第142話:金塊の始末
とりあえず最初に仕留めた大きい方のガビアルは【空間収納】に片付けた。
鋸歯亀も今回は保留だ。多分、鍋とかにするのがいいんだろうけども、時間がかかりそうだし。こんな場所じゃなく、落ち着いた場所で安全に調理したいし、やることもある。
というわけで、小さい方のガビアルだけを解体して食すことにした。
「手順はロックリザードの時と同じでいいか」
ただ、ガビアルの爪って需要があるのかね? 皮は細工物や防具に使われるだろうけど。いや、GAOだとワニ革の財布とかバッグとか、どうなんだ?
「うん、素材については後回しだ」
主目的は食うことなんだから、まずはそっちを優先することにしよう。
ひっくり返して腹を裂き、内臓を抜く。使える部分があるかもしれないので捨てずに空の樽に詰めておいた。
それから脚の1本だけ皮を剥いでから切り離し、残りは【空間収納】へ片付ける。
肉質はロックリザードと似ている。脂はほとんどない。まずはスライスしてフライパンで焼いてみることにした。
焼けて漂う匂いは鳥のそれだ。これもロックリザードと同じ。爬虫類だからどれも同じ感じになるんだろうかね。
しっかりと両面を焼いて、まずは一口。
「味はリザード系に似てる、が……固めだな」
なかなかに歯ごたえがある肉だ。トカゲとワニの違いだろうか。これは一手間加えないと食いにくいかも。それとも生ならいけるか?
生肉を薄くスライスして食べてみると、白身魚の刺身みたいな食感だった。味もちゃんとある。
「焼いた方が味はしっかりするな。これはこれで食いやすくはあるけど」
うん、やっぱりここであれこれ試せる感じじゃない。下ごしらえとかが必要になりそうだ。
焼いた肉と生の肉をクインに投げてやる。そのどちらもを、クインは器用に受け止めて食べた。
「焼いたのと生のだと、焼いた方が美味いか?」
問うと頷く。クインの場合、立派な牙を持ってるから平気で噛み切ってしまうだろう。肉の固さは関係なさそうだ。
ふと川を見ると、流れの中にガビアルの頭が見えた。こっちを見ているような気がする。ここ、やっぱりガビアルの縄張りっぽい。
となると、のんびり食事なんてしてるとまた襲いかかってくるかもしれない。試食会はこのくらいにしておこう。
調理器具を片付けて、今後のことを考える。まずはナゲットが本物の自然金なのかどうかだ。さっきの男が俺を排除しようとした状況から考えると、本物である可能性が高いと思うが、確認は必要だろう。
「でも、なぁ」
川を睨む。この底に同じ物が沈んでいるかもしれないとなると、今後のことを考えるならば、自分の目で確かめてみたくはある。ガビアルはともかく、鋸歯亀はもう何匹か確保しておきたいし。
水深は、さっき竿を垂れた感じだとそれなりにありそうだ。ガビアルが水面近くを移動するなら、一気に潜ってしまえば大丈夫かもしれない。
問題は鋸歯亀だが、《翠精樹の蔦衣》を着ていれば簡単にダメージを受けはしないだろう。首から上を噛まれたらやばいけど。
「よし、男は度胸!」
鋸歯亀――じゃない、ナゲットの存在を確認するために、潜る決心をした。
武装は一切外さない。革鎧を修理に出している以上、《翠精樹の蔦衣》は必要だ。それに重たい方が、流されずに済むだろうし。
「それじゃクイン、ちょっと行ってくる」
川を指さして相棒に断りを入れてから、水精に訴えて【水中呼吸】を発動させ、そのまま川に飛び込んだ。
水は冷たいが、修行場の地底湖ほどじゃない。身体が流されるのには抵抗せず、水底へと頭を向ける。水は透明度が高く、視界は悪くなかった。これなら周囲の警戒を怠らなければ、ガビアルが接近してきても対応できるだろう。
水深は2メートルから3メートルといったところだろうか。川底に砂はなく、石ころだらけだ。鋸歯亀は見当たらない。じゃない、ナゲットだナゲット。
