第147話:海エルフの暮らし1
お待たせしました。
あと、GAOとは無関係の短編を投稿しております。興味ある方はどうぞ。
えげつない魔王
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ログイン138回目。
海原を船が行く。漁師ギルド【アミティリシア漁業協同組合】がドラードから貸与されている帆船だ。甲板ではギルドのメンバー達が忙しなく働いている。
そんな中で、俺は手すりに肘を突き、海を眺めていた。波は穏やかで、帆船の航行に支障ない程度には風が吹いている。日差しも強くなく、いい航海日和と言えるだろう。
「よぉ、フィスト。船酔いなんてしてないか?」
そう言って近付いてくる男が1人。筋肉が服を押し上げている大男だ。バンダナを頭に巻いていて、現実で一般人がイメージするテンプレの下っ端海賊にも見えるが、【漁協】のギルドマスター、もとい、組合長だ。名をビントロという。
「船での移動は3度目だが、なったことはないな」
「そうか、そりゃ結構なことだ。まあ、この程度の波で酔う奴なんて、そういないだろうがな」
とビントロは笑う。波の上を走ることを思えば、この程度じゃ揺れてるうちには入らないが、弱い奴はとことん弱いからな、乗り物酔いってやつは。
「しかし悪かったな。俺1人を送るためだけに船を出してもらうなんて」
「なーに、あんたらには、この船を譲ってもらった恩があるしな」
そう、この船は、ブルインゼル島からの帰路で、俺達が制圧した海賊共が使っていた船なのだ。それが修理・改修され、【漁協】に引き渡されている。
「海のことで何かあれば、できるだけ力になるから言ってくれ。今は船も2隻で運用しているから、余裕がないわけじゃねぇんだ」
手すりをバシバシ叩きながらビントロは上機嫌に言った。
「またドラードから借り受けたのか?」
「ああ。まずは操船とかのノウハウを修得することが必要だ。海賊共がいつまた湧くか分からんし、操船技術、航海技術を磨くのは当然だな。でなきゃ、おちおち遠出もできやしねぇ」
「そうは言っても、漁に向いた船じゃないだろ」
形状は、某カリブの海賊に出てくるような船だ。人や物資を乗せるのには向いてるだろうが、魚を捕るのに使い勝手がいいようには見えない。
「こいつは、海上警備と運送業に使うのさ。それで金を稼いで、ある程度貯まったら漁船を建造することにしてる。夢の実現まではまだ遠いがな。その前に、あんたらへの借金を返さなきゃいけないしよ!」
ああ、そういえば【漁協】の目的は、ドラード沖の島に漁業基地を建設することだったっけな。是非とも頑張ってもらいたい。そして、いい魚介が入ったら、こっちに回してほしい。今回の乗船時にも結構な量の魚をもらったけど。
「で、最近、海の方はどうなんだ?」
背を手すりに預け、ビントロに問う。【漁協】からは今のドラードの海はどう見えているのだろうか。
「海賊はこの間の拠点制圧以来、姿を見せねぇな。あそこ以外の拠点の情報はなかったみたいだしよ。見つけたらなるべく生け捕ってくれってのが、ドラード海軍からのお達しだ」
同じく手すりに寄りかかりながらビントロが言った。海賊共はあれで片付いたと見ていいんだろうな。GAOの仕様なら、無限湧きはしないだろうし。
「で、ジョニーの奴から聞いてると思うが、海の中は最近、荒れ気味らしい。ただ、俺達はそれを実感できん。海エルフの衆なら、もう少し詳細を掴んでるかもしれんが、今のところはそれ以上の情報はない」
「シーサーペントの噂はどうなった?」
「あれも、俺達は直接遭遇してないからな。用心だけしてるって感じだ。いるなら仕留めてぇんだがなぁ。そのための準備もしてるしよ。どんな味か、食ってみてぇじゃねぇか」
