているだろう。そこに柔らかい金属である鉛を差し込めばどうなるか。連結の衝撃でインゴットは歪み、変形し、隙間に叩き込まれることになる。本来パーツが納まるべき部分に鉛が詰まれば、それが邪魔をして再度の連結は不可能になる、はずだ。
うまく巻き込んでくれるかは分からないし、詰めた鉛が射出機構に無理矢理吹き散らされてしまうかもしれない。いずれにせよ、できることから試すしかなく、失敗したら別の手を考えるだけだ。
簡易ゴーレムが前線に向かう中、ニクスも前に出た。途中で第一陣の簡易ゴーレムが持っていた盾を拾い、簡易ゴーレムを囮にして魔銀ゴーレムの左膝を狙おうとしている。
【強化魔力撃】を付与した金剛鉱の剣は、現時点で一番確実なダメージを与えているように思えた。あれなら【破城鎚】を叩き込む前に部位破壊までいくかもしれない。【強化魔力撃】をもう少し重ねられれば……いや、あれ借り物だし、下手なことして壊すわけにはいかんよな。ラーサーさんなら許してくれるかもだが、それを期待して無茶をしていいという話ではない。そもそも借りてるのはニクスであって俺じゃないのだ。
さて、魔銀ゴーレムだが。さっきと動きが変わった。簡易ゴーレムを完全に無視し、ニクスだけを標的にしたようだ。この手のゲームによくある、ヘイトというやつが向いてしまったんだろうか。だったら俺に向かってきてもよさそうなものだが、その時々で脅威を判断しているのかもしれない。
常に正面から相対されて、ニクスは攻めあぐねている。しかしそうなると、ニクスを囮にして魔銀ゴーレムの背後を取れるわけで。
「ニクス、そのままそいつの背中をこっちに向けさせといてくれ!」
「わ、分かりました!」
指示を出し、両足に【魔力撃】を込めて走る。魔銀ゴーレムの注意は完全にニクスへと向いている。後は確実に命中させるだけだ!
「どぉぉりゃあぁぁぁっ!」
二度目の【破城鎚】が魔銀ゴーレムの左膝裏に直撃した。その体躯が傾き、こちらへと倒れ――
「ぬおぉぉっ!?」
慌てて横っ跳びで回避。床を転がりながら魔銀ゴーレムを見ると、そのまま背中から倒れていた。危ない、もう少しで下敷きになるところだった。
魔銀ゴーレムは身を起こそうとしているが、軋むような異音が左脚あたりから聞こえた。よし、今のは効果大だ。
「左腕っ!」
二度の強撃で俺を脅威と見たか、魔銀ゴーレムの盾がこちらを向いた。同時に後方から警告の声。即座に2重で【強化魔力撃】を起動して床を蹴ると、今までいた位置を高速で盾が通り過ぎて行った。よし、この加速ならあの間合いでも回避が間に合うか。
今の内にと右腕に巻いていた蔦を解き、伸びたワイヤーに絡み付かせようとしたら、連続して重い音が後方から響いた。思わずそちらに目を向けると、本来の射程を超えた先へと盾が跳ねていく。どうやら今のでワイヤーが切れたらしい。ニクスの一撃は、思った以上にワイヤーにダメージを与えていたようだ。
魔銀ゴーレムは身体を起こそうとしているが、左膝がうまく動かず難儀している。ニクスもそれに気付かないわけがなく、右手のメイスと短くなった左腕で身体を支える魔銀ゴーレムへと斬りかかる。機動力を完全に奪おうとしているのか、狙いはまだ動く右脚部だ。
金属音と魔力の弾ける音が鳴り響く。盾も投げ捨て、両手持ちでニクスは剣を膝関節へと何度も叩きつけた。
当然魔銀ゴーレムは攻撃目標をニクスに変更する。金剛鉱の戦鎚がニクスへと振るわれた。警戒はしていたのか、危なげなくニクスはそれを避け、しかし攻撃を再開せずに、魔銀ゴーレムから大きく間合いを取りながらこちらへとやって来る。
「いい攻めだった」
「ありがとうございます。それなりのダメージは与えたと思います」
魔銀ゴーレムの右脚の動きが明らかに鈍ったのが分かる。後はあのメイスと右腕にあるであろう射出機構を無力化できれば安全に戦えるはずだ。
「この状態なら、頭部を直接攻撃できそうですね」
