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第153話:神殿1

 

 ログイン142回目。

 ミズダコを思う存分堪能した翌日。【漁協】にドラードの港へ送り届けてもらってから、その場で一度ログアウト。家事を片付けた後で再ログインした。

 グンヒルト達へのミズダコの分配についてはメールでやり取りが済んでいる。急ぎではないので、会った時に引き取ってもらうということで話がついた。

 マントで隠してはいるが、片腕がないのがバレたら友人知人に何か言われそうなので、治療が終わってから『エルドフリームニル』と狩猟ギルドに寄ることにする。

 神殿の場所は把握している。さあ行くかと動かそうとした足は、しかし思いがけない人物を目にしたことで止まってしまった。そして、その原因となった人物も、こちらに気付いて足を止めた。

「フィストさん。それにクインさんも」

 ラーサーさんの所で修行をしているはずのニクスがいた。新調したらしいマントを纏っている。デザインは変わっていないが、注文していたとおりなら防水加工が施されているはずだ。

「何でここに?」

「ドラードに用があるというラーサーさんに同行させていただきました。今の内に行っておけば何かあった時にも転移門を使えるから後で便利じゃないか、と仰ってくださって」

 ラーサーさんもドラードに来てるのか。世捨て人みたいな生活をしてると言っても、時々は街に足を運んでるんだったっけ。

「この時間にここにいるってことは、着いたのは昨日か?」

 ドラードに着いたのが今日だというなら、どこかで野宿していることになる。ラーサーさんがニクス連れで野宿を選ぶとも思えない。

「はい、駅馬車で昨日の夕方に着きました。今日1日、私は自由時間です。ツヴァンドへは明日の朝の駅馬車で戻る予定になっています」

「なるほど。で、あちこち見て回ってたわけだ」

「いえ、まずは狩猟ギルドへ行ってみようかと。こちらではどんな獲物を扱っているのか、確認しておこうと思いまして」

「そうか……」

 観光じゃなくて狩りの情報収集か。彼女が自分で選択した行動だから俺が口を挟むことじゃないけども、何というか。もしかして、狩りや【解体】スキルを仕込んだ俺のせい? いやいや、そんなことは。GAOを楽しんでいる、ってことだ。そうに違いない。

「ところで、クインさんは何かあったのですか?」

「何か、って何がだ?」

「いえ、いつもと距離が違うような。その割に不機嫌そうですし」

 今のクインは俺の右側にほぼぴったりだ。理由は、俺の右側をカバーするためである。普段は手が届く位置まで近付くのは稀だ。

 そして不機嫌なのは昨日からだ。俺が大怪我したことにご立腹のままである。多分。

「分かるのか」

「一緒に旅をさせてもらって、色々とお話もしましたから」

 よく気付いたものだと感心すると、楽しそうにニクスがクインを見た。クインの表情が若干緩んだ、ような気がした。野営の時はニクスとクインの組み合わせで見張りをやってもらったこともあったし、結構仲良くなってたんだな。まあ、他の人と仲良くやれるのはいいことだ。

 が、俺の視線に気付いたクインはジトッとした目を俺に向け、そのままマントの端を咥えて引っ張った。

 その結果、隠していた俺の右半身が晒される。つまり、肘から先がない右腕も。クインこの野郎なんてことをっ!?

 マントを奪い返したがもう遅い。ニクスの視線はそこに釘付けとなっていた。

「あー、その、だな」

 右腕をマントの下に隠しながら、言葉を探しつつクインを睨む。女王様は素知らぬ顔だ。他の連中にも怒られてしまえとでも言いたげだった。ちょっとそれは卑怯じゃないか? いや、ニクスが怒るとは思えないけども。

 どう説明したものか、とニクスを見て口を開きかけ――それ以上動けなくなった。

 驚かれるのは分かる。そこから理由を聞かれるのも予想できる流れだ。その結果として色々言われるのも仕方ない。

 でも、だ。

「何で泣く?」

 フードから覗く表情を固めたまま、彼女の双眸から透明なものが流れ落ちている。俺の問いに手を動かして顔に触れ、指に付いた涙を見て、初めてニクスはその事実に気付いたようだ。

「あの、だって、その……腕が……先輩の……っ」

 何度手で拭っても、流れる涙が止まらない。ちょっと待てこの反応は予想外すぎる。

 俯き、嗚咽を漏らすニクスから逃げるように視線をそらし、クインを見た。彼女にもニクスの反応は予想できなかったのか、気まずそうに俺を見る。お前が余計なことをしなければっ。

