第144話:ドラードの休日1
お待たせしました。
ログイン137回目。
まずはフレンドリストを開き、目当ての人物がログインしているのかを確認する。よし、いるな。てことでフレンドチャットを繋いだ。
『ジョニー、今大丈夫か?』
『海賊騒ぎ以来だな。どうした?』
『もし知ってたら教えてほしいんだが。海で活動してる時に、ドラード周辺で、ひときわ大きな木が1本、どーんと生えている場所を見たことないか?』
『大きな木……1本だけ大きな木が生えてる場所、ってことでいいのか?』
『いや、森の中で目立って大きな木が生えてる感じで』
エルフの集落には大きな翠精樹があるはずなのだ。海エルフの集落にもあると、森エルフのザクリスが言っていた。だったら、そこを探せば辿り着けるはずだ。
『んー……それを探す理由を聞いても?』
『先日知り合った住人がいてな。そういう場所に住んでるはずなんだ。だから訪ねてみようかと』
『なるほど。それって、褐色肌で耳長の住人か?』
ジョニーの言葉は、彼が海エルフを知っていることを意味していた。ウルスラの格好に見覚えがあったのは、ジョニーの褌姿を見ていたからだと、彼女と別れた後で思い出していたんだが、やはり出所は同じだったようだ。
『やっぱり知ってたか』
『まあ、偶然、彼らの集落に迷い込んでな。それ以来の付き合いだ。プレイヤー連中にはあまり広めてくれるなって言われてたんで、【漁協】では口外禁止ってことにしてる』
その言い方だと【漁協】の連中は知ってるってことか。ジョニー個人はともかく、まさかギルドぐるみで交流してたとは。やるな【漁協】。
『まあ、それはそれとして。海エルフの集落に行くってのなら、【漁協】の船が戻ってきたら近くまで送ってやれるぞ』
『泳いで行くのは無理か?」
ウルスラは島から泳いで来てたはずだから、そう遠くない場所だと思ってたんだが。
『んー……距離だけなら、フィストの馬鹿体力なら泳げなくもないだろうけど、潮を読めないと変な方に流されるし、サメとか普通に出るぞ』
おっと、海流や遭遇する危険のことを考えてなかった。泳いで行くのはリスクが高すぎるようだ。ジョニーみたいに波乗りができるわけでもないし。【水上歩行】もMPが保つか分からない。それより何だ、馬鹿体力って。
『だったら頼んでいいか?』
『任せろ。フィスト達には大きな借りがあるからな。恐らく現実時間で明日には都合がつくと思う』
『よろしく頼むよ。ああ、そうだ』
昨日、ウルスラから聞いたことをジョニーに尋ねてみる。
『海エルフと交流があるならもう知ってるかもしれんが。最近、海中の様子がおかしいって?』
『そうらしいな。彼らの漁場の漁獲高が落ちてるとは聞いた。俺達は住人の漁場と重ならない場所で動き回ってるからよく分からないんだが』
なるほど、【漁協】が実感できる程じゃない、ってことか。
『住人の漁師さん経由の情報は?』
『特には。ああ、ただ、シーサーペントを見かけたって話はあったな』
シーサーペント。ファンタジーだと海に生息している大型生物が定番だ。蛇と言っても龍に近い姿で描かれることが多く、海では結構な強敵扱いだ。GAOでも同様だった。
『この辺でか? あれ、沿岸にいるような生き物じゃなかったろ?』
『そこがおかしなところでな。遠目だったから、見間違いかもしれないとも言ってた』
それはそれで、シーサーペントと見間違えるような生き物がいるってことになるんだが。これ、ドラードにとっては由々しき問題じゃないだろうか。下手したら帆船とか沈むぞ。
『ドラードへの報告は?』
『【漁協】からはしていないはずだ。漁師さん達からは分からんが。ドラードから注意喚起の広報も今のところはない』
『分かった。一応、領主様の耳に入れとこう』
不確定な情報だけど、耳に入れておいた方がいいのは確かだ。海エルフの集落にもすぐは行けないわけだし、できることからやろう。
