第139話:【剣聖】宅へ1
ログイン133回目。
ラーサーさんの所へ行こうと思っていたのだが。予定を少し変更することに。メニューからフレンドリストを開き、目当ての人物がログインしてくるのを待つ。
やがて、1つの名前がログイン表示になったので、フレンドチャットを繋いだ。
『ニクス、ちょっといいか?』
『フィストさん。どうかしましたか?』
『ああ。ちょっと相談なんだが。強くなりたくないか?』
そう尋ねると、少しの沈黙があった。
『あの、どうしたんですか急に?』
『いや、単独での狩りとかは普通にできるようになってるけど、それって動物や魔獣相手だろ? ローゼが復帰して一緒に行動するようになった時に、それだけじゃ足りないんじゃないかと思ってな』
『どういうことでしょう?』
『あいつ、何だかんだ言って対人戦闘が好きだからさ。いずれ対人戦に付き合うことも出てくるんじゃないかと思うんだ。となると、そっち方面も慣れておいた方がいいんじゃないか?』
『おっしゃることは分かりますけど……PvPでしたっけ? 相手をしてくれる人がいないと、どうしようもないですよ』
『そこで、だ。俺の知り合いの住人に、ここらじゃ誰も勝てないだろうって凄腕の剣士がいるんだ。特殊な流派を修めていて、ニクスの今後にも役立つ選択肢を与えてやれると思うんだが、どうだ? ニクスが強くなっていれば、ローゼも安心してあちこち連れて行けるだろうしさ』
『そう、ですね。足を引っ張りたくはないですし。ですが、私で大丈夫でしょうか?』
『ちゃんと相手を見て適切な指導をしてくれるよ。人柄も保証する』
『分かりました。お願いします』
『決まりだな。それじゃ、準備ができたら言ってくれ。ツヴァンドの北門前で待ち合わせよう』
チャットを切り、メニューを閉じる。よしよし、うまくいった。
ニクスと合流し、俺達がやって来たのは、ツヴァンドの北の森にあるラーサーさんの家だった。
「おや、フィスト殿。お久しぶりです」
家の前の畑を耕していたラーサーさんが顔を上げ、声をかけてくる。
「ご無沙汰しています。お元気そうで何よりです」
「最近は随分と活力がみなぎっていましてね。穏やかに過ごすのもいいですが、程よく張り合いのある日々があると、気持ちだけでなく、身体まで若返るようですよ」
鍬を立て掛けた柵を軽やかに跳び越えて、ラーサーさんがこちらへやって来た。
「フィスト殿も随分と活躍しているようで。友人の名がいい意味で話題になるのは嬉しいですよ」
「ラーサーさんほどの方にそう言っていただけるとは光栄です」
そして握手を交わす。いい年のはずだが力強い手だ。張り合いがある日々と言っていたが、ルーク達に修行をつけることがいい刺激になっているんだろうか。
「ところで、そちらのお嬢さんは?」
「私の同郷の友人です。ニクス、こちらがラーサーさんだ」
「は、初めまして。ニクスと言います」
紹介すると、緊張した面持ちでニクスが頭を下げた。道すがら、ラーサーさんが【聖騎士】であり、【剣聖】の称号を持つ程の達人だというのは説明してある。
「初めまして、ラーサーと申します。それで、フィスト殿。今日の用件は?」
「【魔力変換】が可能になったので、聖属性を教えてもらいに。それから、彼女に剣の教授をお願いしたいんです」
俺がニクスに提案したのは、ラーサーさんに師事してはどうかということだ。
俺が知る限り、剣技最強は間違いなくラーサーさんで、トッププレイヤーであるルークすら圧倒する技量の持ち主だ。
そんな剣士に鍛えてもらえば、ニクスのスキルもガンガン上がるだろう。現にラーサーさんに師事しているルークも順調に腕を上げているわけだし。
「分かりました。フィスト殿の紹介です。構いませんよ」
あっさりと、ラーサーさんは請け負ってくれた。
「それで、剣技のみということでいいのですか?」
「いえ、ルークと同様ということで」
