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第130話:海賊5

 

 甲板には呻き声を漏らす海賊共が転がっている。宣言どおりに、俺と対峙した海賊については1人の例外を除いて『潰して』やった。ツキカゲ達と戦った海賊共も、斬られたり魔術をぶつけられたり銛で抉られたりと、そのほとんどが同様の処理をされている。理由を伝えたツキカゲ達が積極的に動いてくれた結果だ。

「案外、なんとかなるもんだな」

 今回は船がほとんど揺れなかったので、足場を気にせずに戦うことができた。波が高かったらこうも簡単にはいかなかっただろう。

「思っていたよりは手強くなかったから、制裁を加える余裕はあったで御座るな」

 ツキカゲが忍者刀を振って血糊を払う。彼の言うとおり、技量に優れた奴がいなかったのも、手間を加えることができた理由の1つだ。

「で、この船の海賊共はこれで全部なのか?」

 甲板に降りてきたミハエルが、杖で肩を叩きながら聞いてくる。

「船内の残党は?」

「乗り込まれてるのに船内でのんびりしてる奴はいないとは思うが……おい」

「ぐあっ!」

 倒れている船長の手を踏みにじり、尋ねる。

「何を聞きたいのか、分かるな?」

「なっ、中に残した奴はいねぇっ! 甲板に出てきた奴らで全部だっ!」

 慌てて答える禿頭。素直で結構だ。こいつだけは『まだ』潰してはいない。その代わり、両肘と両膝は壊してある。この状態で逆らう気力なんてありはしないだろう。本当のことを言ってるかどうかは分からんから、確認は必要だろうけど。

「嘘だったら、四肢を寸刻みで短くしてやるから、そのつもりで答えろよ? 正直に話せば、お仲間と同じ目には遭わせないでおいてやる」

 ガクガクと首を縦に振る船長。これだけ脅しておけば舌の滑りも良くなるか。

「俺は黒船の方を見張っとくよ。探索はそっちに任せた」

 ジョニーの提案に俺は頷く。獲物が銛のジョニーは船内での立ち回りは不利だからな。

「ミハエル、お前はどうする? 実は杖術の使い手で、近接戦闘もこなせたりとかしないか?」

「そんなのは魔術師じゃないだろう……俺も船外で警戒に当たらせてもらう」

 俺の質問に、何言ってんだこいつ的な目をミハエルが向けてきた。そうだよな、ラスプッチンがおかしいんだよな。

「じゃあ、俺とツキカゲで中に入る。生きてる海賊は縛り上げて、死んでる奴は、首実検のために一箇所に纏めておいてくれ。賞金首の可能性もあるし。あと、できれば武器とか個人持ちの金目の物も集めておいてくれ」

 盗賊等を倒した時、そいつらが所持している金品がどういう扱いになるのか、結局確認していなかった。これらは海軍と合流した時に確認しようと思う。まさか、この船ごともらえたりは……ないか、さすがに。

 

 

 結論から言えば、船内に残党はいなかった。よそで『仕事』をした感じはなく、戦利品のような物は見当たらない。あったのは食料品と水、船内の消耗品。それから海賊共の私物くらいなものだ。

