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第138話:発注

 

 シーマ達とはフレンド登録をし、1回目の野営地で別れた。アインファスト方面で賞金首を探すようだ。情報があったら教えてくれと頼まれたので、入手できたらなと返しておいた。目の前に賞金首が現れたなら自分で狩るだろうし。



 ログイン132回目。

 旅行開始からGAO内時間で4日目。途中の大雨で足止めされて予定が狂い、1日遅れでツヴァンド着。遅れたこと以外は特に事件もなく平和であった。

「アインファストと比べると、少し小さい街なのでしょうか」

 あちこちに視線を動かしながらニクスが言った。

「そうだな。でも、この先は分からんぞ」

 城壁の外が整地されていたり、資材が積んであったりしたので、恐らくアインファスト同様に大きくする予定があるのだろう。

「まあ、利便性でアインファストに劣ると思ったことはないから、拠点にするぶんには問題ない」

 北の森に入ればアインファストの森と獲物はそう変わらない。今のニクスならいきなり一つ目熊に遭遇したりしない限りは大丈夫のはずだ。

 ダンジョンの情報が流れたせいか、プレイヤーらしき人の数も以前より増えている。アンデッドのほうではなく、鉱山で見つかったダンジョン目当てなんだろう。そういえば、鉱山のダンジョンってどんなタイプなんだろうか。多分、食い物とは無縁だろうけど。つまり行く理由がない。

 特に寄り道せずに、目的地である『コスプレ屋』へと向かう。

「お?」

 店の装いが以前と変わっていた。一部がショーウィンドウになっている。防具と一般向けの服が一緒に並んでいるのはちぐはぐだが、この店らしいと言えばいいのか。

 クインが入口の横に座り込む。やはり中に入る気はないらしい。

「いらっしゃいませー! あ、フィスト君。待ってましたよー」

 ニクスと2人で店に入ると、肌色面積が広めなメイド姿のスティッチが出迎えてくれた。コスプレはいつものことなのでスルーだ。

「旦那は?」

「奥で作業中。もう少ししたらこっちに来るけど――?」

 スティッチの視線がニクスに向けられた。上から下まで、ゆっくりじっくりと観察しているようだ。

「こちらの方は、フィスト君のいい人?」

「違う。どうして会う奴みんな、そんな風に思うんだ」

「だって、フィスト君。いつも連れてる女の子は狼さんだし。人間の女の子と一緒なんて初めてじゃないですかー」

「女性のフレンドくらい普通にいるっての。何人かはここに来てるだろ?」

「フィスト君に紹介されたって人達は来ましたけど、わざわざ連れてきたのは初めてですよねー」

 それはそうだけども。そんなに俺が女性プレイヤーと行動するのって珍しいんだろうか。

 スティッチとニクスが挨拶を交わす間に、店の中を見回す。相変わらず、じゃないな。普段着の数が増えたか? 明らかなコスプレ装備が消えている。某狂戦士の鎧と大剣も無くなっていた。

「品揃え、変えたのか?」

「版権ものは、2階に移したんですよー。やっぱり、GAO住人には異色な物もありますしー。まずはGAOに馴染む物で引きずり込んで、沈めるのはそれからということでー」

 にこやかにえげつないことを言うスティッチ。まあ、現実のコスプレと違って、GAO内で彼女らが作るコスプレ装備って実用品でもあるしなぁ。GAO住人が版権装備で歩き回るってのもアレだが今更か。デ○ードの鎧もどきを着てるエルフが既にいるわけだし。

「それで、ニクスさんをうちに連れてきた理由は何ですかー?」

「鎧一式とマントの新調だ」

 鎧は予定どおりだが、ニクスのマント、防水加工とかされてなかったんだよな。お陰で先日の大雨の時に、水を吸って大変な事に……

「革装備から金属装備に変えたいんです。マントは、旅にも耐えられる水に強い物を、と」

「なるほどなるほど。分かりました、素敵な鎧を作らせてもらいますよー。ビキニアーマーとかー」

 ニクスの希望を聞いて、さらっとスティッチがとんでもないことを言った。

「はい、お願いします」

 そしてニクスが、あっさりと頷いてしまう。

「待て! 待て待て待て!」

「あの、フィストさん、何か?」

「何か、じゃない! お前、正気か!?」

「え、っと……あの、私、何かおかしいですか?」

 不安げにニクスが問い返してくる。おかしいですか、ってお前……分かってないのか?

