第140話:【剣聖】宅へ2
「ぶはっ!?」
通算10回目の空中遊泳を体験中。ラーサーさんに吹っ飛ばされただけ、とも言う。
「にゃ……ろっ!」
軋む身体を無理矢理動かし、体勢を立て直す。今度は背中から落ちずに済んだが、着地後に膝が崩れてしまい、すぐに動けない。長時間正座した直後のような感覚が全身を包んでいた。
そのままラーサーさんの剣先が首に突きつけられ、10回目の模擬戦が俺の敗北で終了する。
「立てますか?」
「少し休めば多分……」
剣の一振りを受けただけなのに、身体全体が痺れたように重たい。何かしらのアーツを使われたのかもしれない。
「ふむ……少しで何とかなるのなら、もう少し強めでもよかったかもしれませんね」
と訓練用の剣を鞘に収めながら、ラーサーさん。いやいや、もう少し手加減してくれてもいいんですよ?
「それでは約束どおり、これで終わりましょう」
「ありがとうございました」
際限なく模擬戦に巻き込まれるのは勘弁なので、10戦だけ、と始める前に断りを入れておいたのだ。その判断は正しかった。これ以上続けたら、最後には指一本動かせなくなりそうだ本当に……
でも、前回に相手をしてもらった時よりはかなり粘れた気がする。まあ、かなり手加減をしてもらった上で、なんですけどね……
「フィストさん、大丈夫ですか?」
「もうちょっとしたら、動けるようになる、と思う……」
心配げなニクスに応え、ポーションを取り出して飲み干す。HPはこれで回復したが、身体が重たいのは変わらなかった。ステータスを確認してみると【麻痺】の表示。スタン効果のある吹き飛ばし攻撃だったか。
《翠精樹の蔦衣》には、左切り上げされた痕が残っている。これ、実剣だったら胴が2つに分かれてたんだろうなぁ。
「いいかニクス。これが、お前の目指す先にあるものだ」
「無理です。絶対無理です。何年修行しても無理だと思います」
ラーサーさんの背を見ながら言うと、引きつった顔で慌ててニクスが首を振る。実際にプレイヤーがあの領域に至れるのかは不明だが、ニクスにはぜひとも頑張ってもらいたい。
「わ、私、生きて訓練を続けられるでしょうか?」
「しばらくは型を覚えさせるって言ってたろ。いずれは模擬戦もあるかもしれないが、俺の時みたいな指導にはならないだろ」
ひと試合のたびにニクスが宙を舞うとか、スパルタに過ぎるだろう。その辺りはラーサーさんに念押ししておいた。何故か微笑ましいものを見る目で頷かれたが。
「さて、と」
歩くくらいはできそうになったので、立ち上がる。まだ膝がプルプル震えているが、大丈夫。
「本当に、大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。ニクスは今の内に、訓練を見学しておくといいぞ。見て学べることもあるだろうし」
今はウェナがラーサーさんと対峙しているが、双剣のウェナを軽々とあしらっているように見える。あの手数をよく捌けるもんだ。
少し離れた所ではジェリドとミリアムが作業をしている。ジェリドの前には水の柱があり、その中で彼らの装備がいくつか踊っていた。水精を使った洗濯機、といったところだろうか。便利そうだなあれ。今度試してみるか。
ルークは型を繰り返していた。手にしているのは短剣だが、そこから普段使っている剣ほどの魔力刃が伸びている。【聖輝剣】のアーツの1つらしい。ルークの格好が某SF大作の騎士見習いの衣装に酷似、というかそっくりだからか、明らかに形状は違うのにラ○トセイバーみたいだなと思ってしまう。もう、姓をスカ○ウォーカーにしてしまえばいいんじゃないかな。まだ決めてないみたいだし。
ゆっくりと歩きながらスウェインのほうへと向かう。スウェインとシリアが何やら燃やしていた。
「どうしたんだ?」
「ああ、探索中に使っていた服を処分しているところだ」
ほとんど燃えてしまっていたが、ルーク達が戻って来た時に着ていた服だった。
「いちいち洗って使う気にもならなくてね。探索の時は、使い捨て前提で別の服を用意してあったんだよ」
とシリアが肩をすくめる。勿体ないとも思えるが、気持ちは分かる。これが動物の血とかの汚れならともかく、ゾンビ汚れだもんなぁ。さすがに武具を使い捨てにはできんだろうし。
「で、話って何だ?」
「以前、呪い装備の瘴気除去についての話をしただろう?」
「ああ。そういえばラーサーさんに浄化してもらおうって話はどうなった?」
「お願いしていくつか試してもらったのだが、浄化の力が強すぎて砕け散った」
駄目だったか。てことは呪い装備は神殿で解呪するしかないのか?