 要救助者は計6名。俺が見た部屋と別の部屋で5人。それから船長室に1人だ。【気配察知】と【聴覚強化】で存在を確認しただけで、接触はしていない。

「とりあえず、このままにしておこう」

 状況を皆に説明した後で、まずは要救助者への措置を決めた。

「その方が安全だろうし、下手に顔を合わせて錯乱されても困る。海軍が来たら、女性の兵士に来てもらって対応をお願いしよう」

 ファルーラ王国には女性の兵士さんも普通にいる。こういうのは女性に任せた方がいいだろう。

「問題はあっちだ」

 俺が黒船を見ると、皆がそれに倣う。航行不能になっているのは変わりないが、どうやって制圧したものか。

「足場になる船はここに確保できたんだから、沈める方向でいいんじゃないか?」

 と、ミハエルの提案。それが一番安全であるのは分かってる。俺が装備を外して水中から接近。船底を【強化魔力撃】でぶち抜けば沈むはずだ。ただ、事情が変わった。

「あっちに要救助者がいないって確信があるなら、それでもいいんだけどな」

 この船同様に、囚われている人達がいるかもしれない以上、沈めるのは論外になってしまったのだ。ああ、とミハエルが顔を歪めた。

「それに、他にも理由があってな。おい、あの船にも異邦人が乗ってるのか?」

「プレイヤーが海賊の仲間にいるので御座るか!?」

 船長へ顔を向けて問うと、ツキカゲが驚愕の声を上げた。言葉こそ発さなかったが、ジョニーとミハエルも驚きを隠せないでいる。そういや、直接聞いたのは俺だけだったか。

「こいつらが言うにはそうらしい。で、どうなんだ?」

「わ、分からねぇ……」

 再度の問いに、船長は曖昧な言葉を返す。

「何でだ?」

「あっ、あいつらの内情なんて知らねぇんだよっ! 一緒に行動しちゃいるが、仲良しこよしってわけじゃねぇんだっ! だから、あいつらが独自に異邦人を引き入れてても分からねぇ……今のところは全員こっちで使ってるし、俺達から引き渡した異邦人もいねぇよ」

 苦痛と恐怖を顔に貼り付けたままで、船長が答えた。

「お前ら、さっき異邦人は好待遇だって言ってたな? その待遇は、あいつらが決めてるんじゃないのか?」

「異邦人に関しての取り決めがあるわけじゃねぇよ。待遇がいいのは当たり前だろ。腕が立つ奴、役立つ技能を持ってる奴は優遇されるのはどこでも一緒だ」

 犯罪者プレイヤーがあちら側に与していないっていうのは朗報だ。もっとも、こいつが把握してる限りでは、なので、楽観はできないが。

「なあ、フィスト」

 更に質問を重ねようと思ったところで、ミハエルが俺を呼んだ。

「お前、色々と事情を知ってるみたいだが、聞いても大丈夫か?」

「……どうして、そう思った?」

「お前、あいつらは海賊共より上位の存在だって前提で話をしてるよな。そいつの言葉からもそれは読み取れる。なのに、あいつらが何者なのかを聞こうとしない。それって、あいつらの素性を知ってるからだろ?」

 そう言われて、返す言葉がなかった。知ってることはわざわざ聞かない。この場では不自然だったか。

「まあ、知ってる、のかな。確証があるわけじゃないが……おい、お前らは、あいつらの素性を知ってるのか?」

 言葉を濁して話を投げる。しかし船長は首を横に振った。

「……知らねぇ。ただ、海賊じゃねぇってのは、接していれば分かる。それに、積荷や乗客を無視して船を沈めることもあった。海賊だったらそんなことしねぇよ……」

 どうするかな。口止めされてるから言えないし。その事実だけ、正直に言うか。

「一応、知ってることはいくつかあるが、現時点では口止めされてる」

「……それって、とんでもない厄介事じゃないか?」

 皆を見て言うと、ジョニーが頬を引きつらせながらそう漏らした。うん、そのとおりだ。現状で、プレイヤーに広めたくない事実でもある。海賊陣営にプレイヤーがいるなら尚更だ。

「そういうことなら、あちらの乗員達はできるだけ生かして捕らえた方が都合がいいのでは御座らんか? フィスト殿に口止めできる立場の者がいて、その御仁は情報を欲しているのでは?」

「そうなんだけどな……以前、俺があいつらの仲間と思しき連中と戦闘した時は、ほとんどが捕らえられる前に自害、心中(しんじゅう)した。それができない奴は味方が始末してた」

 うわぁ、とツキカゲ達の眉間に皺が寄る。これだけでもろくでもない連中だって想像できるだろ? そういやあの時の捕り物で生き残ってた奴が2人くらいいたっけ。あいつらどうなったんだろうか。

