第159話:ツヴァンド鉱山ダンジョン4
「ニクス! 関節部と指だ!」
「はいっ!」
正面から俺が注意を引きつける中、ニクスが背後から魔銀ゴーレムへと向かう。簡易ゴーレムは全て破壊され、前衛は俺達2人だけだ。あいつらじゃ有効打を与えられないからいいのか? いや、でも敵の攻撃を分散させる意味じゃ数は必要だろうか。そのあたりはニトロが判断するか。
「はっ!」
魔銀ゴーレムの左膝裏にニクスの剣が叩きつけられた。もちろん【強化魔力撃】込みだ。
無機物なのでその一撃に怯むことなく、魔銀ゴーレムが盾をそのまま背後のニクスへと横振りした。車同士が衝突したような音を立て、ニクスが吹っ飛んでいく。盾の攻撃であれとか何てパワーだよっ!?
攻撃には反応できたようで、ニクスはしっかりと自分の盾を構えていた。着地の際に体勢を崩したが、倒れることなく踏みとどまる。
「怪我はっ!?」
ニクスの盾が一撃で破壊されているのが見えた。鉄で縁を補強しただけの木製盾じゃ、あの膂力で魔銀を叩き付けられたら耐えられないか。
「だ、大丈夫です! 左腕は痺れていますが……折れてはいないと思います!」
盾だった物を放棄しながらニクスが答える。ちらと見たが、左の前腕当てに損傷は見られない。新調したばかりの防具がいい仕事をしたようだ。
「攻撃の効果はどうだ!?」
「ダメージを与えられた気がしません!」
一撃必殺を体現したようなメイスが唸りをあげて迫る。魔銀ゴーレムの注意を引きつけつつ問いを投げると、嬉しくない回答がきた。考えてみれば関節だって魔銀製だろうし、一筋縄ではいかないか。
「狙う部位はそのまま!」
装甲を殴るよりはマシなはずだ。一撃で壊れないなら、壊れるまで殴り続ければいい!
横振りされたメイスをのけぞるようにして回避し、カウンター気味に【強化魔力撃】を込めた蹴りで魔銀ゴーレムの右手を狙う。うまいこと命中はしたが、腰が入っていない蹴りだ。損傷らしいものは見えない。
「フィストさん! あの、機械だというなら、電撃とかが有効ではないのですか!?」
魔銀ゴーレムの左膝裏を狙いながら、ニクスが問うた。機械? ああ、違う、そうじゃない。
「現実の機械とは中身が別物だ!」
これが100%SFのロボットなら、それでショートして無力化できるかもしれないが、こいつの中身に電子部品が詰まっているとは思えない。ん、待てよ。
「ニトロ! この手のゴーレムに電撃は有効か!? 魔力による電撃なら、内部の魔術的な制御機構に干渉したりダメージを与えられるとかそういう都合のいい何かはないのか!?」
「今までにそのような事例は聞いたことがないが……試してもいないな! やってみよう! 総員、雷撃系魔術準備! フィスト殿達は、合図と同時に射線上から待避!」
ニトロ達が詠唱を始める。俺とニクスはその場で魔銀ゴーレムを引きつける。攻撃は鋭いが、防御・回避に専念すれば対処可能なレベルだ。
「散れっ!」
ニトロの声で、俺とニクスが跳び退いた。ほんの少し遅れて、10の雷光が魔銀ゴーレムに直撃し、派手に光と音を撒き散らす。
「……効果、認められず!」
焦りを帯びた男性所員の声が響く。魔銀ゴーレムの動きに変化は見られない。駄目だったか。
「雷撃そのものが表面でいくらか弾かれていた。魔銀の特性か、それとも魔術的な防御が更に付与されているのか」
あー、物理に強い上に魔法も効きにくいとか……厄介極まりない。ニトロの分析に、思わず舌打ちしてしまう。
「す、すみません、余計なことを……」
「え? あ、いや、提案が悪かったわけじゃ――」
「左腕に高魔力!」
舌打ちの意味を勘違いしたらしいニクスが謝ってきて、それを訂正しようとしたところで女性所員の声。今度は俺かっ!? 回避は――駄目だ避けきれないっ!
