第156話:ツヴァンド鉱山ダンジョン1
鉱山ダンジョンへ行くメンバーは【魔導研】の所員。ニトロ以下10人。
俺はニクスとの2人パーティーで参加する。無機物との戦闘がメインなので、クインには自由に動いてもらうことにした。ニクスは新調した装備の慣らしにどうかと思って誘ったところ、承諾してくれたので連れてきた。壁役をメインに動いてもらおうかと考えていたのだが、意外な攻撃手段を持っていたので、【解体】スキル要員としても活躍を期待したいところだ。
今回のダンジョンアタックについては10階層までとなっている。フロアボスが魔鋼製の魔法型ゴーレムらしく、そいつを資源として回収するのが一番の目的となる。
あ、魔法型ゴーレムってのは、構成物がそのまま不思議パワーでくっついてるタイプのゴーレムのことだ。ファンタジーで石ころが寄り集まってできるゴーレムとか。今回の鉱石系ゴーレムもこちら。
それとは別に機械型ゴーレムというのもあって、これはファンタジーではなくSF寄りのゴーレム。動力が不明であっても、動くための構造と仕組みを備えているタイプを【魔導研】ではそう呼んで区別しているらしい。【魔導研】が作っているゴーレム馬もこちらだ。
で、ダンジョンアタックにおける利益の分配についてなのだが。
最初は、貴金属系は全て俺達が、それ以外の戦利品は俺達と【魔導研】で折半し、俺達の戦利品の中から必要な物があれば、更に買い取る、というニトロの提案だったんだが、それだとこっちがもらい過ぎになると思えた。ただでさえ金属や金属鉱石は、俺達にはほぼ不要なことが分かりきってるわけだし、売却の手続きも面倒だ。売却分にしたって即金で支払える額に納まるかも分からない。
だから、各モンスターごとに条件を決めた。貴金属系の残骸は全部俺達でいいとして、金属と金属鉱石系は【魔導研】へ。後は適当に現金で払ってくれればいい、と。金属資源採取が元々の目的で、それ系のゴーレムが主な敵なのだからそれでよかろうと考え、ニクスにも了承を得た上でそうしようとしたのに、今度はニトロの方が、【魔導研】の方がもらい過ぎだ、と言った。全てを金銭換算して考えた場合、貴金属系だけでも俺達の実入りが極端に少ないかと言うとそうでもなさそうだったんだが、その時の敵の出現割合次第なので大きく偏るかもしれない、と。
そこから更に話を詰めた結果、条件はこうなった。
1:鉱石系ゴーレムの残骸のうち、稀少金属系鉱石の物は【魔導研】と俺達で折半。
2:鉱石系ゴーレムの残骸のうち、宝石系及び貴金属系鉱石ゴーレムの物は全て俺達へ。
3:その他鉱石系ゴーレムの残骸は全て【魔導研】へ。
4:金属製ゴーレムの残骸は全て【魔導研】へ。ただし、稀少金属製だった場合は相談。
5:金属製以外のゴーレムの残骸は全て俺達へ。
6:ゴーレムが携帯している武具は全て俺達へ。
7:有機物系モンスターの死体は全て俺達へ。
8:ドロップ品及び道中の鉱脈で採掘した物は残骸及び死体の取り扱いに準じる。
9:宝箱やその他特異な事案があれば、その都度個別に相談。
1については、ごく稀に魔銀や金剛鉱の鉱石ゴーレムが出ることがあるとのことで、鉱石系であっても折半、ということになっている。稀少金属は俺達の武具の素材に使えるからだ。魔銀はミスリル相当だが、金剛鉱ってのは重くて固い金属らしく、名前からしてファンタジー系で言えばアダマンタイトに該当するんじゃないかと勝手に思っている。そのうちオリハルコンに該当する金属も出てくるだろうか。
4のただし書きは、過去に金剛鉱製の魔法ゴーレムの出現情報があったことから条件に追加された。
5だが、高級石材製のゴーレムの出現例があるそうなので、換金素材扱いだ。他の石材も石工に売れるかもしれないし、家を作る時の資材に転用できるかもしれない。
6については、武具を持っているゴーレムもいるらしく、過去には魔法の掛かった物もあったそうなので俺達に権利をもらった。不要な物や、あちらが欲しい物は、【魔導研】に売却することになると思う。
7については、無機物だけかと思ったらワーム系等の生物も出ることがあるらしいので、これはそのままもらえることになった。
8のドロップ品は、【魔導研】がとどめを刺した場合の取り決めだ。何が落ちたかで判断する。鉄のインゴットが落ちれば【魔導研】だし、宝石が落ちれば俺達といった具合だ。