周囲で一番深そうな場所へ移動し、安全確認をしてから、石ころを掘り返してみる。
『ある、な』
水の中で自分の声が聞こえるというか、普通に声を発することができるのが相変わらず不思議だが、ともかく目当ての物をあっさりと見つけてそんな言葉が漏れた。
大きさとしては、さっき拾った物よりも大きめのナゲットだ。勝手な想像だが、この激流にも流されない重たい物や、運良く川底に引っ掛かった物が、この辺りに残ってるんだろう。つまり、上流に行くほど、粒の大きなナゲットがあるんじゃなかろうか。
他にも探してみるかと川底を這うように移動する。鋸歯亀、はいない。出てこないかな。
『お』
川底の窪みに、またナゲットを見つけた。小石の中からのぞいているそれを手に取ると、妙な手応えが。ボロっともげたような感じだったのだ。
不思議に思ってその箇所の小石をかき分けてみると、その下に金色が見えた。どうやら俺が取ったのは、これの一部らしい。というかこれ、かなりでかいんだが。
表面の小石を取り除くと、40センチ四方に収まるくらいの大きさが見えた。しかもこれ、下がまだ埋まってるようだ。どれだけの大きさなんだ?
推定金塊の周りを掘る。どんどん掘る。周囲の警戒は頻繁にし、ガビアルや鋸歯亀に襲われないように注意しながら作業を継続する。
『うわお』
やがて、そんな声が自分の口から漏れた。予想以上にでかい。水の中だからそう見えるのかもしれないが。
ゆっくりと抱え上げる。水の中でもずっしりとした重さがあった。これが本当に金塊だったら、どれ程の価値になるんだろうか。
警戒を忘れずに、そのまま川岸まで移動し、一気に浮上。推定金塊を岸へと上げ、自分も素早く川から出た。再び推定金塊を持ち上げ、【空間収納】へ放り込むと川から離れる。ガビアルは……いないな。
「さて、どうするべ」
《翠精樹の蔦衣》を解除し、服を脱いで水を絞りながら考える。
まずは本当に金塊なのかを確認しなければならない。で、これが本物だったとして、だ。これ、もらってもいいんだろうか?
一応、GAO内の鉱物資源は、政府というか国が管理していない場所については採掘自由となっているはずだ。その理屈で言えば、この川の鉱物資源は取り放題だとは思うんだが。
いや、でも万が一、ここがドラードの管理範囲内だとしたら、不法採掘になってしまう。
「とりあえず、ツヴァンドに戻ってシザーに見てもらうか。あいつも【鍛冶】スキルがあるから、鉱物の知識は持ってるだろ」
で、本物だったら。あそこに持ち込んでみよう。
肉を報酬にクインにお願いして、クインスーパーエクスプレスでツヴァンドに引き返し、シザーに確認してもらったところ、金塊が本物であることが判明。
その後、転移門を使ってドラードへ跳び、領主の館へ向かう。急な訪問にもかかわらず、エド様は快く面会を受けてくれた。
「久しいなフィスト殿。海賊の件以来か」
「ご無沙汰しております。まずは不逞の輩の討滅、おめでとうございます」
応接室で挨拶を交わす。現実はともかくとして、GAO内では1ヶ月以上が経っているのだ。
「フィスト殿や、あの時の異邦人達が、信のおける者達を集めてくれたお陰だと思っている。軍の被害がかなり抑えられたからな。ところで、今回の用件は?」
「これをご覧いただきたく」
テーブルの上に【空間収納】から毛皮を取り出して敷き、その上に川から引き上げた金塊を置く。エド様の目が大きく見開かれた。
「フィスト殿、これは……?」
「実はこれについてお伺いしたいことがあり、参上した次第です。この金塊、ドラードの領内で発見しました」
「我が領内で?」
口元を手で覆い、金塊を見ながらエド様が何やら考え込む。
「どの辺りか、場所を把握しているかな?」
「ツヴァンドからドラードへ入ったら最初に橋を架けてある川があります。その上流の川の中で」