土下座するような体勢から立ち上がれずにいる魔銀ゴーレムの頭部が、低い位置にあった。ゴーレムの頭部に制御的な何かが詰まっているかは分からないが、狙う好機と言える。
ポーションを何種類か飲んだニクスが剣に【強化魔力撃】を込めた。俺もポーションを取り出して、また【破城鎚】を放つべく距離を取っていく。
敵が俺とニクスしか相手にしないと判断したのか、ニトロ達が簡易ゴーレム達を呼び戻す。魔銀ゴーレムの周囲がクリアとなり、俺達の動きを阻害するものがなくなった。
ニクスが魔銀ゴーレムへと走る。すると魔銀ゴーレムが妙な動きを見せた。短くなった左腕で身体を支えながら、右手に持ったメイスを床へと打ちつけ始めたのだ。当然床石はそれに耐えられず、次々と粉砕されていく。
突然の奇行に警戒したのか、ニクスが立ち止まる。だが、それは間違いだった。魔銀ゴーレムが手にしたメイスを投げたのだ。床を殴るモーションから流れるように行われたそれは、魔銀ゴーレムとの距離を詰めたままで足を止めてしまったニクスの不意を打った。
大質量が正面からニクスに直撃する。車の衝突実験で轢かれた人形のように、彼女の身体がこちらへと飛んできた。
咄嗟にその軌道上へと割り込んで、後ろへ跳びながらニクスを受け止める。かなりの衝撃を受けたがそれでも何とか耐えきった。
そして、彼女の状態を確認しようとしたところで、俺はその場から吹き飛ばされた。訳が分からないまま床に叩きつけられる。何だ今のは!? 魔銀ゴーレムの新しい攻撃か!?
「い、今の攻撃、見えたか!?」
「い、いや……ゴーレムが何かしたようには見えなかった」
痛みをこらえつつ即座に起き上がって問うも、ニトロからは戸惑いの声が返ってきた。魔銀ゴーレムは右腕を射出し、離れた場所に落ちていたメイスを回収しているところだ。やっぱり右腕も飛ばせるか。しかもあんな使い方を。いや、それより今は正体不明の攻撃のほうだ。
「ち……違……」
何やら呟きながら、倒れたニクスが身を起こそうとしている。ダメージは大きいようで動きは緩慢だ。そんな彼女の向こうで、魔銀ゴーレムがまたメイスを振り上げるのが見えた。その間合いに対象となる者はいない。となると――
「させるかっ!」
駆けると同時、予想どおりに魔銀ゴーレムはメイスを投擲してきた。狙いは俺ではなくニクスだ。【破城鎚】で迎撃すると、メイスは軌道を変えて飛んで行き、俺は少し押し返されて床に尻餅をついた。あ、危なかった……【破城鎚】は迎撃に使う技じゃないな……いや、今はそれよりも!
魔銀ゴーレムが再びメイスを回収するために右腕を射出しようとしていたので、俺は起き上がってメイスへと駆け寄った。そして、メイスを【魔力撃】込みで蹴飛ばす。岩でも蹴っているような手応えだったがメイスは動き、飛んできた腕の軌道上からずれた。
更に右腕に巻いていた蔦をほどき、目の前に落ちた右腕に繋がっているワイヤーへと振り下ろす。鉛の重みで勢いよく巻き付いたそれを自切させると、魔銀ゴーレムがワイヤーを巻き戻し始めた。
腕は連結部まで戻り、さっきまでとは微妙に違う音を立てた後、そのままだらりとぶら下がった。巻き付けた鉛がうまいこと連結部にはさまったようだ。これで魔銀ゴーレムの攻撃力はなくなったも同然だ。
「ニクス、大丈夫か?」
「な、何とか……」
ニクスに駆け寄ると、魔鋼製の鎧がひしゃげていた。装備のダメージは甚大だがニクスは生きている。あんな物の直撃を受けて意識を保てているのだから、シザー達の防具はやっぱり優秀だ。
「そ、それより、ごめんなさい……」
「いや、あれは避けられなくても仕方ない」
まさかゴーレムが手持ちの武器を投げ付けてくるなんて、想像もしていなかった。謝るニクスにそう言うと、
「いえ、そっちではなく……先輩を吹き飛ばしたの、私のせいなんです……」
「は?」
意味不明な言葉が耳に入った。不可視の攻撃がニクスのせい?