「ただ、瞬間的に強い力を加えるのではなく、弱い力を継続的に与えてやれば除去できたし、壊れたりもしなかった」
「弱い力を継続的に……ああ、言いたいことは分かった」
以前この話をした時に、俺は瘴気毒除去の方法をいずれ試すと言った。あれは時間を掛けて毒を抜く方法だから、そのやり方ならうまくいくんじゃないか、とスウェインは言いたいんだろう。
「俺の方ではまだ試してないんだが、そっちで先にやってみるか?」
「うむ。アンデッドダンジョンで、それなりに呪い付きの装備が手に入ったのでな。有効活用できるなら、してみようと思うのだ。このまま【空間収納】の肥やしにするのは容量の無駄であるし」
ああ、そっち系の戦利品が多かったって言ってたっけ。あと宝石類。
「貴金属系のドロップがなかったら、本当のはずれダンジョンだよなぁ」
「そればかり、というわけではないのだがね。呪いはなしで瘴気汚染されただけの武具もあったりするので、フィストが言っていた方法で使えるようになるなら、それなりの実入りではあるのだよ。例えばこれは、魔銀製の小剣だ」
言いつつスウェインが【空間収納】から取り出したのは一振りの小剣だ。これでもかと瘴気が立ちのぼっている危険物だが、スウェインは【魔力制御】で手に聖属性の魔力を纏わせてそれを掴んでいた。
「ん?」
地面に突き立てられたそれを見て、気付いたことがある。スウェインが掴んでいた柄の部分の瘴気が、一瞬ではあるが薄らいでいたのだ。
「なあ、スウェイン。聖属性の魔力で瘴気って浄化できるんだよな。だったら、【魔力制御】で聖属性の魔力を使って包み続けたら、それで消せるんじゃないか?」
「可能性はある。いつまで包んでおけばいいのか、どのくらいの強さならいいのか、試すことは多そうなので、まだ実施していない」
「俺のやり方も同時進行で試してみようか。手段はたくさんあるほうがいいだろ」
俺が入手した剣と鎧の浄化もいつかはやらなきゃならないんだ。今の内に試しておくのも悪くない。
「助かる。礼と言っては何だが、これをフィストに進呈しよう」
スウェインが【空間収納】から取り出したのは布袋だった。それを受け取り、中を見る。入っていたのは紫色のキノコだ。血を撒いたような真っ赤な斑模様が特徴の、第一印象では毒キノコ。【植物知識】では腐蝕茸という名が出た。その名から想像できるようなえげつない効果がある毒キノコだ。
「これが身体に生えたゾンビを倒した時に、稀にドロップしたものでな。我々には使い道がないが、フィストなら何かに使えるかもしれない」
「これが食えれば嬉しかったんだがなぁ」
毒にしか使い道がない。食えるキノコとかあってもいいだろう。ゾンビから生えてるキノコ、って時点で躊躇してしまうかもしれないが。
とりあえず受け取ってキノコを【空間収納】に片付け、必要な道具を取り出していく。
「この小剣を入れることができる、手頃な大きさの木箱とか持ってないか?」
「少し大きいが、これならどうだ?」
スウェインが取り出したのは、現実のリンゴ箱大の木箱だった。しっかりとした造りで、中に液体を入れても大丈夫そうだ。
解毒関連の薬草を磨り潰して調合用の鍋に入れていく。作業が終わったら水を加えて火に掛けた。
「あとはこれに魔獣肉を漬け込めば解毒ができる」
「作業自体は難しいものではないのだな」
「材料を煮詰めるだけだからな。本当なら磨り潰さなくてもいける」
【調薬】を持ってないエルフ達が普通に作業をしてるから、スウェイン達でも大丈夫だと思う。
「調薬ではなく食品加工の技術と言ったほうが正しいか?」
「そうだな、見ただけだったら調薬っぽいけど」
そこまで言って、ふと閃いたものがあった。
毒消草を手に取って【魔力変換】を使う。模擬戦前にラーサーさんから教えてもらって修得した聖属性だ。魔力で毒消草を包み、様子を見ながら維持する。
やがて、毒消草の色が変わった。緑の葉が黄緑色にまで薄くなっている。そこで一旦魔力を止めて、【植物知識】で確認してみると、聖属性の魔力が染み込んでいるという表記が追加されていた。
「……何だそれは?」