以上が、ダンジョン内で得た成果についての話。それ以外にも、現金の代わりに完成したゴーレム馬を一騎もらえることになった。完全破壊を除き、メンテと修理は永年無料。
こちらとしては不満はない。後は俺とニクスでの分配を決めるだけだ。まあ、宝石や貴金属の鉱石はほとんどニクスに渡してもいいと思っている。石材なんてニクスがもらっても扱いに困るだろうし、俺の都合の面が大きい。金銭面では今の俺は困っていないのだ。稀少金属は量次第だが要相談だな。あと武具と有機物系も。
ゴーレム馬は……どうするかね。移動手段としては特に魅力を感じない。自分で走った方が速いし、いざとなれば超特急暴風狼号がいるわけで。家を建てた後なら農耕用に使えるだろうけど、ゴーレムだと肥料の生産もできないから、これもニクスに渡してもいいかもしれない。別に購入する場合は割引してくれるらしいし。
ログイン144回目。
ツヴァンド南部の荒野を越えた山岳地帯にある鉱山へと俺達はやって来た。飛竜の出没地域を抜けた先だが、幸か不幸か道中で遭遇することはなかった。
「結構な賑わいだな」
鉱山と言うから、作業場や集積場みたいなものが集まった光景をイメージしてたんだが全然違う。鉱山の周辺にはいくつもの建物が建っていた。店や宿も並んでいる。こうなると、もはや街と言ってもいい程だ。
「ダンジョンが発見されてから、急速に発展したようだな」
ニトロの言葉にあらためて様子を見れば、確かに急造と思われる建物が多い。ダンジョンの探索者を目当てに金の臭いを嗅ぎつけた連中が押しかけ、整備したのだろうか。
坑道の入口はいくつもあるようだ。ダンジョンに繋がっている坑道は1つだけだというので、ニトロの案内で寄り道をせずに進む。
鉱山労働者と思われる体格のいい男達やダンジョン目当てっぽい武装した人達が行き交い、それらを客にしようと軽装の女性達が声を掛けている。人が集まればこうなるか。今後、厄介事も集まってくるんだろうなぁ。
「意外と緑が多いのですね」
周囲を見ながらニクスが言った。むき出しの岩肌ばかりの景色を想像していたようだが、鉱山周辺は多くの木が立っている。
「ちゃんと植樹をしてるんだろうな。鉱石を処理するのに火を使うだろうから、燃料を確保するためじゃないか?」
周囲の木を切って炭焼きをし、その後は植樹して木々を再生する。炭焼き施設のようなものも見えるし、予想は外れていないはずだ。以前、世界遺産の銀山に行った時に、そんな話を聞いたことがあった。いや、あれは別の鉱山の話だっただろうか。いずれにせよ、精霊魔法で生長促進もできるし、現実よりも効率よく緑を回復させているんだろう。
更に進むとしっかりした造りの建物が多くなり、人の通りも減ってきた。ほとんどの労働者は坑道や作業場の中だろうし、探索者達はダンジョンの中だろうから当然か。
やがて、目当ての坑道の入り口へと到着した。
「今日もダンジョンか?」
入り口の側にある小屋の中から、周囲で働く人達に比べて細身の男が尋ねてくる。格好は肉体労働向けではないので、役人さんだろう。
今日も、と言ったので、ニトロ達は何度もここを利用しているようだ。顔を覚えられているのもそうだろうが、今日のニトロ達は、白衣を模した揃いのローブというかロングコート様の物を身に着けている。要所に金属板を仕込んでいる防具で、外で活動する時はこれを装備するんだとか。集団になるとかなり目立つ格好だ。
「総員12名でダンジョンへの入場許可を願いたい」
答えたニトロが、役人さんに入場料を渡す。1人500ペディアで、総額6000ペディア。これで一旦外に出るまでは期限もなく滞在できるのだから安いと言えるだろう。今回、俺とニクスの分は【魔導研】が持つことになっている。
「行き方は分かるな?」
額を確認した役人さんが、それだけ言って書類を書き始めた。いつものことなのかニトロ達は何も言わずにそのまま坑道に入っていく。入場証とかそういう物はないのか。
ニトロ達に続き、坑道に入る。外とは違い、空気はひんやりとしている。少し肌寒いと思えるくらいだ。