「ニクス、さっき、スティッチが作るって言った鎧、何だった?」

「ええと、ビギナーアーマー、ですよね? つまり、初心者向けの鎧、ということではないんですか?」

 聞き間違えたのか。ああ、とスティッチも納得顔を見せる。彼女も、まさかニクスが肯定するとは思ってなかったようだ。

「いいか、ニクス。スティッチが言ったのは、ビギナーアーマーじゃない。ビキニアーマーだ。つまり、シーマと同じ格好だ。本当にいいのか?」

 念を押すと、ニクスは瞬時に沸騰した。あの格好をした自分を想像でもしたんだろう。

「ち……違いますっ! 違うんですっ! 勘違いしただけで、今のはっ!」

「ツッコミを期待したんですけど、本気で返されるとは思いませんでしたー。大丈夫ですよー。発注者の意に沿わない物は作りませんからー」

 必死で否定するニクスをスティッチがなだめる。ふぅ、心臓が止まるかと思った……

「でも、フィスト君は見たかったんじゃありませんかー? ニクスさんのビキニアーマー姿ー」

 からかうように言ってくるスティッチの言葉は無視した。ニクスのほうは見ないでおく。想像なんてしちゃ駄目だ。

「そういえばフィスト君、シーマさんと顔見知りなんですねー?」

「ここに来る旅の途中で遭遇した。あいつらの装備はここの作か」

「張り切って作りましたよー」

 腰に手を当て、スティッチが胸を張る。やっぱりか。

「てことは、ローゼのチャイナドレスも?」

「そうですねー。フィストさん、ローゼさんともお知り合いですかー」

 もうあれだな。この手の装備をしてるプレイヤーがいたら、この店絡みだと思えば間違いじゃない気がする。

「賑やかだと思ったら、フィスト氏だったか」

 奥から店主のシザーが出てきた。

「すまん、作業の邪魔をしてしまったか?」

「いや、ちょうど一段落ついたから、騒ぎに気付いたといったところだ。そちらの女性は?」

「第二陣のニクスだ。【解体】スキルの教授とかで色々と縁があってな。装備を新調したいと言うから、俺がここに来るついでに連れてきた」

 ニクスを紹介し、妙な勘ぐりを受ける前に理由を説明しておく。本当の理由じゃないが、まったくの嘘というわけでもない。

 シザーはそれで納得したようだった。

「こちらからも頼みたいことがあったので、フィスト氏の来訪はちょうどよかった」

「それじゃあ私は先に採寸をやっておきますねー。ニクスさん、行きましょー」

 ニクスの背を押し、スティッチがこの場を離れる。あっちはスティッチに任せておけばいいだろう。

「それじゃまず、こいつは土産だ。以前、俺がブッ飛ばした暗殺者が使ってた物だ」

 ストレージから仕込み刃付きの手甲を出してシザーに渡した。刃の毒は綺麗に拭き取ってある。

「ほう、住人製の仕込み武器か」

 受け取ったシザーは、興味深げに機構を確認している。

「で、これと同じ物が欲しいと?」

「いや、別に暗殺者になる気はないし。ギミック入れたら強度に難も出そうだしな」

