第135話:2人と1頭の旅路2
クインの尻尾が上機嫌に揺れている。そして、俺も戦果に満足していた。
ファルーラバイソンを狙った狩りはうまくいき、なかなかのサイズの個体を狩ることができた。前回よりは小さいが、肉の補充としては十分だ。
「何とかなるもんだろ?」
「なりましたけど……独りだと絶対に撥ね飛ばされていましたよ」
疲れた表情で、見事にバイソンの前脚を斬り飛ばしてくれたニクスが言った。あのバイソン、なかなか動作が機敏で、何度かニクスの剣を回避したからな。足止めの土壁は突破したし、土精による拘束も引き千切ってた。手強い相手であった。
「お疲れさん。功労者のニクスには、サーロインとヒレの部分を丸々差し上げよう。後は山分けでいいか?」
「それ、明らかにもらいすぎじゃないでしょうか。それに先ぱ――フィストさんなら、単独でも狩れたのでは?」
「かもな」
ニクスの問いに、そう答えておく。以前よりスキルもステータスも上昇しているので、今なら真正面から頭に【強化魔力撃】付きの蹴りを放てば倒せるかもしれない。
「ニクスが脚を落としてくれたお陰で倒しやすくなったのは事実だ。遠慮することはないぞ」
「ところでクインさんの取り分は?」
今回もクインはバイソンの追い立て役をやってくれた。当然、分け前は必要だ。
「モツを丸ごとやってくれればいい。な、クイン?」
確認を取ると、無言でクインが頷いた。内臓系はクインのお気に入りだ。
「解体はどうしましょうか? ここだと、テロになる可能性は低そうですが」
「野営地でやろう。水場もあるからそっちの方が便利だ」
「分かりました。それでは、こちらのストレージにしまっておきますね」
ニクスが【空間収納】にバイソンを片付ける。うむ、たくましいものだ。GAO内の彼女はもう立派な狩人だな。
「じゃ、行くか」
街道に戻るため、出発する。天気もいいし、獲物も狩れたし、今日はいい日だ。何より、前回のような馬鹿共に遭遇していないのが素晴らしい。
特別、妙なことも起きないまま、野営地へと到着した。平和でよろしい。
ここは前回泊まったことがある場所とは違うが、同じように近くに川が流れている。川の向こうは森だ。利用法は変わらない。
「さて、それじゃ、バイソンの解体の前にテントを設営しよう」
「えっ?」
ということで、まずは寝床の整備から、と思ったんだが。何故かニクスが戸惑いを見せた。何かおかしなことを言っただろうか?
「ええと……野営、ですよね? つまり、野宿。テントなんて、使うんですか?」
「そりゃあ、設営できるなら使うってちょっと待て。お前、野営でどんなイメージを持ってた?」
「その、てっきり、焚き火の周囲で毛布にくるまって寝るのかと」
そして、予想を上回る回答をしてくれた。古い西部劇なんかにはそんなシーンもあった気がするが。
「そういう時もあるだろうけども。ある程度の安全を確保できる場所での野営なら、テントくらい使うぞ」
それに、テントの有無は結構な差だ。毛布や段ボールだけで寝るのとは快適さが違う。GAO内でもそれは変わらないはずだ。GAOだし。
「すっ、すみませんっ!」
蒼い顔で何度もニクスが頭を下げた。別に怒ってるわけじゃないんだが。しかしそうなると、
「野営の見張り番の組み合わせ次第ではあるけど、場合によっては一旦ログアウトするのも手だな」
同じテントで寝ても間違いは起こりえないわけだが、そう理解していてもニクスだってさすがに抵抗はあるだろう。こうなることを想定していたわけじゃなかろうし。と、そうだ。
「ニクス。今回の旅のために用意したものを挙げてみ?」
一通り、俺の方で揃えてはいるが、今後のためにも確認しておくのがいいだろうと思って聞いてみる。
「野営用の毛布と、地面に敷く毛皮。調理器具と食料、ですね」
うん、ほぼ不足はないな。俺は他にもかまど用の石とか持ってるけど、完全に個人の趣味だし。
「それにテントと薪を加えれば、野営に必要な物は揃う。薪は森に入った時なんかに使えそうなのを拾えばいいから、ツヴァンドに着いたらテントは買っておけ。複数人用の物の方が使い勝手はいいぞ」
「広すぎても持て余すと思うのですが」
「手足を大きく伸ばせる方が、気分的に楽でな。それにニクスの場合、ローゼと一緒にプレイするようになるなら、見張りのシフトによっては一緒に寝ることもあるだろうし、それなりに広い方が便利だろ」
もっとも、ローゼは木の上とかの方を好むかもしれないけども。
とりあえず、俺が持っているテントを使って建て方を教えた。テントと言っても棒と布を組み合わせた、三角柱を横倒しにしたような感じの簡素な物だ。今後、同じ形の物を買うかどうかは分からないが、経験は活かせるんじゃないかと思う。
その後でバイソンを解体した。2人だったのでかなり早く終わった。やっぱり大物の時は人手があると楽でいい。
そして。野営でのメインイベント。つまり夕食のお時間。道中の食事は自分が作ります、とニクスが言ってくれたので、その言葉に甘えることにしたのだが。
「おお」
できあがったそれを前に、そんな声が漏れた。
ニクスが作ったのは、豆の煮込み料理だ。何種類かの豆にイノシシの肉、タマネギ、ニンジン等の野菜が入っているのが分かる。何というか、GAO世界に馴染む料理だな。
「クインさん用のお肉は別に焼きましたけど、私達用の他の品はどうしましょうか?」
「これで十分だろ。というか、早く食べたい」
だって、すごく美味そうなんだもの。
「分かりました。あと少しだけお待ちください」
そう言って、ニクスが焼いていた肉を取り上げた。それは鹿の後ろ脚。クイン用にと、皮を剥いでそのまま焼いていた物だ。
「これくらいの焼き具合でいいんでしょうか?」
自信なさげに問うニクスに、クインは肉を咥えることでその答えとし、そのままテントの陰に移動していった。相変わらず、人に見られながら食事をするのは嫌なようだ。ニクスもそのあたりのことは知っているので、それを気にする様子もなく次の準備へと移る。
「お待たせしました。どうぞ」
「ありがとう」
「お口に合うといいのですが」
少し不安げなニクスから差し出された木の深皿を受け取る。うむ、食欲をそそるいい匂いがする。
「それじゃ、いただきます」
手を合わせ、お決まりの言葉を口にして、俺は木の匙を差し入れ、すくった豆料理を口に入れた。
香辛料で味付けされた豆は、程よい歯ごたえ。噛むと豆の甘みと辛さが、って、辛さ?
