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第154話:神殿2

 

 内庭に面した部屋に案内される。漆喰を塗っているのか壁は白い。調度は木製の机と椅子に戸棚。それからシーツを敷いた長テーブルは診察台だろうか? 薬草の匂いもするし、まるで病院のようだ。

「イェーガー大司祭。それに……フィスト殿?」

 部屋の中にいた女神官さんが、俺を見て反応した。んー……あ、ドラード防衛戦の時に見かけた人か。確か、ミシェイルの治療の場にいたはず、多分。

「ああ、貴方があのフィスト殿でしたか」

 女神官さんの言葉にイェーガー大司祭が振り返り、頭を下げる。

「アインファスト防衛戦の時はアルフォンス様を始め、騎士の方々を。ドラード防衛戦の折には街の住民達を救っていただき、感謝しております」

「どちらも偶然居合わせただけです。それに、防衛に参加したのは私だけではありませんし」

「それは分かっております。ですがフィスト殿は、ドラードの街ではなく、そこに住む者達を守ってくださった。住民を狙う魔族を優先して排除してくださったことは聞き及んでおります」

 あー、そりゃまあ。アインファストの時も同じだったし、そっちの手が足りないだろうってのは分かってたからで。魔族の質や、住人の腕力の問題で、アインファストの時ほど苦労はしなかったけど。

「テレマン商会の件と海賊の件など、結果としてドラードの危機や難題に尽力していただいた。フィスト殿は神がドラードに遣わしたのではないかとすら思えます」

 上機嫌でイェーガー大司祭が言葉を紡ぐ。何だろう、別の方からも包囲網が敷かれていくような……確かに他の街と比べて、ドラードとの縁が強くなってはいるし、地理や流通を考えると、ドラードに拠点を作ってもいいと思ってるけども。

「さて、それでは本題に入りましょうか」

 椅子を勧められたので座り、マントを外す。肘から先がない腕が露わになると、女神官さんが息を呑むのが分かった。ニクスは既に見ているからか、その気配はない。どんな顔をしてるのかは背後にいるから分からないが。

「獣に食い千切られたような傷ですな。この辺りでフィスト殿にこの傷を負わせる程となると……一つ目熊ですかな?」

「いえ、タコです。潜っている時に襲われまして。この近海に生息する種ではないようなので、後で狩猟ギルドを通して情報を上げておくつもりです」

「タコですか。漁師が被害に遭うことがたまにあると聞きますが……そうですな、情報は広めておいた方がよいでしょう。そちらはお願いいたします。では、腕のことですが」

 イェーガー大司祭が居住まいを正し、言う。

「再生は可能です。ただ、神殿での治療は慈善事業ではありません」

 身近に危険が多いGAO世界だが、医者は存在するしポーションなんて便利な薬もある。その上で神殿が何でも無償で治療をしていたら、それらの商売は成り立たないばかりか、一生をそれだけに費やしたって追いつかないだろう。対価を払うのは当然だ。

「いかほどでしょうか?」

「今回に限れば、20万ペディアで」

 イェーガー大司祭の告げた額は、大雑把に現実換算すれば200万円といったところだが、保険なんてない世界で、しかも失われた腕が元に戻ることを考えれば安いものだろう。しかも「今回に限れば」ということは、本来はもっと高額なはずだ。

「では、こちらを。30万ペディア、神殿へ寄進させていただきます」

 あらかじめ用意しておいた小さな革袋を【空間収納】から取り出した。中には白金貨を30枚入れてある。治療代は20万ペディアだが、差額はそのまま受け取ってもらおう。

 女神官さんが差し出した盆に革袋を乗せると、恭しく掲げて頭を下げ、部屋を出て行く。中身を確認するようなことはしなかった。

「ではフィスト殿はそちらの寝台へ」

 促され、俺はそのまま寝台へと寝転がる。マントはニクスが受け取ってくれた。

 少しして女神官さんが他の男神官さん達を何人も連れて戻ってきた。俺を見て頭を下げると、男神官さん達は戸棚の引き出しを開けて、幾つものベルトを取り出していく。ベルト? うわぁ、すっごく嫌な予感がするぞぉ?

「イェーガー大司祭」

「何か?」

「ひょっとして、痛いのですか?」

「そうらしいですな。私自身は欠損の経験がないので分かりかねますが」

 男神官さん達がベルトを使い、俺の身体を寝台に拘束していく。がっちり寝台に固定され、しかも男神官さん達が俺を取り囲んで待機している。これ、苦痛で暴れ回ることを前提とした配置だよな?

