第148話:海エルフの暮らし2
お待たせしました。
あと、活動報告でも上げましたが、質問箱なんて作ってみました。興味がありましたらどうぞ。
湾に入り込んでくる波はかなり高い。波乗り達にとっては、きっといい波というやつなんだろう。
マッチョやばいーん達が楽しそうにサーフボードらしき物で滑っているのが見える。時折、明らかに自然の波とは思えない「水の道」を滑っていたり、そこから飛んでひねりを加えつつ着水したりするパフォーマンスを見せていた。伝道師がジョニーだったことを考えると不思議ではないが、俺の知ってるサーフィンと違う。
サーファーエルフ達のことはとりあえず置いといて先へ進む。向かうのは入江の奥だ。砂浜があり、漁に使うであろう舟が何艘か置いてあった。他にも敷物や柱に張られた蔦に、海産物が干してあったりする。時代劇の漁村といった風情だ。
いや、まあエルフって言えば森に住んでるイメージで、海で生活するエルフのイメージなんて全くなかったわけだけどさ。もっと、こう、何て言うか、これでいいのか運営!?
「どうした?」
不思議そうにこちらを見たトビアスに、首を横に振ることで返事をする。こんなこと言ったって何の意味もない。彼らは彼らのあるがままに生活しているだけなんだから。
しばらく歩くと砂浜に到着した。作業をしていた海エルフ達がこちらを見たが、特に反応を見せずに作業へと戻る。あ、魚の干物が。炙って醤油垂らして食べたら美味いだろうなぁ。
「やっぱり、食料関係は海産物が主なのか?」
「島で生活しているから、どうしてもそうなるな。鳥やイノシシを狩ることもあるが、漁に出ることが多い」
「てことは、俺が手伝うのも漁が多くなるのかな」
「狩猟も漁もやってもらうさ。そういうのを求めてここに来たんだろう?」
「ああ。迷惑をかけない範囲で色々と振ってくれれば嬉しい。その分、学ばせてもらうよ」
海に関することは何でも触れたいところだ。狩りだって参考になることがあるかもしれないし、彼らの料理とか料理とか料理とか作り方を教えてもらいたい。魚醤はあるって言ってたから、それの作り方も聞いてみたいな。あ、森エルフの所のジェートみたいな、独自の発酵食品とかもあったりするんだろうか。
「集落はこの先になる」
トビアスが浜の奥の森を指した。砂浜自体が結構広いが、ここから見える森もかなり深そうだ。この位置からなら翠精樹もはっきり分かる。ヨアキムさん達の所の翠精樹と遜色ない、立派な姿だった。あの下に、集落があるんだろう。
森の中を、踏み固められることでできた道を少し歩き、ついに海エルフの集落に到着した。迷いの森的な防衛機構はなかったが、集落周辺は柵が張り巡らされていて、その向こうの建物も森エルフの所で見たものと同じ高床式だ。集落そのものの雰囲気は森エルフの集落と一緒だった。
「海エルフと森エルフって、源流は同じなのか?」
「いつ分かれたのかは不明だが、そう伝えられてはいるな。だから、肌の色や耳の向きが違っても、彼らは我らの同胞だ。彼らを訪ねることもあるし、彼らが訪ねてくることもある」
そう言うトビアスの言葉には、含むものは感じられない。ファンタジー作品じゃエルフとダークエルフは敵対種族であることが多いが、GAOじゃ違うわけだ。まあ、海エルフはそもそもダークエルフではないけど。
というか、森エルフが来ることもあるのか。どうやって、どこの集落から来てるんだろうか。
「トビアス、そいつは?」
集落の入り口には開いた門があり、海エルフの男が立っていた。俺とクインを見て警戒しながらトビアスに尋ねる。
「ああ、客人だ。異邦人であり、森の同胞でもある」
トビアスの言葉に、男は俺の胸元にある翠精樹の札に視線を移して驚いたようだった。それだけ、エルフ以外が持っていることが珍しいんだろう。これだけで同胞認定されてるんだもんなぁ。これについての情報は、外部に漏らさないようにしよう。
「よく来た、森の同胞よ」
見張りの海エルフは表情を和らげて道を空けてくれた。会釈をして、集落に入っていくトビアス達に続く。
見える範囲の建物の数から、集落の規模はヨアキムさん達の所より少し大きいように見える。子供エルフの数も多めか?
