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第145話:ドラードの休日2

大変お待たせしました。

 

 侵入した時のルートを逆に辿って屋敷を脱出。

 その後、高級住宅街も人目を避けながら進み、壁を跳び越えて市街地に戻った。

「じゃ、行こうか、アルマ」

「はい、フィストど……んんっ、さん」

 今のアル様はアル様ではないので、普段の口調で話しかける。緊張した面持ちでアル様が返事をした。

 そのままアル様を連れて、2人で通りへと出る。今回、クインには好きにしてもらっている。彼女が一緒だと目立つからだ。今頃は森の中を駆け回って、好きな獲物を狩って食べているだろう。

 高級住宅街に近いこの辺りは、高級品を扱う店が多く、アル様の興味を引くものはないので、さっさと移動だ。

 アル様の速度に合わせて歩く。人混みに紛れた方が都合がいいのは分かっているので、やや早足だ。

「アルマ、自然にな」

「は、はい」

 前方からやって来る巡回中の衛兵さん達を見つけたので、注意を促しつつ歩く。そのまますれ違おうと――

「おお、フィスト殿」

 したところで、呼び止められた。見覚えはないが、あちらは俺を知っているようだ。

「お勤め、ご苦労様です」

 時代劇で町人が役人にするように、頭を下げつつ挨拶する。

「このような所で珍しいですな。それに、武装もしていないようだ」

「今日は用事中でして」

 衛兵さんの問いにそう答えてから、背に隠れるように移動したアル様をちらりと見る。一応、人見知りという設定にしておいた。

「これから街の中をこの子と散策する予定なのです。武装をしていると怖がるので」

「なるほど、それで。ところで、その娘はどちらの?」

「アインファストで縁を持った薬屋の娘さんです。両親はこちらへ商談に来ているのですが、その間、暇を持て余すので私が相手をすることに」

「そうでしたか。魔族をも容易く打ち砕くフィスト殿が案内と護衛をするのでしたら、何の心配も要りませんな」

 では、と頭を下げて、衛兵さん達は巡回に戻った。

「もう大丈夫だぞ、アルマ」

「……気付かれませんでしたね」

 そっと衛兵さん達を振り返って、アル様が安堵の息を漏らす。アル様に気付く可能性が一番高いのは、ドラードの軍事関係者なのだ。

「アルフォンス様と今のアルマを結びつけることなんて、そうそうできやしないさ」

 でないと女装させた意味がない。本人としては、女の格好をしただけで別人と認識されるのは複雑だろうけど、有利に働いてるのだから受け入れてもらうしかない。

 さて、自信もついただろうし、さっさと行くか。



 木を隠すには森の中という言葉がある。人混みに紛れてしまえば人間1人を探すことは困難だろうと判断し、市街地の大通りまでやって来たわけだが。

「あ、あの、フィストさん……目立っている気がするのは気のせいでしょうか?」

「気のせいだ」

 と答えたものの、すれ違う人達の視線が頻繁にアル様に向けられているのが分かる。主にアル様と同年代の少年達からのものだ。格好は目立たない庶民のものなのに、アル様が美少女すぎて目を引いている。

 まあ、これらは仕方ないとして。男性プレイヤーの注目も浴びているのはどうしたものか。それも20代以上の外見に見えるアバターばかりだ。この、□リコンどもめ!

「気にしたら負けだ。いいから行くぞ。はぐれないようにな」

 アル様の手を取り、先導する。アル様にとってはコンプレックスである華奢な手だが、手の平は固い。剣の鍛練によるものだろうか。頑張ってるんだなぁ。

 この年齢で手を繋いではぐれないようにするという子供扱いが恥ずかしいのか、アル様が顔を赤らめている。うむ、正体を知らなければ、そっち系の人間には破壊力抜群だろう。例えば、さっきすれ違ったはずなのに、追尾してくる数名のプレイヤーとか。

 しかしそういう輩は、俺達を陰から護衛している特殊な衛兵さん達に職質を受け、脱落していく。お勤めご苦労様です。人数足りるかね?