「それって、今の時点で全員自害して全滅してるって可能性はないか? もう逃げ場もないわけだし」

 ミハエルの指摘はあり得る。あいつらが自害するのは情報を漏らさないためだろうから。

 でも待てよ? あいつらだけなら別にいい。ただ、もしもあっちの船に要救助者がいるならまずいことになる。

 船に振動が走ったのは、それに気付いた直後だった。

「何だ?」

「あっちの船からだ!」

 ジョニーが叫ぶ。黒船の方を見ても特に変化はない。いや、何かが飛んできた。バリスタか!?

 再び船を振動が襲う。俺達じゃなくて船そのものを狙ってるのか。集団自決をしていなかったことにはホッとするが、まさかこっちの船を沈めるつもりか? あいつらにとって海賊共は使い捨てなのか。それとも全滅したと割り切ったのか。

「ミハエル、上空から落とせる物を何か持ってるか?」

「落とせる物って、あいつらや船にダメージを与えることができる物か? そんな物、常備してるわけないだろう」

「だったらこれを」

 ストレージから木箱を取り出す。中に入っているのは人の頭くらいの大きさの石だ。こんなこともあろうかと準備して――嘘だ。かまど用の予備として確保してあった物だ。

「クロスボウの届かない位置から、甲板に投下してやってくれ。俺達はあっちの船に乗り移って白兵戦。ちょっと強引だが時間との勝負だ。一気に乗り込む」

 バリスタの射撃で船が沈められるのかどうかは分からないが、致命的な一撃を食らったり船内の要救助者が巻き添えになったりする前に、あいつらを沈黙させなきゃならない。

 水精に訴えて【水上歩行】をかけ直し、俺は手摺りを跳び越えた。

『聞こえるか? こっちは海軍の船を視認したところだ。もうちょっとで接触して、事情を説明できると思う。そっちの状況はどうだ?』

 その時、レイドチャットが届いた。この声は船に乗ってる精霊使いか。一応、こっちの船を制圧した時点で、たちまちの危険はない状態だってことを連絡しておいたので、のんびりとした声だった。せっかくの連絡だが、ちょっと遅かったな。

『悪いが事態が動いた。たった今、黒い方の船が、俺達を乗ってる船ごと沈めようと攻撃してきた』

 着水し、黒船へと向かいながら答えると、精霊使いが息を呑むのが分かった。

『沈められる可能性もあるから、打って出たところだ』

『分かった。それも合わせて伝えるよ。俺達も海軍の船に乗せてもらうつもりだ』

 多分、到着する頃には片付いてると思うが、それは言わないでおこう。

『なるべく早く来てくれよ』

『分かった。あまり無茶はするなよ』

 精霊使いはそう気遣ってくれるが、ちょっと無茶をしないと何とかなりそうにない。最低でもバリスタを破壊できれば長期戦に持っていけると思うが、黒船に乗っている戦力は海賊達よりも上だろう。

「ったく、厄介な連中だっ!」

 追いついてきて先導する形になったジョニーの後ろについて加速しながら、これからの面倒を思い、吐き捨てた。

 

 

 

 最後の1人が目の前で崩れ落ちた。拳を突き出したままで周囲に視線を走らせる。立っている敵がいないのを確認して、俺は構えを解いてゆっくりと息を吐いた。

「……生きてる、って素晴らしい」

 運悪く、左上腕の防具がない部分に食らってしまったボルトを引き抜き、甲板に放り捨てる。ちょっとだけ痛かった。

 至近距離からのクロスボウの射撃は、《翠精樹の蔦衣》だけで防ぎきることができるものではなかった。もうちょっと成長すれば、防御力も上がるのかもしれないが、蔦の間にねじ込まれたら一緒か。