「泣ーかした」

 ほんの少しの恨みを込めてそう言ってやるとクインが動揺した。何か言いたげに俺を見て、泣いているニクスを見て、どうしていいのか分からないのかおろおろしている。

 さて、どうしたものか。ここは港で、人の目が多い。泣いている女性の前に立っている俺という構図が、どのように解釈されるか。決して楽しい想像にはならない。うむ、とりあえず逃げよう。



 ニクスを連れて、というか引っ張って、港の隅に移動する。ちなみにクインの姿は消えている。逃げたなあいつ。

 しばらく待って、ようやくニクスは落ち着いた。

「すみませんでした、取り乱してしまって」

「いや、まあ」

 頭を下げるニクスに、それだけを言う。悪いのはクインだ、うん。後で覚えてろよ。

 しかしどうしてこうなったのか。俺が出てる動画を見たって前に言ってたから、森エルフの村で俺が腕を斬り落とされたシーンも見たことがあるはずだ。映像で見る腕切断シーンの方が、切断された後の腕を直接見るのよりショックはでかいと思うんだが。

 それにしたって顔見知りの怪我を見ただけでこれじゃ、ローゼが入院した時なんか大泣きしたんじゃなかろうか。そんな追及をする気はないけども。

「でも、どうしてそんなことに?」

「海に潜ってたらでっかいタコに遭遇して、そいつに食い千切られた。さすがに地上のように動けなくてな」

 端的に事実だけを答える。話しても問題ない気はするが、海エルフのこととか細かいことまで説明する必要はないだろう。

「……そんなにGAOのタコは危険なのですか?」

「現実の普通のタコだって、カニやエビの殻を食い割るって言うし、人が噛まれれば皮膚が破れるぞ。それが胴だけでも数メートルはあるような化物サイズになれば、そりゃ危険度は桁違いだな」

 そういえば【漁協】のメンバーがタコに殺られたって話をしてたっけ。ミズダコじゃなかったみたいだが。

「今後、海に潜るなら気をつけろよ」

「今のところはその予定はないですけど、覚えておきます。それで、せ――フィストさんはこれからどうするのですか?」

 マントの下に隠れている、肘があるであろう位置を悲しげに見て、ニクスが少し腫れた目をこちらへと向けてくる。

「死に戻りでリセットしようなんて、フィストさんなら考えないでしょうし……何か、お手伝いできることがありますか?」

「いや……神殿で再生してもらおうかと考えてるから、特には」

 答えると、そうですか、とニクスが俯く。ホッとしたような、それでいて何だか残念そうな、妙な雰囲気だ。どうも元気がなくなったようだし。せっかくドラードに来てるのに、楽しめないんじゃ勿体ないだろう。

「何だったら一緒に行くか?」

 狩猟ギルドに来るくらいだから、他にめぼしい目的もないんだろうし。観光だったら神殿なんてちょうどいいと思う。いずれ自力でこの街に来るにしても、今日1日、楽しめばいいんじゃないだろうか。友人――うん、友人には元気でいてもらいたいし。

「え……いえ、その、お邪魔では……?」

「一緒に行動するだけで邪魔になるわけないだろう。それにクインが逃亡したから、ほんのちょっぴり右側が不安でな」

 この街で俺にちょっかいかけてくる奴なんてもういないだろうし、言葉どおりの不安なんて実際のところはないのだが。

「わ、分かりました。お任せくださいっ」

 何か役割を与えてやれば少しは落ち着くだろうか、なんて軽い考えで提案すると、力強くニクスが頷いた。

 ……やっぱりニクス、俺に対して何か思うところがあるようだ。ただ、心当たりが全くないのがな。俺、彼女と何があったんだろうか。こっちから聞くのも何だし。

 まあいい。ニクスが迷惑じゃなければ、用事が終わった後でドラードを連れ回してやろうか。ただし、食べ歩きだがな!




 何事もなく神殿に到着した。

 俺が知ってるイメージの中で一番ここの神殿に近いのは、エルサレム神殿だろうか。装飾類は少なく、城壁のような壁に囲まれた建物に見える。これが荒野の真っ直中に建っていたら砦と勘違いしそうだ。

 建物自体はそう背の高いものではなく、本殿と思われる建造物だけが他より高めだ。神殿の周囲は若干広めのスペースが確保されていて、参拝者らしい人達が行き交い、それ目当てであろう屋台が出ている。

「私、ファンタジーの神殿というと、ギリシャのあの系統を思い浮かべていました」

「ああ、パルテノン神殿的な。あるある」

 ニクスが言いたいことは分かる。作品によってイメージは様々だ。まあ、GAOに関しては、ここにこうして在る以上、こういうものだと認識すればいい。

「ニクスはGAO内の宗教についてどの程度知ってる?」

「創造神カウヴァンを主神とした多神教、ということは知っています。それ以外は特に深くは調べていません」

「そうか。俺も大差ない」

 プレイヤーに信仰魔法が使えない以上、関わりが薄い部分なのだ。もっとも最近は、ダンジョン産アイテムの呪い除去等で需要が増えているらしいけど。そういやあの時の呪われた剣と鎧、ついでに見てもらうか? いや、瘴気の除去が済んでないからまたの機会でいいか。

