第158話:ツヴァンド鉱山ダンジョン3
ロックワームの肉は、意外なことに【魔導研】メンバー全員に受け入れられた。
そのついでというか、ダンジョンアタック中のメシの提供を別口で依頼された。彼らは彼らでメシの準備をしてはいたが、屋台の料理を適当に買い込んでいただけだったのだ。
食材自体はかなり在庫があるし、どうせ俺とニクスは自分のを作る。人数が増えたところで大した手間ではないので、全食事を引き受けることにした。
1階層のボスフロアの扉については回収できてしまった。この情報は鍛冶プレイヤーにはいいネタになるんじゃなかろうか。
あと、試してみたら床の石畳や石壁も回収可能なことが分かった。サイズの揃った石材ということで、これは石工や建築系のプレイヤーが知ったら喜ぶかもしれない。
ログイン146回目。
10階層のフロアボスまではマッピングが完了していて、最短で進むことはできたのだが、俺達の目的は鉱石の採掘と、ゴーレムの資源としての回収だ。鉱脈の配置と種類はランダムで、ゴーレムの湧く位置や種類もランダムとあっては、フロア全体を一通り回らなくてはならない。マップを埋めるように動くこととなった。
そうなると当然、探索には時間が必要だ。俺達には現実での都合もある。ログアウトしてそれぞれ現実をこなし、GAOで合流して探索をする、という具合で進むしかなかった。
そんなこんなで今、俺達は10階層のボスフロアの手前で最後の休憩をとっていた。この位置はセーフティエリアではないが、敵が侵入してこないんだそうだ。ボスに挑む準備を許容してくれているようで、GAOの仕様にしては随分優しいと思える。
「ここまでの探索の成果は上々だった。後はここの魔鋼ゴーレムを倒すだけだ」
これから戦闘だというのに、上機嫌でニトロが言った。【魔導研】の連中は皆、似たようなものだ。鉱石もそうだが、金属製のゴーレムもそこそこの数を潰すことができた。特に機械型ゴーレムは、浮遊タイプだったり魔術系の攻撃をしてきたりと機能的にも変わった個体が多く、【魔導研】としては垂涎物の収穫だったのだ。なるべく壊さないように壊してくれなどと訳の分からない注文もされたが。
「ただ、倒した後のことを考えると憂鬱でもあるな」
続くニトロの言葉に、あー、と溜息をつく【魔導研】。どういうことかというと、ダンジョンの外に出る時のことだ。GAOのダンジョンには、ダンジョンもので見かけることがある『あの設定』がないのである。
それは、ショートカット。ボスを倒すと地上への転送ポートが出現する作品があるが、GAOにはそれがない。だから、ダンジョンの外に出るには来た道を引き返さなくてはならないわけだ。その際、ボス部屋を除いて普通に敵が湧いて出る。
それに、攻略済みの階層へ直通で行ける仕組みも存在しない。一度ダンジョンの外に出たら再び1階層から順に進まなくてはならない。当然ボスも復活している。だから深い階層に進むなら、ダンジョン内に長時間篭もらないといけない。ああ、日の光が懐かしい……
「帰りは最短ルートを突っ切ればいいんだから、まだマシだろう。とにかく終わったらゆっくり風呂に浸かりたい」
俺は手にしたパンにかぶりつく。20センチくらいの固めの長いパンに縦の切れ込みを入れ、そこにロックワームの肉と塩胡椒で味付けして炒めたキャベツを挟んであるジャンクな一品だ。ロックワームはあれから何匹か狩ることができたので有効に使っている。現地調達万歳!