「何だこれ。辛い豆?」
「ハーティ豆と言うそうです。アインファストのお店で、お酒のつまみに出している所がありまして。豆単体で辛いので、味付けにも使えるのではないかと思って」
皿の中を見ると、大豆ほどの大きさの赤みがかった豆、ハーティ豆がある。市場で見たことはあったが、自分で買ったことも食べたこともなかったなこれは。
それだけをすくって食べてみると、確かに辛かった。唐辛子系の辛さとでも言えばいいのか。それに少し酸味もある。
「これ、豆をそのまま入れたのか?」
「一部は水で戻さずに、磨り潰して使っています」
煮込んだ汁を少し飲んでみると、こっちもハーティ豆の味がする。ニクスの言うとおり、調味料として機能しているようだ。
「これ、トマトは入れてないよな?」
「入れていません。それでもチリビーンズみたいな味になりましたね」
「なるほど、言われてみれば確かに」
続けてチリビーンズ風を一口。豆それぞれで歯ごたえが違うのも面白い。辛さもスッと引いて、いつまでも口の中に残らないし、食が進むぞこれ。
しばらくひたすらチリビーンズ風を頬張っていると、ニクスがこちらを見ているのに気付いた。
「どうかしたか?」
「あ、いえ。まともに調理できたことに安心したと言いますか。気に入っていただけてよかった、と」
実は調理の前に、やらかしてしまったことがある。任せきりにするのは何なので、せめてその準備くらいはしようと、いつもどおりに石を組んでかまどを作ったのだ。
ただ、薪を使う調理は未経験だったようで。かまどが組み上がった時には携帯コンロを手にしたまま固まっているニクスがいた。
要らんことしたか、と思って片付けようとしたが、挑戦してみると言ったので、火の点け方から火力の調整まで色々と指導した結果、ニクスは見事に料理を完成させたのだ。
「美味いぞ。慣れない環境でよく作ったよ本当に」
「ありがとうございます」
そう言うとニクスは微笑んで礼を言い、自分の皿からすくったチリビーンズ風を口に入れ、満足げに頷いた。ちゃんと調理できたのが嬉しいと見える。
「それにしても、よくもまあ、こんなに何種類もの豆を買い込んだな」
食べながら、疑問に思ったことを言葉にする。豆の煮込み料理にするなら、何も複数の種類を使う必要はなかったはずだ。俺が知っているチリビーンズは、1種類の豆しか使ってなかったし。
「私、豆類が好きでして。だからGAO内で豆料理を見かけた時はよく頼むんです。今回、市場で買い物をした時に色々と売っていたので、食べたことがある物も含めて買い込みました」
美味しそうにチリビーンズ風を食べながら、ニクスが答えた。ほほう。
「店では売ってない珍しい豆とか、どこかで採取したりしてないか?」
「普通に買える物ばかりですね。せ――フィストさんのように、食材を探し求めているわけではないので。あ、そういえばフィストさん。GAOに豆腐ってありませんか?」
「豆腐? GAO内では見たことないな。どこかでプレイヤーが作ってるかもしれないが、【料理研】でもまだだったはずだ」
「そうですか。味噌や醤油は作られていると聞いたので、豆腐もあればと思ったのですが」
「いっそ、自分で作ってみたらどうだ?」
残念そうなニクスに、そう提案してみる。え、とニクスが匙を止めた。
「作り方はネットで検索すれば出てくるだろうから、材料を揃えてやってみたらどうだ? スキルのアシストがあれば、現実で作るよりも楽かもしれんし」
「にがり、GAO内で売っているでしょうか?」
「……自分で海水から作るしかないんじゃないか?」
「……それで入手できたとしても、屋外で作るような物ではないですよね」
豆腐か。食べてみたくはあるが、作ろうと思ったら手間がかかりそうだ。挑戦するなら、自分の家を持ってからの方がいいかもしれない。
そんなことを考えていたら、ニクスの身体がこわばった。視線は俺の背後に向けられたまま固まっている。誰か来たのかと振り向いて、
「何だ、今回は肉を焼いてねぇのか?」
俺は自分の目を疑った。
こちらに向かって来ていたのは5人の男女。獣の頭蓋骨や毛皮等を身に着けていて、「ヒャッハー!」とか「エンジョイ&エキサイティンっ!」とか叫びそうな、いかにも蛮族な装いをしている。
何より先頭に立つ女性がすごい。ウェーブのかかった薄紫色の長髪をした美女だった。1900年代のアメリカのパルプ・マガジンが祖という説があるアレを身に着けている。アメリカンファンタジーの定番。実用性皆無のロマン装備。
すなわち、ビキニアーマー。
「……勇者だなぁ」
「あん? どう見ても蛮族だろうが」
思わず漏らしてしまった呟きに、眉をひそめた女蛮族がそんな反応をした。