 建物を見ていても始まらないので、そろそろ行こう。

 石造りの頑丈そうな門をくぐって敷地内へ入ると、内庭が広がっていた。外壁に沿って幾つもの部屋が作られている。倉庫とかだろうか。

 正面にはもう1つ門があり、その先が神殿のようだ。さて、ここからどうすればいいのやら。先に参拝を済ませてしまおうか。

 人の流れに乗り、神殿へと進む。内部はどちらかというと、華美を控えめにしたキリスト教の大教会っぽく感じた。中央を挟んで左右に長椅子が並び、奥が少し高くなっていて演壇がある。

 その奥に、大きな像が立っていた。創造神カウヴァンだろう。GAOを作った会社と同じ名前をした主神。優しげな雰囲気を纏った青年に見え、主神の威厳のようなものは感じられない。

 壁際には他にも像が安置されている。あれらが他の神々の像なんだろう。

「何か困り事ですかな?」

 不意に横から声を掛けられた。そちらを見ると、白い祭服を着た中年男性が立っている。刺繍等の装飾が結構多いが、神殿の偉い人だろうか。

 そういえば通路の真ん中で立ち止まってしまっていた。他の参拝者の邪魔になるので速やかに2人で端に寄る。

「ああ、いえ。実は初めて神殿に来たのです。このような場所だったのだな、と」

「なるほど、異邦人の方がここまで入ってくるのは珍しいですからな。つい声を掛けてしまいました」

「ということは、手前までの者がほとんどなのですか?」

「そうですな。治療や解呪に訪れる者の対応は、内庭にある施設で行いますので」

 柔和な雰囲気を持った中年男性は、そう言って内庭へと視線を向ける。ああ、本命はあっちだったか。

「後は、ドラードではまだありませんが、神殿で結婚式を挙げた異邦人もいるそうで」

 マジか。それってプレイヤー同士で? それとも住人と? ゲームによっては結婚することで何らかのシステムが開放されることもあるらしいが、GAOにもそういうのがあるんだろうか。

「お二人にその気があるのでしたら、相談に乗りますぞ?」

 笑顔のまま、男性は俺とニクスを見てそんなことを言った。おいおい。

「いえ、違い――」

「ちっ、ちち違いますっ!」

 ニクスの悲鳴にも似た声が、俺の声を掻き消した。静かな神殿の中、それはいやに大きく響き、何事かと周囲の視線を集めることとなる。

「えぁ……いえ、あの……違うんです、よ……?」

 フードの下から覗く顔を真っ赤に染めて、上目遣いに俺を見て弁明するニクス。何が起きた?

「大丈夫か?」

「えっ、ええ、大丈夫ですっ、何も問題はありませんっ」

 フードを目深に被り直し、ニクスが首を振る。あまり大丈夫そうじゃないんだが……何ださっきの反応。今まで、ウルムさんやシーマ達にこの手の話を振られても比較的冷静に切って捨てていたはずなのに。ここまで動揺したことってなかっただろ。

「……違……なはず……わた……うに先ぱ……」

 何やらブツブツと呟いているニクスの言葉の断片が耳に入ってくる。これ、聞いてしまったら色々と駄目なやつな気がする。

「男女の参拝客にはいつもこのようなことを?」

「相手を見て、その上で持ち掛けておりますよ。まあ、ここまでにしておきましょう」

 別の方へ意識を向けるべく男性に問いを投げると、男性は首を振って、フードごと頭を抱えたままのニクスを温かな目で見る。それなりの根拠があっての発言だった、ってことだろうか? それはそれで、何というか……

「さて、貴方が今日、ここを訪れたのは、お身体のことですかな?」

 神殿の人が、マントで隠れた俺の右肘あたりへ視線を下げる。え、気付いたのか?

「え、ええ……腕のことで、ちょっと」

「分かりました。どうぞこちらへ」

 そう言うと男性は外へと歩いていく。この人、本当に何者だ?

「あ、あの、失礼ですがあなたは?」

 まだトリップしていたニクスを、マントを掴んで引っ張りながら、男性を追いつつ尋ねる。

「申し遅れました。私はイーヴォ・イェーガー。ここドラードの神殿で大司祭を務めております」

 立ち止まって振り向き、一礼すると、イェーガー大司祭は再び歩きだした。

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