「フィスト!」
俺の名を呼んで近付いてくる海エルフの女性がいた。ウルスラだ。今日は普通に服を着ていた。
「よ、ウルスラ。少しの間、世話になる」
「もう少し先になるかと思っていた。歓迎するぞ。楽しみにしていたのだ」
ああ、約束してたからな。準備はちゃんとしてきたぞ。
「ウルスラ、話は後だ。まずは長の所に行かねばな」
「ああ、分かっているよ兄上」
ウルスラとの会話に、トビアスが言葉を差し込んできた。それにウルスラが素直に頷く。ん? 兄? ウルスラとトビアス、兄妹だったのか? そう言われれば確かに似てるか。
「もう来ているぞ」
再び移動しようとしたところで、新たな声が届いた。これまた体格のいい海エルフの男が現れる。ヨアキムさんと比べるとかなり若く見えた。もっとも、エルフの年齢と外見が一致するわけじゃないけども。
「よく来たな、森の同胞フィスト。私がこの集落の長、イヴァールだ。気が済むまで滞在していくといい」
「初めまして、フィストといいます。お世話になります」
「お前のことは、娘から聞いている。なかなか面白い男だそうだな」
「面白いかどうかは分かりませんが……娘?」
「ああ、そこにいるウルスラだ」
何でもないようにイヴァールさんが言った。まあ、ここに来るより前に俺と接触した海エルフがウルスラしかいない以上、選択肢はないんだが。ウルスラ、村長の娘か。てことはその兄であるトビアスも村長の息子ってことだな。
「まずはお前に使ってもらう家に案内する。それが済んだら、早速頼みたいのだが構わないか? こちらでも準備は進めておく」
楽しそうにイヴァールさんが笑みを深くする。あれ、何だか結構期待されてるっぽい。これは、気合いを入れ直さなきゃならないだろうか。
「ウルスラ、案内を」
「分かった。フィスト、こっちだ」
イヴァールさんに頷いたウルスラが動き出す。クインと一緒に彼女に続いた。
案内された滞在中の宿となる家は、内部も含めて森エルフの所と同じ作りで見知ったものだった。違うのはベッドで、シーツの代わりに蔦を編んだもの、その下も干し草ではなく、蔦が詰めてあった。こっちのベッドの方が弾力がある。微妙なところで違いがあるのは、周辺の植生の違いによるものだろうか。
特に置く荷物もない。鎧も修理中なので身軽なものだ。この後にやることのために、ガントレットだけ外して【空間収納】に片付け、そのまま家を出た。
「もういいのか?」
「中を確認しただけだからな。持ち物は全部【空間収納】の中だから、荷解きが必要なわけでもない」
外で待っていたウルスラに答え、梯子を使わず地面へと飛び降りる。
「今回は、以前作ったテンプラを作るのか?」
実は前回、ウルスラと食事をした時に、約束したことがある。集落に来ることがあれば、揚げ物を皆にも振る舞ってくれというものだ。油を大量に使う調理法は珍しいから、皆にも食べさせたいのだと。
「天ぷらは、小麦粉の相性がよろしくないみたいでな」
天ぷらに使う小麦粉は薄力粉だと後で調べて知った。あの時の作り方にもいくらか間違いがあったわけだが、GAOで俺が買った小麦粉は、どうも薄力粉ではないようだ。強力粉か中力粉、だと思う。強力粉でもちゃんと作る方法はあるらしいが、試食する間がなかったので、今回はパス。
「てことで、今回は別のをやる」
「また違う揚げ物か。それはそれで楽しみだ」
相好を崩すウルスラに連れられて、集落内を移動する。
今回はフライを作ろうと思っている。すでに何度か作ったことがあって安心して作れるからだ。パン粉用のパンはもちろん、肉や野菜等の必要食材もある程度準備してきた。あとは海エルフ達が魚介を用意してくれるので、それを使う予定だ。
しかし、そんなに揚げ物がいいか。今度、ヨアキムさん達の所に行った時にも振る舞ってあげれば喜ぶだろうか。あっちはツヴァンドに近いから、食いに行くのも難しくないだろうけど。
村の炊事場に到着すると、海エルフの女衆が準備を整えてくれていた。うむ、こうして見るとやはり、森エルフの女衆に比べて体格がいい。色々な意味で。
そして、男衆も集まっていた。こっちもマッチョばかりだ。何食ってたらこんな身体ができあがるんだろうか。
「もういいのか?」
トビアスが聞いてきたので、頷くことで答える。さて、まずはイヴァールさんに了承を得ておこう。
「振る舞う人数が多いので、皆さんにも色々と手伝ってもらいたいのですが、よろしいですか?」
「ああ。こちらとしても、新しい料理を覚えるいい機会なのでな」
イヴァールさんがそう言い、女衆が首を縦に振った。なるほど、ただ食べたいだけじゃないわけだ。それなら遠慮なく働いてもらおう。
準備してくれた食材をざっと見る。フライに向いた魚は……アジがあるな。それにイカ、エビ、牡蠣もだ。リーフシェルも使えるか? お、カボチャみたいな野菜がある。あれも試してみるか。
海エルフの料理も楽しみだったんだけども、それは後のお楽しみにしておこう。それじゃ、料理開始といきますか!