「お風呂……入りたいですね……」
【魔導研】の女性所員の1人が重々しく呟いた。それに頷く他の女性所員とニクス。
気温が低いといっても、俺達は戦闘で激しく動くし、【魔導研】は採掘でツルハシを振るうので汗はかく。長時間潜らないといけないダンジョンでは結構切実な問題だ。
汗に加えて体臭の問題もある。一応、湯と布で身体を拭いたりはしていたが、やはり限度はある。気にしているようだったので、手持ちの消臭剤と香水を出してみたら、女性所員達にすぐ売れた。香水は調薬の時に気まぐれで作った出来の悪い物だったが、それでも欲しいと言われたので在庫を全て放出しておいた。
ニクスは消臭剤だけ。香水は狩りに影響しそうだからちょっと、とのこと。鉱山ダンジョンに限って言えばそんなこと気にしないでいいのに。嗅覚で獲物の存在や迫る危機を感知するタイプの敵はいないはずだ。
一応、ダンジョン内での風呂に関しては、解決方法がなくもない。人間1人が入れる大樽に湯を詰めて【空間収納】に入れておけばいいのだ。実は俺、それで1個確保してるんだけども、さすがに今回使う気はなかったし、彼女らに提供する気もなかった。足りんし。
「全部片付いた後のお楽しみだと思えば、気合いも入るだろ」
パンを食べきって手を叩き、ボスフロアを見る。石造りの広間で、奥には次の階層への通路を塞ぐ大扉がある。今までのボスフロアと変わりない。
そこには今は何もいない。俺達が入って一定時間が経てば壁が増殖して入口が消え、ボスが出現する仕組みだ。
「ここのフロアボスは魔鋼の魔法型ゴーレムだったな」
「ああ。魔鋼の種類もいくつか確認されているが、新種でない限りは、今までのゴーレムと同じ対応で問題ない。あと、一度だけだが金剛鉱の魔法型ゴーレムが出たという情報もある」
「金剛鉱って……マジか? こんな浅い層で出るような敵じゃないだろ。倒したら値崩れ起こすんじゃないか?」
「動画もスクショもそのプレイヤーが公開しているからガセではない。あとフィスト殿。それは【解体】持ちでないとできない発想だ」
あ、そうか。普通に倒してもインゴットがいくつか出る程度だったっけ。ドロップの仕様を失念していた。俺にとっては、倒した敵はその場にそのまま残るのがデフォだしなぁ。
パンを食べ終えたニトロが立ち上がる。周りを見ると、全員食事は終わったようだ。
「よし、それでは行こう」
装備等を再確認し、俺達はボスフロアへと足を踏み入れた。簡易ゴーレムを含めた全てが入り終えて10秒ほどして、フロアの中央付近が揺らいでボスが出現する。
「機械型?」
男性所員の誰かの声が聞こえた。現れたのは3メートルほどの鉄色のゴーレムで、可動部が作り込まれた機械型のゴーレムだった。メイスと盾も持っていて、重厚な騎士を彷彿とさせる。
「初めての例だな。この階層でも機械型が出るのか。1機なら、特殊な機能を搭載していない限りは苦戦もないだろうが――!?」
言いかけたニトロの言葉が止まった。目を見開き、ゴーレムを凝視している。
「どうした?」
「このゴーレム……魔銀製だ!」
「何?」
魔鋼じゃないのか? 魔銀? 金剛鉱でもなく?
「所長! こいつのメイス、金剛鉱ですよ!」
「盾も魔銀だなんて……なにこの化け物!?」
「あの……どういうことなんでしょう?」
所員達が騒ぐ中、隣のニクスが小声で聞いてくる。そういやファンタジー系にはまだ疎かったっけ。
「武装も含めてレアな金属で作られた、めっちゃ強そうなゴーレム、ってことだ」
自分で言葉にしてみてから、かなりマズいんじゃないかと思えてきた。稀少金属製のゴーレムと戦うのはこれが初だ。というか、俺は稀少金属を殴ったことがない。効くのかなぁ……
「と、とにかく! やることは変わらない! 簡易ゴーレムを前へ! 使用魔術は単体用の誘導魔力弾系! それからカメラ回せ!」
ニトロの指示で所員達が動きだす。簡易ゴーレムが前進し、所員達が詠唱を始めた。
ちなみにカメラというか撮影については、ダンジョンに来る前に話し合い済みだ。撮影者を女性所員に限定し、探索と戦闘の時のみという条件で了承してある。公開する場合は俺達のチェックを受ける、という徹底ぶりだ。
魔鋼ゴーレム戦を想定していたので、簡易ゴーレム達の得物はメイスやウォーハンマーといった打撃系ばかりになっている。接敵した簡易ゴーレム達が手にした武器を魔銀ゴーレムへと叩き込むと、鈍い金属音が次々と響いた。そして――
「は……?」
それは誰の声だったか。ひょっとしたら俺自身の声だったかもしれない。魔銀ゴーレムが振り下ろしたメイスが、簡易ゴーレムの1体を一撃で叩き潰したのだ。メイスに砕かれた簡易ゴーレムが消え、持っていたメイスと盾だけがその場に残る。残った簡易ゴーレムが攻撃を続けるが、ダメージが通っているようには見えない。
「ニクス! 前に出るぞ!」
「はっ、はいっ!」
遠からず簡易ゴーレムは全滅する。そこでニトロ達に向かわれると厄介だ。俺達であいつを引き付けなければ。
突進する俺達を追い越して、ニトロ達が放った魔術が次々と魔銀ゴーレムへと命中する。少しはダメージになっているのだろうか?
