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第149話:海エルフの暮らし3

 

 結構な量があった食材は、ほとんどが海エルフ達の胃袋へと消えていった。いや、本当によく食べたよ。その全てがフライになったってのも驚きだけどさ。手持ちの食材が足りて良かった。

 そのお陰と言うべきか、称号の【料理人】の星の数が2つに増えていた。相変わらず、基準が緩い気がする。

「本当に感謝するぞフィストよ」

 上機嫌なイヴァールさんがバシバシと肩を叩いてくる。俺が酒を飲み始めたからか、途中で海エルフにも酒を飲む者達が現れた。揚げたてのフライに酒が合わないわけがなく。昼間だというのにかなり酔ってる人もいる。森エルフの時も思ったが、海エルフは特にその、何だ、エルフに対するイメージというか神秘性が欠けている気がする。サーフィンしたりしてる時点でかなりアレだったけどな!

「まあ、作り方は簡単なので、材料さえ揃えば女性達で十分作れるでしょう。今回の件で経験も積みましたし。ただ、気をつけてくださいね」

 多分、大丈夫だとは思うが、言っておく。

「揚げ物を食い過ぎると、太りますので」

「ふむ……食べた分、動けばいいのだろう? 毎日食べるわけでなし、問題なかろう」

 至福の表情で歓談している同胞達を見ながら、イヴァールさんはあっさりと受け入れた。まあ、海エルフ達が太る姿って、想像できないんだけどさ。どいつもこいつも筋肉割り増しだし。

「後片付けは我々でやるから、フィストはゆっくりしているといい。何か希望はあるか?」

「いや、特には。村の造りも森エルフ達とほとんど同じようですし」

 食料庫は見せてもらいたいが、急ぐ話でもないし、料理を出してもらえれば分かることでもある。それよりも。

「ああ、そうだ。翠精樹に挨拶した後で、森に入ってもいいですか?」

「それは構わないが。翠精樹(ドライアド)に挨拶だと?」

「森エルフの所で世話になったもので」

 いずれにせよ、エルフ達にとっては集落の中心であるわけだから、挨拶くらいしておくのがいいと思ったのだ。引っ越した時に地元の神社にお参りする感覚というか。多分、ここの樹にも力のある樹精が宿ってるんだろうし。同じ個体じゃないのは承知してるが。

「好きにするといい。森も特に罠などを設置しているわけではないから、動物や魔獣以外の危険はない。フィストなら自由に狩りをしても構わん」

 そういうわけで、村長のお墨付きももらえたことだし、今日のところは好きに動くとしよう。

「クインも行くか?」

 伏せていた相棒に声を掛けると、のそっと起き上がる。こいつもさっきは普通に焼いた海産物をしっかりと食べていた。ただ、揚げ物はあまり得意ではないようだ。

 迷う理由もなく、あっさりと翠精樹の根元に辿り着く。樹の大きさは、ヨアキムさん達の所より低めだ。幹にうろもないが、像が2体あった。1つは見たことがある。柔和な顔をした恰幅のいい男性像。森エルフの所にもあった、地の神アルザフォスだ。もう1つは薄衣を纏い、槍を手にした女性像……何の神だろう?

「地神アルザフォスと、水神マーロの像だ」

 なるほど、水の神か。海エルフが信仰してて当然の神だな。

「って、片付けはどうした?」

 後ろからの声に振り向くと、ウルスラがいた。

「フィストとクインだけでも問題ないのだろうがな。案内がいた方が面倒もないだろうということだ。決して、片付けから逃げたわけではないぞ?」

「自白をどうもありがとう?」

「ち、違うと言っているだろう!」

 手にした銛の柄で肩を叩きながら、ウルスラがぷくっと頬を膨らませる。案内がいるのは助かるので、これ以上はいじらないでおこう。

 とりあえず、ここまで来た用件を済ませておかなくては。2柱の前で両手を組み、拝む。森エルフの葬儀の時に、そうするものだと知っただけで、祈りの言葉とかは全く知らない。結局、神様関係はほとんど調べていなかったっけ。