「こっちのパン、粉にできたよ」
「あっちが少なくなってたから持って行ってやってくれ!」
「3枚に下ろし終わったアジ、持って行くわね」
「よろしく!」
「フィスト、ジャガイモまだある?」
「ちょっと待ってくれ! っと! イノシシ揚がったぞ!」
取り上げ、油を切ったイノシシの一口カツを素早く木皿に乗せて、近くで待っていたエルフ女性に渡す。それから【空間収納】内のジャガイモが入った木箱を取り出して、声を掛けてきたエルフ女性に渡した。
「女性陣も、適当なところで交替して食えよ」
食材にはまだ余裕があるが、100人以上いる海エルフ達全員分を調理しているのだ。ここらで休憩を兼ねて食事をしてもらうのがいいだろう。
「いや、お前こそ少し休め、フィスト」
ウルスラの声が聞こえた。そちらを見ると、呆れ顔のウルスラが立っている。
「皆は途中で休憩している。休まず続けているのはお前だけだ」
「いや、そう言われても、監督する立場だからな」
「皆も調理には慣れてきている。やり方の質問はもうないだろう?」
そう言われてみれば、下ごしらえの報告とか不足した食材の問い合わせとかばかりになっていたような。
「皆の食欲はどんな感じだ?」
「いまだ衰えず、だな」
イノシシの一口カツを揚げながら尋ねると、ウルスラが肩をすくめた。
「どれも美味かった。普段食べている物が、ああも違う味になるのだな」
「楽しんでもらえて何よりだ」
揚げ物が初めての連中だけでなく、街に出入りすることがあって揚げ物を食べたことがあったエルフからの反応も良かった。特にイノシシや鶏の笹身を【料理研】謹製のソースで食べるのが大人気だ。お陰でソースが尽きてしまった。また注文しないと。
魚介の方は、以前よりまともに作れたタルタルソースなどを提供したが、これも好評だ。あと、フライドポテト。
「あとは食材と味付けの組み合わせだからな。今回、俺が作った物以外でも試してみればいい」
「この島で入手できない物もあるからな。試す機会も少ないだろう」
「ドラードまで買いに行けばいいだろ? 【漁協】に頼んでもいいし」
今のドラードで入手できない物なんて、ソースくらいなものだ。他の材料は全て揃う。
「それに、ソースだって手作りすればいいわけで」
「できるのか?」
驚き、嬉しそうにするウルスラ。そりゃあ、元々は家庭で作られたのが始まりらしいし、自家製ソースが作れないことはないだろう。俺が【料理研】で買ってるのは、自分で作るのが面倒だからだし。ふむ、一度くらいは試してみてもいいか。
「材料とか、また調べておくよ。まずは自分で作ってみて、それでいけそうならそっちも試してみればいい」
熟成とか考えなければ、すぐ作れるはずだ。ここにいる間に余裕があれば作ってみるか。
「よし、それじゃ少し休ませてもらおうか。ウルスラ、替わってもらっていいか?」
揚げていた一口カツを全て取り上げてウルスラに尋ねる。
「任せておけ。ゆっくりするといい。晩は私達の料理を振る舞うから期待してくれていいぞ」
「そりゃ楽しみだ」
鍋をウルスラに任せ、一口カツを他のエルフに渡し、自分はエビフライを1つもらう。
サクッとした衣にプリップリの肉。新鮮なエビの甘みが噛めば噛むほど返ってきて何とも言えない。何も付けなくてもこれだけで美味い。
「幸せだ……」
ちゃんと揚がってるし、俺が教えることはもうなさそうだ。元々、難しい料理ではないのだ。後は独自の進化を遂げていくことだろう。
「アジとイカはどこかいな、っと」
他のフライも食べてみよう。昼間だけどエールをやりながら。きっと、もっと、幸せになれるに違いない。