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第143話:海のエルフ

 

 俺の手持ちの金塊については、小さい物は即金で買い取ってもらった。

 大金塊はシザーに一部を渡す約束をしている。以前言っていた、富裕層向けのオークションに出す作品の素材だ。代金は後払いということにしておいた。回収については心配していないからだ。

 残りはエド様に引き取ってもらうことになっている。見積額は森絹の比じゃなかった。ドラード市街の一等地にある中古の貴族邸なら買えそうな程だ。

 こちらは即金というわけではなく、必要に応じて使えるようにしてもらった。場合によっては現金ではなく、物納にしてもらうことも考えている。家を建てる時の資材とか。

 現金は森絹の売却代金がまだかなり残ってるし、海賊船の売却代金も入る予定だし。意外と金持ちになったなぁ。



 ログイン136回目。

 ドラード近くの海岸で海パン一丁になり、木箱に座って竿を垂れる。久々の海。今日は1日、釣りをして過ごすと決めたのだ。釣った魚はその場で調理して食べる。きっと素晴らしい1日になるに違いない。

 浜からの投げ釣りの釣果はそこそこだ。釣る度に調理していては手間なので、ある程度の数が釣れたら取りかかろうと思う。

 今のところ、キスのいいサイズが釣れているので、海水を入れた桶で生かしている。というか、キスしか釣れていない。もう少し釣ったら天ぷらにでもしてみよう。いや、このサイズなら刺身もいけそうだ。

 引きがあったので竿を上げる。よし、掛かった。

 リールを巻いていくと、これまたいいサイズのキスが釣れた。手首から肘くらいの大きさだ。

「クイン。このまま食うか?」

 針から外してキスを掲げて見せると、寝そべっていたクインが頭を上げ、頷いた。今日の彼女は森に行かず、砂浜でのんびり過ごしている。

 キスを投げると、クインが口でキャッチして、そのままバリバリと噛み砕いていく。相変わらず頑丈な顎だ。

 砂浜で掘り出しておいたゴカイめいた虫を針に掛け、竿を投げた。仕掛けが放物線を描いて飛んでいき、かなりの沖で着水する。糸が止まるのを待ってベールを戻し、ゆっくりとリールを巻いていく。

「また来たっ!」

 当たりと同時に竿を上げた。今度は明らかにさっきのよりも重たい。キスではなさそうだ。

「ん?」

 が、しばらくリールを巻いていると違和感に気づいた。魚の抵抗がない。糸の先には確かに重みがあるのだが、引かれるがままな気がする。

 不思議に思いながらもそのままリールを巻き続けると、やがて魚が見えてきた。以前、潮干狩りで捕まえたカレイよりもでかい、座布団サイズのヒラメだ。

「んん?」

 しかし、そのヒラメには不自然な物があった。背中から木の棒が生えているのだ。近づくにつれて、それがただの棒ではなく、銛の柄であることが分かった。つまり、俺が釣ったヒラメに、何者かが銛を突き立てていた、ということだ。

 とりあえず針からヒラメを外し、銛を抜く。銛の柄は翠精樹で作られていた。それから銛の先は金属じゃなくて……シーサーペントの牙? 何だこのレアっぽい組み合わせは。

 これの持ち主はまだ海の中だ。そろそろ浮上してくるだろうか。沖の方へ注意を向けていると、ぷかりと水面に浮かんだものがあった。銀色の頭だ。その下には褐色の肌があった。

「これはお前のかー?」

 銛を掲げて呼び掛けると、銀の頭が上下に揺れた。そのままこちらへと近づいてくる。

 よく見ると、そいつの耳は長かった。俺が知ってるエルフと同じくらい。ただし、ザクリス達の耳がほぼ横に伸びていたのに対して、そいつの耳は後ろへと伸びていた。

 銀髪に褐色肌、後ろに伸びる長耳、紫の瞳。初めて見たが、俺が知る海エルフの特徴と一致する。

 足が砂地に着いたのか、身体が見えるようになる。立派な双丘がさらしのような物で包まれていた。すごい格好だなと思ったのも束の間、それ以上の衝撃が水中から現れた。下半身に着けていたのは褌だったのだ。はて、あのデザイン、どこかで見たような?