剣技だけでなく【聖輝剣】を含めた修行をお願いした。ニクス自身【魔力制御】のスキルは修得していて、聖属性の【魔力変換】にも興味を持っている。
「ニクス殿、期間はどのくらいの予定で?」
「現時点では4ヶ月ほどを考えています。剣技優先でお願いできますか?」
ニクスが言った4ヶ月というのは、GAO内時間のことだ。それは、ローゼが復帰するであろう時期までの概算でもある。
「その間はツヴァンドから通うということでよろしいか?」
「いえ、ご自宅のそばをお貸しいただければ、と」
「それは……あまり無理はしないほうがいいと思いますが」
ニクスの発言にラーサーさんが戸惑いを見せた。ラーサーさんの自宅は、魔獣避けこそあるものの、普通の獣が近づいてくることに関しては何の備えもないのだ。家を囲っている柵はあるが、ブラウンベアあたりなら薙ぎ倒してしまうだろう。
そんな場所での野宿は危険だろう、とラーサーさんは言ってくれたわけだが、
「大丈夫です。必要に応じて帰りますから」
とニクスが答える。帰る、というのはログアウトするという意味だ。一応ラーサーさん宅はセーフティエリアになっているようなので、敷地の一角を借りれば安全にログアウトできる。
「分かりました。それではよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ、よろしくご指導願います」
2人が握手を交わす。これでニクスはラーサーさんの弟子だ。現実時間で1ヶ月。さぞかし技量が上がるに違いない。ぜひ、ローゼに圧勝するくらいには育ってほしい。
そしてローゼが復帰した暁には、俺と2人で徹底的にPvPでボコってざまぁしてやるのだ。ツヴァンドまでの旅で、ニクスに手を出さなかった俺をヘタレなどとメールしてきたローゼへの、正当な罰である。あいつの中では、俺はリアル知人に軽々しく手を出すチャラ男だと思われてるらしい。ガツンと肉体言語で言い聞かせてやらねばなるまい。
「おや、帰ってきましたね」
握手を終えたラーサーさんが北のほうを見た。【気配察知】を使ってみると、近づいてくる反応が6つ。帰ってきたということは、ルーク達だろう。
やがて、森からルーク達が姿を見せた。かなり疲れた雰囲気を漂わせている。
「お疲れさん」
こちらから声を掛けて、ようやくルーク達は俺に気付いたようだった。
「フィスト、どうしてここに?」
「色々と用事があってな。それよりそこで止まれ」
足を速めたルークを両手で制する。
「その臭い、どうにかならんのか?」
どうやらルーク達はアンデッドダンジョンからの帰りのようだ。あちらが風上だから、彼らが近づいてくるほど異臭が強くなっていく。
気が付くとクインの姿がかなり後方に移動していた。さすが狼、匂いには敏感だ。
ゾンビそのものの腐臭よりはマシだが、息を止めたくなる程には酷い。あいつら、すっかり悪臭に慣れてしまってるぞ。
「消臭剤が切れちゃってさ。最下層の攻略が終わるまでは足りたんだけど、地上に戻るまでに染みついちゃって」
立ち止まり、顔を歪めてルークが答えた。足りなかったか。それなりに渡したはずなんだが。
「分かった。まだ在庫があるから譲るよ」
「助かるよ。ありがとうフィ――」
「あ! フィストの彼女さんがいる!」
ルークの言葉を遮って、ウェナの声が響いた。ルーク達の視線がニクスへと向けられる。おのれ、ここでもか。というかウェナ。以前会った時に違うと言っただろう。
「おっと消臭剤は在庫切れだったー。いやぁ、すまんすまん、期待させて悪かったー」
笑顔を作って棒読みで言ってやると、ルーク達の非難の目がウェナに突き刺さる。
「ごめんなさい、調子に乗りました。許してください、どうかお慈悲をぉぉ……」
涙声でウェナが土下座した。よっぽど今の状態がつらいらしい。はて、最近こんな光景を見たような……
「とりあえず、装備の消臭は後回しだ。先に風呂にしよう」
溜息をついてスウェインが言った。風呂?