 ロマンではあるが、使うつもりはない。俺のガントレットは頑丈さ優先でいい。

「俺が頼みたいのは防具のメンテと強化だ」

 その場で革鎧を脱いでシザーに見せた。背中部分には刺突の痕がいくつも残っている。

「ロックリザードと一つ目熊の革の層を抜いてくるのが出てきてな」

「うーむ……海賊戦の動画は見たが、鎧下の《翠精樹の蔦衣》も抜いたのだったな」

「ちょっと頑丈な蔦、くらいの強度しか今のところはないからな。で、背中側にも魔鋼の装甲を仕込んでもらいたい」

「了解した。そう時間は掛からないはずだ。これはこのまま預かろう」

「それから、これはちょっと相談なんだが」

 ストレージから取り出した物を床に置いた。体長2メートル程の爬虫類の死体だ。

「これは?」

「ブルインゼル島って場所で狩った迷彩蜥蜴だ。その名のとおり、保護色で周囲の景色に溶け込む魔獣でな」

 見た目はイグアナ系だが、カメレオンのような奴だった。舌を伸ばしたりはしなかったけども。

「こいつの皮で、光学迷彩系のマントとか作れないか?」

「これはまた、面白い素材を持ち込んでくれたな。さすがに研究に時間がかかると思うがいいかね?」

「できればでいい。難しいだろうなというのは分かる」

 保護色になる仕組みから解明しなければならないわけだから、相当な手間だろうし。

「やってみよう。それで他には?」

「あと、海パンが何枚かほしい。俺からは以上だ。で、シザーの頼みたいことって何だ?」

 追加の迷彩蜥蜴をその場に出しながら尋ねる。全部で5匹。これで何とかしてもらおう。

「うむ。【シルバーブレード】に提供していた消臭剤があっただろう? あれを、こちらにも分けてもらえないだろうか」

「それは構わないが。何に使うんだ?」

「皮をなめす作業では、結構な異臭が出るのだよ。店内は香を焚いたりしてなるべく不快感が出ないように気をつけているが、作業場は消臭剤を使っても限度があってな」

 鼻を摘まむ仕種をしながらシザーが溜息をつく。そういえばなめし作業ってそういうものだったな。GAO仕様なら当然か。あ、それでクインは店内に入りたがらなかったわけだ。

「ああ、大丈夫だ。在庫もあるから出すよ」

「ありがたい。ああ、それから……」

 シザーがニクス達が消えていったほうを一度確認して、顔を寄せてきた。

「フィスト氏、『宝石の花』という高級娼館の女主人と何かあったか?」

「……何か、とは?」

 『コスプレ屋』が『宝石の花』と取引していることは知ってる。でも、何でそこで俺の名が?

「先日、ランジェリーの納品に行った時に、彼女から追加の注文を受けてな。それ自体は不思議ではないのだが、異邦人の男はどういうのが好みなのかと聞かれた」

「ほ、ほう、それで?」

「好みは人それぞれなので一概には言えないと答えたのだが、妻が『誰か気になる異邦人でもいるんですかー?』と聞いたら、今ドラードで活躍しているフィストに興味があるとかで。悪徳商人の捕縛や海賊の討伐で、間接的に彼女にも恩恵があったらしくてな」

