第137話:2人と1頭の旅路4
「なんだよ、って言われてもなぁ」
シーマが美人なのもビキニアーマーが似合うスタイルだってことも認めるが、それだけなのだ。正直、ぐっとこない。それに、
「年齢制限があるだろう」
自由度の高いGAO内にあって、そっち関係のシステム制約は絶対だ。18歳未満にそんなこと言われても、その、なんだ、困る。
「え? フィストまだ高校生なのか? 嘘だろ?」
が、シーマは何故かそんな結論に達したらしい。そういう認識ってことは、シーマの実年齢は18歳以上ということになるが。
ジェイソンとモーヴェが噴き出しそうになるのをこらえているのが見えた。ルーヴとレダは困ったような表情を浮かべている。
行儀が悪いのは承知の上で、黙ってシーマに人差し指を向ける。可愛らしく小首を傾げること数秒の後、
「わっ、わたくしは成人してますっ!」
「わたくし?」
「えぁっ!? あ、んんっ、そ、そんなことはどうでもいいんだよっ!」
がーっとシーマが威嚇してきた。色々とボロが出てきたなぁ。もうちょっといぢくることができそうではあるが、これ以上はやめておこう。
「……何で、あたいが18未満だと思ったんだよ?」
「保護者付きのようだからな」
恨めしげに睨んできながらシーマが問うてくるので、ジェイソン達を見渡して、根拠を告げた。彼らのシーマに対する態度が、どうにも過保護っぽく見えたのだ。子供扱いするなってシーマも怒ってたし。
「それと、誘惑のつたなさ?」
ぶっ、とシーマとニクス以外が噴いた。シーマの顔が朱に染まり、プルプルと震え始める。
「ほら、だから前から言ってるじゃないですか姐さん」
「お色気路線は向いてないですって姐さん」
ルーヴとレダが両側からシーマの肩を叩いて慰めるが、どっちかって言うとトドメだなこれ。案の定、
「そっ、それじゃお前らならできるのかよっ!?」
とシーマが矛先を変えた。配下の女蛮族2人が視線を交わし合い、余裕げな笑みをシーマに向けて、俺の方を見る。
が、リアクションを起こす前に俺は宣告した。
「論外」
「何でよっ!?」
「まだ何もしてないのにっ!?」
「だって、なぁ。お前らの目、男を誘惑する女の目じゃなくて、獲物に食らいつこうとする肉食獣の目だし」
割と自信ありげだったのだが、最初から台無しだった。あの目でセクシーアピールとかされても怖いだけだ。こういうのは、美人だとかスタイルがいいとか、そういうのだけでは駄目なのだよ。
「ぶっひゃっひゃっひゃっ!」
「ぐふ……ぐふふ……っ! げっほげほっ!」
彼女らの傍で、ジェイソンとモーヴェが腹を抱えて大笑いしている。身内だからか容赦がなかった。
「「うっさいっ!」」
俺の言葉で固まっていた女性陣が、手にした鳥肉を男性陣の口に突っ込んだが、それでも止まらなかった。突っ込まれた肉を食いながら笑い続けるって器用だなぁ。
「いやー、笑った笑った。こんなに笑ったの、久しぶりだ」
ようやく落ち着いたジェイソンが、ニヤニヤ笑いながら女性達を見る。シーマ達が赤い顔で睨み返しているが効果はなさそうだ。まあ、イキロ。
「それにしてもフィストの旦那。本当に、まったく興味なさげだったなぁ」
「……そうかっ! つまりフィストは男のほうが――!」
「ねぇよ」
シーマの戯言を即座に否定しておく。どうしてそうなるんだ。
「慣れ、か?」
食い終わった骨をガラ用の皿に置き、別の肉に手を伸ばそうとしたところで、モーヴェが聞いてきた。慣れ?
