第157話:ツヴァンド鉱山ダンジョン2
鉱山ダンジョンを進む。内部は自然洞窟型で、人の手が入った造りではない。次の階層に向かう階段の箇所だけは人工物っぽくなるのがデフォルトだそうだ。
簡易ゴーレムが進む後ろを俺達が続く。坑道と違って通路の広さは一定ではなく、幅も高さも変わる。自然物系のダンジョンでもトラップはあるそうで、魔術系スキルや知識系スキルがメインの【魔導研】にそれを見抜く術はない。よって、簡易ゴーレムを先行させる。落石や落とし穴が多く、時々簡易ゴーレムが引っ掛かっていた。うん、どこにトラップがあるか、サッパリ分からん。
「む、そこに鉱石が」
簡易ゴーレム達が止まり、ニトロが取り出したツルハシを壁に叩き付ける。俺にはただの岩にしか見えない。
何度か穿った岩肌を確認し、ニトロが崩れ落ちた石を拾い上げ、こちらへと見せた。
「主に銀だな。フィスト殿達の取り分だ」
そう言われても、この部分が銀だろうというのが、ニトロが指してくれたお陰で辛うじて分かる程度だ。
「銀鉱石って銀しか含まれていないわけじゃないんだっけ? 確か、金なんかも混じってるとか」
「うむ。何かの鉱石と言っても、複数の有用鉱物が含まれていることは多い。さっきフィスト殿も言ったが、これには金も含まれている。無論、微々たるものではあるがその他の鉱物も」
そういや昔、日本の製錬技術が未熟だった頃は、海外が日本の銅を買ってそこから金銀を分離して荒稼ぎしたとかいう話もあったっけ。戦国時代を舞台にしたラノベとかだと定番と言ってもいいネタだ。
「それ、普段はいちいち分離してるのか? 大変どころじゃないだろ」
「純粋に技術でやると手間なのは確かだが、スキル上げには使えるので、可能な限りは、といったところだな。【錬金術】スキルで分離抽出も可能なのだが、魔力の消費が激しく、効率なにそれ美味しいの? といったレベルだ。時間は掛かると思うが、今回の探索で得た鉱石から抽出できた貴金属は、フィスト殿達に引き渡そう。一旦、こちらで預かっても?」
「そりゃ構わないが。そこまでしてくれなくてもいいぞ?」
分配の交渉の時も思ったが、こちらに便宜を図りすぎだと思う。俺もニクスもそこまで貪欲に利益を求める気はないんだけども。守銭奴だと思われてるんだろうか?
「そうは言うがな。今の我々には【解体】スキルを修得する覚悟がない。そんなところに時間と労力を提供してくれるのだから、恩には報いたいのだよ」
「やっぱりグロは厳しいか」
「倫理コードの解除はきつい。他人の行動にまで適用されると尚更な。我々とて、無機物ばかりを取り扱うわけではない。生物素材の回収だって必要なことがあるし、実験の失敗で負傷することもある」
ニトロの言うことは理解できる。自分が傷つけた時や傷ついた時だけでなく、周囲の行為にすら適用されるからなぁ。まさに世界の色が変わる選択であり、迷って当然だろう。俺が平気だったのは現実での慣れがあったからだ。有用なスキルだからと他人に勧めることはあっても、無理強いするほど俺は鬼畜ではない。
「フィストさん、前から何か来ます」
ニクスの言葉で視線を動かす。【気配察知】を発動させると、10体ほどの何かが近づいてきていた。【聴覚強化】で耳を澄ませば、固い足音も聞こえる。
「来たか。ニクス、準備を」
「はい」
ニクスが【空間収納】から取り出した物がある。それは一振りの剣。形状はロングソードだが刃は付いておらず、拵えも簡素な物だ。ラーサーさんからニクスが借りている、訓練時に使用している剣らしいのだが、実は金剛鉱製だったりする。ダンジョンに誘った時にシザー達が目を剥いて詰め寄っていたのは記憶に新しい。
ラーサーさんとしては、自分の一撃で簡単に壊れず、筋力鍛練にも使える便利な武器、程度の感覚だったんだろうけど、刃がないことを差し引いても結構な逸品だ。使用に制約はないらしいので、これが今回のニクスのメインウェポンとなる。
そうしているうちに標的が姿を見せた。岩を削り出して作った人型、というのが第一印象だ。あれが鉱石ゴーレムなんだろう。武器は持っていない。
「では、打ち合わせどおりに」
ニトロ達が指示を出すと、簡易ゴーレム達がその場に留まり、盾を構えた。今の通路はかなり広かったが、簡易ゴーレム達が横並びになって何とか塞げた。
続けてニトロ達が呪文を唱えると、手にした杖の先端から光の矢が飛び出して、鉱石ゴーレム達に次々と突き刺さった。ダメージは通っているようで、身体の表面を割られて一瞬だけ動きが鈍る。あ、1体は砕けて倒れた。ダイスが回ったか?