「皆、生きてるか?」

「駄目……死ぬ……」

 声を放つと返事があった。手摺りに身体を預けて座り込んだジョニーが、血だらけのままでポーションを飲んでいる。自力で飲めるなら大丈夫っぽい。牽制の時は水の道もあったお陰で問題なかったみたいだが、水壁だけだと完全に止められずに、いくらか食らってたもんな。どれも浅かったから動いてる内にいくらか抜け落ちてたけど。褌一丁だったのが悪い。防具は大事だ。

「フィスト殿はよくもあれだけ立ち回れたもので御座るなぁ……」

 ふらつきながらツキカゲがこちらへ歩いてきた。見ると忍装束はあちこち斬り裂かれていて血が滲んでいる。手にした忍者刀も血塗れだ。

「攻撃自体は、結構食らってるんだけどな」

 身体まで傷ついてないのは、シザーの防具のお陰だろう。もっともあちこち傷だらけにはなっているし、致命的な一撃がないってだけでダメージは受けている。防具がない箇所はまともに傷ついたし、背中側は魔鋼を仕込んでなかったから普通に刃が通った。敵の刃が首筋を掠めて派手に血が出た時は、血ってこんな感じで噴き出るんだなーなんて現実逃避しかけて、これでもマジでヤバかったのだ……重くなるのは承知で、背中側にも魔鋼の板を仕込んでもらおう。

「ところで、ミハエル殿はどうしたで御座るか?」

「飛び回りながら射撃系魔術で援護をしてくれてたのは覚えてるけど、途中で見なくなったな」

「こ、ここだ……」

 最後の1人の姿を探していると、倒れている敵の下から声が聞こえた。よく見ると、敵の死体の下から見覚えのあるローブがのぞいている。死体をどかすとミハエルが転がっていた。

「何故に死体の下敷きに?」

「途中で矢を食らって飛行のコントロールが狂ってな……マストに激突して墜落した所までは覚えてる……」

 ミハエルの言うとおり、身体にはボルトが刺さったままだ。敵にとどめを刺されなかったのは、気絶してたからだろう。それ以前に墜落死してないのが幸運だけど。

「それにしても、酷い有様だな……さっきの海賊船よりも凄惨度が上じゃないか?」

 貸した手を取って立ち上がりながら、ミハエルが渋面を作った。言わんとすることは分かる。甲板一面、真っ赤に染まってるのだ。俺達が流した血、そして敵が流した血だ。俺とジョニー、それにツキカゲが【解体】持ちだから……ミハエルに見えているのが真っ赤な血なのか、システム処理された虹色の血なのかは分からんけど。

「諦めろ。それより、ボルトを抜いて回復しないのか?」

 刺さったボルトに触るのを迷っているようなミハエルに疑問を投げると、ビクリと震える。何だ、ビビってるのか?

「いや、まあ、そうなんだが……何か、怖くてな………」

 別に、現実並の痛みを伴うわけじゃないんだから、一気に抜けばいいのに。その方が怖くないぞ?

「俺達が抜いてやろうか? ただし、血が噴き出る。多分だけど」

「……自分でやる。この、スプラッタ製造機共め……」

 わざとおどけたように言ってやると、ミハエルが恨めしそうに呟いた。解せぬ。

 まあ、それは置いとこう。甲板上の戦力が片付いても、船内の探索はまだなのだ。

「ツキカゲ、甲板の下、誰かいる感じか?」

「どうで御座ろうな……【気配察知】には今のところ何も引っ掛からぬで御座るが。いずれにせよ、探索は必要で御座ろう」

 多分いないだろうけど残党の始末と、いるなら要救助者の確保。休んでる暇はないか。

「もう一働きといくか。ジョニーとミハエルは、また周囲の警戒を頼む。ツキカゲ、動けるか?」

「しばしお待ちを。回復しておくで御座る」

 忍者刀を甲板に突き立て、ツキカゲがポーションを取り出す。俺も回復しとくか。




 しばらく時間を掛けて残党及び要救助者がいないことを確認し終えた頃、ようやく海軍の船が到着した。

 

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