「うらあっ!」
【強化魔力撃】の3倍掛けで、魔銀ゴーレムの脚部をぶん殴る。大きな金属音と共に、魔銀の硬さがガントレット越しに伝わってきた。わずかによろめくことすらなかった。なにこのばけもの。
「ふっ!」
俺が離脱したタイミングで、続けてニクスが金剛鉱製の剣に【強化魔力撃】を乗せて叩き付ける。魔銀と金剛鉱、どっちが強い?
「……駄目です!」
間合いを取ったニクスが叫ぶ。離脱しながらニクスの攻撃した部分を見ると、ほんのちょっと傷が入っているように見えた。一応、金剛鉱の方が硬い、ということでいいだろうか。
俺の一撃も僅かながら通じたようではある。【強化魔力撃】を更に重ねるか? いや魔力の配分もあるしな……
考えている間にも簡易ゴーレムが次々と叩き壊されていく。何とかしなきゃならないが、まず厄介なのが金剛鉱のメイスと魔銀の盾だ。あのメイスの一撃をまともに食らえば間違いなくお陀仏だし、盾だって壊せる物じゃない。あれが奪えれば戦闘力は落ちると思うのだが。
「ニトロ博士! こいつの弱点はっ!?」
「今しばらく時間と予算を、などと言ってはおれんな。見たところ、右マニピュレーターは3本指だ。1本でも折ることができたら、メイスを把持しての攻撃は困難だと予想できる。盾も左腕に固定されていないのであれば同様に奪うことが可能かもしれん」
その指摘のとおり、魔銀ゴーレムの手には、2本と1本に分かれてる、レトロなブリキロボットのような3本指が付いている。1本の方をへし折ったらメイスを落とすだろう。ただ。
「全長相応の大きさだし魔銀製だろ。そう簡単にいくかね」
下手に殴って歪めると、そのまま固定されてしまうかもしれない。これがよくある人型機動兵器みたいに5本指だったらまだ簡単だっただろうけど。あ、簡易ゴーレムがまた1体、真横へ飛んでいった。
「射撃魔術で集中砲火とかは?」
「必中すると言っても、狙った箇所を確実にとなると厳しいな」
でも、やるしかないか。まずはメイスだけでも手放させたい。となると、狙うは1本指の方か。
「ん?」
魔銀ゴーレムが簡易ゴーレムを無視して、牽制のつもりか盾をニクスへと突き出すのが見えた。幸いなことに左手も右手と同じようだ。だったら指を壊せれば盾も落とすことができそうだ。
「ニクスさん逃げてっ!」
しかし、女性所員の悲鳴にも似た声が響くと同時、魔銀ゴーレムの左前腕が飛んだ。
「ロケットパンチ!?」
「いや、ワイヤードフィストっ!」
驚愕と歓喜が混じった他の所員達の声の中、目を見開いたニクスが慌てて横へと跳んだ。間一髪、魔銀の盾はニクスのいた場所を通り過ぎ、途中でピタリと止まって床へと落ちる。
よく見ると飛んだ前腕から伸びたワイヤーのような物が肘と繋がっている。いや、前腕が全部飛んだわけじゃないのか。肘に近い部分は残っている。
で、あらためて右腕を見ると、形状は同様だ。てことはあれか、右腕もああやって飛ぶのか?
そんなことを考えている間に魔銀ゴーレムが身体を旋回させた。左腕はそのままだったので、盾がまるでフレイルのように振るわれることになる。盾と左腕の直撃を受け、残った簡易ゴーレムが砕けて消えた。あんなこともできるのか。
それよりも。
「何で、あれが来るって分かった?」
予備動作は盾を構えただけ。それだけであれが飛ぶだなんて想像できたのだろうか? それとも別のゴーレムで同じ機能の奴がいたとか?
「肘の辺りの魔力の量が急激に増えたんです。まるで爆発するみたいに思えて、それで何かあると思って咄嗟に……」
という女性所員の返事。でも彼女の判断がニクスを救った。もう少し遅かったら、直撃とはいかないまでも食らってた可能性が高い。グッジョブだ女性所員さん。名前、覚えてないけど!
ともあれあいつへの対処だ。あのワイヤー、うまく切ることができれば、それだけで腕を無力化できる。なんて思ってたら腕が巻き戻されていく。そりゃそのままにはしないよな。
でもまあ、糸口は見えた。とにかくあいつを何としてでも倒そう。食えない奴に殺られるのは勘弁だ。
「ニトロ。撃破最優先だ。なるべく壊さないでくれなんて言うなよ」
拳に【強化魔力撃】を込め、返事を待たずに前に出た。