「ふむ……何故、そこに行ったのか聞いても?」
「鋸歯亀を狩りたかったので、旅の途中で寄ったのです」
正直に答えると、エド様が呆れたような顔をした。
「あの辺りはファルーラガビアルの領域で、かなり危険な場所だ。鋸歯亀を穫るためだけに行くような者は、付近の住人にはいないぞ」
「はい、そのようで。お陰でガビアルも狩ることができたので、私的にはよい結果でした」
「……まぁ、フィスト殿だからな。で、何故それで川の中から金塊を見つけるようなことに?」
問われ、俺は今回の件を話した。
「そんなわけで、この金塊を見つけたわけですが。エドヴァルド様にお伺いしたいのは、あの川がドラード管轄の鉱物採掘場所として認定されているのか、なのです」
「結論から言うと、川自体はブラオゼー家で管理してはいない。だから、川の中あるいは河原で入手した物については、自由に持ち出しても構わない。ただ……」
心底不思議そうに、エド様が俺を見る。
「何故、それを私に? ドラードが管轄する鉱山だけを確認すれば、隠し通すこともできただろうに。手に入れた金塊を売れば、その利益を美食に費やすこともできただろう?」
「ああ、そう言われればそうですね」
管理下の鉱山を確認して該当がなければ、管理外ということなのだから。それが分かれば採掘し放題だったわけだ。
ただ、いつまでも金塊探しをする気はないし、これがトラブルの元になったらドラードにとって痛手にもなるんじゃないかと思ったのだ。
「金があるに越したことはないのですが、元が庶民なので、使い切れないような大金を稼いでも持て余しそうで。ですから、ドラードに丸投げしてしまおうかと」
要は、あの川での採掘をドラードで管理してほしいのだ。そうすればドラードの懐も暖まるだろうし。海賊関連でそれなりに被害を受けていたから、税収とかに響いていたはずだ。
それに国の管理下になれば、勝手に採掘をしたら犯罪者まっしぐらとなる。そう、例えば俺をMPKしようとしたプレイヤーが、また採掘した場合とか。ざまぁ。
「そういうわけで、ドラードで思う存分掘り返してやってください。大物が残ってるかどうかは分かりませんが」
「あの川をさらうにも人と時間が必要だ。ただでさえガビアルの生息地だから危険も多い。十分に対策を練らねばな」
「採掘護衛で異邦人を日雇いするという手もあるんじゃないですかね」
「そう言いつつ、フィスト殿はこの件からは手を引くのだろう?」
からかうようにエド様が言ってくる。そのとおり。俺は川の金塊よりも、海の魚介を満喫するのだ。
それに、この金塊を売却できれば、それこそ森絹の時の収入をはるかに超える大金が手に入るだろう。そうすれば、GAO内での夢である『土地畑付きの一戸建て』を手に入れられる。後はじっくりと場所の選定をすればいいだけだ。
「まあ、それは仕方ないか。正直、金鉱山の復活はありがたい」
「復活?」
「ああ。実はな、その川の上流に、金塊が採掘できる鉱山があったのだ」
エド様の口から意外な言葉が飛び出した。あれ、今、金塊が採掘できるって言ったか?
「金鉱石ではなく、自然金が出てくる場所でな。馬小屋ほどの大きさの金塊が出たこともあったと聞く。ただ、先代の頃にほとんど掘り尽くされて、今は閉山している」
「なるほど。川の金塊は、それらが雨風に削られて流れ込んだ物かもしれませんね」
「その可能性が高いな。しかし、またもフィスト殿はドラードに大きな貢献をしてくれたことになるな」
楽しそうに笑いながらエド様が俺に意味深な視線を向ける。そうか、厄介事を押しつけただけのつもりだったが、ドラード的にはそういう見方もできるのか。
「どうかなフィスト殿。そろそろ我が家に仕える気にならないか? 領主権限で授爵できる爵位もあるのだが」
「なりません」
にこやかなエド様に、俺はいつもの答えを返すのだった。