「風呂なんてあるのか? ラーサーさんの所で借りるとか?」
「いや、作る。ミリアム、頼む」
「分かりました」
スウェインに言われて、ミリアムが土精に声をかけ始める。地面が盛り上がり、4つの石壁がピッタリくっついて、広めの浴槽になった。その周囲の地面が硬質化していき、石畳のようになる。更に浴槽の外側に4枚の石壁が出現してそれを囲んだ。こちら側からは見えないが、入口は作ってあるのだろう。
少し離れた所に、ミリアムは同じ物をもう1つ作った。男湯と女湯、ということだろうか。手慣れているようなので、今までに何度もそうしてきたんだろう。しかし、【精霊魔法】のレベルをがっつり上げたら、石材に困らないんじゃなかろうか。持続時間とかあるのか?
「後は、水を入れて、湯を沸かせば即席の風呂だよ」
ジェリドがストレージから大樽を取り出し、壁の向こうへ歩いて行った。水を流し込む音が聞こえてくる。その間に、シリアがいくつもの拳大の石に呪符を貼り付けていた。詠唱内容から察するに、加熱の呪符のようだ。なるほど、高熱の石を湯船に放り込んで湯を沸かすわけだ。
「うまいこと考えたな」
「うむ。最初は火球を放り込んでみたのだが、見事に水が吹っ飛んでな。実用的ではなかったのだ」
はて、そんなネタがどっかのラノベにあった気がするが……何だったっけ?
「てことでフィスト、話は後で」
ルークがその場で装備を外し始めた。他の連中もそれに倣い、自分の装備を外して落としていく。服だけになると、さっきの石を木の棒で器用に挟んで運んでいった。
「あ、フィスト。覗きの見張り、よろしく」
シリアがそんなことを言って壁の向こうへと消える。見張りも何も、誰が覗きに来るって言うんだ? ラーサーさん? いやいやまさか。
「この状況で、誰が覗くんだ?」
「んー……ルーク?」
「人聞きの悪いこと言わないでよシリアっ! ってどうして僕だけっ!?」
男湯のほうから抗議の声が聞こえた。
「スウェインは覗く必要がないし、ジェリドは姉の目がある場所でそんなことしたらリアルで怖いだろうし。だったら、ルークしか残らないじゃないの」
「しないよっ! その理屈だと、スウェインとジェリドが黙って見過ごすわけないでしょっ!? それに! この状況だったら、一番フリーになるのはフィストじゃないの!?」
ルークの異論はもっともだったが、最後のは余計だった。俺がそんなことをする奴だと思うのか?
「大丈夫だ。興味ないから」
断言しておく。興味がないは言い過ぎだが、下手に表に出していいわけでもない。ニクスさんの前ではいつも以上に発言には気をつけなきゃならないわけですよ。
「……そうもはっきり言われると、それはそれで複雑ね」
安心させてやったというのに、何故か不満げなシリアの声。どうしろと。
「いいからとっとと風呂を済ませろ。メシの準備をしておいてやるから」
さっきの話だとアンデッドダンジョンを攻略完了したようだし。疲れてもいるだろうから労ってやることにしよう。
消臭剤の在庫を、彼らが脱ぎ捨てた装備の近くに置いて、風呂から距離を取る。臭いのある所で食事の準備とか勘弁だ。
「ニクス、ちょっと手伝ってくれるか」
「はい。何をすればいいですか?」
「これから野菜を出すから、皮を剥いて適当な大きさに切ってくれ」
元々、手の込んだ物は得意じゃないのだ。こんな時はお手軽なのでいこう。
ラーサーさんも交えて鍋を実施した。イノシシ肉を使ったぼたん鍋だ。ルーク達は勿論のこと、味噌を知らなかったラーサーさんにも好評であった。