坑道は要所が木材で補強されている。横幅は人が4人余裕で並んで歩けるくらいだから広めだ。足下は整地されておらず、天井や壁から漏れる水のせいか所々に水溜まりがある。端に浅く掘られた溝は排水路のようで、チョロチョロと水が流れていた。照明は魔術によるものらしいが、それ程明るくはない。
「あれは何でしょう?」
ニクスが指した先には鉱夫さんがいた。木でできた箱のような物についたハンドルを回している。唐箕に似た道具だ。
「坑道内に空気を送り込む道具で、似たようなのを見たことがある。それかもな」
火を使っていないと言っても、坑内の空気の循環は必要なんだろう。
「気になって以前聞いてみたら、そう言っていた。博識だなフィスト殿」
前を行くニトロから声が届いた。当たってたか。
「魔術的な何かで、もっと効率よくできててもおかしくないと思うんだけどな」
「できないことはないだろう。現実の家電のような魔具はいくらか再現したことがある。一応、魔具については住人達が色々と開発しているようだが、どちらかというと高級品志向で、庶民的な物が少ないように思える」
「その方面に切り込んだら、大もうけできるんじゃないか? 魔導扇風機とか魔導冷蔵庫とか。内政チート的に」
「普通の内政チートの定番は、GAOでは既存のものが多いようだからな。魔具方面で攻めるのは面白いかもしれん。まあ、ロマン探求の息抜きに、そういうのを作るのも悪くない」
どうも【魔導研】としては、ロボとかそういった「大きな物」を作っていきたいようだ。現実にない物を求めてるんだろう。
「この辺りは、細くて狭い穴がたくさんありますけど、空気穴とかでしょうか?」
坑道を進んでいると、ニクスが言うとおり、人がやっと通れるくらいの幅しかない穴がいくつもある。真横や、斜め下、あるいは斜め上と、方向に一貫性はない。
「現実と同じなら、そこは鉱石を掘った跡だな」
「難しい掘り方をするのですね……広く掘らないのは落盤防止ですか?」
俺が答えを知っていると思うのか、目についたものをニクスが質問してくる。いや、ある程度は分かるけどさ。
「えーっと、鉱脈のでき方の問題でな。難しいことは省くというかよく分からないけど、岩の隙間に入り込んだ熱湯に溶け込んだ鉱物が沈殿したとか何とか、みたいな話だった気がする。鉱脈はその隙間に沿うように形成されるから、それを追うように掘り進むわけだ。ニトロ博士、合ってるか?」
正確なところは覚えてない。こういうのは理系の人間に丸投げだ!
「誰が博士か……鉱脈形成の1つの形ではあるな。私も詳しくはない。GAO内でそれが適用されるかは分からないが、社長殿のインタビューを聞く限り、そういうところを再現していてもおかしくない」
「いや、そこまでこだわること自体がおかしいんじゃ?」
「力の入れどころがおかしいのは今に始まったことじゃないわよね」
所員達が口々に言って笑う。こだわりすぎの部分についてよく不満を言われるGAOだが、【魔導研】の連中にしてみればそのほうが面白いと思っていそうだ。
「そこを左だ」
途中で枝分かれした坑道を、ニトロの言うとおり左に入る。そこから少し行くと、広い空間に出た。兵士さん達が常駐していて、探索目的らしいプレイヤーや住人達がたむろしている。
ダンジョンの入口らしい場所は、石材で門が作られていた。いや、あれがあるからダンジョンの入口なのかもしれない。よく見ると、スウェインに見せてもらったアンデッドダンジョンの入口の画像に酷似している。
「あそこから中に入る。一種の転送装置のようになっていて、一定時間内に入った者が同じダンジョンに飛ばされる。ダンジョンの構造は今のところ同一のようだ」
ニトロの説明だと、門をくぐったパーティーは同じ構造の別ダンジョンに挑むことになるってことか? こういうところはゲーム的というか。他の探索者と鉢合わせすることがないなら、ダンジョン内でのドロドロした抗争は起きないだろうから、その方がいいんだろうけど。
「では、行こうか」
ニトロ達が門に足を踏み入れる。俺達も遅れないように続いた。
特に違和感もなく門をくぐった。抜けた先は真っ暗だったが、すぐに周囲が明るくなる。ニトロ達が魔術でも使って――
「……何だそれ?」
つい、聞いてしまう。ニトロ達【魔導研】の連中の眼鏡が全て光っていた。マグライトのように光が放たれている。怖っ!