 ともかく、海から上がってきたのは美女だった。やはりエルフには美形遺伝子が備わっているのか。森エルフの女性達とはまたタイプが違う、健康的でたくましさを感じさせる美しさだ。

「済まない。お前の獲物を横取りするところだった」

 と美女が謝ってくる。言葉は共通語ではなく、エルフ語だった。

「なに、気にすることはないさ。それよりビックリしたろ? 俺もだけど」

「ああ。銛を放ち、仕留めたと思ったら、そのまま獲物が銛を引きずって離れていくのだからな」

 こちらもエルフ語で答え、柄を向けて銛を返すと、受け取って美女が微笑んだ。

「私はウルスラという。見てのとおりの海エルフだ」

「俺はフィスト。見てのとおり、異邦人だ。こうして会えたのも縁だ。少し休んでいくといい」

 自己紹介を済ませると、ヒラメを持ってかまど等を設置した簡易野外キッチンへと向かう。こいつは刺身にしよう。

「ところでウルスラは、海中で魚を突いてたのか?」

 砂を洗い流してからまな板の上にヒラメを置き、とりあえずおろすことにする。

「それだけではないがな。水中遊泳をしつつ、気が向いたら魚を突いたり貝を採ったりだ」

 ウルスラがこちらへ来て、俺の手元を見ながら答える。

「随分と手際がいいな。慣れているのか?」

「それなりに、な。ほら、クイン」

 相棒に取り分を投げてやり、自分のを刺身にするべく適度な大きさに切っていく。

「ストームウルフか。そういえば、幻獣を連れた異邦人が何人かいると聞いていたが、お前のことだったか」

 クインを見たたウルスラが、得心がいったように言った。

「ドラードで聞いたのか?」

「そのようだな。集落の者がそう言っていた」

 いまだにドラードでは海エルフを見かけたことはないんだが、たまには来てるのか。ザクリス達も基本は自給自足だったし、海エルフもそうなんだろう。

 ふむ。ちと早いがメシにするか。

「ウルスラ。もしよかったら、これから一緒に食事でもどうだ? 味は保証できないが」

 海エルフってことは、海のプロだろう。色々と有益な情報を入手できそうじゃないか。ここは食事を餌に情報収集だ。

「いい頃合いではあるな。ありがたくいただこう」

 空を仰ぎ、手をかざして太陽の方を見ながらウルスラは快諾してくれた。



 さて、料理といこう。

 まずは油の準備だ。天ぷら油なんてないので、オリーブオイルを使う。天ぷら鍋もないので、普通の深鍋にオイルを入れて火に掛けた。

 次にキスをさばく。鱗を削ぎ、頭を落とし、内臓を取り出して、大きいので3枚におろして更に半分に切った。

 キスの処理が終わったら衣の準備だ。確か、水と卵と小麦粉と塩、だったはず。

 木のボウルに水と卵と塩を入れて溶き、小麦粉を少しずつ加えて混ぜていく。子供の頃の記憶ではあるが、確か母さんはこんな作り方をしていたはずだ。あと、混ぜすぎちゃ駄目なんだったか?

 程よく混ざったと思われるところで手を止め、【空間収納】から野菜を取り出す。かき揚げは面倒なので、ジャガイモとニンジン、カボチャをそのまま揚げよう。

「油を贅沢に使うのだな」

 野菜の皮を剥いていると、鍋を見ながらウルスラが言った。贅沢か? GAO内でも普通に揚げ物は店で食えるけど。

「そっちは、どんな油をどんな感じで使ってるんだ?」

「基本的には獣脂とオリーブを搾った油だ。焼く時に少し使う程度だな」

 揚げ物はないのか。そういえばザクリス達の所でも、揚げ物はなかった、気がしないでもない。

「獣の脂ということは、イノシシや熊か?」

「ああ。海の獲物の脂は食用には適さないからな」

「海に脂を採れる獲物なんているか?」

「希にだが、鯨を狩ることがある」

 ああ、鯨か。いるんだな、鯨。竜田揚げ……生姜焼き……

「海エルフがどんな物をどんな風に食べてるのかは、興味があるな」

「それなら来るといい。お前なら辿り着けるだろうし、来たら歓迎されるだろう」

「辿り着ける? それ、どういう意味だ?」

「異邦人の中に、我々の集落の場所を熱心に探っている者達がいるようでな。何を企んでいるのか分からないので、軽々しく口外はしないようにしているのだ」

 あー、多分それ、海エルフに会いたいエルフスキー共だ。でもそれを正直に言ったところで、ある意味珍獣扱いだからいい顔はしないだろう。

「で、どうして俺なら辿り着けると? それに、探し出しても構わないみたいな言い方だが」

「お前は、森の同胞と交流があるのだろう?」

 ウルスラの視線が俺の胸元へと動く。そこには革紐で吊された小さな木の板があった。翠精樹で作られた物で、エルフ語で表に俺の名が、裏に村長であるヨアキムさんの名が彫り込まれている。俺とルーク達に贈られた物だ。