「あ……セクハラ防止機能?」
首を傾げたところで背後から女性所員の声がかすかに聞こえた。あー、そういうことね……
女性プレイヤーを保護するために実装されている仕様である、セクハラ防止機能というものがある。女性プレイヤーに対して不埒なことをした相手に対し、物理的な衝撃をオートで発動させる機能で、プレイヤーが任意で発動条件を設定できるのだが、融通がきかない欠点もある。
さっき、俺は吹き飛ばされたニクスを抱き止めた。それをシステムが有罪と判断したのだろう。納得いかないが、まあ、仕方ない。
「ゴーレムから高魔力! 身体から……いや、背中……!?」
うなだれるニクスにどう答えたものかと考えていると、男性所員の警告が聞こえた。魔銀ゴーレムに意識を戻すと、特に目立った動きは見えない。土下座ポーズのままで……いや、何か音が?
その音の正体はすぐに分かった。魔銀ゴーレムがその体勢のままでこちらへと突進してきたのだ。脚は動いていない。腕も床に突いたまま。ガリガリと床石を削りながら迫ってくる。その背後に何かを吐き出しながら。
「さっきの推進器かっ!?」
射出された腕ほどではないがかなりの速度で迫ってくる魔銀ゴーレム。ニクスを抱き上げ、床を蹴って回避。今度は即座にニクスを離して次の動きに備えると、魔銀ゴーレムはそのまま突き進んで壁に激突した。あれ、止まる機能はないのか?
かなりの勢いで突っ込んだはずだが、魔銀ゴーレムは健在のようだ。ただし、身体を壁にめり込ませたままでもがいている。
間抜けな光景だがこれを見逃す手はない。【破城鎚】の準備をしようとしたところで、ふと目に留まるものがあった。それは、魔銀ゴーレムが使っていたメイスだ。
「ふむ……」
そちらへと近づき、じっくりと観察する。見た感じ、金剛鉱のみで作られている物のようだ。全長は160センチくらい、だろうか。
太い柄を掴んで持ち上げようとしたが、滅茶苦茶重い。柄を脇で抱えるようにして、ようやく引きずることができた。
「ぬ、おぉぉぉ……っ」
そのまま魔銀ゴーレムへと向かう。ある程度近づいた所で止まって、ニトロ達に声を掛けた。
「誰かバフをもらえるか。これからこれを、ゴーレムにぶつける」
金剛鉱の方が魔銀よりも固く、重たいのだから、これをゴーレムにお見舞いしてやる。動きを封じた後なら天井付近まで足場を作って、そこからメイスを投下してやってもいい。直接持ち上げるのは無理でも、【空間収納】を使えばどうとでも――あ、そうか。引きずらずにここまで【空間収納】に入れて持ち運べばよかった。
何人かが俺に魔術を施してくれた。メイスに宿った魔力は【攻撃力強化】だろうか。それから【筋力強化】も掛けてくれたようで、ほんのちょっぴりメイスが軽くなった気がする。
脇に抱えたままでメイスを再度引きずる。今度は自分を中心に弧を描くように。床を擦っていたそれが勢いを増すごとに跳ね、遠心力を得て浮いた。メイスに振り回されないように、しかし回転は上げていく。
「そぉいっ!」
限界がきそうなところで【投擲】の【強化魔力撃】を幾つも重ね、抱えていたメイスを離す。勢いよく飛んだ鈍器はそのまま魔銀ゴーレムの背中に命中し、魔力爆発を起こした。
魔力の残滓が消えると、そこにはピクリとも動かない魔銀ゴーレムがある。メイスが背中にめり込んでいるが、原型はしっかりと残っていた。
「やった、のか……?」
誰かがそう呟くのが聞こえた。フラグかと思われたがそんなこともなく、魔銀ゴーレムは沈黙したままだ。倒せた、と判断していいだろう。
ゆっくりと息を吐く。そして拳を握り締めた。
「よっしゃ! 生ハムゲットだぜ!」