怯むことなく接近してきた鉱石ゴーレムを、簡易ゴーレムが迎え撃つ。とは言ってもその場で壁になるだけで、直接の攻撃はしない。足止めだけだ。
さて、俺達の出番だ。
この場所は天井も高い。ゴーレムを跳び越えるくらいの空間の余裕があったので迷わず前に駆けて跳躍する。
簡易ゴーレムの頭上から、そいつが対峙している鉱石ゴーレムの頭を蹴ると、固い感触と共に頭部がもげて奥へとすっ飛んでいった。身体もそのまま倒れていくので、念のために足に【魔力撃】を込め、胸部に当たる部分を着地と同時に踏み砕いた。
「私の前を少しだけ空けてください!」
叫んでニクスが突進する。ニクスの前にいた簡易ゴーレムが道を空けると、そこから鉱石ゴーレムが入ってくる。ニクスは盾を構えたまま鉱石ゴーレムにぶつかった。後ろへよろめいた鉱石ゴーレムに、続けて剣を突き出して更に奥へと追いやる。空いた空間を簡易ゴーレムが再び塞いだ。
着地した俺は、振り向きざまに右裏拳を別の鉱石ゴーレムの背中へと叩き付ける。ふむ、【魔力撃】がなくてもダメージが入ったな。思ったより脆いか?
更に【拳鎚撃】を起動し、拳をまっすぐ振り下ろすと、ぐしゃりと頭部が砕けた鉱石ゴーレムが力を失って崩れ落ちた。
ニクスは1体目を仕留めて、背を向けている別の鉱石ゴーレムに斬りかかる。金剛鉱製の剣は簡単に鉱石ゴーレムの頭を叩き割り、胸辺りまで食い込んだ。剣の重さと頑丈さもあるんだろうけど、ニクスの剣筋もいい。ラーサーさんとの訓練で、技量は確実に上がっているようだ。
ニクスの邪魔にならないよう、反対側の鉱石ゴーレムに直蹴りを放つ。さっきの奴より固く、【魔力撃】込みなのに損傷が少ない。重量もあるのか少しよろめいただけで終わった。敵意がこちらへと移ったのが分かる。こいつら鉱石の種類によって強度も違うのか?
振り回される腕を一歩下がって回避し、【拳鎚撃】での一撃。重い手応えと共に身体が砕けたが倒すには至らない。
「だったらっ!」
【強化魔力撃】を起動。一撃を腹にぶち込み、貫通型の魔力爆発に変えて解放すると、鉱石ゴーレムに風穴が空き、そこから罅を走らせて崩れていった。うむ、固い奴にはこれが一番か。
簡易ゴーレムを相手にしていた鉱石ゴーレムが2体、俺へと向きを変えた。でも、もう遅い。両拳に【強化魔力撃】を込めてそれぞれの腹部へと叩き込むと、微塵に砕けた身体が音を立てて散らばっていく。
これでこっち側は片付いた。振り向いてみればニクスの方も最後の1体を相手にしているところだ。鉱石ゴーレムの右拳を盾で受け流し、すくい上げるような斬撃が左脇腹へと食い込んだ。両断された鉱石ゴーレムは地面に落ち、その身を更に細かくして活動を停止する。
次を、と振り向いたニクスの動きが俺を見て止まった。
「お疲れ。さっきので最後だ」
後続がいるか【気配察知】で確認しても、反応はない。そう言ってやると、ニクスが肩の力を抜いた。ゆっくりと、大きく息を吐いている。
「資源回収を頼む」
声を掛けると所員達が鉱石ゴーレムを【空間収納】に放り込んでいく。破片も無駄にする気はないのか、箒で掃き集めている。
「それにしても殲滅までが速いな。我々ではこうはいかん」
「数も少なかったからな」
近づいてきたニトロの感想に、そう答える。このダンジョン、一度に現れるゴーレムの数が多いらしく、聞いた話じゃ、鉱石ゴーレム数十体に文字どおり押し潰されて全滅したパーティーもあるらしい。今回は10体程度だったし、単体の強さもそれ程ではなかったから、思ったより楽に片付いた。
「無機物相手の戦闘はどうだった?」
「人との模擬戦とも、動物との実戦とも違いますね。全ての個体の行動パターンが一緒なのかと思えばそうではなく。表情もないので、そちらから相手の行動を読む、ということができませんし、微妙にやりづらいです」
ニクスに聞いてみると、そのような感想。そもそも命がない相手だから、結構無茶な特攻もしてくる。今まで人と動物しか相手にしていないニクスには戸惑うところも多かっただろう。
「さて、鉱石ゴーレムについてはあんな感じだってのは分かった。俺とニクスだったら現時点では魔術攻撃の支援はなくてもよさそうだと思ったんだがどうだ?」
「そう、ですね。次で検証してみるといいと思うのですが、鉱石のゴーレムに関しては、なくても問題ないのではと感じました」
「ふむ。ならば鉱石ゴーレムの時は、強化系の付与を入れることにするか。数が多い時は、私達は後ろの奴から叩いていけば効率もよさそうだ」