「それを持っているなら、エルフ達の集落の場所がどのような所にあるのかは理解できるはずだ。それは同胞の証であり、同胞と認めた証でもある」

 言ってウルスラが自身の胸元を指す。そこには同じように翠精樹の木片があった。彼女の名がエルフ語で刻まれている。

「これ、そんなに貴重な物だったのか?」

 ヨアキムさん、特に何も言わなかったんだが。エルフの工芸品か何か程度に思ってたのに……

「森の同胞に認められているお前だ。我らに害成すことはないだろう?」

 まあ、ウルスラが言いたいことは分かった。海エルフの村の場所は知らないが、目印的なものについては見当がつく。探し出せないことはないだろう。

「おっと、そろそろいいかな」

 野菜の処理を終えて、油の様子を見る。衣を少し落とすといい音を立てた。多分、こんなものだろう。

 油が跳ねると火傷するかもしれないので、【空間収納】からエプロンを出して着ておく。海パンエプロンとかどんなジャンルだ、と馬鹿なことを考えながら、衣をつけたキスを熱した油に投入した。




「できたぞー」

 できあがった料理を並べたテーブルを見る。キスと野菜の天ぷら。リアルも含めて初めて作った天ぷらだが、まあ、見た目は問題なさそうだ。

 次にキスの刺身。海エルフは魚を生でも食べるらしいので一緒に出した。

 後は主食として、買い置きの黒パン。組み合わせはアレだが、米がまだ見つからないから仕方ない。

 それから、ウルスラから提供してもらった牡蠣と魚を焼いたものに、デザート代わりの海ぶどう。海ぶどうは現実のそれとは違って、見た目はマスカットそのままで、味も甘さ控えめのマスカットだった。他にも何種類かあるらしい。ピオーネタイプとかデラウエアタイプとかあるんだろうか? 今度潜ったら探してみるか。

「天ぷらも刺身も、塩か醤油で食べてくれ。刺身の方は山葵もあるからお好みでな」

 天ぷらは天つゆが作れたらよかったんだが、時間的余裕と材料がなかったので今回はパスだ。うどんを作った時は代用品を使ったりしたが、よく考えたら失敗する可能性もあったわけで、そんな物を初対面のエルフに食べさせるのはよろしくない。

「魚醤とは違うのだな」

「これは豆から作るからな。海エルフは、魚醤をよく使うのか?」

「味付けは塩と魚醤がほとんどだな」

 言いつつウルスラがキスの天ぷらにフォークを刺した。俺も箸で天ぷらを取り、醤油を少し付けて口に運ぶ。

「こんな食べ方があるのだな。美味い」

「んーむ……」

 ウルスラは気に入ってくれたようだが、俺の感想はいまいちだった。衣がサクッと揚がっていない。何か間違っただろうか。油の温度か? それとも、衣を作る時にかき混ぜ過ぎたか?

「どうした?」

「いや、もう少し美味くできたはずなんだが」

 ウルスラも、かまどの向こうで食べているクインも、違和感無く食べているが、元の天ぷらを知ってる身としては、これは駄目だと思う。

「フィストは料理人なのか? 拘りがあるのだな」

「いや、普段は、食えさえすりゃいいんだけどな。自分の想像を外れた出来だと、やっぱり思うところがあるのさ」

 上等な料理が作りたいわけではなく、せめて自身の期待した味に届く物にしたいだけだ。

 口直しというわけではないが、ウルスラからもらった牡蠣を網から取り上げる。俺の掌ほどもある大きな牡蠣だ。カミラの所で食べたやつよりも大ぶりだった。

 そんなジャンボサイズを一気に頬張った。潮の香りが口いっぱいに広がる。歯ごたえもいい。

「やっぱり採れたての牡蠣は美味いな。ありがとな、ウルスラ」

「なに、少し潜ればこれくらい、いくらでも採れるからな。とはいえ、最近は数が減っている気もするが」

「そうなのか?」

「ああ。牡蠣に限らず、貝類はかなり減った。私が遠出してここまで来ていたのもそれが理由だ」

「ドラードの漁師達が乱獲してる、とか?」

「それなら分かりやすいのだがな。彼らの漁場と我らの漁場は重なっていないし、あちらが侵入してきたわけでもない。どこかから捕食者が流れてきたのではと思っている」

 捕食者か。海の中で貝を食う奴となると、ヒトデやタコだっけ? でもヒトデならすぐ見つかりそうな気もするし、違うんだろうか。

 これからしばらく、海中で活動するつもりだったのに。海の中で何かが起きてるかもしれないってのはいただけない。それに、ドラードの市場に影響が出なきゃいいんだけども。

 ここで考えたところで解決する話ではないか。それより今は情報収集だ。

 山葵の量を誤って涙目になっているウルスラに、俺は木のカップに注いだ紅茶を差し出してやった。

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