「えーと。1つお願いが。噛む物を用意していただければ」

「どうぞ」

 心配そうな顔をして、手にしたハンカチらしき布をニクスが口元まで持ってきてくれた。有り難く使わせてもらうことにする。

「よろしいですかな?」

 確認してきたイェーガー大司祭に頷くことで返事とする。さあ、覚悟を決めよう。大丈夫、プレイヤーには痛覚軽減措置がある。そんなに酷いことにはならない、はず、多分、きっと……

 イェーガー大司祭の口から声が漏れる。共通語で紡がれるそれは神々へと訴える言葉だ。

 彼の手は右腕の切断面へと翳されていて、それが白く光を放ち始めた。聖属性の魔力光にも似た、温かく優しい光だ。

 が、少しすると右腕に変化が起きた。切断面が熱を帯び、次第に痛みが生じてくる。熱と痛みが増し始め、熱い、痛い、熱い、痛い、とそれだけが頭の中を駆け巡る。それに耐えながら腕を見ると、少しずつではあるが確実に伸びていた。じわじわと、カタツムリの歩みよりも遅い速度で腕が生えていくのは不思議な光景だ。

 でも、思ったほどの苦痛じゃない。アインファスト防衛戦で【痛覚軽減無効】と【痛覚鋭敏化】が同時に出た時と比べれば、かなりマシだ。あれが異常すぎただけで、今も痛いことは痛いんだが、耐えられないことはない。そう思ったら少しだけ気が楽になった。痛覚軽減措置、素晴らし痛い痛い熱い痛い。

 男神官さん達は緊張した表情を崩さないまま、暴れたらいつでも取り押さえられるように身構えている。イェーガー大司祭は感心しているのか、笑みすら浮かべていた。ニクスは目を強く閉じて、俺のマントを抱くようにして両手を胸の前で握り締めている。

 痛いことには変わりがないが、周囲の様子を見る余裕すらあった中で時間が過ぎ。

「終わりました」

 イェーガー大司祭が告げた。失われていた腕は、指1本に至るまできっちり再生されている。切断面があった所が白い傷痕になっているが、些細なことだ。

「ありがとうございました」

 拘束を解かれたのでハンカチを取り上げて寝台から下り、礼を言う。ゆっくりと指を動かし、拳や手刀を作ったりしながら右腕を振るうが、動かすことの違和感はない。これで完全復活と考えていいだろう。

「いやはや、全く暴れないとは。さすがですな」

 ニコニコと笑いながらイェーガー大司祭が何度も頷いている。痛覚軽減措置という仕様のお陰だから、俺がすごいってわけじゃないんだけども。まあ、痛みに慣れていたってのはあるかもしれない。

 神官さん達はホッとしたような表情だ。いや、本当にさっきまでの緊張した様子が嘘のようだった。ひょっとして、俺が暴れたらどうしようって怖がってたとか……いやいや、そんなことは……

「ただ、治せるからと無茶はしないように。このようなことにならないのが一番なのですから」

「ええ。同じようなことにならないよう、精進します」

 釘を刺してきたので、素直に頷く。何度も大金を払って痛い思いをするのは避けたい。ん、そういえば。

「ところで、他に部位欠損の治療に来た異邦人はいたりするのですか?」

「何人かはいたようですが、金額を聞いて引き返す者ばかりだと聞いています」

 俺の疑問に、イェーガー大司祭が予想できた答えを返す。20万ペディアを超える金を出すより、死に戻りした方が絶対にお手軽だもんな。まあ、人は人、俺は俺だ。

「それでは、お世話になりました」

「あまり、心配を掛けるものではありませんぞ?」

 イェーガー大司祭が意味ありげに視線を動かしたが、それを追うことはせずに、曖昧に頷いておく。さて、と。じゃあ、お参りして次に行くか。



 ニクスから受け取ったマントを纏い、再度、神殿の奥へと足を向ける。

「あ、ハンカチありがとな。後で新しいのを買って返すよ」

 ニクスに断りを入れておく。結局、強く長時間噛み締めたことで、一部破れてしまっていたのだ。

「いえ、別にそこまでは……それに、繕えば直りますし」

 しかしニクスはそんなことを言う。

「ひょっとして、お気に入りだったか?」

「い、いえ、そういうことではなくっ。布製品ってGAOだと割高ですし、縫い物なんて現実では滅多にしないですけど、GAO内では服を繕ったりしているので、いい練習になると思って」

 そういうことか。俺は少々の綻びは気にしないし、派手に破れたら買い替えて、元のはボロ布として利用してるからなぁ。ニクスになら直せるのでは……いや、さすがに俺の服を繕ってくれとか頼むのはアレか。

「それならそれでいいけどさ。とりあえず洗ってから返すよ。あと、やっぱり別のハンカチも買わせてもらう。お礼って事で」

 シリアの時と違って、アップデートで唾が出るようになったからな。さすがに唾液まみれで返すわけにはいかん。

「どこか、いい店を知ってるか?」

「そこは、フィストさんのセンスに期待します」

「難易度高いなぁ」

 そんなことを話している内に到着した。他に人の姿はない。貸し切りみたいで得した気分だ。

 そのまま奥へと進み、カウヴァンの前で止まる。目を閉じ、治ったばかりの手を組んで祈る。腕を治していただき、ありがとうございました。ん、あれってカウヴァンの力ってことになるのか? それとも他の神々の?