 ……何を言ってるんだカミラの奴っ!? いや、直接関係があると言ったわけじゃないのか。

「それで、フィスト氏のほうで何か把握して――」

「その件はこれ以上触れてはいけない。拡散厳禁。スティッチにも徹底を。いいね?」

「う、うむ……分かったから手を離してくれないかね? 肩が砕ける」

 シザーに言われて、慌てて手を離した。いかんいかん、平常心だ。



「終わりましたよー」

 しばらく装備談議をしていると、スティッチ達が戻ってきた。

「どうしたニクス?」

「いえ、何も……採寸って、あんなに動くものなんですね……」

 疲れた顔のニクスが、俺の問いに小さな声で答える。ああ、ここのは色々とポーズ取ったりして時間がかかるよな、と思ったのだが、

「スティッチ、お客様であまり遊ぶものではないぞ?」

 シザーがたしなめるようにスティッチを見た。

「遊ぶだなんて誤解ですよー。ちょっと話が弾んで、色々おすすめしただけなのにー」

 心外だ、とばかりにスティッチが頬を膨らませる。何があったんだ……

「さて、それじゃあさっそく、ニクスさんの鎧のデザインを決めましょう! こんな感じのはどうですかー?」

 とスティッチがウィンドウを開いて表示したのは、いわゆるドレスアーマー。手甲に脚甲、胸鎧にスカートという、最近のファンタジー系では割とよく見かけるデザインだ。

「これ、大半が布ですよね? ヒラヒラし過ぎの上に布地も薄そうですし、防御効果はあるんでしょうか?」

「えー、と……た、確かにデザイン重視なところはありますねー。じゃあ、こちらはどうでしょうかー?」

「腹部や胸元が開いていて防具の体を成していないのでは?」

「あ、あうあう……そ、それならっ」

 スティッチが示す例を見て、ニクスが駄目出しをする。それが何度も続いた。スティッチとしては華やかな物を推したいようだが、ニクスは実用性を理由に断っているようだ。

「ニクスが希望する画像を出してもらったほうが早いんじゃないか?」

「そ、そうですねー。ニクスさん、こんなの、というのはありますかー?」

「……こんな感じがいいのですが」

 俺がそう提案すると、ウェブを検索してニクスが画像を出した。博物館に並んでいそうなガッチガチのフルプレートだった。女性が好んで装備したいと思えるような物ではない。

 難しい顔をするシザー達に、不安を顔に浮かべるニクス。うーん、どうしたもんかこの空気。

「ニクス。お前が本当にこんな感じのを望むなら、シザー達は作ってくれるぞ。ただな、お前のプレイスタイルには合わないと思う」

「と、言いますと?」

「まず、歩くだけでガチャガチャうるさい。森で狩りをする時には致命的だろ」

 草食系の動物なんかはそれで逃げ出すんじゃなかろうか。

「次に、それなりに重たい。全部で……シザー、20キロくらいだっけ?」

「装甲厚にもよるが、一式になるとそれくらいにはなるであろうな」

「サンキュ。で、だ。これが致命的だが、着脱は独りじゃ無理だぞ」

「え?」

「この手の甲冑は、史実じゃ従者が着替えを手伝ってたはずだ」

 つまり、ニクスが単独で運用するには無理がある。ローゼが復帰した後なら手伝ってもらえばいいんだろうが、それまでは脱ぐのも困難だ。汗だの体臭だのが実装された今のGAOでは、それは色々と悲惨なことになる。これが普通のゲームなら、メニューから瞬間着脱とかできるんだろうけど、GAOはそこまで親切じゃないのだ。

「野郎の嫌な視線を避けたいから、可能な限り露出や身体の線を消したいんだろ?」

「は、はい……」

「だったら、その方向性と、単独着脱可能って条件で摺り合わせればいいんじゃないか?」

 何もフルプレートである必要はない。要所が隠れていれば大丈夫だろうし。

「ふむふむ……それじゃあ胴は金属にするとして。胸部は谷間なしの山1つ型、と」

「草摺は外すか、硬革製だな。手甲は問題ないとして、脚甲は膝までがいいか。大腿部はフィスト氏のように硬革製でもよかろう。足は魔鋼を仕込んだ安全靴仕様で」

「重量を気にしなくていいなら、大腿に鋼板を仕込んでもいいかなー。フィスト君みたいに飛び道具を備えてるわけじゃないしー」

 方向性が決まれば早かった。スティッチとシザーが案を口にしながら、取り出した紙に図案を描いていく。

「な? 後は細かい部分だけだ。しっかり希望を反映してもらえ」

「はい」

 そう言うと、ニクスが微笑んで頷いた。




 ニクスの新装備については、とりあえず本人の満足いく形に落ち着いた。ただ、製作には少し時間がかかるらしい。俺達以外の注文も受けているようだし、そこは無理を言えない。ニクスは完成まで、ツヴァンドを拠点に狩りをすることにしたようだ。

 俺はしばらくは海で活動しようと思っていたので、メンテが必要な防具一式を預けたままでドラードに戻ることにした。ああ、その前にラーサーさんの所に行って、【魔力変換:聖】を修得しておかなくては。

 

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