効率よく進むための手順を相談していく。
その後も探索を続け、出てくるゴーレムを資源にしながら、見つけた鉱石を採掘しながら進み、第1階層のフロアボスを撃破した。人間サイズが4メートルくらいの巨人サイズになっていただけで、撃破には特に苦労はなかった。
ここは床も石が敷かれていて、広さもある。休憩ということになり、【魔導研】の連中は二手に分かれて作業している。
1つはこの階層で得た鉱石等の確認と振り分け。一旦全てを【空間収納】から出して選別している。
もう1つは、次の階層へ続く扉の調査。扉はボスを倒したことで開いており、下の階層への階段があったわけだが。「その扉、外せないのか?」と俺が疑問の声を上げたのが原因だ。扉は金属製の頑丈な両開きで、高さ約3メートル、幅約2メートルくらいに見える大きさだ。あれが外せればかなりの資源確保になるんじゃないだろうか、と。
ダメ元でやってみるかということで、現在、簡易ゴーレム達も使って扉の外周の岩を掘り進めている。
で、俺はと言うと。フロアの隅っこに移動し、【空間収納】から取り出したテーブルに戦利品を出していた。
ロックワームというモンスターだ。体長は1メートル、太さは10センチくらいだろうか。見た目は、ヤツメウナギの口を持った、ゴツゴツしたミミズといったところ。鉱山ダンジョンに出る、数少ない有機系モンスターだ。
岩を食って生きる生物なので、基本的に生物を襲うわけじゃない。ダンジョン以外にも出るらしいが、あちこちに穴を掘られると落盤の危険性が上がるので、見つけたら仕留めるのが推奨されているとか。
ダンジョン内だとそんな心配も無用だし、経験値稼ぎが目的でない限りは倒す必要もないわけだが、俺としては見過ごすわけにはいかない。というわけで、見かけた1匹だけ仕留めておいた。理由? 食うためだよ!
「皮は固いな。弾力もあってゴムみたいだ」
「何か使い道があるでしょうか?」
「どうだかなぁ。一応皮だから、シザーのところに持ち込んでみるか」
俺とニクスでロックワームを解体する。ひとまずは頭というか口部分を落とし、節に沿って切断していく。
「ん、血は出るのか。でもこれ、血抜きとかどうするんだろうな」
「ぶつ切りにして水洗いしましょうか」
「肉は……うん、特に妙な匂いがするわけじゃないな。普通に生肉の匂いだ」
「内臓は……ああ、石ころだらけですね。ぶつ切りの前に内臓を抜いた方がよかったかもしれません」
「まあ、今回は内部の把握優先だ。それに、不味いならもう獲らないだろうし」
「あ、これ、食べた物に鉱石も混じってますかね?」
「それっぽく見えるな。後でニトロ達に見てもらうか。てことは、こいつのフンとかにも鉱石が含まれてる可能性があるな」
「ミミズのフンは肥料に使えると聞いたことがありますけど、ロックワームのはどうでしょう?」
「どうだろうな。というか、こいつらここからどうやって栄養を吸収してるんだか」
などと話しながら作業を続け、ひとまず食べてみることにする。
熱したフライパンに油を落とし、皮を剥いてスライスしたロックワームをそのまま焼いてみる。いい音が耳を、いい匂いが鼻を打った。
「匂いはいいですね」
「油断するな。匂いがいいのに味が最悪な食材もあるからな」
片面が焼けたところでニクスが肉をひっくり返し、それから少しして肉を取り上げた。半分に切って小皿に乗せて、こちらに1枚を差し出してくる。
見た目は普通だ。ミミズの肉だとは思えない。さて、お味のほうは、と。
指で摘まみ、ひと囓り。もぐもぐ……
「味は……何でしょう、これ。変わった味ですね」
「コンビーフっぽいな、味は」
ロックワームの肉は、コンビーフ味だった。
「普通に食べられるお肉ですね」
「厚めに切ってるから、コンビーフ味のハムっぽいな。悪くないぞ」
こりゃいいや。ミンチにしたらまんまコンビーフみたいに使えそうだし、野菜と一緒に炒めると美味そうだ。
「次に見かけたら積極的に狩るか。ニクスも欲しいか?」
「はい、是非」
女性だからワームとか苦手な部類かと思ったが、案外たくましいニクスだった。
「せっかくだから、こいつはこの場で料理してみんなのメシにするか」
「一応、何の肉であるのかは説明しましょうね」
「だな」
正体を知って食べたくなくなる奴が出るかもしれない。要らないというものを無理に勧めるつもりもない。欲しい人だけが食べればいいのだ。