「眼鏡に【ライト】の魔術を仕込んでいてな。光っていても眩しくないし、ここぞという時に光を反射するように光らせることもできる」
光量を抑えて誇らしげにニトロが言った。そういや先日も都合よく光ってたっけ。ネタ装備かよ! いや、実用面もクリアしてるのか? 見たい部分を照らせるわけだし。しかしそうなると、だ。
「進む時はお前達が前に出るってことでいいのか?」
「いやいや、ちゃんと先導は出すよ」
所員の1人がそう言うと、皆が【空間収納】から何やら取り出した。それは薪くらいの木や手の平大の石で、何やら文字のようなものが刻まれている。呪文を唱えながらニトロ達がそれらを前方に投げると、光を放ちながら150センチくらいの大きさの不格好な人型になった。
「あー、GAOにもこの手の魔術があるのか」
簡単な命令を聞く簡易ゴーレムを作る魔術だ。魔術師ばかりの【魔導研】がダンジョンアタックできた理由はこれか。こいつらを壁にして、後方から魔術攻撃をしてたんだろう。
できた人形に、別に取り出したメイスやウォーハンマー、盾を持たせ、先端と盾にも【ライト】の魔術を掛ける。こっちがメインの光源か。ニトロ達が眼鏡の光を消していく。
「さて、こちらの準備はできた。そちらはどうだ?」
「俺はいつでも」
「私も大丈夫です」
応えて俺とニクスはマントを脱ぐ。俺の方は改修が終わった革鎧を着ただけで、今までと変わらない。
ニクスの方は、以前は硬革製腹鎧だったのが魔鋼製胴鎧に変わっている。脳裏に、労働者の名を冠するロボットが出てくる作品の機体がいくつか浮かんだ。翼付きの黒いのとか西独製のあれとか。あれじゃ足元は見え……元からか。
腰当てと草摺はなく、胴鎧の下から膝上くらいまでチェインメイルが垂れている。肩当ては魔鋼製だが、俺同様に簡易のものだ。
手甲と脛当ては新たに作り直したようで、腕には前腕当てが、脚には膝当てと革製の腿当て、足は鉄靴が追加されていた。腿当て以外は全て魔鋼製。
こうして見ると、女傭兵って感じだろうか。装備一式は実用優先で、装飾は一切入っていない。色も鉄色のままだ。これで鎧に豪華さが加われば、女騎士って感じになるんだろう。スティッチはそういう方面に持っていきたかったんじゃないかと思うけど、ニクスが華美を求めない方針だったから仕方ない。
装備している姿を見るのは俺も今回が初めてだ。様になってるというか、似たイメージだとアオリーンを彷彿とさせる。このまま【自由戦士団】に放り込んでも違和感はない。
「あの、どうでしょうか?」
俺が見ているのに気付いたのか、ニクスが聞いてくる。装備についての感想だろう。
「シザー達がしっかり調整してるだろうから違和感はなさそうだな」
「はい。注文どおり、私だけで着脱できるようにも作ってくれましたし。フィストさんの目から見て、おかしな部分はないですか?」
「んー、見た目や機能には問題ないだろ。重量が変わってるから、身体の動かし方とか行動時のペース配分とかは気を付けた方がよさそうだけど」
軽装だった時と同じ感覚では動けないだろうし、無理は禁物だ。
「一応、今回は完全装備で臨んでいますけど、普段はチェインメイルと鉄靴は着けないと思います」
「少し様子を見た後でチェインメイルを脱いでもいいかもな。着たままの方が体力や筋力の鍛練にはなるんだろうけど、今回は長丁場だ」
10階層に到着する間に、鉱石採掘もするのだ。野営を挟むことになるだろうということで、その準備もしてある。
「では行こうか」
ニトロの言葉で、所員達が指示を出す。灯りを持った命無き従者達が、隊列を組んで進み始めた。