「それ目当てで漁に出る時は、是非、呼んでくれ」
「おうよ」
ビントロが差し出してきた手を固く握る。よしよし、ファンタジー食材ゲットの機会を逃すわけにはいかないのだ。
「あの島だ」
2つの島が見えている。ビントロが指したのは、左手にある大きな島の方だ。緑は豊かだが、海面から数メートルは崖のようになっていて、上陸できそうな浜は見当たらない。翠精樹らしき木は、この位置からじゃ見えない。
「あの島の南側が湾になっててな。上陸するには島と島の間からそこへ侵入しなきゃならんわけだが、あの島の周囲は海流が妙なことになってて、船の接近を拒むようになってる。この船でも、あそこには入れん。まあ、入れたとしても湾自体が浅いから、この船じゃ進めねぇんだけどな」
「じゃあ、どうやって行くんだ?」
「ジョニーはサーフボードで波を乗り切ったらしいな。海エルフに出会ったのもそれがあったからだそうだ。俺らが上陸した時は、ボートを海エルフの衆に誘導してもらった」
てことは、島の周囲の海流自体を、海エルフ達が制御してるってことだろうか。そんなこともできるのか? 確かによく視れば、水精の動きが活発な気がするが。
「ま、そういうわけだからよ。こっからは頑張ってくれ」
「んー、まあ、何とかなるだろ」
このくらいの距離なら、【水上歩行】で移動し、崖を【壁歩き】で登れば森に入れる。あるいは、海流を跳び越えながら直接入江に向かうのもいいか。
「でも、お前らが海エルフの集落に行く時は、いつもジョニーに先触れをしてもらうわけか?」
「船ごと訪ねることは、そう頻繁にあるわけじゃねぇからなぁ。まあ、しばらくここから島を眺めとけば、あっちから接触してくるかもな? お前は海エルフの衆と面識があるんだろ?」
「1人だけな」
都合良くウルスラが出てくる保証はない。第一、訪ねる日を約束していたわけでもないのだ。時間は有限で、当てのないものを期待して待っていても仕方がない。
「とりあえず、こちらから出向くさ」
【水上歩行】を発動させて、手すりを跳び越え、海面に着水する。
「クイン、行くぞ。ビントロ、ここまでありがとな」
「おう。帰りはまた連絡してくれ」
クインに呼びかけ、ビントロに礼を言う。クインが飛び降りてきたので、一緒に島へと向かった。
近付くと分かったが、島から20メートルくらいまでが、海流のおかしなエリアになっているようだ。潮が複雑に動いていて、流れが読めない。ただ、入り込んだ物が最終的にエリア外へ流出するようになっているっぽい。
「まあ、これだけならどうってことないな」
跳躍し、エリアへ侵入する。流れそのものに変化はない。迎撃される可能性も考えていたんだが、それらしい動きも起こらなかった。
海面を蹴り、宙を蹴り、岸壁を蹴って森の縁へと踏み入る。島側にここまで目立った動きはない。【気配察知】で探ってみても、動物の反応がいくつかあるだけだ。イノシシとかは普通に生息しているようだ。島もそこそこ大きいし、あいつら普通に泳いで海を渡るしな。いてもおかしくないか。
植生は、ドラード周辺とそう大差はないようだ。膝くらいまでの草が多くて歩きにくいが、人が踏み入らない場所なんてこんなものだろう。
警戒だけは怠らないようにして、島の外周に沿って歩く。ビントロ達の船が遠ざかっていくのが見えた。
しばらく歩くと、もう1つの島も見えるようになる。島と島の間は波も高く、ボート程度だと簡単にひっくり返ってしまうんじゃないかと思えた。明らかにここだけ波が異常だ。
ふと、クインが立ち止まった。俺も足を止め、周囲を探る。いくつかの反応があった。こちらにゆっくりと近付いてくる。動物ではない。
「多分、海エルフだろうな。クイン、ちょっとここで待機だ」
服の下から翠精樹の札を出しておいて、あちらの動きを待つ。少しすると、予想したとおりに海エルフ達が姿を見せた。