「こんちくしょーがーっ!」
直蹴りで盾を迎撃すると、あっさりと押し返された。身体が浮き、盾の勢いそのままに押し込まれる。ああ、カタパルトで打ち出される戦闘機ってこんな気分なのかもしれない。
ワイヤーの長さの限界がきて盾は止まったが、俺の身体が後方へ飛ぶ勢いは変わらない。
「まずっ!」
頭から壁に叩きつけられるところを、身を捻って身体を縦に半回転。足から壁に着地して手も壁に突き、そのまま【壁歩き】を発動してへばりつく。気分は蜘蛛男だ。高所から飛び降りた時のような衝撃が走ったが、ダメージはなさそうだ。【跳躍】スキルの補正がここでも働いたのかもしれない。盾が壁まで届いてたら、そのままプレスされていたことを考えたら幸運だ。
あの間合いだと避けきれないのか。次からはもう少しうまく立ち回らねば。
「ニクス! ワイヤーを切れっ!」
ワイヤーが巻き上げられ、魔銀の盾が床石の上を引きずられていくのを見て俺は叫んだ。巻き戻しの間にワイヤーを切断できれば、盾は無効化できる。脅威が一気に下がるはずだ。
ニクスが跳び込んで、剣をワイヤーへと振り下ろした。刃がなくても金剛鉱製の金属塊だ。あの細いワイヤーなら、床石とサンドイッチして強引に切り離すことも――
「く……っ!」
しかしニクスの一撃は、ワイヤーを断てなかった。戻ってきた盾に轢かれそうになったニクスが慌てて離脱する。
「ニトロ! まさかワイヤーも特殊な素材か!?」
「魔銀製だった!」
おいおいワイヤーもかよ。どれだけ贅沢なゴーレムなんだこいつはっ!
盾を持った前腕が、がきょんと音を立てて元に戻る。
「ニクス、今のワイヤーにはダメージ入ったか?」
「すみません、当たったのは間違いないですが、そこまでは把握できませんでした」
ニクスはそう言うが、いくら魔銀製のワイヤーだとて、金剛鉱製の剣を叩きつけて無傷ってことはないだろう。あれだけの質量の盾を何度も引き留め、巻き取っていれば、損傷箇所が拡大して千切れることもあるかもしれない。
そんなことを考えていると、簡易ゴーレム達が俺達を追い越して魔銀ゴーレムへと向かっていった。武器や盾は持っておらず、魔銀ゴーレムを取り囲んで牽制するだけのようだ。あれは時間稼ぎだろうか?
「フィスト殿、一旦下がってくれ。方針を練り直そう」
その予想を肯定するかのようにニトロの声が聞こえた。同時に魔力弾が魔銀ゴーレムに次々と命中していく。盾の射出を警戒しながら、俺とニクスは後方へ下がった。
スタミナポーションを取り出して、1本をニクスに渡す。自分でも飲みながら、ニトロに思うところを告げた。
「ワイヤーパンチは、このまま撃たせてたらワイヤーの方が耐えられないんじゃないかと思うんだが」
「ニクス殿の一撃がどれ程の深さだったのかにもよるな。同じ場所を狙って斬るのは無理だろうから、その都度一撃を加えていけば可能性は高まると思う。右腕も飛ぶと思うかね?」
「外見は同じだからな。飛ぶと思って対応した方がいいだろ。で、倒すための手は?」
「あの手の相手には魔術攻撃がセオリーだとは思うが、他のゲームのようにHPバーが見えないから、効いているのかが分からない。いっそ、我々はバフに専念して、2人に物理で殴ってもらう方がいいのではとすら思える」
「そうするしかないのかね……ニクス、何か案はないか?」
俺もニトロ達も、ファンタジー知識ありきで対策を考える。素人のニクスの発想が、何かの手掛かりになるかもしれないと思って聞いてみた。
「何でもいい。思いつきで構わない」
「えーと……例えば、高熱で溶かす、というのは無理ですか? 溶けないまでも、熱したら柔らかくなるとか……」
「我々は研究がメインだからな……そこまでの威力の炎熱系魔術は使えない。使えたとしても、君達は赤熱の金属製ゴーレムと近接戦をすることになるが」
ゾッとするなぁそれは。下手に攻撃を食らったら火傷じゃ済まないだろうし。
「ワイヤーだけを熱することができれば、切れやすくなるんじゃないか?」
「ピンポイントでは無理だな。ここにスウェイン殿でもいれば、可能だったかもしれないが」
あー、根拠はないけどやれそうな気はする。そうでなくてもあいつなら色々と搦め手を思いつきそうだ。
「そういや【錬金術】スキルのアーツで形状変化とかできるんじゃなかったか? それで関節部を歪めてしまうとか」
「あれは接触が前提だし、素材によって魔力消費や速度が変わる。魔銀は試したことはないが、触る前に撲殺される自信があるぞ」
これも駄目か。研究派の魔術師に近接戦をさせるのは確かに酷だ。
「何とかして、飛ばすのだけでも何とかしたいんだがな」
「あ、あの……飛ぶ腕と土台の間に、何か挟むことができれば、飛ばすこともできなくなるのではないでしょうか?」
ニクスの案を考えてみる。そういやあの腕、どうやって飛んでるんだっけ?