「錬金薬を作る時に、素材に魔力を浸透させて変質させる作業があったのを思い出してな。【錬金術】スキルにはそれ用のアーツがあるんだが、俺はまだ【錬金術】を修得していないから、【魔力制御】で代用したことがあったんだ」
目を丸くするスウェインに、聖属性の毒消草を見せながら説明する。何でこんなことをしたかというと、薬草に聖属性を付与できたら、瘴気の除去効果が上がらないだろうかと考えたからだ。
「この小剣と同じくらいの瘴気を放つ武器と、それを収納できる箱はないか?」
「ある。比較してみよう」
スウェインが次に取りだしたのは、頭蓋骨を模した打撃部を持つ短めのメイスだ。瘴気量はさっきの小剣と同じくらい。
「とりあえず、材料全種類、聖属性に染めてみるか。スウェイン、手伝ってくれ」
「分かった。どの程度の出力にすればいいのだ?」
「最初なんだから、適当でいいだろ」
スウェインに素材を渡して、自分も作業を継続する。
「ねえ、フィスト」
そんな中で、シリアが声を掛けてきた。
「その、属性魔力で薬草を染めるのって、例えば他の生産スキルでも使い道があるの?」
「どう、なんだろうな?」
生産系にそれ程詳しいわけじゃないし。俺にできるのは【調薬】と【調理】くらいなものだ。
「どうした、何か気になるのか?」
「鉱石に魔力を浸透させたら、属性付きの金属とか作れないのかなと思ってさ」
「それは……いや、それだと皮革素材や布素材でも、可能性があるか?」
シリアの言うとおりの結果が得られるとするなら、夢が広がる気がする。エンチャントされた武具は一部とは言え既にプレイヤーの手で作られているし、そこに更に素材段階で属性が付与できるなら、プレイヤー達は絶対にそれを求めるだろう。
「いやでも、こんな簡単なことで? 【魔力浸透】は【錬金術】スキルのアーツにあるはずだ。熟練の生産プレイヤーなら気付いて修得していてもおかしくないだろ?」
「【魔力変換】自体はロマンスキル扱いで、実用性も低いと言われてきた。それに前提としての【魔力制御】のレベリングがまず一苦労で、更に修得に必要なSPも多い。【魔力変換】を使う生産職プレイヤーは聞いたことがないな」
スウェインの言うとおり、今のところ、属性の付与された武具や道具をプレイヤーが作ったという話は聞かない。秘匿しているプレイヤーがいる可能性もあるが。
「てことで、はいこれ」
シリアが俺に瓶を差し出してきた。中身は黒い液体だ。
「呪符魔術師が呪符の作成に使う特殊なインク。もしこのインクに聖属性を付与できたら、それを使って聖属性の呪符魔術が作れるかもしれない。それに他の属性に染めることができたら、同属性の呪符の効果が強まるかもしれないし」
「つまり、俺にそれをやれ、と」
「【シルバーブレード】に生産系スキルを持ってる人はいないし、今ここで検証できるとしたら、あたしの呪符魔術だけじゃない? 漬け込んで待たなきゃならない瘴気除去よりも結果がすぐ出るし。フィストは確か雷属性を使えたよね? あ、スウェインは聖属性でお願い」
「まあ、ひと瓶だけだ。さっと片付けて続きをやるとしよう」
シリアがスウェインにもインク瓶を渡した。肩をすくめて、スウェインが手に取った瓶に聖属性の魔力を流し込み始める。
じゃあ俺も、と魔力を解放し、雷属性に変換したところで気付いた。バチバチと音を立てる手を見る。それ自体はいつものことではあるのだが。
「シリア。この状態で瓶に触って大丈夫だと思うか?」
「その放電に物理的な衝撃があるんだと、やばいかもね。聖属性みたいに、フワッとした感じの魔力にできないの?」
「んー……ルークは、火の【魔力変換】でそれができるのか?」
「どうかしら? 完全に火に変換したら、熱で炙るようなことになりそうだね」
聖属性は熱量の変化がないからいいが、他の【魔力変換】は違うからな。大体、これは【魔力浸透】の代替手段なのだ。やるなら【錬金術】スキルを修得した上で、【魔力浸透】のアーツを使って試すべきだろう。
「危ない橋は渡らないようにしよう」
「そうだね。スウェインの結果を見てからでいいか。一番欲しいのは聖属性だし」
インク瓶を返すと、シリアは素直にそれを受け取った。