 ともあれ、表面上は気付かない風を装い、しばらく歩いて目的の場所に到着した。

「ここでいいんだよな?」

「はいっ」

 確認すると、アル様が目を輝かせながら元気よく答えた。

 俺達がいるのは、街の中にいくつかある広場。そこにはいくつもの屋台が並んでいる。そう、アル様が最初に行きたいと言ったのがここだった。

「しかし、普段からいいものを食べてるだろうに」

 何せ領主の一族なのだ。以前ご馳走になったディナーも美味かったし、腕のいい料理人を抱えているのは間違いない。美食に慣れているであろうアル様に、屋台の料理は口に合うんだろうか?

「館の料理人達はいつも美味しい料理を作ってくれますよ。ですが、そういうのではなくて。そうですね、もっと気軽に食事をしてみたかったのです」

 要は買い食いをしてみたいってことか。お貴族様の食事なんて、マナーがどうとか堅苦しそうだし。前回ご一緒した時はそれほどでもなかったけど。

「さて、どれからいこうか?」

「では、あちらから」

 広場を見渡して、1つの屋台へとアル様が歩いていく。そこは魚介を焼いている店だった。魚や貝を串に刺し、炭焼きにしている。香ばしい匂いが漂っている。

「おや、いらっしゃい嬢ちゃん。何をお求めだ?」

 屋台のおっさんがアル様を見て問う。嬢ちゃんと言われて一瞬だけ顔を引きつらせたアル様だったが、あきらめ顔で注文をした。

 ほどなくして、貝柱と焼き魚の串を受け取る。貝柱はリーフシェル、魚はアジか。

「フィストさんはどうしますか?」

「俺はいいよ。ただ、今の内に聞いとくけど、この後、どれだけ食べるつもりだ?」

 屋台から離れつつ問う。この広場だけでもかなりの数だ。全部を回りたいわけじゃないだろうけども。

「そうですね……目についたものは、一通り食べてみたいですが、これだけでも思ったよりも量がありますね」

 貝と魚の串を見ながら、アル様が悩ましげな表情をした。俺と違ってアル様の胃袋は有限だ。その上、小柄だし。

「だったら、一緒に食べるか? 先にアルマに食べてもらって、満足したら残りは俺がもらう。それなら多くの種類を食べられるだろ?」

「それは……いいのですか? 残り物を処理してもらうようで心苦しいのですが」

「問題ない。また今度、って言えるならいいけど、そういうわけにもいかんだろうしな」

 お忍びでの外出なんて、そう簡単にできないだろう。だったらこの機会を最大限に活用するしかないのだ。

 

 

 

 そんなわけで広場の屋台を回り、また別の屋台群に足を運んで、あちこちと食べ歩いた。アル様は大満足だし、俺も知らない料理を見つけることができたので満足だ。

 挙動不審な男性プレイヤーにはあれからも何度か遭遇したが、被害はないので放置し、衛兵さん達に任せる。

 アル様の腹も満ち、そろそろ食べ歩き以外で動こうということで、今は彼に手を引かれながら歩いている。一度、見ておきたい所があるらしい。

「書類で上がってくる情報はあるのですが、一度、どういう場所であるのか見ておきたかったのです」

 せっかくのお忍びで、仕事のことも考えている。いや、確かに視察扱いでの外出って体裁ではあるけども。

「仕事熱心なことで」

「何度か公務で行ってみたいと言ったこともあるのですが、その度に却下されていまして。理由を聞いてもまだ早い、と。この機を逃すとずっと行けない気がします」

 ふむ、治安担当のアル様が視察に行けないような場所か。スラム的な治安が悪い場所だろうか。

 心当たりがないのでアル様に導かれるままに歩く。そして、その行き先が見えてきた。だから、つい足を止めてしまう。振り向いたアル様が不思議そうにこちらを見る。

「ちょっと待とうかアルマ。行きたかったのって、ここか?」

「はい」

 俺の目の前には、昼でもそれなりに賑わっている通りが見える。ただ、屋台や商店がある場所と違い、退廃的な雰囲気に包まれていた。ここのことは知っている。何度か足を運んだこともあるし。