 イェーガー大司祭の言葉を思い出すに、特定の神へ訴えるものではなかった。TRPGでは、複数の神々の中から一柱を選んで信仰することもあるけど、GAOでは特定の神のみに仕えるものではないようだ。

 で、創造神以外の神々だが。まずカウヴァンに向かって右手に、男神の像が立っている。見た目は30代といったところで、厳しめの面立ちだ。台座を見ると太陽神シャムロスとある。そしてその対面には、

「ん?」

 いなかった。台座はある。しかし、その上に像はない。

「修理に出しているのでしょうか?」

 ニクスも違和感を覚えたのか、台座を見ながら首を傾げている。現実だと、寺とかで文化財の修復のために仏像を一時的に引き上げることは珍しくないらしいが。

「そういう感じでもなさそうだけどな」

 それならシャムロスのように台座に名が刻まれているはずだが、何も書かれていない。いや、よく見ると、台座の表面に違和感がある。何だろうかと観察してみると、その理由が分かった。台座の正面部分だけが、他の部分よりも新しいのだ。同じ材質の大きな石版で上から覆ったのか。何故、こんなことを?

 不思議に思いつつ、入口に向かいながら他の神々も見ていく。

 シャムロスの手前には柔和な顔をした恰幅のいい男神。他の場所でも何度か見たことがある地神アルザフォス。

 その対面には、槍を持ち、薄衣を纏った女神。海エルフの村で見た水神マーロ。

 アルザフォスの手前には身の丈ほどの大鎚を持った、筋骨隆々の男神。炎神ショラガ。

 その向かいは楽しげな表情をした少女の像。風神タクロス。

 地水火風を司る神、ってことか。シャムロスより台座が低いのは、序列を表しているんだろうか。残りの神々の台座は、この神々のものより低いようだし。

 ショラガの手前は獅子を思わせる髪をした男神。鎧を纏い、剣と盾を持った武神ヴァルモレ。

 その向かいにはフードを目深に被ったローブ姿の女神。幸運神カダルミラ。

「ここも、ないな」

 カダルミラの手前は、台座のみで神像はない。台座にはやはり何も書かれていない。

 その台座の対面には、ローブを纏い、開いた書を携えた男神がいる。賢神マーレフィア。

 マーレフィアの手前には、背が低く、立派な髭をたくわえた、ドワーフを彷彿とさせる男神。技工神ヘラガティ。

 その向かいはモヒカンのように髪を立たせた女神。芸能神ラケティス。

 ここにある神像はこれで全てだ。これだけ見れば、カウヴァンに向かって右側が男神、左側が女神という配置のようだが、そうなると二柱の女神が抜けていることになる。

 一柱は見当がつく。シャムロスの対面には、多分月とか夜の神がいたのだろうと。マーレフィアの向かいはよく分からない。ここにいないもので思い付くのは商売の神とか医療の神とかだろうか。

「どういうことなのでしょうか?」

「エジプトの一部のファラオみたいに、存在を抹消されたのかもな」

 神殿関係者に聞いたら教えてもらえるかもしれないが、デリケートな話かもしれない。本来あるはずの神像が、神殿の意志により撤去されたなら、いい話ではないのだろう。

 善神と悪神の対立なんてファンタジーでは定番だから、善の陣営から離反した神様でもいたのではないだろうか。

 ただ、本当にそうであるなら1つの疑問が湧く。それが神話で語られるような昔のことではない、ということだ。台座があるということは、離反するまでは普通に祀られていたということになる。

 さて、これ以上、ここで考えていても仕方ない。機会があれば神話を確認してみよう。

 入口前で内部へと頭を下げ、神殿を出る。

「さて、それじゃ俺の用事は終わったし。ニクスを連れ回すとしようか」

「えっ!?」

 外へと歩きながら言うと、心底驚いたようにニクスが声をあげた。

「特に行きたい場所があるわけじゃないんだろ? だったら案内してやるよ。迷惑じゃなければ、だけど」

「そっ、そんな、迷惑だなんてことはっ」

 あわあわと狼狽えるニクスを見てると、すっかり元気は戻ってるが、まあいいだろ。心配掛けたのは変わらんし。以前よりちょっと余裕なさそうだけど。

「ん、何だ?」

 前方が騒がしい。具体的には神殿の敷地の外。何があったのかと足を速めてみれば、そこには武装した神官さん達。

 そして、困惑している彼らの前にはクインがいた。その足元にはチャージラビットが転がっている。

 神官さん達に断りを入れながら前に出ると、クインはチャージラビットを咥え、ニクスの前まで歩いてそれを地面に置いた。

「あの、クインさん?」

 そしてその場に伏せ、上目遣いにニクスを見る。あぁ、そういうことか。

「さっきはごめんなさい、だってさ」

 え? とこちらを向くニクスに、肩をすくめて見せる。

「さっきの港の件だよ。ニクスを泣かせてしまったことへの謝罪の品ってことだ」

「泣かせてって……別にクインさんが悪いわけでは……」

「こいつがマントを引っ張らなかったら、ああならなかったわけだし。悪くない、ってことはない。反省してるようだし受け取ってやってくれ」

 きっぱりと言ってやる。しかしクインがねぇ。

 口元が緩むのが自分でも分かる。そんな俺を見上げたクインの目が、俺の右腕へと動いた。ちゃんと治ったぞ、と示すように手を振ってやる。

「ぐおぉっ!?」

 その直後、治ったばかりの右腕に歯形をつけられた。

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