「下心見え見えで擦り寄ってくる住人の女をあしらう回数はそれなりに」
名の売れた異邦人をたぶらかしていい思いをしようって思惑が透けて見える連中はいる。でもあれは最初から相手にしていないだけで、誘惑に抗った結果の慣れとは違う。
「GAO内での知名度は高いみたいだもんね、フィスト。特にドラードの酒場なんかじゃ、住人から名前を聞くこともあるよ」
レダが酒瓶を差し出してきたので、ゴブレットでそれを受ける。柑橘系の香りがする酒だ。
「ドラードの領主一族を救った恩とか、ドラード防衛戦での功績とかが広まってるからだろうな。ドラード限定の名声だ」
少量を口の中で転がし、飲み込むと、香りが鼻を、熱が喉を駆けていった。かなり強い酒だなこれ。
鳥肉を取り上げて口に運ぶ。野禽の足だろうか、少し癖のある風味があったが、さっきの酒と合わせると悪くない。
「で、実際どうなのよ? 旦那の周辺には女性プレイヤーの姿もそこそこあるみたいだし」
ジェイソンの言葉で【シャサール】の面々の視線がニクスに集まった。いきなり注目を浴びたせいか、ニクスがうろたえる。
「待て、女性の姿が多いって誰のことを言ってるんだ?」
「銀剣の3人だろ? まあ、1人は売れてるけど」
シーマが指折りながら言った。売れてるってのは恋人がいるウェナのことだろうか。
「ドラード防衛戦の時の女ヴァイキングでしょ」
「同じく防衛戦の時の魔法少女と弓兵も」
グンヒルトにカーラ、シェーナ? 頻繁に会ってるわけじゃないぞ。特にカーラ、シェーナと会ったのなんて片手で数えられるくらいだ。
「俺らが知ってるだけでもそれだ。他にもいるんじゃないか?」
「そんなものはない」
ニヤニヤしながら追及してくるジェイソンを、ばっさり斬り捨てた。女性プレイヤーのフレンドは他にもいるが、普通の友人付き合いでしかない。それに、男性プレイヤーのフレンドのほうが多――いや、半々くらいか? 登録してない知人を合わせれば男の方が多い。主に【自由戦士団】のお陰で。
「で、結局誰が本命なんだ?」
「どれも違う。第一、現実とGAO内のアバターとで姿も違うだろうし、こっちではロールプレイしてるのもいるだろうから実際の性格も不明。実年齢すら分からないのに、リスク高すぎだろ」
「てことはマジでニクスも違うのか? その2基の核ミサイルに無条件降伏したんじゃねぇの?」
シーマ達、女性陣の視線が再度、ニクスの一部に向けられる。俺はそんな彼女らの視線の先を追わないように努めた。えらい。
「ニクス自身も否定したが、俺とニクスの間に色恋の関係はない」
俺からも否定しておいた。ニクスももう一度、深く頷く。
「何だ本当に違うのかよ。あんにゃろ、嘘つきやがって」
両手を頭の後ろで組んで、つまらなそうにシーマが口を尖らせた。ちょっと待て。
「おい、シーマ。俺とニクスのこと、誰に聞いた?」
「レディンだけど」
やっぱりあの野郎か。今度食わせる特別メニューにフォレストランナーも追加してやる。しっかりと熱を加えて調理したやつをなっ!
そして、今のではっきりしたことがある。
「で、俺とニクスが恋仲だなんてデマを吹き込まれてた上で、あんなちょっかい出してきたのかお前は」
「あ……えー、そのー、ニクスは否定したけど、照れ隠しかと思ったから、ちょっとつついてみようかなぁ、と」
睨みつけてやると、気まずそうにシーマ達が目線だけをよそに向ける。こいつらは……
「お前ら……高くつくぞ。覚悟しとけ」
俺の言葉にシーマ達が震えた。なにせ、まだ鳥肉の代金を受け取っていないのだ。せいぜいふっかけてやるわっ。
「お、お手柔らかに、な? 何ならルーヴとレダを差し出すからっ!」
「ちょっ!? 姐さん!?」
「酷いっ!?」
「要らん。同じ重量の食材をもらった方が万倍マシだ」
「あたしらの魅力って食材以下っ!?」
「そっちのほうが酷いっ!」
シーマが身内を売ろうとしてきたので断りを入れたら、売られる側から文句がきた。解せぬ。
「駄目かっ!? じゃ、じゃあ、やっぱり、あたいが――」
「人肉はノーサンキュー」
「何でそこで、食欲的な意味で解釈をするんですのっ!?」
「冗談だ。鳥の脚1本200ペディアってところだな」
祭りの縁日でも見かけない程のぼったくり価格だ。これで勘弁してやろう。
「な、何か納得いかねぇ……」
「一番穏便な済ませ方をしてやったのに何が不満だ」
というか、いつまでこのネタを引っ張るつもりだシーマ達は。
「色欲より食欲とは、本当にぶれないのな、旦那。一体、どんな女なら旦那をたぶらかすことができるのかね?」
感心半分、呆れ半分の顔をジェイソンが向けてくる。どんな、って言われても――っ!?