銀の髪に紫の瞳、後ろに伸びる笹穂耳。以前会ったウルスラと同じ特徴を持つ、海エルフの男達。森エルフ達よりも筋肉質で逞しい。
陸地だからか、普通に服を着ている。これはザクリス達が着ていた物と変わらない感じだ。弓を携えている者もいるが、銛を手にした者が多い。
「初めまして」
警戒している彼らに、こちらからエルフ語で声を掛けた。
「異邦人か。どうやって、この島に?」
「【漁協】に近くまで送ってもらった。俺はフィストという。ウルスラから聞いていないか?」
「おお、お前がフィストだったか」
短髪の海エルフの問いに胸元の札を指しながら言うと、男が銛を下ろす。
「森の同胞と友誼を結んでいる異邦人が、そのうち来るだろうと言っていた。ウルスラが世話になったようだな」
「いや、こちらも色々と海のことを教えてもらえたからお互い様さ」
「我らの生活に興味があるとのことだが、今回の来訪目的はそれか?」
「ああ。海エルフ達がどんな生活を送っているのか、体験してみたくてな。森エルフの集落にも、それで世話になったことがある。いきなり押しかけて申し訳ないが、許可をもらえるだろうか?」
何せ、アポも無しに来ているのだ。来たら歓迎するとウルスラは言っていたが、あちらの都合というものもあるだろう。都合が悪いなら出直すしかない。
しかし、海エルフの男は楽しげに頷いた。
「構わんとも。生活を体験したい、ということは、我らの一員として仕事をしてくれるということだろう? 陸の話も聞きたい。村まで案内しよう」
そう言って、男は踵を返した。他のエルフ達もそれに続く。付いて来い、ということだろう。
クインを目で促して、彼らに続いた。
「ところで、俺を見つけたのは偶然か?」
森を突っ切る形で移動しながら、この小集団のリーダーであるトビアスに問う。
「島の外周に目を置いてあったのでな。幻獣連れで上陸してきた者がいるという一報を受けて駆けつけたのだ」
トビアスがクインを見て答えた。海エルフ達に好奇の目を向けられているクインはそれ自体を気にした様子はなく、悠々と歩いている。
「やっぱり、侵入者への警戒はしているか」
「普段はそれほど神経質になっているわけではないのだがな。最近の海のこともあって、念を入れている」
「海エルフ達に直接の被害が出てるのか?」
「今のところはないのだが……先のことは分からん」
とトビアスは渋い顔で首を横に振った。
今は被害が出ていないからいい、という問題でもない。漁場が荒れるのはそのまま彼らの生活に直結するし、原因が分からない以上、彼ら自身に直接被害が出る可能性を否定することもできないのだ。
何とかなればいいんだけどな、と考えながら歩いていると、視界が開けた。森を抜けた先に海が見える。
「おぉ……これはまた」
目の前に広がっていたのは、ビントロが言っていたとおりの遠浅の湾だった。北の方を見ると砂浜の向こうに森があり、大きな翠精樹があった。南側にはもう1つの島が見える。大きな島から南へ突き出した2つの岬の先を塞ぐような位置だ。なるほど、あの海流があって島の配置がこれだと、外からは湾があることもそこに住んでいる者がいることも分からないだろう。
「んん?」
ふと、小さな島の方に人影があるのを見つけた。正確には、島と島の間。【遠視】で確認してみると、荒ぶる波の上に何人もの海エルフがいる。男も女も褌姿で、しかも彼らは板のような物に乗っていた。
「サーフボード?」
「ここに迷い込んだジョニーという異邦人が使っていた物でな。なかなかに楽しいもので、あっという間に広まった」
笑いながらトビアスが説明してくれた。サーフィンを広めたの、ジョニーかよ。
あ、以前社長が言ってた、海エルフが面白いことになってるって、これのことか。