 そして、アル様の部下、あるいはエド様が、視察を却下した理由も分かった気がした。

「ここはやめておこう」

 よりによって、何で夜華通りに連れてくるかなこのお方はっ。

「……フィスト殿まで、そのようなことを言うのですか?」

 いや、そんな悲しげな顔をされても、ですね……それと演技、崩れてますよ。

「その前にアルマ。ここが、どういう場所か分かってるか?」

「どう、とは? ドラードで一番の歓楽街ですよね?」

「うん。それは間違いないんだが……」

 どう説明したものか。

「歓楽街自体はドラードにもいくつかあるけど、ここは特に娼館が集まっている場所なんだ」

「娼館、ですか? 普通の歓楽街とどう違うのでしょうか?」

 可愛らしくアル様が首を傾げる。そこからかよ……いや、この年齢だと知らなくても不思議じゃないのか? 間違いなく、行ったことはないだろうし。

「えーと、アル様は、その、男女のアレ的な教育はもう受けていますかね?」

 あえてアルマではなく、アル様として問う。またもや首を傾げるアル様。おーい、助けてエド様ーっ!?

「お、事案発生か?」

 不意にそんな言葉が耳に飛び込んできた。誰だ不穏なことを言ったのはっ!?

「ってお前か」

「お前か、はないだろうフィスト殿」

 目の前にいるのは顔見知りのプレイヤー。以前、ドラードで起きた事件で協力してくれたラスプッチンだった。

「何だ、娼館帰りか?」

「うむ、今日も楽しんできた」

 恥じることなく、堂々と言い切る性勇者。こいつはぶれないなぁ。

「で、フィスト殿はどうした。ここには連れ込み宿もあるが、まさかの宗旨替えとは」

 意外そうにラスプッチンがアル様を見る。

「まさか男の()に走るとは思わなかった。カミラさんみたいな女性が好みなのかと思っていたが、どっちもいけたのだな」

 ……今、何て?

「ラスプッチン。何でこの子が男だって分かった?」

 え、とアル様が固まる。一方、ラスプッチンは涼しい顔だ。

「そりゃ、匂いで……というのは冗談で、【診断】スキルが上がると性別や年齢等の情報も分かるようになるのだよ」

 まさか【診断】スキルにそこまでの可能性があったとは。それが有効に働く機会があるかどうかは分からんが。

「それはともかく、これはどういう状況なんだ?」

 その問いに、正直に答えることにした。周囲の耳が気になるので、フレンドチャットを繋ぐ。

『こちら、ドラード領主の弟君でな。ドラードの治安担当を務めていらっしゃる方だ。今日はお忍びということで変装している。俺は領主様の依頼でその護衛。ここへは、彼の希望で来た。以前から視察に来たかったのに、周囲がそれを止めるから、この機会に、と』

『なるほど。まあ、止められる理由は分かる気もする。妙なものを見せるかもしれないし、それ以上に妙なのに目を付けられるかもしれないし』

 アル様を見てラスプッチンが納得する。いや、普段は女装なんてしないからな? これからは……知らん。

『で、ここのことを説明しようとしたんだが、男女のアレもまだ知識として持ってないようで、どう説明したものかと』

『性なる営みについてか。『宝石の花』あたりに連れていって、カミラさん達に任せたらどうだ? 領主の弟なら、入店に否はないだろう』

『アホかっ! 勝手にそんな店に連れて行ったら、後で領主様に何を言われるか分からんわっ! 俺達を追尾してる護衛もいるんだぞっ!?』

 その手の教育はいずれあるだろうし、それがまだってことはその時期じゃないという判断なのだろう。俺が勝手にどうこうするわけにはいかん。

『ぶっちゃけ、子作りの真似事をする場所だ、くらいでいいんじゃないのか? もっと業の深い場所ではあるが、そんな情報はまだ不要だろう』

『あー……それくらいしか言いようがないか』

 何でこんなことで頭を悩ませなきゃならないんだろうか。エド様も最初からちゃんと説明しておいてくれればよかったのに。


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