「せん……フィストさん……?」
恐る恐る、といった感じのニクスの声が聞こえた。シーマ達も呆然と俺を見ている。俺が自分の両頬を思いっ切り叩いたからだ。危うく『思い出す』ところだった。
両頬から手を離し、大きく深呼吸する。落ち着け、俺。ひっひっふー。
「あー、旦那?」
「気が変わった。1本300ペディア」
「え? いや、あの……」
「400ペディア」
「お、おいっ!? いくら何でも――!」
「500、600」
「すみませんでした許してください」
勢いよく土下座したジェイソンに対し、うむ、と頷き手打ちとする。この手の話題はもうストップだ。少なくとも、リアルの顔見知り、しかも異性の同僚の前でするには危険すぎる。何がセクハラ認定を受けるか分からない。
「おい、シーマ」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
「お前らが今までGAO内で食ったことがあるもの、美味かったものを洗いざらい話せ。それからニクスに、女性視点での野営の注意点とかを後で教えてやってくれ。それでチャラだ。鳥肉の代金は単価200な」
「え、と……それでいいのか?」
「これ以上ふっかけてほしいのか?」
ニヤリと笑ってやると、その場で正座し、背筋を伸ばして、シーマが首を横に振った。
テントに入ってくる気配に気付いた。目を開けると至近に翠の狼の顔がある。
「おはようクイン。何かあったか?」
尋ねると、そのままクインは外に出ていく。特に何が起きたというわけではなさそうだ。
毛布を畳んで外に出ると、曇り空が見えた。こりゃ、雨が降るかもしれないな。ニクスにはいい経験になりそうだが。
「あ、おはようございます、フィストさん」
「おはようニクス」
かまどの前に装備を着けたままのニクスがいた。朝食の準備中らしい。
「どうだった、初めての野営は?」
「常に気を張っていると疲れますね。あ、そちらに水を汲んでいますので使ってください」
ニクスの指す先には木の桶がある。礼を言ってそちらに行き、水を手ですくって顔を洗う。冷たい水で一気に感覚がクリアになった。
ストレージから布を出して顔を拭う。吸水性はあまりよくない。プレイヤーの誰かがタオルを作ってくれないものか。
「何か手伝おうか?」
「ほぼ完成ですから大丈夫です。皆さんが来るまでゆっくりしていてください」
「皆さん?」
「ええ、シーマさん達に、一緒に作ってほしいと頼まれまして」
なるほど。そういやあいつら、メシは自分達では作らないんだろうか。シーマ達女性陣は、何となく駄目っぽいが。
鍋を覗き込むと麦粥のようだった。いちょう切りにした根菜と、豆が入っている。うむ、きっと美味い。
「このくらいの味付けでどうでしょうか?」
少量を乗せた木皿をニクスが差し出してきた。受け取って口に運ぶ。
「うん、いいんじゃないか?」
塩加減も程よいし、風味もいい。
「これ、何かでダシを取ったか?」
「アインファストで買った干し魚を使ってみました。あのイワシくらいの大きさの」
ああ、あれか。そのまま食っても美味いんだよなぁあれ。おやつ代わりにたまに食ってた。
「あれでダシが取れるのか。今度やってみよう」
「そういえば、フィストさんも料理をするんですね」
「自分で食える程度のものなら何とか」
料理優先のプレイスタイルじゃないから、その辺は自信がない。グンヒルトとかモーラ達とか、そっちメインのプレイヤーには及ばないのは目に見えているし。
「で、シーマ達はどうだった? あれから何かされたり言われたりはしてないか?」
昨晩のことを聞いておく。野営者有志による恒例の見張りで、ニクスは【シャサール】女性陣と一緒に行動してもらったのだ。妙なことを吹き込まれたりしてないだろうか。
「特には。注意点であるとか、普通の雑談とか、それくらいです。あ、フィストさん。申し訳ないのですが、人数分のお皿、ありますか?」
「ん? ああ、大丈夫だ。準備するよ」
こちらに歩いてくるシーマ達を認め、俺はストレージからシーマ達の分の木皿を取り出した。