 手を戻し、翠精樹を見上げると、樹精の姿がちらほらと視える。10センチを超えたくらいの大きさで、蔦や葉っぱ等の植物を服のように身に着けている姿をしていた。森エルフの件以来、精霊の、特に樹精の姿は目にしやすくなったなぁ。

「しばらく、世話になるよ」

 精霊語でそう呼びかけると、こちらに気付いた樹精のいくらかが手を振ってくれる。

「じゃ、行くか」

 それに手を振り返して、待たせていたウルスラに向き直った。




「ほい、っと!」

 クインに追われて逃げてきたイノシシを真正面からカウンター気味に蹴りつけ、吹っ飛ばした。よし、イノシシ肉ゲット!

「いい感じに追い込んでくれてありがとな、クイン」

 相棒に礼を言い、手早くロープを取り出して地に倒れて痙攣しているイノシシの足を縛って吊し上げ、急所にチスイサボテンの大トゲを突き立ててとどめを刺す。血は『宝石の花』に納品するのできっちり回収しなくては。

 樽を設置して大トゲから流れる血を受け止めたところで、ウルスラが微妙な顔をしているのに気付いた。何だこの既視感?

「どうした?」

「いや、まあ……無茶苦茶だな、と……真正面から蹴り1つでイノシシを仕留めるとか」

 あー、思い出した。確か、森エルフのマウリも、俺がイノシシ魔獣やスケルトンを倒した時に同じようなことを言ってたっけ。

「そんなに変か?」

「ならば聞くが。他の異邦人達も皆、そうやって狩りをするのか?」

「他の連中は武器を使ってるぞ。剣とか斧とか槍とか色々だ」

「槍はともかく、狩りに剣や斧を使うのか?」

「狩りと戦闘で武器を使い分けてないんだよ」

「おかしいのはお前だけではなく、異邦人全体なのだな」

 やはり微妙な顔をするウルスラ。言いたいことは、分からなくもないんだが。

 俺を含めて、ほとんどのプレイヤーにとっては、狩りは戦闘行為という認識だ。戦闘に使うのは武器であり、狩りだからと得物を変える意識はない。

「まあ、理解しがたいのかもしれないが、そういうもんだと思ってくれ。【漁協】の連中だってそうだったろ?」

「いや、あいつらは特におかしいぞ。銛や槍、弓はまだ分かるが、魚の形をした武器とか、よく分からない物を使っている奴もいたのでな」

「なにそれこわい」

 魚型武器とか意味が分からん。あれか、撲殺冷凍マグロとかマンボウソードとか秋刀魚手裏剣とかそういうノリか? 普通の海の漢達かと思っていたが、まさかネタギルドだったとは……

「ところでフィスト。さっきのソースの話なのだがな。材料は、この島で揃うのだろうか?」

 などとウルスラが聞いてくる。すっかりソースにはまってしまったらしい。

「んー、そうだな。ちょっと待ってくれ」

 血が抜けるまで時間もあるし、ちょっと調べてみようか。ネットに繋ぎ、ソースの作り方で検索してみる。野菜や果物は定番として、あとは砂糖、塩、香辛料くらいじゃないかと思うんだが……

「トマト、タマネギ、ニンジンは島にもあったな?」

 現実のソースのラベルに載っていたのはこれくらいだったろうか。タマネギはさっきさり気なくフライの素材に持ち込まれていたから大丈夫だろう。

「ああ、昔から育てている」

「だったら問題ないと思うぞ。塩は海があるし、果物も森に入れば使えるのがあるだろう。砂糖と香辛料は……あるか?」

「多くはないが、自給できるものはある。全てが揃うかは分からないが」

「別に全部揃えなくてもいいんじゃないか? 何なら、海エルフ独自のソースにしてしまえばいいんだ」

 お、酢もいるんだな。ワインがあったから、そこから作れるか?