「ロケットパンチみたいに、飛ぶ方に推進機構が付いてるタイプかあれ?」
「いや……土台が射出機構になっているタイプだった。元の位置に戻らなければ射出もできなくなる、か? いけそうではあるが、何をどうやって挟むか、だな」
案は悪くないはずだ。問題は、どのように実行するかだが。
「挟み込んでも、すぐ落ちてしまうんじゃ意味がないわよね」
「伸びたワイヤーに布きれを巻き付けるだけでも少しは違うのでは?」
「連結部にはまり込む何かがあれば……」
所員達の考察が次々と耳に入ってくる。現実的に考えるなら、連結の瞬間に何かを挟み込むのはリスクが高い。布をワイヤーに巻き付ける案は、難易度は低そうだが、効果はいかほどか……いや、いっそ巻き戻される前に連結部にダメージを与えればあるいは?
色々と自分でも考えてみて、ふと思い付いたものがあった。
「なあ、誰か鉛のインゴット持ってるか?」
「あ、持ってます」
「ちょっと貸してくれ」
男性所員が自身の【空間収納】から鉛のインゴットを取り出してくれた。長さ20センチ、幅は5~6センチくらいか。これをああすれば、いけるだろうか。
「真ん中にぐるっと、幅1センチくらいのくぼみを作ってくれるか? あと同じ物が数個ほしい」
「ちょっと時間をください」
戸惑いつつも、男性所員が作業を開始する。
「簡易ゴーレム、残り3体!」
あれこれ相談している間にも魔銀ゴーレムが10体いた簡易ゴーレムを次々に叩き潰していた。やっぱり戦力にはならないか。こっちの準備ができるまで、もう少し時間稼ぎをしなければ。
「前に出る。できたら教えてくれ」
簡易ゴーレムの大量生産での足止めも限度があるだろう。それにそろそろ大きなダメージも与えておきたいところだ。いっちょやるか。
もう少し距離が欲しかったので魔銀ゴーレムから更に離れる。ボスフロアが広くてありがたい。十分に助走をつけることができるからな!
両足に【魔力撃】を込め、床を蹴る。前傾姿勢で加速しながら魔銀ゴーレムへと駆けた。アインファスト防衛戦の時を思い出す。違うのは、あの時以上に俺は強くなっているということだ。
最後の簡易ゴーレムが打ち砕かれたのが見えた。魔銀ゴーレムはこちらに背中を向けている。何だあれ、バーニアみたいに見えるものがある。まさかあれで突進とかもできるのか? それとも飛ぶのか? 見てみたくはあるが、それがこちらの脅威になるのは勘弁だ。
間合いに入ったので、跳んだ。体勢を変え、両足を揃えて魔銀ゴーレムに向ける。いまだ名も分からない流派の、アーツの1つ。再現できた中で、一番打撃力の高い技。今の俺は人じゃない。眼前の壁を打ち砕く攻城兵器だ。
「【破城鎚】っ!」
渾身の一撃が魔銀ゴーレムの背中へと突き刺さる。重ね掛けした【強化魔力撃】の威力も乗り、巨躯が浮いた。身体を支えることができず、魔銀ゴーレムが倒れ伏す。
両足に生じた副作用の痛みを無視しながらニトロ達の元へ戻る。さすがにダメージは通ったはずだが、ここに来るまでに対峙した大型のゴーレムのように吹っ飛んだり砕け散ったりはしていない。
振り向くと、ゆっくりと魔銀ゴーレムが身を起こしていくのが見えた。背中にあったバーニアみたいな物は1つが潰れているし、装甲が歪んでいるのも分かる。だが、それだけだ。
まったく嫌になってくる。今からでも額に、削ったら機能停止する文字が浮かんできたりしてくれんかなぁ?