そんなわけで領主の館へ赴き、海の異変についての話を伝えてもらおうとしたところ、そのまま応接室に通され、エド様との面会コースとなった。
ドラードの方には情報が入ってきたばかりだそうで、これから調査の準備をするのだという。海賊騒ぎの後始末もまだ残ってるし。
で。俺は今、アル様の部屋の前にいたりする。ちょっとした頼まれ事だ。
ノックをし、許可が出るとドアが開いた。
「フィスト殿!?」
俺を見て、驚きの声を上げるアル様。あれ、少し背が伸びたか? 最後直接お会いしたのっていつだったっけ。ドラード防衛戦の後だったろうから、GAO内では4ヶ月くらい経ってるか。
「お久しぶりです! 今日はどうしてこちらに?」
席を立ち、にこやかにこちらへと近付いてくる。さっきまでの疲れた顔が嘘のようだ。
「エドヴァルド様に報告することがあって参上しました。アルフォンス様は執務ですか?」
「ええ、少しでも兄上を手伝えれば、と。まだまだ未熟で、できることは限られていますが」
アル様がデスクを振り返る。そこそこの量の書類が置いてあった。エド様が言うには経験を積ませるための仕事で、急ぎや重要な案件は含まれていないはずだ。
それでもまだ子供なのに頑張ってるなと思う。ドラード防衛戦の時も部隊を率いて戦っていたし。
身分や立場があるといっても、ここまで根を詰めなくてもいいはずで、それはエド様も心配していた。何度か注意はしたらしいが、大丈夫の一点張りだったそうで。
そんなわけで、俺はここに来た。目的は、アル様に気分転換させること。
「さて、アルフォンス様。実は今日、アルフォンス様にちょっとした提案をお持ちしたのですけれども」
「提案、ですか? 何でしょう?」
「館の外、つまり、街に繰り出したくはありませんか?」
ちなみに『手段は問わない』というお墨付きはもらっている。責任は全てエド様持ちだ。
一旦館を出て市街まで戻り、装備を全部外した。一応、《翠精樹の蔦衣》だけ装備し、その上からさっきと違う服を着て、再びドラード中心部の高級住宅街に戻る。市街地との境は外周部ほどではないが壁がある。出入口には簡単な検問があるので、こっそり壁を越えさせてもらった。これもエド様に許可はもらっている。
領主の館に近付くと、門前の歩哨さん達から見えない位置へ移動してしばらく様子を見た。敷地を囲む壁の外にも常に巡回している衛兵さんがいるので、その動きと間隔を確認する。
ここでフード付きマントを纏って、隙を縫うように【隠行】を使いつつ壁に接近。風精による【音遮断】も併用し、【壁歩き】で壁を越えた。
そのまま警備をかいくぐり、アル様の執務室へと移動する。警備情報はエド様からリークしてもらっているので楽なものだ。これでいいのか領主様。
「アルフォンス様、準備はできましたか?」
見つかっては困るので、ノックだけして返事を待たずに部屋に入る。
中にいたのは2人。
まずは羞恥で顔を真っ赤に染めた女の子。正確にはオトコノコだけども。館で働いている背の近い女中見習いから借りてきたスカートを着たアル様だ。紐で結っていた長い金髪は、今はおろしてある。
そして、笑いを堪えているヘルマンさん。
「あ、あの、フィスト殿。こ、この格好は、本当に必要なのですかっ?」
「そうですね、現時点では必要であると言わざるを得ません」
疑問と言うより抗議寄りの口調のアル様に、俺は真面目に思うところを告げた。
「出歩くことが少ないとはいえ、アルフォンス様のお顔を知っている住人はいるでしょう。外を出歩いていると騒ぎが起きる可能性は否定できませんし、不埒な輩を招きかねません。それに、捕まってしまうとそこでお終いですし」
厄介なことに、アル様を街に連れ出す今回の依頼では、俺がアル様を連れ出すことはごく一部を除いて秘密にされている。館にアル様がいないことが発覚したら、誘拐あるいは行方不明として対応されるのだ。