「独自の?」

「ああ。全く同じソースを作るんじゃなくて、自分達の舌に合う、海エルフ好みのソースだよ。作り方が分かれば、あとは素材の組み合わせだろ? 本格的に作るとなると、熟成の期間が必要だったりするし、試行錯誤で時間も掛かるだろうけどな」

 森エルフ達が独自に味噌のような物を作ってるんだ。海エルフが独自のソースを作ったところで何の問題があるだろう。

「私達だけの、ソースか……面白そうだな」

 ウルスラの頬が緩んでいるのが分かる。どうやら乗り気のようだ。

「ああ、あとな。その場その場で作るなら、魚醤から作ってもいいと思うぞ」

「作れるのかっ!?」

「そういう方法があるのを知ってるだけだ。やり方次第でいけるとは思うんだがな」

 検索していたら、醤油をベースに色々加えてウスターソースを作るレシピがあった。だったら、そう難しくはないんじゃなかろうか。実演したことはないから、本当に簡単かは分からないが。

 あるいは【料理研】に問い合わせてみるのが確実だろうか。いや、巻き込んでもいいかもしれない。海エルフの食文化に興味はあるはずだし。

「ソースの前に、油の調達が先じゃないか? 確か、オリーブ油と獣脂でまかなってるって言ってたろ」

「油については何とかなると思う。まあ、皆の反応次第だが、多分大丈夫だ」

 自信ありげにウルスラが笑った。揚げ物文化が海エルフに根付くのは、そう遠くなさそうだ。




 島の散策も終わり、集落に戻ると、すっかり準備は終わっていた。普段の食事は森エルフのように共同で作って各家庭に配るらしいが、今回に関しては宴会のようになっている。

 イヴァールさんの乾杯の音頭が終われば、皆が勢いよく飲み食いを始めた。昼にあれだけ食べたのにこの食欲は何だろう。やっぱり筋肉の維持のためには多量の食事が必要なんだろうか。

 俺の前には様々な料理が並んでいる。焼き魚、煮魚、刺身等。島だからか、やはり魚の比率が多い。エビや貝もあるな。お、アワビ。

「さあ、遠慮なく食べてくれ。口に合えばいいのだが」

「どれも美味そうですね」

 そして、量も多い。今回作られた料理が一通り揃っているようだ。目移りするが、どれから食べようか。

 ふと、刺身の皿が目についた。白身の魚だ。他の刺身と比べて薄めに切ってある。何の魚だろうと【魚介知識】で確認してみると、トラフグと出た。

「フグ……」

「どうした?」

「いや、こっちのフグは、毒とかないんですか?」

「毒? トラフグに毒などないだろう?」

 イヴァールさんが不思議そうに言う。毒、ないのか? 【魚介知識】では特に毒があるようには出てなかったが。

「俺の故郷のフグは、部位によっては毒があるんですよ。身は、問題なかったと思いますが」

 それでも免許がないと調理できない魚だ。よく知らないが、あれって捌く過程で毒が移ったりすることはないんだろうか?

「なるほど。フグを食べて死んだ同胞は今までにいないが、不安なら避けた方がいいだろう」

 そう言うイヴァールさんは笑顔で、その視線はフグに注がれていた。近くのエルフ達も何やら牽制し合うような空気を放ち始める。あー、ひょっとして食べたいですか?

「いえ、せっかくですからいただきます」

 海エルフにはフグ毒が効かない、なんてこともあるかもしれないが、せっかく出してくれた物だ。食べないのは無礼だろう。何より、フグなんて現実では食べたことがないのだ。この機会を逃すわけにはいかない。

 自前の箸を使い、フグ刺しを摘まむ。1枚1枚がそれなりに大きいな。このトラフグ、どれくらいの大きさだったんだ?

 魚醤や塩が用意されていたが、まずは何も付けずに口に入れた。おお、すごい弾力。それに甘い。鯛とかの白身魚より甘みが濃い。フグってこんな味だったのか? こりゃ美味いわ。そのままでも十分いけるじゃないか。

 十分に噛みしめて飲み込むと、満足感が広がっていく。いいな、これ。本当にいいな!

 毒がないなら、自分で捕まえて捌いても問題ないわけだし。第一、GAO内なら調理免許なんてないだろうし。現実で釣り上げた時は捨てるしかないが、こっちでは逃がさんぞ。

 そんな事を考えながら、俺はフグ刺しに箸を伸ばした。

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フグの毒の原因からして、食い物が違うんだろうな
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