要は街全体を使ったかくれんぼ&鬼ごっこ。アル様の気分転換と、要人誘拐時の訓練を同時にやってしまおうという横着な発想であった。発案はエド様。本当にこれでいいのか領主様。
「し、しかし、それなら普通に変装をすればいいではないですか」
「今のアルフォンス様を市井の少年の格好にしても、その顔立ちですぐばれます。それに館の者達は、アルフォンス様がその容姿を気にしていることを承知していますので、そこを逆手に取るのです」
体つきが華奢で、中性的というか女性的な顔立ちのアル様は、そんな自分にコンプレックスを持っている。髪を切ればだいぶ変わると思うのだが、そのあたりは何やら願掛けめいたものがあるらしく、切るわけにはいかないようで。
ともかくそんなアル様の悩みを知っている館の使用人達や騎士達は、アル様が進んで女装するだなんて絶対に思わない。容姿を知らない衛兵達への手配にしても、手配されるのは間違いなく『少年』だ。
「フードで顔を隠すのも1つの手ですが、アルフォンス様くらいの背丈の子がそういう格好でいると逆に目立ちますから。そういうわけで、アルフォンス様の身バレは、逃走劇の開始に繋がります。追っ手の無力化は許可されていません。つまり、アルフォンス様が正体を隠すことは絶対条件です」
訓練の条件としては、アル様が確保されたら訓練参加者達の勝利となり、アル様がドラードの外に出た場合、確保されずに自ら館に戻った場合が訓練参加者達の敗北ということになっている。外に出る気はまったくないので、ドラードの出入口で動く皆様は完全に徒労に終わるだろうけど。
「ということでどうします? 今回は、言ってみればお忍びでの視察扱いです。アルフォンス様が行きたい所へ、時間が許す限り案内しますが、一旦見つかると、視察どころか逃げ回るだけになりますよ」
アル様が外を出歩く機会はかなり少ないし、行ける場所だって限られているそうだ。いつぞやのオークションだって公務の一環であったという。行きたい所へ好きなように行けるというのは、今回が初めてになるはずだ。
「どうしてもこの格好では、とおっしゃるなら、普通の服にフード付きのマントでも構いませんが」
悩むアル様に逃げ道は用意しておく。リスクは上がるだろうけど、それも含めてアル様が決めることだ。
困った顔で、アル様がヘルマンさんを見る。すぐに従者の顔に戻ったヘルマンさんが、頭を下げて言った。
「僭越ながら申し上げますと、女装をしても気付く者は気付くかもしれませんが、フィスト殿がおっしゃったように、見破られる可能性を少しでも減らすならば有効な手段であると思います」
それを聞いて、少しの間考え込んでいたアル様だったが、組んでいた腕を解き、気合いを入れるように両頬を叩いた。
「この格好で出ましょう」
天秤は、バレない可能性の高い方に傾いたようだ。
「分かりました。案内と護衛はしっかりと私が務めさせていただきます」
それに、エド様の手勢が何人か、隠れて追従することになっている。危険などそうそうあるまい。
「それから、街中でアルフォンス様とお呼びするわけにはいきませんので、偽名を使わせていただきます」
「偽名、ですか。どのようなものにすればいいのでしょう?」
「女性の名前で、今のアルフォンス様の名前に近いものの方が都合がいいでしょう。聞き慣れない名前で呼ばれても、咄嗟に反応できないと怪しまれますので」
なるほど、と頷いているアル様の前で、ネットに繋いで検索する。アル、が含まれる女性名がいいだろう。
「それでは、アルマという名でどうでしょうか」
「アルマ……ですね。分かりました」
「それから、背景も考えておきましょうか」
「背景、ですか?」
「ええ。アルフォンス様ではなく、一般人アルマとしての設定です」
アル様がどこまで適応できるかは分からないけど、やらないよりはいいだろう。
さて、美味いものを色々と案内――じゃない。どこに行きたいって言うだろうか。